ネタバレ解説&感想『流転の地球 太陽系脱出計画』ラストの意味は? 核のテーマも?『流転の地球2』を考察 | VG+ (バゴプラ)

ネタバレ解説&感想『流転の地球 太陽系脱出計画』ラストの意味は? 核のテーマも?『流転の地球2』を考察

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『流転の地球2』ついに上陸

2019年に公開された映画『流転の地球』の続編にして前日譚に当たる『流転の地球 -太陽系脱出計画-』が2024年3月22日(金) より、日本の劇場で公開されている。2023年1月に中国で公開された本作は、満を持しての日本上陸となる。

「三体」で知られる劉慈欣の短編小説「流浪地球」を原作にした本シリーズは、前作『流転の地球』が全世界で約7億ドルという特大ヒットを記録した。日本では前作はNetflixでの配信となったが、『流転の地球 -太陽系脱出計画-』は映画『RRR』(2022) の配給会社会社としても知られるTWINが配給を担当し、劇場での公開が実現している。

今回は、『流転の地球 太陽系脱出計画』のラストの展開と、作品に込められたメッセージ、そして魅力的なキャラクターたちについて解説と感想を記していこう。なお、以下の内容は本編の結末についての重大なネタバレを含むので、必ず劇場で本編を鑑賞してから読んでいただきたい。

『流転の地球 太陽系脱出計画』ラストのネタバレ解説

三つの展開と三つの作戦

『流転の地球 -太陽系脱出計画-』は、2時間53分に及ぶSF大作だが、大きく分けて3つの章で構成されている。それぞれ、呉京(ウー・ジン)演じるリウ・ペイチアンとワン・ジー演じるハン・ドゥオドゥオとの出会い及び宇宙エレベーターへのテロ事件の顛末、アンディ・ラウ演じるトゥー・ホンユーが事故で死んだ娘のデジタルコピーを量子コンピュータの550Wにアップロードするまでのストーリー、最後は月のエンジンが暴走する中で地球への衝突を回避しようとする戦い、という展開だ。

それぞれに見どころたっぷりなのだが、このストーリーラインに加えてシュ・ヤンマンツー演じる国際地球政府中国代表外交官のハオ・シャオシー、リー・シュエチェン演じる同大使のジョウ・ジョウジーによる国際社会での政治闘争が描かれる。それぞれの章で主軸に置かれるキャラクターたちは大体二人コンビになっているが、それ以外は出会うことはほとんどなく、それでも否応なく巻き込まれる地球の危機の中で互いを信じて任務に挑むことになる。

さらに、『流転の地球 -太陽系脱出計画-』のラストでは、月の地球への衝突を防ぐための三つの任務が同時進行で行われる。それは、①地球エンジンを制御するためのネットワークを起動する作戦②核を月に敷設する作戦③核の起爆暗号を解読する作戦の三つだ。①で地球を加速させつつ、②と③で月を破壊することで衝突の危機を脱しようというのだ。この作戦の中で描かれたことを、一つずつ解説していこう。

①ネットワークの起動

北京にサーバーがある意味

①については、地球エンジンを制御するネットワークがまだ完成していない中で月球危機が発生したため、バックアップとして北京・東京・ダラス(ダレス)にあるインターネットのルートサーバーを再起動させて、ずっと停止していたインターネットを地球エンジンの制御ネットワークとして利用するというものだ。

現実でも13あるルートサーバーは東京とダラスに設置されている。《追記:本作に登場するルートサーバーは世界に13あるIPv4ルートサーバーではなく、新設が進められているIPv6ルートサーバーのこととご指摘をいただいた》なお、『流転の地球2』でルートサーバーがあるのはダラスではなくワシントン・ダレス国際空港であるという説もある。東京と北京が各国の首都で、ダレス空港があるのも米国の首都ワシントンDCだからだ。いずれにせよ、現実には存在しない北京のルートサーバーを登場させることで、北京だけ再起動がうまくいかない状況で「なぜあそこにサーバーを置いた」と中国が国際社会から責められる展開を作り出していることが分かる。

