Contents
- 『野球SF傑作選』よりコラムのショートver.を公開!
- 千葉集「わたしの海外野球SF短編ベストナイン」ショート ver.
- 1番 ウィリアム・モリスン「スタア・スラッガー」(Star Slugger、一九五六年、塚本新作[=常盤新平]・訳、『SFマガジン』一九六一年四月号掲載)
- 2番 W・P ・キンセラ「ニックネームの由来」(How I Get a Nickname、一九八三年、永井淳・訳、『野球引込線』 文藝春秋所収)
- 3番 スティーヴン・ミルハウザー「ホーム・ラン」(Homerun、二〇一三年、柴田元幸・訳、『ホーム・ラン』白水社所収)
- 4番 ロッド・サーリング「奇跡の左腕ケイシー」(The Mighty Casey、一九六〇年、矢野浩三郎&村松潔・訳、『ミステリー・ゾーン2』文春文庫所収)
- 5番 ジョン・ケッセル「The Franchise」(一九九三年)
- 6番 ウィルバー・L・シュラム「馬が野球をやらない理由」(A Kingdom for Jones、一九四四年、永井淳・訳、『12人の指名打者』文春文庫所収)
- 7番 ガードナー・ドゾワ「The Hanging Curve」(二〇〇二年)
- 8番 ネルソン・S・ボンド「The Einstein Inshoot」(一九三八年)
- 9番 バリイ・N・マルツバーグ&ビル・プロンジーニ「On Account of Darkness」(一九七七年)
- 『野球SF傑作選 ベストナイン2024』好評発売中!
『野球SF傑作選』よりコラムのショートver.を公開!
現代野球SF短編の傑作を集めた齋藤隼飛編『野球SF傑作選 ベストナイン2024』が2024年5月27日に発売された。新井素子「阪神が、勝ってしまった」、小松左京「星野球」といった野球SFの名作から、溝渕久美子「サクリファイス」、関元聡「月はさまよう銀の小石」といった新鋭による傑作まで、“今読んで面白い”野球SFが9編収録されている。
『野球SF傑作選』の魅力はそれだけではない。高山羽根子によるエッセイ「永遠の球技」や磯上竜也による作品解説など、小説以外のコンテンツも充実している。
今回は、本書に収録され、高い評価を受けている千葉集のコラム「わたしの海外野球SF短編ベストナイン」より、筆者が特別に改稿したショートバージョンをお届けしよう。フルバージョンは14,000字超で英語圏の野球SF短編を体系的に紹介しているが、ショートバージョンではその中から約4,700字で筆者が選ぶベストナインの紹介をお届けする。
千葉集「わたしの海外野球SF短編ベストナイン」ショート ver.
野球に絡めてなにかのベストを出すときには、打線を組むようにしなければならない。そんな作法がいつからか、ある。厳然として、ある。というわけなので、わたしも野球SF/F短編のオーダーをここに提出したい。
2(二)キンセラ「ニックネームの由来」
3(遊)ミルハウザー「ホーム・ラン」
4(一)サーリング「奇跡の左腕ケイシー」
5(捕)ケッセル「The Franchise」
6(三)シュラム「馬が野球をやらない理由」
7(左)ドゾア「The Hanging Curve」
8(投)ボンド「The Einstein Inshoot」
9(中)マルツバーグ&プロンジーニ「On Account of Darkness」
1番 ウィリアム・モリスン「スタア・スラッガー」(Star Slugger、一九五六年、塚本新作[=常盤新平]・訳、『SFマガジン』一九六一年四月号掲載)
本邦における「野球SF」なるタームの初出はおそらく『SFマガジン』の一九六一年八月号で、アンダースン&ディクスンによる連作短編〈ホーカ・シリーズ〉の一編、「くたばれスネイクス!」(一九五五年、稲葉明雄・訳)の紹介文だろう。ところが、「くたばれスネイクス!」そのものは、『SFマガジン』史上初の翻訳野球SFではない。同紹介文中にて「数号前(一九六一年四月号)に」掲載された作品として名があがっているのが、「スタア・スラッガー」だ。
