Netflix版『三体』配信開始
劉慈欣の小説『三体』を原作としたドラマが、2024年3月21日よりNetflixで配信が始まった。『三体』の実写ドラマは、中国企業のテンセントが製作し、2023年に公開されたもの(WOWOWで配信)に続いて2作品目となる。
どこへ行こうと、我々が待っている。
Netflixシリーズ『三体』独占配信中。#3BodyProblem#ネトフリ三体 pic.twitter.com/9SjK0IqStj
— Netflix Japan | ネットフリックス (@NetflixJP) March 22, 2024
テンセント版はほぼ原作にそった物語になっており、小説『三体』のストーリーを30話にわたってしっかりと描ききっていた。一方のNetflix版はというと、原作の設定を活かしつつ大胆なアレンジを加えている。こう書くと、原作ファンの方は不安になってしまうかもしれないが、安心してほしい。一見疑問に思ってしまう改変も、話が進むにつれて実によく練られていることが分かってくる。
本記事では、Netflixドラマ『三体』の第1、2話を中心として、作品の見どころや原作との違いについて解説していこう。2話までのネタバレ内容を含むものの、全体の物語のほんの一部でしかないので、未視聴の方も気にせずに読んでいただきたい。
以下の内容は、Netflixドラマ『三体』第1話と第2話の内容に関するネタバレを含みます。
Netflix版『三体』解説
小説『三体』について
ドラマの内容に入る前に、原作の『三体』について簡単に触れておこう。物語は文化大革命の真っ只中、清華大学で起こった批闘大会(思想に反する者を批判して改心させる、または裁くための集会)のシーンから始まる。大学で物理学を教えていた葉哲泰(イエ・ジョータイ)も標的となり、激しい拷問の末に批闘大会の壇上で死亡した。
父・葉哲泰の死を目の当たりにした葉文潔(イエ・ウェンジェ)は、紆余曲折を経て中国共産党直轄の極秘基地で働くことになり、そこで地球外の三体文明との交信に成功する。これ以上の情報を送るなと警告する相手に対し、「私たちの地球に来てほしい」というメッセージを送信するのだった。
それから数十年後、科学者が謎の自殺をとげる事態が世界中で起こっていた。ナノテクノロジー技術の研究者である汪淼(ワン・ミャオ)は、警察官の史強(シー・チアン)とともに自殺の謎を探る。やがて、死亡した科学者はあるVRゲームをプレイしていたことが判明。『三体』と名付けられたゲームは、三体文明が人類のすぐそばに侵食していることを示していた。
『三体』の人気に火がついたのは、やはりケン・リュウによる英訳が発表されたあたりだろう。中国で出版された際には物語の中ほどにあった文化大革命のシーンを、作者の意図を汲んで冒頭へ持っていくなどの大きな変更を加えつつ、的確な翻訳で本作の魅力を引き出した。日本でも人気を博し、羅輯(ルオ・ジー)を主人公とした『三体II 黒暗森林』、程心(チェン・シン)を主人公とした『三体III 死神永世』に続いていく。
Netflixドラマ『三体』は、なんと5人の群像劇に
Netflixドラマ『三体』では、特に現代パートに大きな変更が加えられた。小説『三体』で汪淼が担っていた役割は、2024年のイギリスに暮らす5人の若者に割り振られているのだ。オギー・サラザール、ジン・チェン、ソール・デュラント、ジャック・ルーニー、ウィル・ダウニング。5人はかつて葉教授のもとで学び、現在はそれぞれの道を進んでいる、「オックスフォード・ファイブ」と呼ばれるメンバーだ。
そんな5人が、再び集まるきっかけとなったのは、かつて教えを受けたヴェラ・葉教授の自殺だった。物理学者のヴェラ・葉は、実験結果がこれまでの物理法則と合わなくなったこと、プロジェクトの中止が決まったことを気に病んでいた。
一方、マイクロテックの会社を立ち上げたオギーは、奇妙な現象に悩まされていた。視野の中央にオレンジ色の数字が浮かび上がり、カウントダウンを始めたのだ。平静でいられないオギーのもとに謎の女性が現れ、カウントダウンを止める方法を告げる。それは、彼女の会社で進めている事業を中止することだった。
一方、ヴェラ・葉教授の母の元を訪れたジンは、教授が死ぬ間際、あるゲームに熱中していたことを知る。ゲームの舞台は非常に不規則な天体運動をする惑星であり、宇宙を回る天体の周期性を見つけるというもの。現実と見間違うほどのリアリティを持ったゲームに戸惑いつつも、プレイし始めることになる。
