中国SF『さまよえる地球』にフェイクニュース?「共産党が地球を救う」の真実

『さまよえる地球』にフェイクニュース?

中国史上最高記録も達成

2019年2月5日(火)に中国で公開された『さまよえる地球 (原題: 流浪地球、英題: The Wandering Earth)』は、初週の興行収入が3億4,900万ドルに到達し、初週の成績としては中国史上最高額を記録した。2019年2月8日(金) からは北米およびオーストラリアでの公開も始まり、世界中で中国史上最大規模のSF大作映画が楽しまれている。

アメリカのSF映画通による評論も

VG+では、SF大国アメリカでの評価もご紹介した。アメリカのSF映画通たちが、中国からの“大物ルーキー”の登場に反応する微笑ましい光景が広がっている。

プロパガンダ? SNSで広まった噂

そんな『さまよえる地球』に、不穏な噂が広がっていたことをご存知だろうか。「チケットに、『共産党だけが地球を救える』と印字されている」というニュースが広まったのだ。2019年2月6日(水)頃からSNSを中心に広まったこの噂は、2019年2月9日(土)に香港のApple Daily (蘋果日報) によって正式に報道された。
自由主義の立場をとる同メディアは、「共産党だけが地球を救える 中国のSF映画が10億を突破」と皮肉を交えて報じた。『さまよえる地球』が、『戦狼 ウルフ・オブ・ウォー』(2017) や『オペレーション: レッド・シー』(2018) のように、中国国民の愛国心を鼓舞し、“洗脳”するという分析を紹介している。

噂の真相は…?

だが、Apple Dailyは、「共産党だけが地球を救える」と印字された『さまよえる地球』のチケットについて、種明かしすることも忘れなかった。この印字は、淘票票というサイトの“ブラック・ダイヤモンド会員”向けのサービスで、チケット下部に好きな文章を印字することができる。つまり、チケットを購入した観客が自ら選んで入力した言葉だったのだ。

米政府系メディアが報道

ラジオ・フリー・アジアはどう報じた?

なんとも分かりやすいオチがついていたが、このニュースを引用して報じたのが、米政府系メディアのラジオ・フリー・アジア (自由亚洲电台) だ。ラジオ・フリー・アジアは、かつてCIAの資金で設立されたメディアで、米政府よりの広報活動を担っていた。1971年に一旦はその役割を終えたが、1996年のビル・クリントン政権下で米国政府の支援を受けて再度設立された。
ラジオ・フリー・アジアは同日、Apple Dailyとほぼ同じ内容で今回の一件を報じた。記事のタイトルは、「宇宙版『戦狼 ウルフ・オブ・ウォー』として知られる国産SF『さまよえる地球』のチケットに疑惑: 共産党だけが地球を救える」だ。

種明かしと、ネットの声も紹介したが……

こちらも淘票票のチケット印字サービスを利用した仕掛けであることを付け加えているが、同時に「壁の外にいる一般人は、中国共産党が地球を傷つけていることくらい知ってる」、「共産党だけが世界を滅ぼしている」とするネット上の声も紹介している。一方で、Apple Dailyが紹介した「ハリウッドSFの“大アメリカ主義”と“アメリカ人だけが地球を救える”が、“大中国主義”と“中国人だけが地球を救える”に置き換わった」という声は引用しなかった。

親トランプメディアはどう報じた?

トランプ大統領「世界一信頼できる新聞」

米時間の2019年2月10日(日)、この“チケット疑惑”を報じたのは、ニューヨークに本社を置くThe Epoch Timesだ。The Epoch Timesはトランプ政権を支持していることでも知られる。トランプ大統領が「毎日読んでいる」「世界一信頼できる新聞」と絶賛したメディアでもある。

「チケットが本物であることを確認」?

同メディアは、「中国産SF映画のチケットに『共産党だけが地球を救える』のスローガン」というタイトルと、「芽生えつつある中国SFシーンを政治化」という副題で記事を公開した。
まず、The Epoch Timesは、同チケットが「アリババ・ピクチャーズ・グループで購入されたもの」と報じている。確かに印字サービスができる淘票票は、アリババ傘下の企業ではある。その上で、やはりApple Dailyの記事をソースとして、「ネット民たちは、チケットを購入した人々からチケットが本物であることを確認した」と報じている。
そもそもチケット自体が本物であることに疑いの余地はないのだが、Apple Dailyが報じた、

① 「共産党だけが地球を救える」と印字されたチケットの画像が拡散。
② ネット民たちは疑問に思ったが、
③ チケットは本物であることは確認された。
④ だが、淘票票のサービスを利用して印字された任意の言葉だった。

という流れの内、④だけを意図的に葬り去っている。読者をミスリードする内容で、“フェイクニュース”と批判されても仕方ないだろう。続いて同記事は、『さまよえる地球』への批判に移行する。

“ユーザーの声”を紹介

まず同メディアが指摘したのは、People’s Daily (人民日報) や Global Times (環球時報) といった中国共産党系メディアが『さまよえる地球』のプロモーションをすぐに開始したという点だ。続けて、「中国のネット民はチケットに印字された親共産主義者のスローガンを蔑み、『精神的に病んでいる』とあざ笑っている」と紹介した。
その後も、「共産党だけが世界を破壊する」、「文化大革命は多くの人々の命を奪い、PM2.5や血液製剤のHIV汚染などが人類を脅かしている」、「中国共産党は1億人の共産党員の繁栄のために、12億人の国民の繁栄を犠牲にしている」など、“ユーザーの声”を紹介。『さまよえる地球』の話はどこへやら……。

“アメリカ人の不在” その原因は…?

ここでようやく、同記事は作中の“アメリカ人の不在”などを挙げ、『さまよえる地球』の設定についても批判を展開した。一方で、“アメリカ人の不在”については、Cinema Escapistの Richard Yu記者が、近年アメリカが国外の軍事拠点を縮小させている点や、次々と国際条約から離脱していることにインスパイアされたのではないかと指摘している。他でもないトランプ政権下での外交政策が、『さまよえる地球』に反映されていると見る向きもあるのだ。

The Epoch Timesもまた、Apple Dailyが紹介した「ハリウッドSFの“大アメリカ主義”と“アメリカ人だけが地球を救える”が、“大中国主義”と“中国人だけが地球を救える”に置き換わった」というコメントを引用することはなかった。
同紙は、2018年より中国とアメリカの間の貿易摩擦によって両国の関係が悪化していることを指摘して、この記事を閉じている。

今回の『さまよえる地球 (流浪地球、The Wandering Earth)』を取り巻いた騒動を、手放しで楽観できるわけではない。いつの時代でも、アートは国威発揚の為に利用されてきたからだ。もちろん、中国が国をあげて『さまよえる地球』の宣伝に取り組んでいることは事実だろう。だが、アメリカのSF通によるレビューでは、『戦狼 ウルフ・オブ・ウォー』や『オペレーション: レッド・シー』のような愛国的プロパガンダ色はない、という声が多く見られたことも事実だ。

いずれにしても、客観的に作品とそれを取り巻く事象を捉える冷静さが肝心だ。中国SFがブロックバスタービジネスに参戦した今、その感覚はより重要なものになるだろう。

– Source –
Apple Daily / Radio Free Asia / The Epoch Times

齋藤 隼飛

齋藤 隼飛

VG+編集長。大学時代に社会保障を学んだ後、アメリカはカリフォルニア州で教育業に従事。アメリカでも夜間に通学し、マネジメントの学位を取得。名前の由来は仮面ライダー2号。
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