『SF・SF学・SF思考の未来:慶應SFセンター設立記念イベント』開催 | VG+ (バゴプラ)

『SF・SF学・SF思考の未来:慶應SFセンター設立記念イベント』開催

『SF・SF学・SF思考の未来:慶應SFセンター設立記念イベント』開催

2024年4月27日(土)〜28日(日)に、代官山 蔦屋書店で開催されたSFカーニバル内で、慶應SFセンターの設立記念イベントとして、『SF・SF学・SF思考の未来:慶應SFセンター設立記念イベント』が行われた。

登壇者は、作家であり、現・日本SF作家クラブの事務局長である揚羽はな、科学文化作家であり、慶應義塾大学SFセンター訪問助教の宮本道人、SF企業VGプラス合同会社代表である井上彼方だ。司会は、慶應義塾大学SFセンター所長であり、現・日本SF作家クラブ会長である大澤博隆

イベントでは、「文学、工学、アート、さらには認知科学、経営学や科学コミュニケーションの研究者が共同で物語の価値を探索し、人類社会のイノベーションにつなげるための方法論としてのSFのあり方を探求する」というSFセンターの趣旨に沿って、SFに関する様々なトピックが飛び交った。今回のそのイベントの内容の一部を紹介する。

『SF・SF学・SF思考の未来:慶應SFセンター設立記念イベント』イベントレポート

構成:VG+編集部

慶應SFセンターとは

イベントでは最初に、司会の大澤博隆から慶應SFセンター(慶應義塾大学サイエンスフィクション研究開発・実装センター)とは何なのか、なぜ今SFなのか、そしてセンター内にはどのようなグループがあるのかという点についての説明と、センターで研究をする方の紹介がありました。

大澤:人類の進化において、フィクションや物語というのは良くも悪くも重要な要素だったということが様々な文献で言われています。例えば人間が集団行動をする際には神話やイデオロギーといった、広い意味での物語がすごく重要でした。そして現代では、インターネットによる書き手の裾野の広がり、いわゆる生成AIによる小説の執筆や執筆の補助、SFプロトタイピングのように企業の新しいビジョンを描くのにフィクションを使おうという動きなど、フィクションを巡って様々な新しい展開があります。

〈SFセンター〉として最も歴史があるのはカンザス大学にあるSFセンター(J. Wayne and Elsie M. Gunn Center for the Study of Science Fiction)ですが、2010年以降、アメリカや中国にいくつものSFを研究するセンターが立ち上がっています。日本では、かつて小松左京が〈SF学〉というものを提唱していたこともありますが、SFを専門とした研究機関というのは存在してきませんでした。ということで、今回SF専門のセンターの立ち上げに至りました。

慶應SFセンターについて詳しく知る

SF作家の創作環境とSFの持つ可能性

トークの冒頭では登壇者の3人が自己紹介をしました。揚羽はなさんは、自身の経験してきたコンテストや創作講座のことなどを交えながら、SF作家をめぐる出版状況・創作環境についてお話ししました。宮本道人さんは、自身が特任助教として所属する北海道大学 CoSTEPの受講生が開催したサイエンスパフェなどの事例をあげながら、いわゆる”SF業界”の外にもたくさんある“SFの種”を紹介しました。そして井上彼方さんからは、様々な形でSFの側から社会と向き合い続けてきたというVGプラスの紹介がありました。

揚羽:私が受講していたゲンロン 大森望 SF創作講座では、毎回の講座に編集者も参加されます。そうすると、何かの賞を受賞したわけではない受講生にも、小説やコラムの執筆の依頼が来ることがあるんですね。今までハヤカワSFコンテストとか、創元SF短編賞を受賞しないと作家になれないのかなって思っていた人が多いと思うのですが、創作講座はそういう別の道を作ったんですね。

私はSF創作講座の課題を改稿した短編小説で日経「星新一賞」を受賞しました。その後に、今日登壇している井上さんがKaguya Planetというウェブのマガジンを始めて、その第一弾として、藤井太洋さんらと一緒に小説を寄稿いたしました。そこからご縁があって日本SF作家クラブに入り、事務局長を務めております。なので、どこでそういうチャンスが転がっているかもわからないなっていうのがSF界の今の現状です。

これを受けて宮本さん・大澤さんから、SF創作を通じて人と人とのつながりが生み出されているのではないかという意見や、新しい人が参加しやすい業界なのではないかという意見が出ました。また、井上さんからは、新しい人が参加しやすい業界を作るための取り組みとして、短編小説を気軽に発表していろんな読者からフィードバックをもらいながらキャリア形成をしていくことのできる環境づくりに尽力してきたというお話がありました。そこから話題は、短編小説の持つ魅力へと移っていきました。

宮本:企業に、SFを使って未来を考えましょうという文脈で小説の執筆を依頼された場合には、社員と一緒にアイデアを出し、そこからストーリーラインを一緒に作るんですよね。その後、僕がそれを調整して、実際の小説を執筆して、納品するというプロセスで作ることが多いです。そうなると、僕の読者は企業の従業員さんが多いんですよ。従業員さんに読んで、議論してもらう。

で、従業員さんの中には、小説を読む習慣はない、もう何年小説を読んでないかわからない、自分で本を買うわけでもない、そういう人もたくさんいます。そういう人は、小説が1万字を超えてしまったら絶対読まないです。