本作は火星へ遠征試合に訪れた地球代表チームが、不慣れな環境下で火星代表チームに大苦戦する様子を、両チーム選手同士の恋の鞘当てを交えながら描いた物語。さまざまな点で古さを感じるものの、野球にからめた小粋なオチはスクリューボール・コメディのおもむきを感じさせる。
2番 W・P ・キンセラ「ニックネームの由来」(How I Get a Nickname、一九八三年、永井淳・訳、『野球引込線』 文藝春秋所収)
映画『フィールド・オブ・ドリームス』の原作者として名高い野球小説家キンセラであるが、野球SF/Fの分野においてもリック・ウィルバーやハリイ・タートルダヴとならぶ三大作家だった。
一九五一年、夏、ニューヨークへジャイアンツの試合を観戦にでかけた文学少年キンセラは、球団から野球の才能を見出され、選手として招聘される。球界入りしてみると、選手たちはみな文学や語学に精通したインテリだった。イニングの合間にはベンチでマッカラーズを読み、バッターボックスでは『グレート・ギャツビー』の解釈をめぐり審判を交えて敵味方で持論を戦わせる。幻想とノスタルジーによって野球と文学を取り結ぶ、キンセラの面目躍如たる青春譚だ。記録が記憶を留めやがて喚起する、という野球のナラティブの特性を突いてくる点でも見逃せない。
3番 スティーヴン・ミルハウザー「ホーム・ラン」(Homerun、二〇一三年、柴田元幸・訳、『ホーム・ラン』白水社所収)
ある強打者の放った特大の打球が野手の頭上を越え、フェンスを越え、球場を越え、街を越え、空を越え、やがては宇宙へと飛び出していく様をアナウンサーによる実況という語り口で綴っていく。打球の運動を実況の語りと一致させつつ、時間の感覚を魔術的に圧縮してしまうところがミルハウザーの手練の極み。ラストの光景の美しさも含めて完璧な一編といえる。
キンセラはかつて「他のスポーツにはフィールドの境界線と時間の制限という二重の囲いが存在するが、野球は、時間の縛りもなく、また真のベースボールフィールドではファウルラインすらも永遠に枝分かれ(diverge)していき、宇宙のすべてを呑みこんでしまう」と述べ、野球とファンタジーとの相性の良さを称えたが、まさにその理論を体現している。個人的には、野球SF/Fのベストオブベスト。
4番 ロッド・サーリング「奇跡の左腕ケイシー」(The Mighty Casey、一九六〇年、矢野浩三郎&村松潔・訳、『ミステリー・ゾーン2』文春文庫所収)
もとはテレビドラマ『トワイライト・ゾーン』のために書かれ、のちに野球SF/Fのアンソロジーに繰り返し採られるようになった野球SF短編の古典。
どん底のシーズンを送るブルックリン・ドジャースのトライアウトに、スティルマン博士なる謎の老人が現れ、屈強な左腕投手ケイシーを紹介する。その正体は博士が開発した野球ロボットだった。ケイシーの活躍でドジャースは最下位を脱出するも、そのケイシーが試合中に頭部へ打球を喰らい、担ぎ込まれた先の病院でロボットであると露見してしまう。大リーグ機構から出場停止を言い渡されて万事休すに。そんな状況で、博士が編みだしたマウンド復帰への手立てとは……というお話。ロボット選手というありがちなアイデア(本邦でもこの三年後に、『ロボット長島』[久米みのる・原作、貝塚ひろし・作画]というまんがが出た)を色褪せない軽妙なユーモアで語りつつ、競争に固執する人類を皮肉る抜けのよさを具えた好編である。
ちなみに「ケイシー」の名は、「Casey at the Bat(バッターボックスのケイシー)」という有名な野球詩に由来する。野球ものではよくモチーフに取られていて、なかにはこの詩を前提にしたパロディ作品もある。野球ものは内輪ネタ・時事ネタの多いハイコンテクストなジャンルであり、それが日本語に訳されにくい一因となっている。
