ネタバレ感想&考察『アリスとテレスのまぼろし工場』MAPPA初のオリジナル劇場アニメ | VG+ (バゴプラ)

ネタバレ感想&考察『アリスとテレスのまぼろし工場』MAPPA初のオリジナル劇場アニメ

(c)新見伏製鐵保存会

2024年1月15日(月)Netflix独占配信開始

『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』(2011)や『心が叫びたがってるんだ。』(2015)、『さよならの朝に約束の花をかざろう』(2018)などを担当してきた岡田麿里監督が監督2作品目として世に放つ『アリスとテレスのまぼろし工場』。制作会社MAPPAとしては初のオリジナル劇場アニメとなり、原作小説として岡田麿里監督が自ら執筆した小説も出版されるなど、制作会社としても新たな展開をみせる『アリスとテレスのまぼろし工場』が2023年9月15日(金)に全国公開され、2024年1月15日(月)からNetflixより独占配信が開始される。

演出面においても今までのアニメーション作品では珍しい手法が用いられるなど、岡田麿里監督のエッセンスを濃縮したような作品とまで評価される『アリスとテレスのまぼろし工場』だが、本記事ではその感想と考察をしていこう。なお、本記事では『アリスとテレスのまぼろし工場』のネタバレを含むため、本編視聴後に読んでいただけると幸いである。

ネタバレ注意
以下の内容は、映画『アリスとテレスのまぼろし工場』の内容に関するネタバレを含みます。

『午後の恐竜』とエレクトラコンプレックス

見伏町の走馬灯

製鉄所の爆発により、外界との連絡だけではなく時間まで止まってしまった見伏町。その中で変化を禁じられて鬱屈しながらも暮らす榎木淳弥演じる菊入正宗だったが、上田麗奈演じる佐上睦実によって、久野美咲演じる製鉄所に閉じ込められている“唯一”成長する少女の五実との出会いにより、一種のタイムリープに亀裂が生じ始める。齋藤彩夏演じる園部裕子に始まり、気持ちが昂り、タイムリープから逸脱しようとすると製鉄所こと神機から生まれる煙の神機狼によって、その亀裂は修復され、その人間は消えてしまう。

そして、五実と佐上睦実との交流を経て菊入正宗らはこの世界は時間が止まっているのではなく、虚構の世界であり、製鉄所という唯一の産業を失い、死にゆく見伏町が見ている最も美しく素晴らしかった時間、つまりは走馬灯のようなものだったのだと知る。五実の正体は現実世界の菊入正宗と佐上睦実の間に生まれた娘の菊入沙紀であり、菊入沙紀のみが現実世界の人間だったのだ。

そして五実が菊入正宗に恋をしたことで走馬灯の世界は一気に動き出し、神機狼では修復しきれないほどの亀裂が各地に生じはじめる。そして、菊入正宗と佐上睦実が長いキスを交わしたのを五実が目撃したとき、その亀裂によって走馬灯の世界は崩壊寸前にまで陥り、見伏町は五実を現実世界に返すべきか、それとも走馬灯の世界の存続のために残すべきかで真っ二つとなる。

永遠に冬の続く走馬灯の見伏町とお盆の祭りが開かれている現実の見伏町。娘である菊入沙紀の失踪によって心理的に時間が止まってしまった現実の菊入正宗と佐上睦実ら夫婦を見た走馬灯の世界の菊入正宗は、五実を走馬灯の世界に留めようとする人々を振り切り、列車に乗せて現実世界へと送り返そうとする。そこで、佐上睦実は五実に菊入正宗への想いを告白し、五実は菊入沙紀として失恋を経験し、現実世界へと帰っていく。そして菊入正宗と佐上睦実は世界が崩壊したとしても、最後までこの痛々しいまでひりついた恋の中で生きていく決心を固めるのだった。

星新一作『午後の恐竜』

見伏町の設定は星新一の『午後の恐竜』というショートショートを想起させる。『午後の恐竜』は突然、世界中に恐竜の映像のようなものが現れ、最初こそ皆驚いていたが実害が無かったため、適応していく。しかし、その恐竜たちはどんどん進化していき、最後には人間たちの時代にまで到達してしまう。この映像はすべて地球が見ている走馬灯で、最後は核の光によってすべて飲み込まれてしまい、世界は滅んでしまうという物語だ。