一方、葉文潔の話が中心となる過去パートは、多少の改変をしつつも大筋は小説に忠実だ。文化大革命に始まり、内モンゴルの建設現場での経験、紅岸基地へと配属される。行く先々で人に裏切られ、人の悪意に触れた葉文潔はある日、地球外からのメッセージを受信する。誰にも知られることなくそのメッセージを受け取った葉文潔は、三体文明がこの世界を征服することを手助けするという返信を送るのだった。
登場人物変更の狙いは何か
汪淼が登場せず、かわりにオックスフォード・ファイブの面々に変更されたことは、原作ファンからすると賛否両論あるだろう。小説『三体』は汪淼と史強のバディものとしての魅力もあり、設定が変わったことを惜しむ声があるのもうなずける。それでも、この改変は物語性を高めるために効果を上げているように見える。
注意してほしいのは、汪淼をたんに別の人物に置き換えたわけではないことだ。たとえば、ナノテクノロジーの専門家であった汪淼の役割はオギーが担っているが、ゲームのプレイヤーとしての役割はジンが担っている。二つの話が並行して進むことで、仲間でひとつの謎を共有している状態を作り出し、物語にドライブ感を与える狙いが見える。また、小説『三体』に登場した沙瑞山の役割はソールが肩代わりした。このエピソードを、ソールとオギーの微妙な関係性を描く物語につなげている。
そして、これは後半になるにつれて分かってくることだが、この5人は羅輯でもあり程心でもある(『三体X』の雲天明と思わしきキャラクターもいる)。誰が誰になるのかは見てからのお楽しみだが、原作では違う時代を生きている三部作の主人公が勢ぞろいしているのは、なかなかに熱い展開ではないだろうか。こうした仕込みのためには、主人公を汪淼1人にするのでは成り立たなかった。
変えられない物語もある
汪淼の設定が変更可能であったのに対し、葉文潔のエピソードに手を加えてしまっては、その意味が失われてしまう。そのためか、Netflixドラマ版では物語の流れを一部変更しているものの、基本的には小説『三体』の内容を踏襲している。
Netflixドラマ『三体』は、小説と同じく文化大革命から始まる。清華大学で行われた批闘大会、毛沢東語録を掲げる観衆たち。三角帽をかぶせられた葉哲泰に対して紅衛兵は批判を浴びせ、ついに暴力へと発展する。同じ出だしながら、文章で読むのと映像で見せられるのでは、説得力が段違いだ。特に、その世代に生きていなかった人々にとっては。
葉文潔が三体文明を支持し、地球の侵略を手伝おうとする背景には、人間に対する不信があった。文化大革命で父を失ったあと、内モンゴルや紅岸基地で信頼していた人から裏切られる経験、そして第2話で起こったある事件をきっかけにして、人間の本質は悪であるという意識が醸成されていく。
この積み重ねが非常に丁寧で、葉文潔が三体文明を利することに説得力を与えている。たとえば、小説『三体』とNetflixドラマ『三体』には共通して、葉文潔が父を殺した紅衛兵と出会うシーンがある。懺悔するべきだと考えている葉文潔とはうらはらに自身を正当化するばかりの紅衛兵に対し、葉文潔は怒りのやり場を失う。
小説『三体』ではこのシーンを三体文明との接触後の話として書いていたが、Netflixドラマ『三体』では接触前のエピソードとして描いている。人間の悪意が凝縮されたワンシーンだけに、前に移した意図は明確だ。長い間醸成されてきた人間への絶望がここで閾値を越えたことを表現し、葉文潔が三体文明に肩入れする理由を補強した。
Netflixドラマ『三体』は、エンターテインメントとして洗練された新しい味わいに仕上がっている。大きな改変を加えつつも本作が『三体』たりえているのは、エピソードの取捨選択が的確になされているからに他ならない。繰り返すようだが、葉文潔の描写が丁寧で明確になったぶん、彼女の抱える想いがより切実に届いてくる。葉文潔の選択が正しかったのかどうかはこれからの物語だが、少なくとも当時の彼女にそれ以外の選択肢はありえなかった。
Netflixドラマ『三体』は全8話。第2話までで謎のほとんどは提示されており、重要なキャラクターもほとんど登場している。世界中で物理の実験結果が狂いだした理由、オギーが見たカウントダウンの原因や『三体』ゲームが作られた真意。三体文明の意図が見えてくるにつれて、葉文潔の選択とオックスフォード・ファイブの周囲で起こる出来事がつながり始める。第3話を見始めれば、そこから先はもう観るのを止められない。
ドラマ『三体』は2024年3月21日(木)よりNetflixで独占配信中。
原作小説の劉慈欣『三体』(大森望, 光吉さくら, ワン・チャイ 訳, 立原透耶 監修) は文庫版が発売中。
原作者の劉慈欣についての解説はこちらから。
劉慈欣原作の映画『流転の地球 -太陽系脱出計画-』は劇場で公開中。詳しくはこちらから。