5番 ジョン・ケッセル「The Franchise」(一九九三年)
アメリカ最古のプロスポーツである野球は長い歴史を有しており、二十世紀史とも密接に関係している。ということは? そう、改変歴史ものにぴったりな題材なのだ。
わけても白眉はケッセルの「The Franchise」だろう。一九五九年のワールド・シリーズでうだつ上がらないベテラン選手ジョージ・W・H・ブッシュ(!)が、ジャイアンツのキューバ人エース、フィデル・カストロ(!??)と激突する。史実では米玖両国の指導者として対峙するふたりの激しい鍔迫り合いに、ブッシュと父親である上院議員との相克、そして試合の裏で静かに進んでいく陰謀が重なっていき、重厚感あふれるドラマを織りなしていく。
ちなみにブッシュとカストロが大学時代に野球選手だったのは史実。特にカストロは、ジャイアンツに勧誘されたという噂が立つほどの好投手だったらしい。勧誘の話はあくまで都市伝説だが、作家の興味を誘うらしく、ブルース・マカリスターもジャイアンツに入団した世界のカストロの話「The Southpaw」を書いている。
6番 ウィルバー・L・シュラム「馬が野球をやらない理由」(A Kingdom for Jones、一九四四年、永井淳・訳、『12人の指名打者』文春文庫所収)
一九〇〇年代初頭のブルックリン・ドジャースに野球の異常に上手いウマが入団し、三塁手として走攻守に大活躍するトールテイル。シェイクスピアの『リチャード三世』をパロディにした原題を含め、ウマとかけた英語のダジャレが連発されるユーモラスな奇想短編だ。トボけた不条理の面をかぶりつつも、人種や性別の限定された当時のプロ野球界に対する批評性も汲み取れる。
7番 ガードナー・ドゾワ「The Hanging Curve」(二〇〇二年)
ワールドシリーズの最終戦で放たれた勝負を決める一球が本塁上で急停止し、そのまま動かなくなってしまった怪事象をめぐって沸き起こる大騒動。ただボールが宙で停まって動かないという一点を貫徹する、スラップスティックSFのお手本のような一作だ。終盤での視点の置き方がこれ以上なく決まっており、叙情的な余韻を残す。
8番 ネルソン・S・ボンド「The Einstein Inshoot」(一九三八年)
魔球ものの古典。とある冴えないピッチャーが四次元へ消えるシュートに開眼し、古今無双の大活躍を見せる。だが、消えたシュートはどこに行くのか、という問題があって……という小粒ながらひねりの効いたコメディ。
先に紹介した「ケイシー」や「馬」もそうだが、「弱小チームに突然ずばぬけた選手が出現(入団や覚醒)してチームを救ったり騒動を巻き起こしたりする」という導入で始まる野球短編は非常に多い。
9番 バリイ・N・マルツバーグ&ビル・プロンジーニ「On Account of Darkness」(一九七七年)
小説の執筆を競技化した奇想スポーツ小説『決戦! プローズ・ボウル』(新潮社)などで知られる異色コンビの短編。未来の世界で、とある野球大好きな男が野球の名場面を再現できるホログラフの売り込みにやって来る。ところが、その社会では誰も野球に興味を持たなくなっていて……というお話。
野球に対するノスタルジーと、昔愛したものが失われていく悲哀が表れた、ビターな味わいの短編だ。未来の野球が衰退したり変質したりという話は結構あるのだけれど、あくまで劇中の一要素として描かれることが多く、真正面から主題として扱うのはめずらしい。
本稿で紹介した作家以外にもスティーブン・キング、カレン・ジョイ・ファウラー、キム・スタンリー・ロビンスン、スコット・ウェスターフェルド、ジーン・ウルフ、マイクル・ビショップ、ケヴィン・ウィルソンといった日本でも知名度のある作家たちが野球SF、野球ファンタジー、あるいは野球にまつわる奇想ものを扱っている。ご興味ある向きは、リック・ウィルバー編の野球奇想短編アンソロジー『Field of Fantasies: Baseball Stories of the Strange and Supernatural』(二〇一四年、Night Shade Books)から入ってはいかがだろうか。ちなみに、本稿で紹介した短編も半分くらいはこのアンソロに収められている。
