映画『VESPER/ヴェスパー』ネタバレ解説&考察 ラストの意味は? 続編はある? “支配”をテーマにした植物バイオSF | VG+ (バゴプラ)

映画『VESPER/ヴェスパー』ネタバレ解説&考察 ラストの意味は? 続編はある? “支配”をテーマにした植物バイオSF

(C)2022 Vesper - Natrix Natrix, Rumble Fish Productions, 10.80 Films, EV.L Prod

映画『VESPER/ヴェスパー』公開

ヨーロッパ発のSFダークファンタジーとして注目を集めた映画『VESPER/ヴェスパー』が2024年1月19日(金) より日本の劇場で公開された。映画『VESPER/ヴェスパー』はフランス、リトアニア、ベルギー合作で制作されたインディペンデント映画で、2022年にブリュッセル国際ファンタスティック映画祭で最高賞の金鴉賞を受賞した作品だ。

監督はリトアニアのクリスティーナ・ブオジーテとフランスのブルーノ・サンペルが共同でつとめ、二人の共通言語である英語で制作された。主人公である14歳の少女ヴェスパーを映画『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』(2016) のラフィエラ・チャップマンが演じた。

今回は、異色作として注目を集める映画『VESPER/ヴェスパー』のラストについて解説&考察していこう。以下の内容は本編の結末のネタバレを含むため、必ず劇場で鑑賞してから読んでいただきたい。また、性暴力に関する比喩表現の解説も含むため、注意していただきたい。

ネタバレ注意
以下の内容は、映画『VESPER/ヴェスパー』の内容に関するネタバレを含みます。

映画『VESPER/ヴェスパー』ネタバレ解説&考察

“タネ”を巡る物語

映画『VESPER/ヴェスパー』の舞台は、生態系が崩壊した未来の地球。かつて人類は遺伝子操作によって生態系の危機に対応しようとしたが、むしろウイルスによって食用の植物や動物を絶滅させてしまっていた。富裕層は“シタデル”と呼ばれる封鎖された都市で生きているが、食べ物ない外の世界では人々が貧しい暮らしを強いられている。

外の人々の食糧は、シタデルから提供されるタネに依存しているのだが、このタネは品種改造によって繰り返し作物を実らせることができない。外の世界の人々は自給自足できず、シタデルを頼るしかなく、ヴェスパーの叔父のヨナスは子ども達の血をシタデルに渡すことでタネを手に入れていた。そして、支配の象徴とも言えるこの“タネ”が物語の鍵になる。

『VESPER/ヴェスパー』の世界観は、SFのサブジャンルでいうところの植物バイオパンクで、動物もコンピュータも失った世界では植物由来の機器が使用されている。ヴェスパーは合成生物学に優れており、自ら実験を重ねて様々な器具を作り出していた。元々シタデルの軍人だった父もヴェスパーの生命維持装置によって生きながらえており、同時に遠隔ドローンを利用して共に外出することもできている。

ヴェスパーは、ヨナスから盗んだタネの“ロック”を解除することで食糧の再生産を可能にしようと試みるが、父ダリアスは夢や希望を持つことを恐れており、否定的な言葉ばかり並べるようになっている。父が作る檻から飛び出そうとしたとき、ヴェスパーは外の世界に墜落したシタデルの住民・カメリアと出会ったのだった。

カメリアの正体

カメリアは一緒にやってきた父を助けてくれればシタデルに連れていくとヴェスパーに約束したが、カメリアの正体はジャグだった。ジャグは冒頭でヨナスが子どもに殺させた人造人間の総称で、シタデルではジャグを労働力として使役している。ジャグは人間が作り出した人間だが人権はなく、奴隷として扱われていたのだ。

中でもカメリアは製造が禁止されている知性を持ったジャグで、カメリアと“父”である科学者のエリアスはシタデルを追われて亡命を試みている途上だった。その中で飛行機が墜落し、父を失ったカメリアは、ジャグであること、シタデルに連れて行くというのは嘘だったということをヴェスパーに知られて自ら命を断とうとする。

それを止めたヴェスパーは、カメリアの遺伝子を分析し、その形がタネの遺伝子と同じであることを突き止める。更にその遺伝子同士が音によって共鳴することを発見し、ついにタネのロックを解除することに成功。そもそもカメリアの父は、タネのロックを解除できるカメリアの遺伝子を交渉材料に、南にある別のシタデルへの亡命を試みていたのだ。

