※この記事は2018年11月4日に公開されたものに加筆・修正を加えたものです。
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『ヴェノム』に登場した俳優に注目
2018年11月2日(金)に日本で公開された映画『ヴェノム』は、映画ファン待望の「スパイダーマン」シリーズのスピンオフ作品ということもあり、公開当時はSNSでも大きな盛り上がりを見せた。宇宙から来た生命体・ヴェノムに乗っ取られていく主人公エディ・ブロックを演じたのは、『インセプション』(2010)や、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(2015)への出演で知られるトム・ハーディ。『ダークナイト ライジング』(2012)ではヴィランのベインを演じたトム・ハーディは今回も圧倒的な演技を見せている。
新たなヴィラン像を提示したカールトン・ドレイク
しかし、本作で忘れてはいけない存在が、『ヴェノム』の中でも”ヴィラン”にあたるライオットことカールトン・ドレイクを演じたリズ・アーメッドだ。カールトン・ドレイクはシリコンバレーで新興企業財団・ライフを立ち上げた若きリーダー。宇宙開発が人類を救うと高い理想を持ち行動しているが、目的の達成のためには冷酷な手段も厭わない。イギリスからの移民で24歳の時に起業、研究員や被験体を鼓舞するスピーチを披露するなど、2018年における最新のヴィラン像を提示してくれた。
リズ・アーメッドのデビュー作はアノ作品
そんなカールトン・ドレイクとヴィランのライオットを演じたのは、イギリスはイングランド出身の俳優リズ・アーメッドだ。アーメッドは1982年生まれのパキスタン系イギリス人。近年では、『ナイトクローラー』(2014)、『ジェイソン・ボーン』(2016)、『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』(2016) といった作品出演で知られている(なお、『ジェイソン・ボーン』でもCEOの役を演じている)。だが、リズ・アーメッドという人物の名を世間に知らしめた映画は、2006年に公開された彼のデビュー作だろう。その作品の名は、『グアンタナモ、僕達が見た真実』だ。
衝撃のデビュー作
実話をベースにした『グアンタナモ、僕達が見た真実』
マイケル・ウィンターボトム監督が手がけたイギリス映画『グアンタナモ、僕達が見た真実』は、テロ組織アルカーイダのメンバーだという嫌疑をかけられ、キューバのグアンタナモ米軍基地に収容されたパキスタン系イギリス人青年三名の経験をベースにしたノンフィクション映画だ。ローヘル・アフマド、アシフ・イクバル、そしてリズ・アーメッド演じるシャフィク・レスルは、市井のイギリス市民であったにもかかわらず拘束され、悪名高いグアンタナモ収容所で拷問・虐待を受けることになる。
一大センセーションに
この作品は全世界で一大センセーションを巻き起こし、アメリカ合衆国に対する強い批判と抗議を集めた。2008年の大統領選では、グアンタナモの収容所閉鎖を公約としたバラク・オバマが当選。様々な政治圧力により、オバマの任期内に同収容所の閉鎖が実現することはなかったが、多数の収容者が解放されることになった。何よりもグアンタナモ収容所の存在と、そこで行われている非道な行為を世界中に知らしめる契機として、『グアンタナモ、僕達が見た真実』という作品は大きな役割を果たした。そして、その作品の中心にいたのが、他でもないリズ・アーメッドなのだ。
ノンフィクションからサイエンス・フィクションへ
ドレイクをどう演じたのか
世界に衝撃を与えたイギリスのノンフィクション作品でデビューしたリズ・アーメッドが、今やハリウッドでサイエンス・フィクション作品の最前線に立っている。果たして彼は”変節”したのだろうか。アーメッドは、今回『ヴェノム』で演じたカールトン・ドレイクという役柄について、SCREEN RANTのインタビューでこう話している。
私は、現実世界にいる多くのビリオネアの実業家と、彼らが挑戦し、そして実現するであろう野心を描いただけなんです。カールトン・ドレイクは宇宙にまで野心を抱いているけれど、それは私たちが住んでいる世界でも起きていることですよね。私たちは、たくさんの人々をロケットに乗せて宇宙に送り出して、宇宙開発を進め、活動領域を広げている。だから正直なところ、この役のためのリサーチ対象は、今私たちが生きているこの時代で、私にとっては身近な題材でした。
そう、アーメッドはあくまでも、現実に起きてることのリフレクションとして、SF映画のキャラクターを演じ続けているのだ。その信念は、別のインタビューからも読み取ることができる。
リズ・アーメッドが語る”SF”
