『第9地区』でアパルトヘイトを描いたニール・ブロムカンプ、彼が映画を作る理由とは | VG+ (バゴプラ)

『第9地区』でアパルトヘイトを描いたニール・ブロムカンプ、彼が映画を作る理由とは

via: © 2014 Sony Pictures Digital Productions Inc.

南アフリカから登場したニール・ブロムカンプ監督

グローバルに繋がるSFの世界

かつて、星新一や小松左京らが設立した日本SF作家クラブが主導し、日本で“国際SFシンポジウム”が開催されたことをご存知だろうか。大阪万博が開催された1970年に実施されたこのシンポジウムには、アメリカ、イギリス、カナダ、そしてソ連からSF関係者が招かれた。冷戦下にあっても、SF作家たちはSFというジャンルのもとに集うことができたのだ。
それから50年が経とうとしている現在、SF映画界においても、世界中から優秀なクリエイター達が登場している。『ダークナイト』(2008)のクリストファー・ノーラン監督はイギリス出身、『パシフィック・リム』(2013)のギレルモ・デル・トロ監督はメキシコ出身だ。世界で最も有名なSFアニメ映画監督といば、『攻殻機動隊』(1995)で知られる日本の押井守監督だろう。SFはいつの時代でも、グローバルな規模で繋がっているのだ。

南アフリカの鬼才

そんな中でも、今回フォーカスするのは、南アフリカ出身のニール・ブロムカンプ監督だ。1979年生まれのニール・ブロムカンプ監督は、2009年に『第9地区』で長編デビューを果たすと、『エリジウム』(2013)、『チャッピー』(2015)と立て続けに名作を生み出した。その後も、自身が立ち上げたオーツ・スタジオ(Oats Studios)から続々とSF短編作品を公開している。7月には、『ロボコップ』(1987)の続編となる『RoboCop Returns』(公開時期未定)の監督を務めることも決定。今最も勢いに乗っているSF映画監督の一人だ。

『第9地区』に込められたメッセージ

「差別」をテーマにしたSF映画

ニール・ブロムカンプ監督がその名を世界に轟かせた作品が、長編デビュー作の『第9地区』である。『第9地区』では、南アフリカ・ヨハネスブルグに降り立ち「難民」となったエイリアンたちと、彼女ら・彼らを「第9地区」に隔離して管理・監視する行政との戦いを描いた。エイリアン映画でありながら、「差別」をテーマにしたのである。『第9地区』は、“エイリアン”というSFにおける王道の題材を用いながら、「どう猛な侵略者と、それに抵抗する人間」というエイリアン映画の機軸を打ち破った。アメリカ国内とヨーロッパを中心に高い評価を受け、新人監督としては異例の大ヒットを記録。第82回アカデミー賞では、『第9地区』は作品賞をはじめとする4部門にノミネートされ、ニール・ブロムカンプ監督は一躍時の人となった。南アフリカ生まれの新人監督が見せた非凡な才能が、ハリウッドを賑わせたのである。

南アフリカで続いたアパルトヘイト

すでに述べたとおり、『第9地区』はただの娯楽作ではない。物語の舞台となったヨハネスブルグは、ブロムカンプ監督が生まれ育った街だ。南アフリカでは1948〜1994年まで、“アパルトヘイト”と呼ばれる人種隔離制度が敷かれていた。1948年に、白人労働者層を支持基盤に持つ国民党が選挙戦で勝利し与党に躍り出たことによって、白人の「権利」を保護するためのアパルトヘイト政策が実施されたのだ。選挙・就労・教育など、あらゆる分野で非白人の権利が制限され、異人種間の婚姻も禁止された。中でも際立っていたのが、1960年代から1980年代にかけて進められた黒人強制移住だ。1970年代には、白人だけの居住区を作る目的で、“第6地区”に住んでいた6万人以上の非白人住民が強制的に退去させられた。そして『第9地区』の物語は、このアパルトヘイト政策をベースとして制作された。あの大ヒット作で描かれているのは、現実社会で人類が起こした悲しい史実なのだ。

扱い続けてきた大きなテーマ

南アフリカで生まれ育った経験を活かし、エンターテイメント作品でありながら、史実を風化させないギミックを取り入れたニール・ブロムカンプ監督。こうした手法は、自身の他の作品でも取り入れられている。マット・デイモンが主演を務めた『エリジウム』では、スペースコロニーという題材を用いながら、経済格差の問題を取り上げた。『チャッピー』では、またも王道SFのロボットものでありながら、教育をテーマにしたストーリーを展開した。では、ニール・ブロムカンプ監督はなぜ、自身のSF映画作品で大きなテーマを扱うのだろうか。

映画を作り続ける理由

「理由なく映画を作ることはできないんだ」

「映画の作り手は、理由なく映画を作ることはできないんだ」。ニール・ブロムカンプ監督は、DAZED誌のインタビューで、大きなコンセプトを掲げてきた自身の作品について聞かれ、このように答えた。

『エイリアン2』を作った時のジェームズ・キャメロンのようにね。あの映画はベトナム戦争を題材にしているんだ。より強い装備と、洗練された科学技術を持っていて、なのになぜ負けるのか? 人間がエイリアンに食べられる、そのシーンで表現されている。比喩的な表現なんだ。そこには、いつでも理由があるんだよ。

by ニール・ブロムカンプ

では、ブロムカンプ監督が映画を作る「理由」とはなんなのだろうか。「観る人の意識を変えたいのか」という質問に対して、次のように語っている。

ある意味で、アートとは何か、ということでもある。映画の作り手が世の中を変えたいと思うなら、コートを着て外に出るべきだと思う。世界を変えたいのなら、映画を作るよりもいい方法はいくらでもある。映画が持つ力の限界は理解してるよ。皆んな一週間働いたら、二時間だけでも感動的な旅に出て、何かと繋がっているような感覚を得たいんだ。映画館から出てきて、政治運動に参加したりはしないんだよ、そうはならない。

by ニール・ブロムカンプ

映画の力を過信せず、あくまで謙虚な姿勢を見せるニール・ブロムカンプ監督。だが、映画の限界を認識しながらも、「理由なく映画を作ることはできない」とする彼の哲学が、一つの答えを導き出す。

何百もの映画がある一つのテーマを扱って、ようやく一つの方向に向かって、次第に動き始めるものなんじゃないかな。これまでに最も影響力があった映画を見てみると…例えば『スター・ウォーズ』なんかね、あの映画が社会に与えた影響は計り知れない。『アバター』(2009)だって、環境保護の議論を扱って、最大規模の映画になった。今では、小学生の子ども達でも環境破壊がいけないことだって気付いている。それでも、変化は少しずつ訪れるものなんだ。僕だけが違うことができるなんて思わないよ。

by ニール・ブロムカンプ

変化は少しずつ訪れる。それが、彼がブレることなく、大きなテーマを扱った作品を作り続ける理由なのだ。ニール・ブロムカンプ監督は、『第9地区』から変わらない姿勢で作品を撮り続けている。自身初の続編作品の監督となる『RoboCop Returns』では、どのようなテーマを扱うのか、公開を楽しみに待とう。

Source
DAZED

VG+編集部

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