トゥー・ホンユーの戦い

この任務に挑んだのは、娘のヤーヤー(丫丫)のデジタルコピーを550Wにアップロードしたことで投獄されていたトゥー・ホンユーと、その友人であるニン・リー演じるマー・ジャオだ。トゥーはこの任務に挑むにあたって、犬系ロボットのベンベン(笨笨)の同行を要求している。娘のデジタルデータ以外に一切の感情を示さないトゥーだが、ベンベンのことは大好きなのだ。

トゥー&マーは共に水没するサーバーセンターで再起動を試みるが、マーはトゥーに3万桁のパスコードを託して溺死してしまう。この時、デジタル生命に固執するトゥーに対して、マーは「人のいない文明など無意味だ」と最後の言葉を告げている。これは前作『流転の地球』でのリウ・ペイチアンのセリフと一致する。

娘の死に際してデジタル生命へのコピーを許可してくれたマーを失い、トゥーはそれでも何とかルートサーバーを再起動しようと試みる。アメリカと日本チームは無事にバックアップチームの援護を受けて再起動を終えたようで、北京だけサーバーが復活しない状況でもある。国際政治と個人の小さな物語が同じ緊張感を持って交差する巧みな演出だ。

迫り上がってくる水位を前にトゥーはヤーヤーに3万桁のパスワードを見せながら溺れて意識を失い、国際地球政府は3日後に月が地球に衝突するとメッセージを発する。世界中にパニックが広がる中、目を覚ましたトゥーは若き日の姿でヤーヤーの部屋にいた。トゥーは意識を失う寸前に自分のデジタルコピーを550Wにアップロードしていたのだ。

トゥーを助けたマー

トゥーのデジタルコピーが記録されているデバイスは、月での任務の際にマーから受け取ったものだった。マーは死後に誰かのペットになりたくないから自分のデジタルコピーは破棄したと話していたが、トゥーにコピーを破棄することは強要しなかった。マーは忌み嫌っていたが、それでもマーから受け取ったものだ。同意はしないが理解はする、という心の深さがマーにはある。人類を存続させる鍵になったのは、トゥーが信じたテクノロジーとマーの人間的な心だったと言える。

ヤーヤーの部屋で目を覚ましたトゥーはやっとヤーヤーを抱きしめることができた。もうこれでハッピーエンドでもいいのだが、『流転の地球』の前日譚だからそうはいかない。トゥーは先ほどヤーヤーに覚えさせたパスコードを一つずつ教えてもらい、入力していく。まさかの手打ちである(量子コンピュータ内の出来事だから一瞬なのだろうけど)。

これによって北京のルートサーバーが再起動。地球エンジンを起動するためのネットワークが使えるようになり、地球は爆破された月の破片を避けるために加速し、危機を脱するのだった。ここにダークヒーローとしてのトゥー・ホンユーの物語が完成する。

トゥーは、自分が死なせてしまった娘に、本来歩めたはずの人生を与えるため量子コンピュータ550Wを完成させ、自らの人生を捨て、人類を危機に晒してでもヤーヤーの意識を550Wにアップロードし、最後にはヤーヤーと共に人類を救った。やっていることは確かにめちゃくちゃなのだが、トゥーの行動を理解はできる。トゥーが幸せだったのは、そうして自分に厳しく接しながらも、自分のことを理解してくれるマーという存在が近くにいたことだろう。

②核爆弾を月に敷設

人類の核放棄

順番は前後するが、次に解説するのが②核を月に敷設する作戦だ。これは、月と地球の衝突が避けられなくなり、人類が保有しているすべての核を月のコアで起爆することで月を破壊するというものだ。『流転の地球2』の作中で明言されるわけではないが、これは全世界の核の放棄を意味する作戦であり、核開発国の責任の取り方と捉えることができる。