既訳の短編としては、ジョージ・アレック・エフィンジャー「ピンチヒッター」(Pinch Hitters、一九七九年、安田均・訳、『SF宝石』一九七九年十二月号掲載)、ウィル・スタントン「それいけ、ドジャース」(Dodger Fan、一九五七年、浅倉久志・訳、『世界ショートショート傑作選2』講談社文庫所収)、R・A・ラファティ「小石はどこから」(Fall of Pebble-Stones、一九七七年、伊藤典夫・訳、『昔には帰れない』ハヤカワ文庫SF所収)、ケン・カルファス「喜びと哀愁の野球トリビア・クイズ」(The Joy and Melancholy Baseball Trivia Quiz、一九九八年、岸本佐知子・訳、『居心地の悪い部屋』河出文庫所収)、ルイス・グレイヴズ「十割打者の謎」(Ach Du Lieber Baseball!、永井淳・訳、『12人の指名打者』文春文庫所収)、フレドリック・ブラウン「起死回生」(Second Chance、一九六一年、安原和見・訳、『フレドリック・ブラウンSF短編全集〈4〉 最初のタイムマシン』東京創元社所収、「第二のチャンス」の題で別訳有)あたりだろうか。
北米において野球とは伝説、ノスタルジー、郷愁、有り得た可能性、物理運動、宗教と信仰、聖と俗、差別と反差別、統計、歴史、行きては帰りし冒険譚、詩、トールテイルの宝庫であり、たびたび競技自体がアメリカ合衆国のメタファーとして機能する。そうした豊穣さが作家たちの想像力を飛躍させるのだろう。
あなたのベストナインはいかがだろうか?
千葉集
第10回創元SF短編賞宮内悠介賞。近作に「京都は存在しない」(『京都SFアンソロジー:ここに浮かぶ景色』Kaguya Books)など。好きな野球選手は初芝清。現役なら荻野貴司。
『野球SF傑作選 ベストナイン2024』好評発売中!
千葉集「わたしの海外野球SF短編ベストナイン」のフルバージョンは『野球SF傑作選ベストナイン2024』に収録。今回のショートバージョンの約2倍にあたる1万4,000字超で英語圏の野球SFの系譜を体系的に深掘りしている。コラム「わたしの海外野球SF短編ベストナイン」フルバージョンの目次は以下の通り。
「わたしの海外野球SF短編ベストナイン」目次
- 扇状の神殿へのいざない
- 女性選手と野球SF
- 宇宙に行く/宇宙から来る
- ロボットと野球SF
- 救世主か、アウトサイダーか
- 「もし……」を描く歴史改変野球SF
- 野球×時間を描いた作家たち
- 日常と幻想の狭間で
先人たちは、なぜ野球でSFを書こうと思ったのか、どうやってSFで野球を描いてきたのか、野球SFの歴史に迫る話題のコラムをお見逃しなく。
千葉集「わたしの海外野球SF短編ベストナイン」のフルバージョンを収録した『野球SF傑作選 ベストナイン2024』は、Kaguya Books/社会評論社より好評発売中。
『野球SF傑作選 ベストナイン2024』収録作品
水町綜「星を打つ」
溝渕久美子「サクリファイス」
関元聡「月はさまよう銀の小石」
暴力と破滅の運び手「マジック・ボール」
小山田浩子「継承」
新井素子「阪神が、勝ってしまった」
鯨井久志「終末少女と八岐の球場」
小松左京「星野球」(+小松実盛による作品解説)
青島もうじき「of the Basin Ball」(+平大典による作品紹介)
コラム:千葉集「わたしの海外野球SF短編ベストナイン」
エッセイ:高山羽根子「永遠の球技」
作品解説:磯上竜也
『野球SF傑作選 ベストナイン2024』収録作の詳細はこちらの記事で。
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