投稿日: 2019年8月20日
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2019年 ヒューゴー賞発表
2019年のヒューゴー賞授賞式がアイルランドのダブリンで開催され、各賞の受賞者および受賞作品が発表された。長編部門賞にはメアリ・ロビネット・コワルの『The Calculating Stars』が選ばれた他、タケダ サナがイラストを手がける『モンストレス Vol.3』がグラフィックストーリー部門を受賞し、驚異のヒューゴー賞三連覇を達成した。短編小説部門を受賞したアリックス・E・ハロウは女性作家としては史上最年少での受賞を果たし、中編小説部門のゼン・チョーを始めとするアジア系作家の活躍も目立った。
関連書籍部門を受賞したAO3とは?
個々人の作家が華々しい結果を残した一方で、関連書籍部門 (Best Related Work) を受賞したAO3にも注目が集まっている。AO3の正式名称は「Archive of Our Own」。ファンフィクション (二次創作、同人作品) のプラットフォームだ。同サイトにアップされている同人作品の題材は、小説、実在する著名人、ゲーム、アニメ、映画などなど、多岐に及ぶ。小説『ハリー・ポッター』の二次創作だけで約21万作品、映画「MCU」シリーズの二次創作だけで約30万作品、漫画『僕のヒーローアカデミア』で約6万6千作品など、膨大な数の同人小説が共有されている。
なぜAO3が選ばれたのか
そもそもヒューゴー賞はSFファンによる投票で受賞作品/者を決定する賞であり、はっきりした受賞作品/者の条件が存在しない。ファンに選ばれることによって初めてヒューゴー賞に相応しい者/作品となるのだ。では、なぜヒューゴー賞の関連書籍部門にAO3が選ばれたのか。
“私たち自身のアーカイブ”
AO3は世界最大の同人作品のプラットフォームだが、単なる “同人作品置き場” ではない。AO3が設立されたのは2008年。同人界隈は女性の作り手が多いコミュニティであったにも関わらず男性によって運営され、運営側からのコミュニティに対する関心が薄い——そんな問題意識から「Archive of Our Own (私たち自身のアーカイブ)」と名付けられ、女性を中心としたメンバーの手によって作り上げられた。
ベースにはファン・アクティビズム
AO3を運営するOTW (Organization of Transformative Works) は、ファン・アクティビズムを推進する非営利団体だ。ファン・アクティビズムとは、カルチャーを支えるファンが主体となり、社会的に公正な表現を支援し、商業主義や過度な著作権上の制約に反対するキャンペーンや政治活動などを行う市民運動の形態を指す。2007年に設立された翌年にAO3を立ち上げ、2009年に同サイトのオープンベータ版を公開、2013年にはタイム誌によって「50 Best Websites」に選出されている。
表現の規制はなし
AO3の特徴は、表現に一切の制限を設けないこと。AO3の運営費はファンコミュニティからの寄付で賄われており、非営利であるがゆえに成立するポリシーだ。表現規制がない一方で、AO3の特徴の一つであるタグシステムによって、膨大な作品の中から “見たくないもの” を避けて閲覧することができる。タグシステムはボランティアによって運用されており、ウェブサイト自体もオープンソースでボランティアのエンジニアが維持活動を行なっている (ユーザーはウェブサイトの改善についてリクエストを出すこともできる)。運営に携わるボランティアは700人以上。まさにファンによるファンのためのファンサイトなのだ。
ファンフィクションはかつて弱い立場に
OTWの元メンバーであるアジャ・ロマノは、AO3のヒューゴー賞受賞を受けて、VOX誌への寄稿の中で以下のように振り返っている。
2007年の時点で、小さいサイトでも大きいサイトでも、ほとんどのファンフィクションサイトは、FanLibやLiveJournalのように商業化されていました。ファンは法的にも弱い立場に置かれていましたし、ファンフィクションの作家達にはスティグマもあった。ですから、作品を削除されたり利用されたりすることに対して、弱い立場にありました。そして、その作家達というのは、やはり主に女性、クィアまたはジェンダークィアだったのです。
同人活動が持つ意味
そもそもファンフィクション・同人とは、その作品に対する愛を持ちながら、本家ではない在り方=オルタナティブを描き出すという積極的な試みだ。男性向け、異性愛者向け、マジョリティ向けに作られた作品を、「この設定がこうだったらな……」という想いで生まれ変わらせることは、本来ポジティブな行動であるはずだ。にも拘らず、著作権等を背景にファンフィクションはクリエイティブの世界において傍流に置かれ、そのスティグマは商業主義に利用されてきた。
ファンの手に取り戻す
そして、ファンフィクションの作家がそのプラットフォームを企業から自分たちの手に取り戻し、ファン自身による運営を実現するというコンセプトで生まれたのが、AO3だった。表現の規制なく自由に創作活動を行い、スポンサーを気にすることなく作品を発表する——ファンはそのような場所を必要としていた。同人作家とファンのコミュニティ、ボランティアが10年にわたってホームグラウンドを整備してきた地道な取り組みが、今回のヒューゴー賞受賞につながったのだ。
売り渡さない——確固たる信念
米ミューレンバーグ大学教授でAO3の創設者の一人でもあるフランチェスカ・コッパは、2019年2月にSYFY WIREで以下のように話している。
もし私たちがフェミニストでなければ、そして非営利団体でなければ、(AO3は) ヤフーやベライゾンのような企業に買収されていたでしょう。でも、私たちはフェミニストです。非営利で運営していますし、売り渡すようなことはできませんでした。
AO3が確固たる信念の上に築かれ、運営されてきたことが分かる。今回のヒューゴー賞の受賞にあたっては、ボランティアとユーザーを代表し、創設者の一人であるナオミ・ノヴィクが登壇し、以下のようにスピーチを行った。
私たちはこの賞を、多くのボランティアと更に多くのユーザーを代表して受け取ります。皆さんが共にこのファンダムのための “ホーム” を築き上げたのです。この非営利で非商業的なコミュニティスペースは、ユーザーを搾取するためではなくユーザーへ奉仕するための場所が必要であるという原則に基づき、ボランティアの労力とユーザーの寄付によって作られました。
ナオミ・ノヴィクは、AO3は同人作家達の作品なくしては存在し得なかったということを改めて指摘し、今回のヒューゴー賞受賞をAO3に携わったファン全員の受賞であると述べた。
AO3のSF最高賞ヒューゴー賞受賞は大きな話題となり、SNSにはファンによる歓喜のコメントがあふれた。以上のような経緯を踏まえれば、今回の受賞が同人コミュニティにとってどのような意味を持っていたのか、そしてなぜAO3がヒューゴー賞の栄冠を手にすることができたのかが分かるだろう。同人作品のプラットフォームをファンの手に取り戻したAO3は、世界中のフィクションファンにとって、今やなくてはならない存在なのだ。
なお、AO3には日本語の概要ページも用意されており、日本語の作品も公開されている。
2019年のヒューゴー賞受賞リストはこちらから。