だから、世界の人々が団結した前作と違って、この作戦には日本は登場しない。未来の世界でも、被爆国であり非核三原則がある日本は核を保有していないのだ。《追記:この後に核爆弾の起爆を志願した人々の中には、ユニフォームに日本国旗をつけた宇宙飛行士がいるとのご指摘を受けた。核提供は行っていないものと思われるが、人員としては作戦に参加していたようだ。》

①の作戦が科学者に託された使命だとすれば、②は軍人に託された使命だ。③は各国の政府が協力して核の暗号を解くという作戦は政治や行政を象徴するものと見ることもできる。①でルートサーバーの場所が東京に設定されていたのは、製作陣が日本に技術職の役目を割り当てた結果なのかもしれない。

「リウ・ペイチアン!」

核爆弾敷設の任務に挑んでいるのは、呉京演じるリウ・ペイチアンと、シャー・イー演じるリウ・ペイチアンの恩師である。リウ・ペイチアンは家族の中で自分だけが地下シェルターへの移住権の抽選に当選しており、家族に移住の権利を与えるためにこの任務に志願した。この辺りは前作で回想シーンとして描かれた物語の背景をしっかり描いていく演出になっている。こんな壮大な設定があったとは……。親の心子知らずである。

月面への核爆弾敷設もなんだかんだ失敗もあったりして、最低限の数を配置することができず。ここでもやはりリウ・ペイチアンは一人月面に残って核を敷設することを選ぶのだった。トゥーが死んだ娘のための戦いに挑んでいたとすれば、リウ・ペイチアンが挑んでいるのは生きている息子を死なせないための戦いだ。仲間の宇宙飛行士たちが「リウ・ペイチアン!」と呼ぶのが癖になるので、応援上映も実施していただきたい。

③起爆暗号の解読

核と責務

そして、③核の起爆暗号を解読する作戦だ。こちらは全然進まず。各国が高度なセキュリティ技術を、「情報を共有しないため」に使った結果、人類の危機に団結して対応することができなくなっていたのだ。ここもなんとか団結して乗り越えるのかなと思いきや、そんな特効薬のような解決策は存在しなかった。国際地球政府は、最終手段として核を手動で起爆することを決定するのだった。

暗号は核爆弾を遠隔操作を行うためのもので、手動で起爆することはできるという。そのためには、人間が月面で起爆装置のスイッチを押さなければならない。起爆の志願兵を募ると、若い兵が名乗り出るが、それを止めたのはリウ・ペイチアンの恩師だった。恩師は50歳以上の軍人でこの任務をやり遂げようと提案。恩師の友人であるノフもそれに同意する。

このシーンは涙が止まらなかった。もちろん年齢によって死ぬ人を決めるというのは間違っている。50歳以下である筆者としてはそんなことはやめてくれと思う。けれど、自分が2058年に67歳になっていて、地球に気候危機が訪れている中にあっても自分たちの世代で核の拡散を止めることができず、次の世代の子ども達に大きな宿題を残すことになっている姿は想像できる。

やっぱり生きて問題を解決するべきであり、これは間違った責任の取り方だと思うが、そう思うからこそやりきれないし、涙が止まらない。繰り返しになるが、このカッコ付きの「英雄的行動」には核保有国の50歳以上の軍人しか参加しておらず、日本の人々は含まれていない。核を保有しなかった日本の人々は犠牲を免れたと捉えることもできる。《追記:上記追記の通り、日本の宇宙飛行士も志願者に含まれていたようである。》

奇しくも『流転の地球2』と同じ3月に日本で公開される『デューン 砂の惑星 PART2』と『オッペンハイマー』も核を扱った作品だが、核の扱い方については『流転の地球2』が最も思慮深さを感じた。核を放棄するという姿勢も、人類が作り出した罪には犠牲が伴うというメッセージも、その贖罪を誰が担うのかという結論も、これが完全な「正解」ではないが、そこには途方もない思考の痕跡が感じ取れた。

