『劇場版TOKYO MER〜走る緊急救命室〜』大ヒット上映中
映画『劇場版TOKYO MER〜走る緊急救命室〜』は2023年4月28日(金) に劇場公開されると、初週末で興行収入7億9,200万円を記録するロケットスタートを決めた。TBSの日曜劇場から生まれた新たな人気作品はどこまで興行成績を伸ばしていくのか、注目が集まっている。
『TOKYO MER〜走る緊急救命室〜』は2021年に放送されたドラマシリーズで、事故や災害、事件の現場に駆けつけて医療活動を行う東京都知事直轄の医療チームTOKYO MERをめぐる物語。映画版では厚労省直轄のYOKOHAMA MERが設立され、横浜のランドマークタワーで発生した大規模火災での救助活動が描かれる。
ドラマ版から引き続き『TOKYO MER』の魅力の一つは政治をめぐる駆け引きだ。医療と政治が密接に関わっており、切っても切れないものであることはコロナ禍で多くの人が知った事実だろう。『TOKYO MER』はそこを濁さない。今回は、『劇場版TOKYO MER〜走る緊急救命室〜』で描かれた政治の側面を、白金眞理子と久我山秋晴というお馴染みのキャラクターをベースに紐解いてみよう。
なお、以下の内容は本編の重大なネタバレを含むため、必ず劇場で鑑賞してから読んでいただきたい。
以下の内容は、映画『劇場版TOKYO MER〜走る緊急救命室〜』の内容に関するネタバレを含みます。
『劇場版TOKYO MER〜走る緊急救命室〜』あの二人に注目
厚労省vs東京都ふたたび
日本初の女性首相の座を狙う東京都知事・赤塚梓の直轄組織として結成されたTOKYO MERは、政府与党・民自党の大臣が統括する厚生労働省とは不仲の関係にある。これはドラマ版でも嫌というほど描かれた点であり、厚労省から派遣された音羽尚がTOKYO MERと喜多見幸太の理念に共鳴していく様子が見どころの一つだった。
ドラマ版では、赤塚都知事と、同じく日本初の女性の座を狙う白金厚生労働大臣が衝突。それでも、最後は白金が危機管理対策室でTOKYO MERに正式認可を出し、元厚生労働大臣で自身の後ろ盾だった民自党幹事長の天沼を失脚させた。白金が赤塚とライバルとして対立しながらも、TOKYO MERの活動を認めた背景には、音羽と同じく医系技官出身で命を大切にする志があったからだった。
映画版『TOKYO MER』では、ドラマ版から2年が経過している。スペシャルドラマ『TOKYO MER 隅田川ミッション』(2023) ではドラマシリーズの半年後が舞台だが、白金大臣は登場しない。厚労大臣は白金の後釜である蒲田が就任していたが、青戸が政治資金規正法違反をリークして首相が蒲田を更迭。映画版ではシリーズ3人目の厚労大臣である両国隆文が登場する。
両国大臣直轄のYOKOHAMA MERと赤塚都知事直轄のTOKYO MERが衝突する様子はご覧の通り。やはり喜多見チーフをはじめとする現場のファインプレーで危機を脱することになるのだが、危険を冒してミッションに挑んだTOKYO MERを政治的な側面からサポートしたのが白金だった。
白金の帰還
白金大臣改め白金官房長官の登場に歓喜した方も多かっただろう。火災が広がり現場がピンチに陥る中で、近隣各県から医療関係機関からの応援が到着し、それが白金官房長官からの要請によるものだったことが明らかになる。現厚労大臣の両国はTOKYO MERを潰すためなら死者が出ても構わないと考えていたが、赤塚都知事は「この国にも命を大事にする政治家がいる」ことを指摘している。
『隅田川ミッション』で姿を現さなかったことから、白金のその後については心配だったが、官房長官に出世するという順調な政治家人生を歩んでいたことが分かる。白金がドラマシリーズで闇献金の証拠をリークして天沼が逮捕されたことで官房長官のポストは空いていた。具体的な経緯は不明だが、白金はその後釜のポストについたことになる。
ドラマシリーズのクライマックスでは、TOKYO MERに認可を出すだけでなく、iPS細胞から作り出した心筋組織の移植手術を認可して赤塚都知事の命を救う場面もあった。それでも、白金は赤塚に「総理の座を譲りなさいよ」と言うなど、総理の座を狙う姿勢は崩していない。
官房長官は、政権内で総理に次ぐナンバー2またはナンバー3に位置する役職だ。現実においては、2000年以降では福田康夫、安倍晋三、菅義偉が官房長官を経て首相になっている。過去に女性で官房長官になったのは森山眞弓(1989-1990)のみで、2023年5月現在に至るまで二人目は生まれていない。
森山眞弓は官房長官在任中に大相撲の内閣総理大臣杯を優勝力士に渡す官房長官の役目について、土俵上で渡すことを希望。日本相撲協会が土俵上は女人禁制であるとしてこれを拒否したことで大きな議論を呼んだ。政権与党のナンバー2の地位にあっても女性差別と戦った森山に続く女性官房長官の座に就いた白金。映画では次回の総裁選に出馬することが示唆されており、首相争いにおいて赤塚を一歩リードしたように思える。
