“ワイリー・E・コヨーテの裁判”の行方は如何に
銃弾より速く走るオオミチバシリのロード・ランナーとそれを食べようと策を練る天才的なコヨーテのワイリー・E・コヨーテの追いかけっこ。このドタバタ劇はカートゥーンを含め、世界でもっとも有名な追いかけっこと言っても良いだろう。
しかし、ロード・ランナーに何度も逃げられるワイリー・E・コヨーテは、ロード・ランナー用の罠としてアクメ社製品を購入するも、これまでその罠は何度も不具合や故障を繰り返してきた。そしてワイリー・E・コヨーテはそれらの商品を販売する天下の大企業のアクメ社を相手に孤独にも裁判を起こすことを決意した。もちろんこれは現実の話ではない。7000万ドルかけた映画のストーリーだ。
この1990年にニューヨーカー誌に掲載されたイアン・フレイジャーのジョーク記事をもとにした実写とCGアニメーションのハイブリット映画『コヨーテVSアクメ』は主演に『ピースメイカー』(2022-)のジョン・シナを迎え、プロデューサーには現DCスタジオ共同CEOのジェームズ・ガン、監督は『ミュータント・ニンジャ・タートルズ 影』(2016)のデイブ・グリーンが務めるという豪華な制作陣で映画は撮影された。
映画『コヨーテVSアクメ』は完成し、試写会でも高評価を得ていたが、ワーナー・ブラザーズは『コヨーテVSアクメ』のお蔵入りを2023年11月初旬に決定した。理由は税金対策というものだが、この制作陣への不義理は同じくお蔵入りされた映画『バットガール(原題:Batgirl)』から1年もたたずに起きた事件である。
今回は『バットガール』のときとは異なり映画制作陣に事前にお蔵入りを伝えたとのことだが、デイブ・グリーン監督は「しかし、ワイリー・E・コヨーテの精神では、立ち直りと粘り強さが勝利します」と自分をワイリー・E・コヨーテになぞらえて声をあげた。
一転したワーナー・ブラザーズ側の対応
この不義理による映画制作陣への反響は大きく、映画スタッフは撮影時のメイキングを一時公開するなど、映画『コヨーテVSアクメ』への未練を見せた。このメイキング映像は現在では削除されている。そしてデイブ・グリーン監督は「3年間、史上最も粘り強く、情熱的で、立ち直るキャラクター、ワイリー・E・コヨーテについての映画をつくることができて幸運だった」と映画『ワイリーVSアクメ』についてSNS上で述べ、試写に関しても高い評価を得たこともSNS上で述べた。
『ハピリー(原題:Happily)』(2021)でデイブ・グリーン監督と共に作品を創り上げたベンデヴィッド・グラヴィンスキー監督は「『コヨーテVSアクメ』は素晴らしい映画だ」とSNS上で発言。それに加え、「主役たちは超好感が持てる。美しく撮影されている。アニメーションも素晴らしい。エンディングはみんなを泣かせる。この業界のゴールはヒット作を作ることじゃなかったのか?」と続け、今回の映画『コヨーテVSアクメ』のお蔵入りに疑問を呈した。
このような評価にも関わらず、このままお蔵入りになってしまうと思われた『コヨーテVSアクメ』。ワーナー・ブラザーズのアニメーション部門はレブロン・ジェームズ主演の実写とCGアニメーションのハイブリット映画『スペース・プレイヤーズ』(2021)の興行不振と税金対策のために『コヨーテVSアクメ』をお蔵入りにするは決定事項だと思われた。
現在、ワーナー・ブラザーズ・ディスカバリーは新しく設立されたメディア複合企業体として30億ドルの節約を模索しているといわれている。そのため、新しいCEOであるデイヴィッド・ザスラフCEOのもとでは劇場公開以外の作品がお蔵入りに遭っており、『バットガール』や『スクーブ!(原題:Scoob!)』がその対象となった。
さらには以前よりデイヴィッド・ザスラフCEOには白人男性優位な思想があると批判されており、一時は『ブルービートル』(2023)のアンヘル・マヌエル・ソト監督もお蔵入りに反発し、SNS上で『バットガール』の公開を求めるものに「イイネ」を押していた。
