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ケン・リュウ 「もののあはれ」が説いたヒロイズム  英雄なき世界の生き方

常識を塗り替え続けるケン・リュウ

「紙の動物園」でSF三大賞制覇

現在進行形でSF界の常識を塗り替え続けているケン・リュウ。中国生まれのアメリカ人SF作家だ。2011年に発表した「紙の動物園」では、ネビュラ賞、ヒューゴー賞、世界幻想文学大賞というSF/ファンタジーの三大賞を制覇し、日本の星雲賞においても海外短編部門を受賞している。ケン・リュウの活動は執筆だけに止まらない。中国SFの翻訳家としても活躍し、これまでに数々の中国SF文学が、ケン・リュウの翻訳を通して世界に発信されている。ケン・リュウが翻訳し、ヒューゴー賞長編小説部門を受賞したリュウ・ジキンの『三体』(2008)は、歴史上初めて英語に翻訳され出版された中国SF長編作品となった。

そんなケン・リュウが日本でも注目を集めたきっかけの一つが、2013年に発表された短編作品「もののあはれ」である。英語版でもタイトルは「Mono no aware」とされており、宇宙をも舞台にしたSF作品でありながら、日本的な文化や価値観を物語の中心に据えた作品になっている。

日本の漫画を題材にした「もののあはれ」

『ヨコハマ買い出し紀行』が原点に

「もののあはれ」は、「紙の動物園」同様、ヒューゴー賞の短編小説部門を受賞した名作だ。人類の生き残りである1,021名が乗り込む宇宙船〈前途洋々 (ホープフル)〉号を舞台にした物語と、主人公の清水大翔 (ひろと) が宇宙に旅立つまでの回想シーンが交互に描かれる。回想シーンでは、福岡県の久留米市と鹿児島を舞台に、小惑星の衝突が迫る日本の様子が描かれた。世界が終末に向かう中で、普段と変わらない生活を送る人々の姿は、漫画『ヨコハマ買い出し紀行』(1994-2006)が題材になっているという。ケン・リュウは、「もののあはれ」がヒューゴー賞を受賞した際のHAIKASORUのインタビューで、以下のように話している。

特に、『ヨコハマ買い出し紀行』のような作品には興味をそそられました。避けられない世界の移り変わりに対して読者の感情を震わせるような、美学を追求する作品です。そうした設定の下で、ヒロイズムを問い直すようなストーリーを書きたかったのです。

By ケン・リュウ

意外にも日本の漫画を題材にして書かれたという「もののあはれ」。名前が上がった『ヨコハマ買い出し紀行』は、『月刊アフタヌーン』で連載された芦奈野ひとしによるSF漫画だ。温暖化を原因として終末に向かう社会の中で、それでも平穏な日々を過ごす人々の姿を描いた作品である。この物語に“もののあはれ”を感じとったケン・リュウは、どのように自身の作品に昇華させたのだろうか。

終末を受け入れる人々

「もののあはれ」に登場する人々は、『ヨコハマ買い出し紀行』の人々のように、小惑星が衝突することは避けられず、政府による避難事業が失敗に終わったと分かった後でも、整然としている。暴動が起きるわけでもなく、現実を受け入れ、日常に戻っていくのだ。世界の移り変わりに対する哀感、終末を受け入れるようなこの感覚は、救いを求めたり、世界を変えようと立ち上がったりするような欧米的な感覚とは、一線を画すものである。

ケン・リュウが提起した英雄論

ヒーローが存在しない囲碁の精神

〈前途洋々〉号に乗る大翔の恋人・ミンディは、そうした物語を聞き「諦めちゃったんだ。文化的なものかもしれないわね」と、否定的な反応を示す。更に、8歳の少年・ボビーは、チェスと違い、“ヒーロー”が存在しない囲碁を「好きじゃない」と拒否する。だが、大翔は、ヒーローに救いを求めるのではなく、全体を捉え、より大きな視座で世界を眺める囲碁の精神を持ち続ける。一人のヒーローが生まれ、敵をなぎ倒し、彼だけが生き残ったところで意味はない。日本人の中で唯一“生かされた“彼”には、世界が移り変わっていく中で、命を繋いでいくことの大切さが身に染み付いているのだ。

ただの日本礼賛ではない

これが、ケン・リュウが言う“ヒロイズムを問い直すようなストーリー”の一端だ。万物は流転していくこということを前提とした“もののあはれ”という感覚が、物語の核をなしている。だが、「もののあはれ」は、何も日本の文化や価値観を礼賛する類の作品ではない。ケン・リュウは、“もののあはれ”というテーマについて、自身のウェブサイトでこのように記している。

日本や中国のアート作品においては、とても一般的なテーマです (“もののあはれ”という言葉は日本語ですが、こうした感覚は決して日本特有のものではありません)。

ケン・リュウが描いたのは、あくまでも異なる価値観を用い、“西洋的なヒロイズム”を問い直す作品だった。中国生まれのアメリカ人であるケン・リュウは、様々な視座から全体を見渡し、西洋文化を生きる読者達へ、新たな価値観を提示したのだ。それに、「この価値観は日本特有のものである」と胸を張ろうとする様こそ、“もののあはれ”という感覚とは対極にある欲望に根ざした態度だろう。「もののあはれ」という作品は、偏狭なナショナリズムに陥りがちな人々にこそ、深く刺さる作品なのかもしれない。

– Thumbnail –
via: © Li Yibo (李一博)
– Source – 
Ken Liu, Writer © 1996-2018 Ken Liu / HAIKASORU © 2009 VIZ Media, LLC

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