2009年に公開され、CGI映画の金字塔となり映画史の転換点となった「アバター」シリーズの第2作目『アバター2』にあたる『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』(2022)。全世界での興行収入は約590億円にまでのぼり、テレビなどで連日CM放送や報道がなされているほど、注目度の高い作品だ。
13年ぶりの作品として「アバター」シリーズの新たな幕開けとなった『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』。前作の『アバター』から主人公であったサム・ワーシントン氏演じるジェイク・サリーやゾーイ・ザルタナ氏演じるネイティリに加え、彼らの子ども達や海の民・メトカイナ族という新キャラクターも加わり新たな展開を迎えている。
その新キャラクターたちが持つ象徴するものとは何なのだろうか。そこを注視すると、登場人物一人一人が何らかの孤独とアイデンティティ問題を抱えている様子が垣間見えてくる。なお、本記事には『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』に関するネタバレが含まれるため、本編視聴後に読んでいただけると幸いである。
以下の内容は、映画『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』の内容に関するネタバレを含みます。
ナヴィであってナヴィではない、ドリームウォーカーの子ども達
『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』を語る上で外せないのは13年という大きな空白期間の間に誕生したジェイクとネイティリの子ども達だろう。長男で父親の影を追う優秀な戦士のジェイミー・フラッターズ氏演じるネテヤム、養子で『アバター』で死亡したシガニー・ウィーバー氏演じるグレイス・オーガスティン博士のアバターが出産した同氏演じる謎多き次女のキリ、次男で兄への劣等感を抱くトラブルメーカーのロアク(ローク)、末娘で悪戯好きなトゥクことタクティレイの4人の子ども達だ。
子ども達はかつて人類(スカイ・ピープル)との戦いで多くの部族をまとめ上げたトゥルーク・マクトのジェイクを持ち、オマティカヤ族の族長の娘で呪術医であり自然神エイワの巫女の跡継ぎであるネイティリの間に生まれたわけだが、子ども達のナヴィでの立場は曖昧かつ微妙である。その理由が指の数が示す血統の問題だ。
ナヴィは本来4本指の種族なのだが、ドリームウォーカーと呼ばれる人間との遺伝子の掛け合わせで誕生したアバターとその血を引く子ども達は人間と同じ5本指であり、人類に侵略されたナヴィたちからすれば悪魔の血を引く証として蔑まれている。“英雄ジェイクと族長の娘ネイティリの子ども“であるという壁のおかげでオマティカヤ族の間では触れられなかったものの、メトカイナ族へと身を寄せた途端に子ども達はナヴィたちからの冷たい眼差しにさらされてしまう。
この点は『アバター2』/『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』を観ていく上で重要なキーワードであるアイデンティティ問題のはじまりとなっている。この問題は父親像に悩むジェイクやジェイクと結婚しながら人間への憎悪を捨てられないネイティリ、居場所のないジャック・チャンピオン氏演じるスパイダーやリコン計画で自分が何者なのかわからなくなっているリコビナントとなったスティーヴン・ラング氏演じるマイルズ・クオリッチ大佐にもつながっていく。
子ども達は家族の喪失を恐れるジェイクから耳に胼(たこ)ができるほど、海辺に暮らすメトカイナ族に溶け込めと言われるが、メトケイナ族の子ども達は無邪気さ故か残酷な側面を見せる。それは悪魔の血、つまり人間のDNAの混じった子ども達はナヴィではないと言い放つことだ。その一方で人類側からはナヴィとして抑圧され、人類と戦っている子ども達は人類側にもナヴィ側にも居場所がない状況に追い込まれてしまう。
父の期待を受ける子どもと、母への渇望を抱く子ども
ジェイクとネイティリの子ども達は14歳前後であり、本来ならば子どもとして自由に過ごすべき年齢だ。しかし、人類の再来による戦争と家族の喪失を恐れて軍隊的・家父長的態度を見せるジェイクらによって、子ども達は子どもである以上に優秀な戦士であるように求められる。まるで子どもを労働力としてみなすような現実の社会問題を反映させたナヴィの問題に直面する代表的な人物が次男のロアクであろう。