しかし、ワーナー・ブラザーズは『コヨーテVSアクメ』の権利をAmazonやApple、Netflixなどに販売する方針へと転換した。これにはデイブ・グリーン監督ら制作陣が集まり、反対の姿勢を取ったことが影響しているとも言われている。これまで続いたクリエイター軽視の不義理な姿勢による反発がここにきて一気に高まった印象だ。
ホアキン・カステロ下院議員による捜査のメス
このお蔵入り騒動に声をあげたのは制作陣だけではない。テキサス州の下院議員のホアキン・カストロ議員もその一人だ。ホアキン・カストロ議員は『コヨーテVSアクメ』の一方的なお蔵入りを「減税のために完全に製作された映画を廃棄するというワーナー・ブラザーズ・ディスカバリーの戦略は略奪的で反競争的だ」と非難した。
ホアキン・カストロ下院議員は税金償却計画における独占禁止法のガイドラインに違反していないか司法省と連邦取引委員会に調査を求めている。ホアキン・カストロ下院議員はワーナー・ブラザーズ・ディスカバリーとは因縁のある相手とも言え、米国議会ヒスパニック幹部協議会の議長を務めた経験もある人物である。ホアキン・カストロ下院議員はこのようなお蔵入りはクリエイターにダメージを与え、市場価値の低下、ひいては消費者の選択を大幅に制限していると声明を出した。
ホアキン・カストロ下院議員は現在のワーナー・ブラザーズ・ディスカバリーのCEOのデイヴィッド・ザスラフCEOに対し、「ディスカバリーは長年にわたり、映画の中の描写や労働環境、経営陣など、ビジネスのほぼすべての面でラテン系の人々の扱いが不十分だった」「ディスカバリーのもとではワーナー・メディアが取り組んできた(多様性への)取り組みも消えてしまうのではないか」と有色人種やマイノリティを軽視する姿勢があると批判をしてもいる。
これまでの二転三転するワーナー・ブラザーズ側の対応の変化を見ていると、この『コヨーテVSアクメ』の再公開に向けた制作陣の団結とホアキン・カストロ下院議員の反応は全米脚本家組合ストライキや全米俳優組合ストライキに続く、スタジオ側の搾取に対する反対運動の一つなのかもしれない。このクリエイター軽視の姿勢とアメリカの税金逃れに対する厳しい追及の風潮が合わさった結果、今回の映画『コヨーテVSアクメ』の制作陣の更なる反発を生んだと考えられる。
ワーナー・ブラザーズ・ディスカバリーは2023年を100周年記念と盛大に祝いたいところだが、その目玉であった『ザ・フラッシュ』(2023)の主演であるエズラ・ミラーは数々の不祥事を起こし、2023年最後を飾る映画である『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』では映画公開前に主演のティモシー・シャラメがパレスチナがイスラエルから侵攻を受けて多くの人々の命が奪われている中で、ハマスをジョークにした『サタデー・ナイト・ライブ』(1975-)のコントに出演し、強い批判を浴びるなど、100周年を祝うにあたって映画外からのノイズが絶えない1年となってしまった。
だが、まだ公に明らかになっている情報が少ないため、我々外野の人物は内情を完全に知ることはできない。そのため、映画『コヨーテVSアクメ』の完成度などは伝聞でしか知ることができない。そのことからもイエロージャーナル(閲覧数をあげるために情報の真偽よりも煽情的な報道をすること)にならないようにこの問題を注視していきたい。
『コヨーテVSアクメ』の公開は現在未定。
Source
The Hollywood Reporter 1 / The Hollywood Reporter 2 / The Hollywood Reporter 3
『バットガール』のお蔵入り騒動についての解説はこちらの記事で。
ヘンリー・カヴィルがスーパーマン役を降板することになり、DCスタジオの炎上騒動となった経緯のまとめはこちらから。
デヴィッド・コレンスウェット版スーパーマンとヘンリー・カヴィル版スーパーマンの年齢差に関する記事はこちらから。
『ザ・フラッシュ』公開までの経緯のまとめはこちらから。