1912年に書かれたエスペラントSFの謎

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エスペラントSFの謎…

エスペラントとSF

世界で最も広く認知されている人工言語、エスペラントをご存知だろうか。エスペラントは1887年に中立公平な第二言語として創造され、いまでは世界中で100万人以上の人々が使用している。SF界でも、1960年代にはエスペラントで書かれた “エスペラントSF” というジャンルが盛り上がりを見せていた。日本の著名なエスペランティスト、小西岳もエスペラントSFの執筆や翻訳を手がけていた。

エスペラントSFをめぐる謎

その1960年代のエスペラントSFをめぐって、あるが浮上している。きっかけは、SFウェブジンのクラークズワールド・マガジン (Clarkesworld Magazine) 編集長ニール・クラークがTwitterに投稿した画像。フレデリック・ポールが編集し、1967年と1968年に発行した二冊の「INTERNATIONAL SCIENCE FICTION」誌の表紙だ。

イタリアやオランダなど、ヨーロッパの作品を中心に構成されているが、一際目を引くのは表紙にある「ESPERANTO」の文字だ。そう、1968年に発行された同誌には、エスペラントSFの英語翻訳が掲載されていたのだ。

ケン・リュウが抱いた疑問

このツイートに反応したのは、数々の中国語SF作品を英語に翻訳し、世界へと発信してきたSF作家/翻訳家のケン・リュウだ。

エスペラントの作品がすごく気になるな。誰がどんな作品を書いたのか、そもそもオリジナルはエスペラント語で書かれたものなのか、分かりますか?

このように、写真をアップしたニール・クラークに問いかけたのだ。これに対するクラークによる説明をまとめると、以下のようになる。

・作品のタイトルは「In 2112」
オリジナルは1912年に J. U. GiesyとJ. B. Smith によって執筆された
英語とエスペラントの両方で執筆され、『Cavalier』(1912) に掲載
・1967年にフォレスト・J・アッカーマンがエスペラントから英語に“再翻訳”
・この再翻訳版が『INTERNATIONAL SCIENCE FICTION』(1967) に掲載された

つまり、「In 2112」には、1912年のエスペラント版を基準として、二つの英語版が存在するというのだ。

なぜ英語に再翻訳されたのか?

ケン・リュウは上記の情報を踏まえた上で、「なぜ英語への再翻訳が行われたのか、本当に分からないよ」とコメント。前述の通り、60年代はエスペラントSFが盛り上がりを見せていた時期であり、フォレスト・J・アッカーマン自身も熱心なエスペラント支持者として知られている。だが、その事実を差し引いても、すでに英語版が存在している作品を再び英語に翻訳するという作業に、どのような意味があるというのだろうか。

エンペラティストの見解は?

この疑問を解き明かすため、VG+編集部はエスペランティストの木澤寛治氏に話を伺った。木澤氏はこう話す。

エスペラントは時代や地域による変化がないため、原典とするには向いています。そこでエスペラントを原典として、英語への再翻訳が行われたのかもしれません。

つまり、エスペラントは“母国語”に設定されている他の言語とは違い、その国や地域の歴史や文化に影響を受けることがないというのだ。
この指摘は、ケン・リュウ自身が翻訳家として主張している以下の言葉にも通じる。

翻訳において言語が壁になるということはほとんどありません。実際に最も大きな壁となるのは、文化的な要素なのです。

その時代のその土地の空気感やカルチャーを読み取らなければ、母国語間の翻訳は成り立たないというのが、ケン・リュウの主張だ。逆説的だが、それゆえに中立公平な第二言語であるエスペラントで書かれた作品は、作品自体のニュートラルで純粋な原典として機能する可能性を持っているのだ。

原典としてのエスペラントSF

1912年のエスペラント版「In 2112」を“原典”として採用し、英語に再翻訳したフォレスト・J・アッカーマンの真意は、今となっては分からない。だが、上記のように考えれば、時代が移り変わりゆく中で、その時々の感覚をもとに英語に再翻訳する作業にも意義を感じ取ることができる。1912年の「In 2112」と、1967年の「In 2112」の間には、55年もの歳月が経過していた。アメリカの人々の生活習慣も言葉遣いも大きく変化していたはずで、“その時の言葉”で語ることによって、作品に異なる味わいが生まれたのではないだろうか。その際にエスペラント版を作品の基準として採用したと考えれば合点がいく。このエスペラント版は時代を超えて、今後も「In 2112」の原典として機能していくことになるだろう。
なお、アッカーマンが「In 2112」を翻訳した1967年の55年後は2022年にあたるが、果たして……。

「In 2112」(1967, The Autodidact Project)

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