【書評】N・K・ジェミシン『第五の季節』 これがヒューゴー賞3連覇の実力。“全く新しい破滅SF”の意味とは【レビュー】 | VG+ (バゴプラ)

【書評】N・K・ジェミシン『第五の季節』 これがヒューゴー賞3連覇の実力。“全く新しい破滅SF”の意味とは【レビュー】

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『第五の季節』が日本上陸

前人未到のヒューゴー賞長編小説部門3連覇を達成したN・K・ジェミシンの《破壊された地球》三部作 (The Broken Earth trilogy)。2015年に劉慈欣の『三体』が同賞を受賞して以降、2016年から2018年まで三部作すべての作品がヒューゴー賞の栄冠に輝いた。

作者のN・K・ジェミシンは、よしながふみによる漫画『大奥』(2004-)に影響を受けたSF作家。フェミニストであり、徹底して反レイシズムを掲げる、現在の米SF界を象徴する人物とも言える。#BlackLivesMatter のムーブメントが再燃している現在も、Twitter上で積極的に発信を続けている。ジェミシンの経歴は以下の記事に詳しい。

そして、2020年6月12日(金)、《破壊された地球》三部作の第一弾である『第五の季節』の日本語版が遂に発売された。小野田和子の翻訳で、東京創元社より発売されている。そのあらすじは以下の記事を参照していただきたい。

今回は、遂に日本で発売された『第五の季節』のレビューをお届けする。

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N・K・ジェミシン『第五の季節』 書評

独特な世界観に共存する親近感

筆者は、独自の世界観が構築されているタイプのSFはあまり得意ではないが、『第五の季節』は、読めば読むほどその世界について知りたくなる作品だ。一つ一つの言葉、常識、差別意識に至るまで、この世界における人々のコモンセンスが構築されるに至った歴史や社会構造に想像を巡らせてはページをめくりたくなる。なぜなら、この物語の中心に立つダマヤ、サイアナイト、そしてエッスンが、言葉や仕草によって規定された社会規範に支配され、それに抗い、または折り合いをつけながら、懸命に生きようとしている姿に心を動かされるからだ。

『第五の季節』の世界では、数百年ごとに文明を破壊するレベルの大災害が地球を襲う。「父なる地球」による人類に対する攻撃にも見える災禍の歴史は石に刻まれており、章末に挿入される銘板の引用によって、読者は徐々にその歴史を知っていく。

世界観は緻密に構築されている一方で、多くのシーンに親近感(「既視感」よりも好意的な意味で)を抱く。オロジェンと呼ばれる第五の季節を抑える能力を持つ者たちがその力を発動するシーンは「X-MEN」を想起させる。サイアナイトとアラバスターがアライアの街の役人とマウントを取り合うシーンは現実の世界におけるパブリックセクターとの応酬のようで(私もアメリカに住んでいた時は「若いアジア人」と舐められないように身だしなみと態度を整えておく必要があった)保護者がオロジェンを”支配”するフルクラムは能力のある女性を“保護”し”育成”しようとする男性社会のようで、遠い世界を舞台にしていながらも、随所に私たちが経験したことのある“フィーリング”が宿っている。

それはつまり、著者のN・K・ジェミシンと読者との距離が近いということだろう。時折ナレーションに挿入されるフランクな語り口も、重厚なテーマと壮大な世界観の中で迷子にならずに、読者が上質なエンターテイメントとしてこの作品を楽しむためのスパイスの役割を果たしている。

フランクかつ高度な語り口

N・K・ジェミシンのナチュラルな文章のフレンドリーさ/人懐こさが炸裂している一方で、ストーリーラインによって語り手を変えるというテクニックでも「何かある」と思わせ、読者を飽きさせない。この辺りのジェミシンの独特な文才と統制されたテクニックが共存した文章を見事に魅力的な日本語の文章として翻訳してみせる小野田和子さんの力は流石と言うほかない。