あるいは、自分の書いた小説を紙芝居風にしてお話しすることもよくあります。会議の場で、スライドに自分の小説を載せて、スライドのページ送りをしながら、自分の小説を音読するという、地獄のような作業をやったりします(笑)。

でも、僕はこれ、すごく好きな作業なんですよね。顔が見えている読者に対して作品を作るということと、ある業界の専門知識を持ってる人たちに対して作るというのが楽しいんです。あと大企業だと従業員が数万人いたりするのですが、数万人に読まれてるっていうのは、小説の規模としてはかなり大きいんですよ。書籍を刊行するとなると、やっぱり読者は数千人とかでスタートすることが多いと思います。それが、企業の場合だと最初からもう自社の数万人に配られる前提だし、さらに関連企業とかに配られたりするってなると、書いている側としてはすごく嬉しかったりするんですよね。

特定の読者に向かってオーダーメイドに小説を届ける、という観点から、井上さんの会社から刊行している《地域SFアンソロジー》の話へと、話題が移りました。《地域SFアンソロジー》シリーズでは、正井編『大阪SFアンソロジー:OSAKA2024』(社会評論社)、井上彼方編『京都SFアンソロジー:ここに浮かぶ景色』(社会評論社)、なかむらあゆみ編『巣 徳島SFアンソロジー』(あゆみ書房)と、3つの地域を舞台にしたSFアンソロジーを刊行しています。

井上:三つのアンソロジー、それぞれ地元の方に面白がっていただけていると思います。自分が日常生活を送っている場所にSFの想像力、今とは違う何かを持ち込むことで、 かえって日常がクリアに見えてくるということがあると思います。

例えば『京都SFアンソロジー:ここに浮かぶ景色』には溝渕久美子「第二回京都西陣エクストリーム軒先駐車大会」という作品を収録しています。京都の西陣という場所は、昔からの狭い通りとか町並みが残っている町で、駐車スペースとかが全然なくて、 みんな狭い軒先に無理やり自動車を止めてるんです。塀まであと5ミリみたいな状態で止まってる自動車が本当にいっぱいあるんですよ。

作品の舞台は自動運転が一般化した近未来で、軒先駐車を全部AIが勝手にやってくれる時代に、あえて自分たちで軒先駐車の腕を競う大会をしようというお話で、このSFの想像力によって、街の歴史とそこで暮らしてきた人々の歴史が浮かび上がってくる作品です。

つまり、今自分たちにとってあまりに当たり前のことについてSFの想像力を通して考えると、それの特徴や、それの性質がクリアに見えてくるみたいなことはあると思うのです。地域SFアンソロジーではそういうSFの想像力を形にしたいです。

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この話を受けて、宮本さんが、行政とのSFプロトタイピングによって住民とのコミュニケーションにSFを使ってきた事例を紹介してくださりました。また大澤さんからは、ワールドコン(世界SF大会)で見聞きした事例をもとに、SFを身近なものとして届ける際に、ローカルなこととSFを結びつけていくのは面白いのではないかというお話がありました。

これを受けて宮本さんからは、SF小説は出版されて本として形になることが一つのゴールとして考えられがちですが、演劇のように、リアルタイムで参加者に届けられることが大切なのではないかという意見がありました。

会場からは質問も

最後の質疑応答では、会場から複数の質問や意見が寄せられました。

  • 小中学生に理科を教えているのですが、科学コミュニケーションなどの観点からSFプロトタイピングとは近い部分があり、活かせるところがあると感じた。
  • SF作家のコンテンツ化と、それをどうマネタイズするか。
  • SF業界でお金を生み出すのは難しいが、コンテンツの広がりとしては重要だと思う。これまでの具体的な事例を教えてほしい。
  • 企業の満足度を気にすると作家にストレスが溜まりそうだが、うまく調整する方法はあるか。

イベントの冒頭で大澤さんは、SFというのが面白いものを生み出す領域であることは間違いないので、そこで何が起きていて、何が課題なのかということを、慶應SFセンターでは一つ一つ取り上げていきたいとおっしゃっていました。SFに関する様々なトピックが飛び交い、それぞれの問題意識も垣間見ることができた、まさにセンターの設立記念という充実した対談でした。

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『SF・SF学・SF思考の未来:慶應SFセンター設立記念イベント』
〈日時〉
2024年4月28日(日) 9:30~ 10:30
〈会場〉
代官山 蔦屋書店3号館 2階 イベントスペース/ZOOM配信
〈入場料〉
無料(要予約)
〈主催〉
慶應義塾大学サイエンスフィクション研究開発・実装センター
〈後援〉
一般社団法人日本SF作家クラブ、科学研究費助成事業『サイエンス・フィクションが示唆する未来の発達・加齢観の分析』、公益財団法人トヨタ財団『人工知能と虚構の科学―AIによる未来社会の想像力拡張』

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また、作家志望者だけではなく、事業やビジネスでSFプロトタイピングに興味のある方、SF評論を書かれる方にとっても、SFの射程を捉えるのに最適の一冊です。詳しくは、大澤さんによる後書きを公開しているのでそちらをご覧ください。

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VG+編集部

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