リズ・アーメッドは、『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』公開時のTHE PLAYLISTでのインタビューで、SFというジャンルについて以下のように述べている。
SFというジャンルには、私たちが住んでいる世界を映し出す力と、社会主義映画にはない自由があります。(中略) 映画はいつだって、現実に起きている状況の産物です。例え現実逃避を目的とした作品であってもね。
私が伝えたいことは、特に感動的な側面です。それは——力がある人間は別としても——一人で立ち向かえないような巨大な困難に、異なるバックグラウンドを持った人々が団結して取り組むことができるということです。そして、私たちが種として、地球という単位で直面している最大の難関は、私たちが共に取り組まなければいけない。特にこんなメチャクチャに分断された気持ちにさせられている時代では、共に生きるということを思い出すだけでも価値があることなんです。
アーメッドにとって、SF映画は現実を反映した作品なのだ。では、そんなアーメッドにとっての”現実”とは、一体どのようなものだったのだろうか。
差別と闘い続けた半生
衝撃のエッセイ「テロリストがハマり役」
2016年、リズ・アーメッドは「テロリストがハマり役」と題したエッセイをガーディアン紙に発表。自身の半生を綴ったその衝撃的な内容は大きな話題を呼んだ。1980年代、幼少の頃には”黒人”と差別されていたアーメッドは、2006年には、ベルリン映画祭からの帰りに”ムスリム”としてロンドンのルートン空港で拘留される。『グアンタナモ、僕達が見た真実』の出演者に降りかかったこの事件は、当時BBCでも報道された。
イギリスからアメリカへ
演技の世界においても、9.11後に俳優を志したアーメッドを待ち受けていたのは、テロリストや反政府の人物といったステレオタイプな役柄ばかり。それでも、人種と関連づけられない役柄を演じられる舞台=”約束の地”を目指して努力を重ねる。アーメッドはラッパーとしての活動も展開。9.11以降の社会について歌った曲も発表し、注目を集めた。だが、イギリス社会では有色人種の役者が成功する道は用意されていなかった。そしてアーメッドは、”約束の地”は”人種のるつぼ”と呼ばれるアメリカにあると、ハリウッドを目指すことを決意する。
「私はハリウッドには行けない」
だが、アメリカへの入国に際しても、アーメッドは再び空港で足止めを食らう。入国審査官には名前をググられ、画面にはルートン空港での拘留事件についての記事が写し出された。「私はハリウッドには行けない。ブラッド・ピットにはなれない」という思いが心に広がる。なんとか入国を許可されたアーメッドだったが、アメリカでも彼を待ち受けていたのは、中東系のアーメッドに対する人々の差別的な態度だった。次第に、警官の職務質問や入国審査での彼の態度は強いものになっていく。そして、アメリカで挑んだオーディションは、ことごとく不合格となった。
偏狭な眼差しを越えて——
断ち切った鎖
彼は、入国審査とオーディションを同じように捉え始めた。誰かから特定の役割を期待され——「そうではない」と主張するにせよ、「だからどうした」と歯向かうにせよ——そのストーリーラインに則って演技をしている自分の姿に気づいたのだ。“他者からの視線”という鎖を断ち、フィクションのキャラクターを演じることに徹したアーメッドは、再びオーディションに合格し始める。フィクションを演じることで、現実が変わり始めた。仕事が仕事を呼び、アメリカのビザを手に入れた彼は、空港で呼び止められることも少なくなった。”約束の地”が見えてきたのだ。
ドレイクとアーメッドが教えてくれたこと
このストーリーと、近年、リズ・アーメッドのSF大作映画への出演が増えていることは、決して無縁ではないだろう。「私たちが種として、地球という単位で直面している最大の難関は、私たちが共に取り組まなければいけない」——SFを語る時に彼が述べたこのフレーズには、彼を苦しめ続けた、人間の狭い視野と偏狭な心を乗り越えて行くためのヒントがあるはずだ。醜い心を持つ人間に嫌気が差し、宇宙を目指したカールトン・ドレイクは、その傲慢さや冷徹さが人類の脅威になるという教訓を与えてくれた。そして、人類を諦めないリズ・アーメッド自身の姿は、確かに、私たちに勇気を与えてくれている。
映画『ヴェノム』は、Blu-rayとサントラが発売中。
Source
SCREEN RANT / THE PLAYLIST / BBC NEWS / Typecast as a terrorist (The Guardian)
トム・ハーディが語るヴェノムの特性はこちらから。
『ヴェノム』エンディング後のその後を映し出した続編の予告はこちらから。
続編『ヴェノム:レット・ゼア・ビー・カーネイジ』で“第二のヴィラン”となるシュリークの能力と展開の考察はこちらの記事に詳しい。