ロアクは優秀な戦士であり、父親の命令に兵士のように従属する兄のネテヤムとの差に苦しむ人物として描かれ、ナヴィの掟やジェイクへの反発心を持ちながらも一方でジェイクに認められたいとも考えている思春期の少年だ。ロアクは同じ孤独と同族の掟に背いたことで一生罪を背負うことになった鯨型の生物トゥルクン(タルカン)のパヤカンとの間に絆を育むが周囲には理解されず、それによって余計に苦しむことになる。
このトゥルクンに関する文化はアイヌの人々の「人を食べた、もしくは人を殺めたヒグマはウェンカムイ(悪いカムイ)となり、他のヒグマと違って弔われない」「冬眠の時期になっても冬眠に入らない他のヒグマの生活パターンから外れたマタカリプ(穴持たずのヒグマ)は危険」といった考えに近く、パヤカンもまた人間側とナヴィ側の双方に属することができない存在である。故にこの交流がロアクの戦争での傷を癒していく。
『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』の冒頭では前作『アバター』とは異なり戦争に巻き込まれる子ども達の視点が多く含まれる。幸せな日常から戦争へと突入していく冒頭部分は国際NGO「Save The Children」が公開した戦争によって子どもの笑顔が失われるまでを描き7000万回以上再生された短編映画『Most Shocking Second a Day』と『Still The Most Shocking Second A Day』を想起させ、メトケイナ族の集落で海を通して心を癒す物語なのだと思わせてくれる。
父親に認められたいと願うロアクの一方で、母親への渇望を抱くのがキリである。キリはグレイス・オーガスティン博士のアバターが出産した父親不明の子どもで、自然神にして万物の母のエイワと深い繋がりを持っていたりする描写は処女受胎と聖母マリアと神の子イエス・キリストの関係性に近い。しかし、キリの母親のオーガスティン博士は死亡しており、そのアバターは脳死状態で培養液の中に保存されている。
キリはオマティカヤ族のハイ・キャンプにいた頃は何かと保存された母のアバターに会いに行くことが描写されており、更にはネイティリに自分はエイワと繋がれるなど何で他のナヴィと違うのかと問いかける描写も多々ある。ネイティリはツァヒクの跡継ぎの族長の娘であるが、本来は人類に殺害された第一子の姉が継ぐべきであり、ネイティリ自身も明確な答えを出せないのがキリの孤独を深めている。
人間とナヴィの間で悩むキャラクターたち
アイデンティティ問題に悩むのはモラトリアムの子ども達だけではない。ジェイクと結婚したネイティリもその一人である。ネイティリは『アバター』以前の設定で姉を人類に殺害されたことが語られた。更には父親であるウェス・ステュディ氏演じる族長エイトゥカンを殺害され、『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』での人類の再来によりオマティカヤ族の集落ハイ・キャンプから離れなければならなくなったことから人類への憎悪を募らせる。
それを決定づける描写としては幼い子どもで、自分たちの子どもとも仲が良かったスパイダーをどんなにナヴィの文化に適応していても余所者扱いし続け、キリが発作で倒れた場面ではジェイクの頼みで助けに来たジョエル・デヴィッド・ムーア氏演じるノーム・スペルマン博士とディープ・ラオ氏演じるマックス・パテル博士を役立たずと罵る描写も存在している。
そのようなネイティリだが、皮肉にも彼女が結婚したジェイクも人類であり、人類の再来と攻撃によって人類を憎悪しながらも人類を最愛の伴侶とし、人類の血の流れる子ども達を実子と養子の分け隔てなく愛する一方で人類であるスパイダーは受け入れられないという矛盾した性格が露わになった複雑な人物として描かれている。
似た悩みを抱える人物がネイティリに拒絶されているスパイダーだ。彼は幼すぎたが故にかつての人類撤退時に冷却ポットに入れず、惑星パンドラに残った人類の科学者によって育てられ、ネテヤムやロアク、キリにトゥクたちはスパイダーをきょうだい同然の存在として扱っている。
しかし、ジェイクたちの態度は子ども達とは全く違う。ジェイクはスパイダーをそれなりに心配する様子を見せ、集合時には家族として扱うも、冒頭のナレーションで内心では野良猫のように引っ付いてくる存在ととらえているなど、家族とみなしているかは曖昧な上、ネイティリに関してははっきりと余所者扱いである。