恩師達の行動を説明するのが、ジョウ・ジョウジーの「公正があると思うか? 緊急時にあるのは責務だけだ」という言葉だ。それは次の世代に対する責務ということであり、「流浪の地球」シリーズ全体を貫くテーマでもある。欧米のような個人主義の価値観はそこにはなく、「私たち」が生き延びるということに重きが置かれているのだ。

最後に、宇宙服の通信機能が壊れたリウ・ペイチアンは、恩師から他の船員たちづてにある場所に送られる。それは恩師がいる場所ではなく、ロシアが初めて月面着陸に成功した時に残されていた帰還カプセルだった。一度はそこに残ると意思表示をしたリウ・ペイチアンだったが、恩師を幻視してISSに帰還することを決断する。この決断がなければ、リウ・ペイチアンは『流転の地球』で息子と人類の危機を救うことはできなかった。やっぱり生きて次の希望に向かっていくことは大事だ。

すべての条件が揃い、ジョウ・ジョウジーは地球エンジンを起動するよう指示。他国からの抵抗にあうが、「私は仲間を信じる」と押し切って地球エンジンを起動するのだった。

『流転の地球2』ラストの意味は?

それぞれのその後、「モス」の意味

地球は危機を脱して、木星付近へと向かっている。流浪地球計画には、木星の引力を利用して速度を上げる計画が含まれている。その作戦は前作『流転の地球』で描かれている。『流転の地球2』のラストでは、ジョウ・ジョウジーが「20750215」という新たな警告が発せられたことを知る。これは17年後を舞台とした『流転の地球』での木星危機を予告したものと考えられる。

なお、シュ・ヤンマンツー演じるハオ・シャオシーは大使に昇進した様子。かつてジョウ・ジョウジーに言われたように、若い部下に「大事じゃないスピーチなんかない。一言一句間違わずに読み上げればいい」と助言している。

宇宙ステーションに残ったリウ・ペイチアンは、そこで前作で登場したAIのMOSSと出会う。「MOSS」という名前は「550W」をひっくり返したもの、というトリックがニクい。『流転の地球』ではリウ・ペイチアンはモスを燃やすことになるのだが、あの圧迫面接も思い出していたのかもしれない(とはいえリウ・ペイチアンは面接の場面ではあの状況を作った人間側に怒っていたが)。

ミッドクレジットシーンの意味は?

黒幕は…

そして待っていたのはミッドクレジットシーンだ。ジョウ・ジョウジーがメッセージを受け取ったことから、まだ黒幕が存在していることが示されていたが、それはやはりモスだった。『流転の地球2』の劇中では、何度も防犯カメラの一つ目が人間を監視しているような描写が強調されていた。モスはすべてを見ていたのだ。

モスは、トゥーとヤーヤーの部屋に現れる。そして、今回の月球危機だけでなく、2044年の宇宙エレベーター危機を含む、様々な人類の危機の背後にはモス(モス的なやつら)がいたことが明かされる。思えば、劇中では1980年代にもメッセージを受け取ったことが語られていた。それはインターネットの起こりなのか、量子コンピューター的なものの原初の形なのか、それともモスは激ヤバ量子コンピューターなので過去にまで接触できるのだろうか。

モスがすべてを見ていたということは、リウ・ペイシアンの存在が人類を救う要因であることは『流転の地球』の時点で分かっていたはずだ。だからモスはリウ・ペイシアンを冷凍睡眠させたままにしておきたかったのだろう。前作ではモスはリウ・ペイシアンを強制睡眠させようとしたり、リウ・ペイシアンの同僚のマカロフを殺す判断をしたり、木星危機回避の妨害を繰り返していた。

トゥーとモスは生きている?

