Kaguya Book Review、第11回は『となりのヨンヒさん』
月に一冊ずつ、新刊・既刊問わず素敵な翻訳作品を紹介するKaguya Book Review。第11回は、チョン・ソヨン著・吉川凪訳の『となりのヨンヒさん』をご紹介します。
チョン・ソヨン著/吉川凪訳『となりのヨンヒさん』
(集英社、2019/1発売、本体価格1,800円+税)
装画:ぬQ/ブックデザイン:森敬太(合同会社 飛ぶ教室)
別れや挫折や死は怖いもの?
小さいころから死に対する興味が強くて、死について書かれた本を図書館で借りてきては、親を心配させる子どもだった。死を直視することはあまり良いことではないのかもしれない、と学習して、その興味を胸にしまって生きてきた。環境が変わるたびに体調を崩し、失敗してはめちゃくちゃになり、誰かが私の元を去ると、気にしていないふりをしながらすごく傷つく。
多分みんなそうだろう。世の中の多くの人は、生きていく上で、挫折や別れ、誰かの死などの出来事を、できれば味わいたくないと感じているのではないだろうか。
韓国のSF作家、チョン・ソヨンのデビュー短編集『となりのヨンヒさん』には、これらのネガティヴとされる感情をそっとすくいあげて、「ほら、目を逸らさずにきちんと見てみて。だいじょうぶだからね」と手のひらのうえで見せてくれるような短編がたくさん収められている。
現実とは違う世界線で描かれる、感傷的になりすぎない「別れ」の物語たち
本書は二部構成となっており、第一部はスタンドアローンの短編集、第二部は連作短編集「カドゥケウスの物語」だ。
第一部に収められているのは、お菓子の恋人と付き合っては次々に別れる友だちを描いた「デザート」、夢を断たれた宇宙飛行士候補生とその母親が囲碁を通して心を交わす「宇宙流」、はたまた、層のようになっている並行世界の隙間に陥ってしまったせいで存在がどんどん薄くなってしまう生徒と、その生徒を救おうとする教師を描いた「雨上がり」、政治的混乱のなかで地球外に脱出した妹と地球に残った姉のわかりあえない邂逅と別離の物語である「帰宅」など。変化や挫折や死や別れの匂いが濃く漂っている。
第二部は、それぞれ役割の決まっている複数の惑星に人間たちが居住しているという設定のもと展開する四つの物語である。惑星間の地理的格差によって潰えてしまう男の子の夢や、人命救助と自分のキャリアの狭間でのっぴきならない選択に追い込まれる学生など、第一部と共通するテーマやトーンの物語が並ぶ。
陰鬱な展開の物語もあるが、登場人物たちは必要以上に感傷的にならず、そこにある別離を平熱の語り口で、受け入れてゆく。まるで、「惑星が再び並ぶように、いつかどこかでまた巡り会える」ということを信じているかのように。
どの作品も、日常に異質なものが紛れ込むタイプの物語ではなく、はじめから私たちの知らない世界のルールが適用されている。それらは作中の世界にとっては自明なことだから、特に必要があるまで説明がなされない。読み始めに「どういうこと?」と思う作品もあるが、必要な情報を出すタイミングが適切なので、そのわからなさはノイズにはならず、読み手が世界観を受け入れる心の準備をした上で作品を楽しむことができる。たとえば、表題作「となりのヨンヒさん」は、条件の良い都心の賃貸物件を得た主人公が、「おとなりさんが気になる」という理由で家主に家賃交渉を持ちかける場面から始まる。「おとなりさん」が何者なのか、読者は不思議に思いながらこの小さな切ない異類譚へと誘われてゆくことになるのだ。
女性たちの共犯関係
並行世界をとびまわって調査するエージェントがとある“アリス”に出会う「アリスとのティータイム」、死者の顔が現れる海をのぞむ町からきた女性が主人公の「馬山沖」、情報統制社会で“花”をつかったレジスタンス活動に身を投じた姉を妹が語る「開花」、ほかにも「最初ではないことを」など、姉妹や親友、女性同士の関係が多く読めるのも、この短編集のおおきな魅力だ。手をつないでいるわけではない、共犯者のような、背中合わせに立つ同志のような、力強い連帯がある。この女性たちにももちろん物語の中での別れは訪れるが、きっとどこかで、来世とか並行世界とか、どこかで彼女たちはまた出会うだろう、と思える。
変わるのは怖い。死ぬのも怖い。挫折はできればしたくないし、別れは悲しい。でも、星はまた並ぶから、私たちはまた会えるよ。読みながら、もう会えない人、届かないもののことを温かい気持ちで想起できる短編集だ。
日韓SF対談「エンカレッジ」 池澤春菜+チョン・ソヨン開催!
2025年4月26日・27日に、東京都・代官山の蔦屋書店で開催されるSFカーニバルにて、日韓SF対談「エンカレッジ」 が開催される。ゲストは日本SF作家クラブの池澤春菜と、今回紹介した『となりのヨンヒさん』の著者、チョン・ソヨン。『SF encourage 韓国と日本のSF鼎談』から続く、両団体による、日韓のSF文化の発展を「エンカレッジ」していこうというこの企画、今回は、池澤春菜『わたしは孤独な星のように』(早川書房)、チョン・ソヨン『となりのヨンヒさん』(集英社)を中心に、両国の女性SF作家が執筆時の悩みや世界観を披露します。
トークイベントは、4月26日11:00〜12:00に開催。会場での参加とZoomでの視聴ができ、チケットはいずれも1650円。こちらから申し込みをすることができる。
Kaguya Book Reviewバックナンバー