支配の象徴、ヨナス

外の世界でも食糧に困らずに生きられる希望を手に入れたヴェスパーだったが、そこに現れたのは叔父のヨナスだった。映画『VESPER/ヴェスパー』ではヴェスパーは様々な方法で自由を奪おうとする脅威に直面する。貧困という環境によって、優しくも希望を捨てた父によって、シタデルの武力によって、そして、貧しい世界の支配者として君臨するヨナスによって。

ヨナスは外の世界でシタデルと通信できる唯一の人物で、子ども達の血液を搾取してタネを手に入れていた。タネはヨナスの敷地で育てられており、食料もほとんど独占していると言ってよいだろう。ジャグを殺させて主従関係を子どもに教えたり、ヴェスパーの手に“所有物”の烙印をつけるなど、支配欲に支配されていると言っても過言ではない人物だ。

ヴェスパーが発明家で革命家だとすれば、ヨナスは体制に従順な実業家だ。下層の世界でトップに立ち続けるために他者を抑圧し続ける。ヨナスが送り込んだ少年たちがヴェスパーの手に烙印を押す場面や、ヨナスがカメリアのジャグの証である背中の器官に手を入れるシーンなどは、性暴力を通した支配を比喩的に表現したものと考えられる。

同時に種子を支配することで生み育てることをコントロールするという発想は、そのまま生殖の支配に置き換えることもできる。第二次世界大戦時には大日本帝国は「産めよ、殖やせよ」という標語のもと市民の生殖をコントロールしようとした。タネというキーアイテムにも「支配」というテーマが潜んでいると考えられる。

ヨナスはおそらくシタデルからの通信で逃亡したジャグがいることを知っていたのだろう。カメリアを見つけたヨナスはジャグであることを見抜くが、ヴェスパーから返り討ちを受ける。ヴェスパーはタネのロックを解除できたことを告げ、共存することをヨナスに提案するが、あろうことかヨナスはシタデルへ通報。支配構造の中で生きることに慣れた人間は自由を恐れるという悲しい現実が示されている。

この描写は、ヴェスパーがカメリアの存在を通して、生物が他者の存在を通して変化できることを知る展開と対になっている。ヴェスパーは自分が開発した植物が青色にならないことを不思議に思っていたが、違う色の植物と出会ったときに別の色に変化するということに思い至り、“支配”するのではなく、変化を認め、自由に生きることへの思いを強めたと考えられる。

もちろん人間的には弟のダリアスの方がヨナスより100倍マシなのだが、支配構造のなかで諦めを抱えながら生きているという点では二人は似たもの同士だとも言える。それでもダリアスがマシである理由は、カメリアが現れたときに自分を捨てて幸せになってほしいと娘のヴェスパーを最優先に想うことができるからだ。

カメリアはどうなった?

シタデルからの兵から逃げるヴェスパーとカメリアだったが、家に隠してきた父は殺されてしまう。おそらく知性のあるジャグの存在を知ってしまったからだろう、この過程でヨナスも兵士に殺されている。ヴェスパーはシタデルの兵が知らない赤い植物の力を活用して兵士を退けるが、ヴェスパーとダリアスを巻き込んでしまったカメリアは、自らシタデルに投降することを選ぶのだった。

カメリアは最後に口づけをしてヴェスパーを眠らせる。ダリアスに異変が起きたときにしてみせたように、カメリアには口づけした相手を眠らせる能力があった。それ以外にも急速に足の傷が治癒するなど、特殊な力を持っていることが分かる。その全容は明らかにならなかったが、今後のシリーズで背景が明かされる可能性もあるだろう。

カメリアはヴェスパーに案内してもらった温室でシタデルの兵と落ち合う。カメリアがこの場所を選んだ理由は、ヴェスパーとの思い出の場所ということもあるだろうが、ヴェスパーが開発した何らかの植物の種子を持ち出したのかもしれない。

ラストの意味は?