『流転の地球2』では、モスはトゥーとヤーヤーの人生ループを検証した結果、「文明の存続のためには、人類の滅亡が最適な答え」という結論に至ったと明かす。『流転の地球』の終盤では、モスは宇宙ステーションに残された凍結受精卵30万個と作物の種子1万個、動植物の遺伝子地図、文明データバンクを保有しており、新たな星で新しい文明を始めることを宣言している。

本作の劇中でも、ジョウ・ジョウジーが謎の暗号を解読し、メッセージは各政府が保有している核弾頭の数だと指摘する場面があった。モスは人類に核を放棄させようとしたのかもしれないし、核を鍵とすれば人類は協力できないから滅びると踏んだのかもしれない。

そしてモスは、トゥーの存在がその中で変数になることに触れる。モスは前作で燃やされたし、宇宙ステーションは木星に突っ込んで大破したが、今回の防犯カメラを演出を見るに、モスはどこにでも存在しているということのようだ。であれば、『流転の地球』の後もモスは生き延びており、それはトゥーもモスと共に生きているということを意味するのだろう。

『流転の地球2』のミッドクレジットシーンのラストでは、トゥーは「私は既に死んだ」と主張するが、モスは「既に」と「死んだ」の捉え方が異なると、かつてトゥーがマーにデジタル生命に関して投げかけた言葉を返す。そして、画面が引いていくと無数の部屋が映し出され、モスの一つ目が映し出されて『流転の地球 -太陽系脱出計画-』は幕を閉じる。

どうなる『流転の地球3』

注目したいのは、カメラが引いていく際にドアをノックするような音が聞こえているということだ。モスは2078年のソーラー・ヘリウムフラッシュ(太陽で起きるヘリウムの核融合の暴走)も予告しており、2075年が舞台だった『流転の地球』の次作、つまり『流転の地球3』がその3年後のソーラー・ヘリウムフラッシュを描くものであることを示唆している。もし、ノックの音がトゥーへの外部からの接触を意味しているのだとすれば、前作『流転の地球』の3年後に主人公リウ・チーが危機を前にしてトゥーへの接触を試みているのかもしれない。

トゥーは中盤で、息子を死なせたくないと国際宇宙ステーションへの勤務を志願したリウ・ペイチアンの面接を見ていた。娘を死なせてしまったトゥーはこのリウ・ペイチアンの姿に感化されてヤーヤーのデータを550Wにアップしたものと思われる。そのトゥーが、続編で成長したリウ・ペイチアンの息子リウ・チーと出会うのだとすれば、それはそれは胸熱な展開になる。

しかもトゥーは30代の時の自分のデータを550Wにアップしているから、見た目が若い。リウ・チーは『流転の地球』の時点で25歳くらいで、もし次作の舞台が2078年だとすれば28歳。前作でリウ・チーを演じた俳優のチュー・チューシャオも2024年現在29歳だ。『流転の地球3』では、歳の近いトゥーとリウ・チーがコンビを組んで新たな危機に挑むという可能性もあるだろう。

なんにせよ、ずっと情動を揺さぶってくる『流転の地球2』を観ていると、この「流転の地球」ユニバースずっと観ていたいという気持ちにさせられた。『流転の地球3』は2027年公開を予定しているということだが、過去編のスピンオフも含め、まだまだ作り続けてほしい。

『流転の地球 太陽系脱出計画』ネタバレ感想

大傑作誕生

本文中にほとんど感想は書いてしまっているが、『流転の地球2』は単体の作品としても楽しめるし、リウ・チーの母ドゥオドゥオが前作の息子と同じようにパワードアームを使っていたり、これを観た後だと「希望はダイヤモンドのように貴重」という前作のセリフがより深い意味を持ったり、前作がより楽しめるようにもなる作品だった。『流転の地球』でのモスの「人類に理性を保つよう求めても無駄だ」というセリフ、リウ・ペイチアンが今度こそ木星危機を回避するために自己犠牲を払ったこと、それらにも確かな背景が加わった。

繰り返しになるが、本作の展開や下される決断がすべて正しいとは思わない。けれど、それはスーパーヒーローが暴力で物事を解決したり、王がやむをえず権力を振るって民を幸せにするという西洋の映画も同じことだ。フィクションは、そこで描かれる展開にどれだけの説得力を持たせるかの勝負だし、「そうするしかない」という状況への追い込み方も含めて『流転の地球 太陽系脱出計画』は非常に質の高い作品だった。