縁の下の久我山
その白金を支えるのが厚労省医政局長の久我山だ。映画版『TOKYO MER』では両国厚労大臣に仕えているように見えたが、実際には現在も白金に通じており他県への応援要請の根回しをしていた。同時に久我山は白金官房長官に次期総裁選のライバルである両国大臣のパワハラの音声データを送り、両国を失脚させることに成功している。
ドラマ版の最終回では天沼逮捕・起訴の記事を白金に見せて「これでついにあなたの時代ですね」と語りかけ、その後、「何気にあなた、ずっと私に忠実よね」「私は強いお方についていくだけです」というやり取りが続く。映画でもそれを踏まえて久我山は「私はいつも強いお方につくんです」と言っている。久我山はあれから2年経った今もなお白金への忠誠を崩していないことが分かる。
久我山は厚生労働省医政局長で音羽の上司に当たるが、現実においては医政局長はその後、官僚の出世レースの最終ゴールである事務次官になった例もある。または、内閣の政策参与や政策統括官など、政府の政策調整に携わる立場についた例もあり、久我山がやらかすことなく出世街道をひた走れば、この国の医療を変える立場に立つ可能性は十分にある。
だが、何より大事なのは、久我山自身がドラマシリーズとスペシャル、そして映画版を経てその姿勢が変化してきていることだろう。当初は白金のためにTOKYO MERを潰そうとしていたが、その後の蒲田、両国の両大臣には必ずしも忠誠を誓っているようには見えない。
特に映画版では命を軽視する両国大臣の発言に苦い顔をしたり、死者を出さなかったチームにこっそり拍手を送ったりと、人間らしい一面も見せるようになってきた。『劇場版 TOKYO MER』の公式パンフレットでは、久我山役を演じた鶴見辰吾は、久我山が音羽と同じく高い理想を持っていること、現場で命を削るMERメンバーに対して久我山は政治の世界で命を削っていることを主張している。久我山は音羽以上に現実主義者ではあるのだが、あくまでもその目的は高い理想の実現のためということだ。
政府組の今後に期待
そして、言わずもがなこの二人には“最強の部下”である音羽尚がいる。音羽は厚労省MERの統括官として全国のMER設置を進めていくことになるだろう。今後、白金、久我山、音羽がそれぞれ強い信念を持って力を得ていく時、どんな化学反応が起きるのかに期待したい。
一方で、改革は一筋縄では行かないだろう。TOKYO MERで成果を上げた赤塚都知事がいよいよ総理を目指して国政に復帰すれば、“赤白戦争”は本格化する。赤塚都知事は元々報道記者から衆院議員選に当選したことが語られている。また、都知事の席に別の誰かが座ることになれば、都知事直轄のTOKYO MER本体にも影響が出るだろう。
音羽が進める厚労省MERの全国展開においては東京都と同じく政府与党が地域の与党とは異なる場合もあり、与党で力を持っていることが必ずしも有利に働かないケースもある。現実においては、東京の場合は国政に関与しない地域政党が都知事を支えているが、例えば大阪維新の会のような国政政党を持つ党が与党である場合、厚労省による地方行政への干渉は国政選挙にも影響を及ぼしうるものになり、慎重さも求められる。
白金たちでコントロールできることならまだマシで、政権交代といった地殻変動が起きるかもしれない。あれだけ厚労大臣の失脚が相次ぐ与党なのだから支持率が低下していてもおかしくはない。だが、仮に政権が変わって白金が野党に転落したとしても、官僚である久我山と音羽は政府に残って仕事を続けるという点は政治の面白いところだ。
久我山と音羽は新しいボスの下でMERの全国展開を進めていくことになるが、その上司が連立政権入りした赤塚になったとしたら……。政治をめぐる考察はいくらでも妄想できてしまうので、今回はこれくらいにしておこう。
最後に一つだけ言うなら、音羽が総理を目指す展開も見てみたい。音羽の劇場版での活躍と今後についてはこちらの記事で考察しているので、よければチェックしていただきたい。
百瀬しのぶによる映画のノベライズ版『劇場版 TOKYO MER 走る緊急救命室』は宝島社文庫から発売中。
劇場版『TOKYO MER~走る緊急救命室~』オリジナル・サウンドトラック & ベストセレクションは配信中。
連続ドラマ『TOKYO MER〜走る緊急救命室〜』はBlu-rayが発売中。
スペシャルドラマ『TOKYO MER~隅田川ミッション~』もBlu-rayの予約を受付中。
映画『劇場版TOKYO MER〜走る緊急救命室〜』は2023年4月28日(金)より、全国の劇場で公開。
『劇場版TOKYO MER』ラストの解説&考察はこちらの記事で。
『隅田川ミッション』のネタバレ解説&感想はこちらの記事で。