【連載】Kaguya Book Review 第3回 シェルビー・ヴァン・ペルト『親愛なる八本脚の友だち』 | VG+ (バゴプラ)

【連載】Kaguya Book Review 第3回 シェルビー・ヴァン・ペルト『親愛なる八本脚の友だち』

Kaguya Book Review、第3回は『親愛なる八本脚の友だち』

月に一冊ずつ、新刊・既刊問わず素敵な翻訳作品を紹介するKaguya Book Review。第3回はシェルビー・ヴァン・ペルト著・東野さやか訳の心あたたまる長編小説『親愛なる八本脚の友だち』をご紹介します。

©︎Fusosha Publishing Inc. 2024

シェルビー・ヴァン・ペルト/東野さやか訳『親愛なる八本脚の友だち』(扶桑社、2024/1発売、本体価格1,450円+税)

閉館後の水族館で

閉館後の、夜の水族館。来館者で溢れる日中とは打って変わって酸素ポンプやヒーターのモーター音だけが響きわたる暗い館内で、おぼろげな水の反射がフロアにゆらめくのを眺めたら、きっと綺麗だ。歩いてみたい。

あるいは、水族館で暮らすいきものと友だちになってみたい。水槽のガラスの向こうからこちらをじっと観察し、私がちょっと身じろぎすると隠れるか、あるいは悠然と背を向ける、そんなものたちと秘密の想いをかよわせられたら、どんなに素敵なことだろう。

同じような願いを抱いている人はきっと少なくないのではないか。シェルビー・ヴァン・ペルト『親愛なる八本脚の友だち』は、そんな誰かにぴったりの物語だ。

普通の人々と特別なタコ

主人公のひとりである70歳のトーヴァは、夫に先立たれたのち、孤独を紛らわすために地元シアトルの水族館で夜間清掃の仕事をしている。30年前に高校生の息子を海で亡くしてから、トーヴァの心の時計は止まってしまっている。

もう一人の主人公、キャメロンは、カリフォルニアに暮らす30歳。父親はわからず、幼い頃に母親が行方不明になって、さらに不遇が重なり今は無職。ひょんなことから父親の手がかりが見つかり、会ってあわよくば金の無心をするためにシアトルへと向かう。

西海岸の北と南、遠く離れた地から始まる二人の物語が交錯するとき、その地点にいるのは一匹のミズダコだ。名前はマーセラスで、とびきり賢く誇り高い。自分の水槽の説明プレートに“タコはすこぶる頭のいい生き物です”と書かれていることも知っている。子どもの頃に海で捕まって以来、ずっと水族館暮らし。
 本書ではこのマーセラスが本当に魅力的に描かれている。夜な夜な岩場の陰および自分の水槽を抜け出しては近所の水槽へ侵入、貝やらナマコやらをおやつに食べている。自分の身体構造をよく理解していて、水のないところで行動するくらいお手のものだ。ユーモアのセンスも抜群で、指紋も読めるし、落とし物の免許証とか鍵とかの宝物をたくさん隠し持っていて、人間には気づけない小さなことによく気がつく。日中に自分を見にやってくる人間たちがいつだって屋外環境の状態(要するに天気)の話ばかりしているのは本当に不可解だしちょっとアホなんじゃないかと思っている。何でもかんでも人間を中心に据えて考えるのはよくないこととわかっていても、水棲生物がもしも人間の言葉を使っていたらきっとこんな思考回路なんだろうと納得してしまいそうになる書きぶりだ。

そんなチャーミングでスマートなマーセラスでも、たまに失敗する。いつものように水槽から脱走し、ゴミ箱の中のランチボックスの匂いに誘われてちょっと遠くまで足を伸ばそうと試みたところ、電源コードに絡まってしまうのだ。絶体絶命のマーセラスを救ったのは、いつものように掃除を進めていたトーヴァ。こんなふうにして人間とタコは出会い、物語は少しずつ動き出す。

今度タコに会ったら、天気の話をしよう

水族館で一生を過ごすことを受け入れているマーセラスがたんたんと日々を暮らしているのに引き替え、人間の主人公たちであるトーヴァとキャメロンの人生は決して順風満帆ではない。息子の不可解な死にとらわれたまま30年を過ごしてきたトーヴァと、聡明な青年でありながら定職につけずに貧困から抜け出せないキャメロン。作中では二人の境遇や道のりが少しずつ明かされ、二人の抱えるものの大きさはそれぞれを周りで見守る人々の視点を借りながら、決して過剰に悲劇的にはならないかたちで見えてくる。そして、二人をはじめとした登場人物たちに共通する「善き人でありたい」という願いは、人間とは明らかに違うタコの目をとおして描かれるのだ。そうして物語のあちこちにちらばった伏線やサイドストーリーが、大きな驚きを秘めたラストに向かってどんどんまとめられてゆく。

普通の人間たちと特別なタコの、ファンタジックで優しい物語。読み終えて、こんど水族館を訪れるときは、きっと真っ先にミズダコの水槽を覗きにいくと思う。そして、その“すこぶる頭のいい生き物”の黒々とした大きな瞳を覗き込んで、こう話しかけよう。「今日のこのお天気、信じられる?」

 

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堀川夢

1993年北海道出身。編集者、ライター。得意分野は海外文学。「岸谷薄荷」名義で翻訳・創作も行なう。フェミニスト。

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