更にはスパイダーの父親が宿敵クオリッチ大佐であるため、人類側に利用されてしまうスパイダーだったが、リコン計画によりクオリッチ大佐の記憶を受け継いだリコビナントとして復活したクオリッチ大佐に父性を求め、クオリッチ大佐にシンパシーを感じ、父子の繋がりを断ち切れない様子も描写されている。
人類側には自分をナヴィと思い込んでいる哀れな子どもとして扱われ、大人のナヴィたちには人類側ときっぱり線引きされてしまい、居場所のない孤独を抱えるスパイダー。スパイダーこそ、この作品の中で描かれるアイデンティティ問題を抱えた人物の最たる例なのかもしれない。
リコビナントと人類側の葛藤
ジェイクの抱える家族の喪失による恐怖とそれに由来する家父長的態度については以前の記事でも紹介したが、それと鏡映しのように描かれる存在が『アバター』の宿敵でもあったマイルズ・クオリッチ大佐であろう。クオリッチ大佐は『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』ではリコビナントとして復活しているが、それが彼に葛藤をもたらしているのだ。
同じ記憶と人格、肉体を有していればそれは同一人物といえるのかという「どこでもドア問題(スワンプマン問題)」に近い問題を抱えるクオリッチ大佐は、自分自身の遺骨を握りつぶす一方でスパイダーに優しく接する。一方でイーディ・ファルコ氏演じるフランシス・アードモア将軍から「スパイダーは(人間のクオリッチ大佐の息子であって、リコビナントのクオリッチ大佐である)あなたの息子ではない」と言われ、その後にスパイダーを拒絶する描写があるなど揺れ動く人物として描かれる。
クオリッチ大佐はその不安定な精神に決着をつけるために、人間とナヴィのDNAを掛け合わせたアバターに意識を移した自分に近い境遇のジェイクとの戦いにこだわった。自分自身で人間のクオリッチ大佐の遺骨を握りつぶしたかと思えば彼を殺害したネイティリとの再戦を熱望するなど、ジェイクとネイティリとの戦いによって人間のクオリッチ大佐との区切りをつけようと執着しているように思える。
他にもトゥルクンの民間海洋狩猟船S-76シードラゴンに乗りながらも、トゥルクンを殺害することに罪悪感を抱き、パヤカンの復讐でブレンダン・カウエル氏演じるミック・スコービー船長が追い詰められたときに嬉しそうにしているジェマイン・クレメント氏演じるイアン・カーヴィン博士など、『アバター』同様、続編の『アバター2』である『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』でも、人類側も一枚岩ではない様子が描かれている。
アイデンティティ問題と将来の希望
ジェイクにネイティリ、クオリッチ大佐など大人たちも子ども同様にアイデンティティの揺らぎとそれによる孤独感に苛まれる中、ロアクやキリ、スパイダーらは一時は敵対するも絆を深めるなど、次世代がアイデンティティ問題の解決の糸口になるような演出がみられる。
ジェームズ・キャメロン監督とは旧友であり、『タイタニック』(1997)で主演を務めたケイト・ウィンスレット氏たちがメトケイナ族のツァヒクであるロナルを演じ、大人たちの確執を描く中で、グレイス・オーガスティン博士と14歳のキリという歳の離れた二役を演じた同じくジェームズ・キャメロン監督の旧友のシガニー・ウィーバー氏らが次世代の持つ希望を描いてくれている。
『アバター』から13年ぶりに動き始め、全5部作の始まりとなる『アバター2』/『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』。すでに水中での特殊なVFXのための撮影など制作現場も次世代への希望と挑戦に満ちた「アバター」シリーズだが、今後、登場人物たちのアイデンティティ問題がどのように解決されるのだろうか。この先住民の人々のアイデンティティにまつわる問題はフィクションだけの話ではない。ジェームズ・キャメロン監督がそれらの問題にどのような答えを出すのか今後の展開に注目したい。
『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』は2022年12月16日(金)より劇場公開。
『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』のオリジナル・サウンドトラックは発売中&配信中。
『アバター』はエクステンデッド・エディションのBlu-rayが発売中。
『アバター2』のネタバレ解説&考察はこちらの記事で。
ジェイクが見せた家父長的態度についての考察はこちらの記事で。
『アバター3』の考察はこちらから。
前作『アバター』のネタバレ解説&考察はこちらから。