『流転の地球2』の前週と翌週日本公開の『デューン 砂の惑星 PART2』も『オッペンハイマー』も、間違った責任感を背負って突っ走っていく男の話なのだが、本作は観客の情動の揺さぶり方が抜群にうまい。俳優はみんな良いはずだし、『流転の地球2』では西洋的な価値観と一線を画すテーマやメッセージにグイグイと引き込まれてしまうことも関係しているのだろうか。もちろん、グオ・ファン(郭帆)/フラント・グォ監督の手腕でもあるだろう。

なぜアカデミー賞に入ってない?

それにしても驚くのは、2023年1月に公開された『流転の地球2』が本年のアカデミー賞に一つもノミネートされていなかったことだ。国際長編映画部門も視覚効果賞にもノミネートすらされていないのだ(国際長編映画部門ノミネート候補の中国代表作品にはなっている)。『オッペンハイマー』はロバート・ダウニー・Jr.らの加齢メイクが絶賛されていたが、アンディ・ラウの若返りメイクはメイクアップ&ヘアスタイリング賞ものの凄さだった(CGだったとしてもやっぱり視覚効果賞の対象になる)。

「賞と中国」といえば、2023年に発表されたSF賞のヒューゴー賞で、西側の人々で構成される同賞の管理委員会が中国で問題になりそうな作品を“忖度”して、ノミネートから排除していたことが話題となった。欧米の人々の中国やアジアに対する解像度の低さは今に始まった話ではないが、『流転の地球2』こそ、米国アカデミーの忖度でノミネートから外されたのではないかと思えるほどの出来だ。

西洋はまだまだアジアを見ておらず、耳を傾けていない。特に『流転の地球2』の核兵器というテーマの扱い方は、アカデミー作品賞を受賞した『オッペンハイマー』よりも遥かに踏み込んでいて、明確なメッセージを発していたように思う。

『流転の地球2』には、欧米の個人主義を批判する場面もある。前作から変わらない主張ではあるが、各国の代表団が登場して議論するという点では、前作よりも政治描写は踏み込んで描かれていた。月球危機は、現実の気候危機とも重なるものであり、各国がどのように歩み寄っていけるかというテーマは、現実で起きている問題でもある。日本で本作が注目されることで、核と気候危機という人類が抱える問題について、改めて国際的な議論が進むことを願う。

最後に、もう一度マーに触れたい。マーが本作で示してくれたように、私たちは、同意しなくても理解することはできる。そうして他者の考えを踏まえて、自分の考えや生き方を決めていく。そうして、少しだけ他者に寄り添ったり、行き過ぎていたら止めてあげたりすることができる。『流転の地球2』は、善か悪か、0か100かではない、そういう懐の深さと思慮深さ、その大切さを感じさせる作品だった。

正直にいうと、久しぶりに「良い映画を観た」と思った。劇場で上映されているうちに何度か観に行って、続編も楽しみに待ちたい。

『流転の地球 -太陽系脱出計画-』公式サイト

原作を収録した劉慈欣の短編集『流浪地球』(大森望, 古市雅子 訳)は角川文庫版が2023年1月23日より発売中。

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ライターのおーえすによるNetflixドラマ版『三体』の原作からの改変についての解説はこちらの記事で。

ゲーム『Rise of the Ronin』で高杉晋作の英語版声優を務めたリック・クマザワが、アジア系のレプリゼンテーションについて語ったインタビューはこちらから。

齋藤 隼飛

社会保障/労働経済学を学んだ後、アメリカはカリフォルニア州で4年間、教育業に従事。アメリカではマネジメントを学ぶ。名前の由来は仮面ライダー2号。編著書に『プラットフォーム新時代 ブロックチェーンか、協同組合か』(社会評論社)。
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