テクニックの面で言えば、同時進行で進んでいると思われていた複数の物語が交差し始める時間トリックは、クリストファー&ジョナサン・ノーランのストーリーテリングの技法を想起させる。短編程度の長さでストーリーラインが変わる見せ方も映像的というか、ゲーマーでドラマ好きでもある現代的な作家として、N・K・ジェミシンと若い読者との“近さ”を感じさせてくれる。(TNTが『第五の季節』をドラマ化するという話も、一層読み手の想像力を掻き立てる)

支配と自由、そしてジェンダー

物語のテーマについては、「支配と自由」が根底に置かれているが、サイアナイトの、訓練を受けたことで自分の力を制御できる、野生のオロジェンとは違うという誇りと、「小さな声を無視する」という現実との折り合いの付け方は実にリアルだ。頭ではラディカルに生きる方法を知っていながら、巨大な組織と社会の構造の中で「きちんとして生きていくこと」に魅力を感じ(それは実際に有用でもある)、次善の策を選んで生きている人間には深く刺さる。

そして、やはりジェンダーSFとしても優れていて、こちらはフルクラムやオロジェニーをめぐる葛藤よりも分かりやすい。どんな習慣にも囚われず、自分たちの望むように関係を築いていくことが、サイアナイトとアラバスターにとっての解放となっていく。特にアラバスターの性愛をめぐる描写は(その不器用さも込みで)アラバスターというキャラクターに深みをどんどん付与していく。トンキーにせよホアにせよ、非男性的なキャラクターの描写力は凄まじく、本書を読み終わる頃にはすっかり各キャラクターのファンになってしまう。

「ほかの誰もが無条件で受けている敬意を、戦い取らねばならない人々に」 ——いないことにされる人々、なかったことにされる感覚を丁寧に描写していくN・K・ジェミシンの豊かな筆致が、本書の献辞を一層力強いものにしている。

ヒューゴー賞3連覇の実力

よく言われていることだが、冒頭はやはりとっつきにくさはある。だが最後まで読み終えた後に冒頭部分に戻ると、新たに理解できる物語がまだ残っていたことに少なからず喜びを感じることができるはずだ。一方で、ここまで書いてきたような小難しいことは抜きにしても、役人とのマウント合戦から三人組の冒険譚、海賊としての海戦に至るまで、この作品には“エンタメ”が詰まっている。これがヒューゴー賞3連覇の実力か、と打ちひしがれる感覚すら覚えた。

東京創元社は『第五の季節』から始まる《破壊された地球》三部作を「全く新しい破滅SF」と銘打った。筆者は、『第五の季節』読み終わる頃には「早く破滅してしまえ」と、虐げられる人々に共感し、作中の世界を呪うような気持ちを抱いた。確かにこの作品は、“破滅SF”の定石を覆すパワーを持っている。

「早く続きが読みたい!」という、ありきたりだが最大の賛辞の言葉をおくり、第二作目の邦訳を待ちたい。

東京創元社によると、『第五の季節』に続く《破壊された地球》三部作の第二部『オベリスクの門 (仮題)』は2021年春刊行予定。第三部にして完結編の『石の空 (仮題)』は2021年秋刊行予定。

『第五の季節』(小野田和子 訳) は2020年6月12日(金) に東京創元社より発売。

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齋藤 隼飛

社会保障/労働経済学を学んだ後、アメリカはカリフォルニア州で4年間、教育業に従事。アメリカではマネジメントを学ぶ。名前の由来は仮面ライダー2号。 訳書に『デッドプール 30th Anniversary Book』『ホークアイ オフィシャルガイド』『スパイダーマン:スパイダーバース オフィシャルガイド』『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース オフィシャルガイド』(KADOKAWA)。正井編『大阪SFアンソロジー:OSAKA2045』の編集担当、編書に『野球SF傑作選 ベストナイン2024』(Kaguya Books)。
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