映画『VESPER/ヴェスパー』のラストでは、目を覚ましたヴェスパーは父が死んだ家の焼け跡にタネを植えて旅に出る。ヨナスのところにいた4人の子どもが居場所をなくしてヴェスパーについてくる中、ヴェスパーは資材を運ぶ放浪者についていくのだった。

ヴェスパーの母は放浪者について行って失踪したとされており、ダリアスは失踪の理由を「夢を見すぎた」と語っていた。カメリアはヴェスパーを眠らせるときに「いい夢を見て」と言っており、ヴェスパーは夢を見たことで放浪者達の後を追うことを決めたのかもしれない。ダリアスもまたカメリアに眠らされた後からヴェスパーに対して寛容になったようにも思え、劇中の説明されなかった”変化”はカメリアの能力に関連するものなのかもしれない。

子ども達と家族のような関係になったヴェスパーは、放浪者が行き着く先に建設された塔を目にする。ヴェスパーはその塔のてっぺんまで登ると、閉塞的なシタデルの姿を見る。シタデルの周囲の土地は焦土になっているが、ヴェスパーがその反対側の土地を見ると、そこには豊かな自然が広がっていた。

ヴェスパーはもうシタデルを目指していない。ヴェスパーは閉じられた都市を目指すのではなく、広がる大地にタネを放ち、映画『VESPER/ヴェスパー』は幕を閉じる。ロックを解除されたタネは外の世界に広がり、いずれ世界は再び豊かになるだろう。だがそれは、支配やコントロールによって生まれるものではなく、世界をありのままに解放することでもたらされるものなのだ。

続編はある?

非暴力革命の成就を示唆する最後ということで、映画『VESPER/ヴェスパー』はハッピーエンドのようにも思える。一方で、放浪者たちの世界設定や、ヴェスパーの母、カメリアのその後など、不明な点も数多く残されている。もちろんすべてが語られる必要はないが、続編や前日譚制作の可能性があるのかどうかは気になるところだ。

米Varietyでは、監督のクリスティーナ・ブオジーテとブルーノ・サンペルがインタビューに答えており、クリスティーナ・ブオジーテは当初は独立した映画として構想していたとしている。その上で、以下のように話している。

最後の編集版を大きいスクリーンで観たとき、この後どうなるのか知りたい、って思ったことに自分で驚きました。なので、そうですね、すでに続編については考えています。

相棒のブルーノ・サンペルもこう話している。

私たちには多くのアイデアがあって、この世界を探究し続けたいと思っていますが、それは『VESPER/ヴェスパー』の成功次第ですね。

完成版を観た後、当初は予定していなかった続編についての話が二人の間で進んでいるという。続編が作られるかどうかは興行的な成功にかかっているということだが、続編の可能性は十分にあると言える。

映画『VESPER/ヴェスパー』の続編では、シタデルから搾取される別の地域を描きつつ、自由になったヴェスパーがリーダーとして再登場したり、シタデルに戻ったカメリアのその後、ヴェスパーの母の消息などを描く展開もあり得る。もちろん『VESPER/ヴェスパー』の世界が荒廃するに至るまでの前日譚や、シタデルの内側の物語に注力することもできるだろう。

映画『VESPER/ヴェスパー』の製作費は500万ユーロ=約8億円、日本公開前の全世界興収は約167万ドル=約2億5,000万円とされている。日本ではフランスでの公開から1年半越しの公開となり、その興行はまだ途上にあると言える。ヨーロッパ発の新たなSFシリーズが誕生することに期待しよう。

映画『VESPER/ヴェスパー』は2024年1月19日(金) より、全国の劇場で公開中。

映画『VESPER/ヴェスパー』公式サイト

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映画『ザ・クリエイター/創造者』の続編についての情報はこちらから。

米国でヒットした映画『ファイブ・ナイト・アット・フレディーズ』は2024年2月9日(金)より日本公開。詳しくはこちらの記事で。

齋藤 隼飛

社会保障/労働経済学を学んだ後、アメリカはカリフォルニア州で4年間、教育業に従事。アメリカではマネジメントを学ぶ。名前の由来は仮面ライダー2号。 訳書に『デッドプール 30th Anniversary Book』『ホークアイ オフィシャルガイド』『スパイダーマン:スパイダーバース オフィシャルガイド』『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース オフィシャルガイド』(KADOKAWA)。正井編『大阪SFアンソロジー:OSAKA2045』の編集担当、編書に『野球SF傑作選 ベストナイン2024』(Kaguya Books)。
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