『アリスとテレスのまぼろし工場』の現実世界は、見伏町唯一の産業である製鉄所の爆発により経済的に破綻していることが現実世界の菊入正宗と佐上睦実の口から語られており、廃れていった見伏町の様子がラストシーンで菊入沙紀として現実に帰ってきた五実の“里帰り”の様子からもうかがえる。他にも菊入正宗の祖父がひび割れから見える現実世界と走馬灯の世界を見比べ、「見伏町が最も美しかった瞬間を繰り返している」といった旨の言葉を残している。

このように星新一作『午後の恐竜』と『アリスとテレスのまぼろし工場』で描かれる走馬灯の世界は共通点が多いように思える。しかし、大きな違いをあげるとすれば『午後の恐竜』は進んでいき終焉を迎えるが、『アリスとテレスのまぼろし工場』は過去を振り返りながら終焉を迎えたかどうかは定かではなく、過去の世界で生き続けることを悪いこととはしていない。

後ろ向きで前に進んでいくのが『アリスとテレスのまぼろし工場』で描かれる走馬灯の世界の最大の特徴と言えるだろう。美しき過去を回想しながらも、ゆっくりと未来へ進んでいく。それが五実こと菊入沙紀の出した結論のように思え、歳を重ねた菊入沙紀が現実世界の製鉄所を訪れ、「初めての失恋の場所」として笑顔で語っているのがそれを肯定しているようにも思える。

エレクトラコンプレックス

五実は走馬灯の世界という虚構の存在とはいえ、実の父親である菊入正宗に恋をする。佐上睦実は知らなかったとはいえ、菊入正宗が五実に対して抱いた恋愛未満の神経がむき出しになったような痛々しく、初々しい想いを「お前もやっぱりオスかよ」と拒絶している。そして、終盤でアニメ作品では珍しい長いキスシーンを経て、菊入正宗と結ばれた佐上睦実は五実こと菊入沙紀に対して最後の瞬間に思い出すのは自分であり、菊入正宗が恋し愛したのは自分であると発言した。

自分の父親に恋をするというのは、女児のエディプスコンプレックスを指すカール・ユングの提唱したエレクトラコンプレックスを想起させる。エディプスコンプレックスはジークムント・フロイトの提唱した概念で、男児が成長過程で母親に恋し、父親のような存在になろうとするというものだ。その過程の中で男児は父親からの去勢を恐れるようになるという考え方である。それを女児に置き換えたのがエレクトラコンプレックスである。

エレクトラコンプレックスは女児が父親に対して強い独占欲に似た愛情を抱き、母親を敵視するというものである。この理論には是非はあるものの、五実はエレクトラコンプレックスに近い状況に陥る。だが、はっきりと虚構とはいえ母親の走馬灯の世界の佐上睦実へ敵意を向けることは少なく、終盤でキスシーンを見てしまってからその要素を感じ取ることができる。

このような、ひりつくようでほのかにエレクトラコンプレックスを孕みつつ、美しくも苦しかった過去に想いを馳せながら未来へと進んでいく。それが『アリスとテレスのまぼろし工場』のテーマだと考えられる。それはテーマ曲である中島みゆきの「心音」からも読み取ることができる。

走馬灯の世界の菊入正宗と佐上睦実は自分たちは虚構であり、美しい見伏町の思い出と理解した上で、滅ぶかもしれない世界で生きていく。それに対して五実こと菊入沙紀はそれを思い出だと知った上で未来へ進んでほしい。たとえ、その道が一人で行くものだとしても。それが『アリスとテレスのまぼろし工場』のテーマだと強く感じた。

『アリスとテレスのまぼろし工場』は2023年9月15日(金)より全国公開。2024年1月15日(月)よりNetflix独占配信開始。

『アリスとテレスのまぼろし工場』公式サイト

Netflix『アリスとテレスのまぼろし工場』

岡田麿里監督がみずから執筆した『アリスとテレスのまぼろし工場』 の小説版は6月13日(火)発売。

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中島みゆきの「心音」は9月13日(水)より発売

『MAPPA STAGE 2023』での『アリスとテレスのまぼろし工場』の公開発表の記事はこちらから。

『アリスとテレスのまぼろし工場』のキャラクターと声優紹介記事はこちらから。

『MAPPA STAGE 2023』で同時に詳細が発表された片渕須直監督の新作『つるばみ色のなぎ子たち』についてはこちらの記事で。

鯨ヶ岬 勇士

1998生まれのZ世代。好きだった映画鑑賞やドラマ鑑賞が高じ、その国の政治問題や差別問題に興味を持つようになり、それらのニュースを追うようになる。趣味は細々と小説を書くこと。
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