ドラゴンと姫の新しい関係 『ダムゼル/運命を拓きし者』 ネタバレ解説&考察 | VG+ (バゴプラ)

ドラゴンと姫の新しい関係 『ダムゼル/運命を拓きし者』 ネタバレ解説&考察

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『ダムゼル/運命を拓きし者』でわかるおとぎ話の負の側面

「窮地の姫君を救い出す。そんな騎士の英雄物語は数多くある。これは、そういう物語ではない」。この言葉は『ダムゼル/運命を拓きし者』を表現するには最適な言葉だ。2024年3月8日(金)よりNetflixで配信開始された『ダムゼル/運命を拓きし者』は、おとぎ話の裏側に焦点を当てたような物語になっている。

本記事では実在のドラゴン退治伝説や、過去にも見られたドラゴン退治伝説を皮肉った映画をもとに解説と考察をしていこう。なお、本記事は『ダムゼル/運命を拓きし者』のネタバレを含むため、本編視聴後に読んでいただけると幸いである。

ネタバレ注意
以下の内容は、映画『ダムゼル/運命を拓きし者』の内容に関するネタバレを含みます。

『ダムゼル/運命を拓きし者』で描かれるドラゴンと姫君

楽園「アウレア王国」に漂う不穏な気配

北の果てに住み、荒涼とした大地で貧困に苦しむエロディ。領主である父親と継母、そして妹フロリアと共に暮らすエロディのもとにアウレア王国の王妃から王子との縁談が舞い込む。それは父親が予てより頼み込んでいたもので、父親はエロディに対して結婚こそ務めだと説いてきた。

『ダムゼル/運命を拓きし者』は現実の女性が置かれている社会問題とリンクしていることが主演のミリー・ボビー・ブラウンの口から語られている。おとぎ話のような物語の中で、領主である父親から女性は結婚こそ務めであり、それでしか社会に貢献できないという抑圧がなされているのが良い例だろう。

そのような女性に対する抑圧は楽園のようなアウレア王国にも、どこか不穏な気配がある描写として描かれている。エロディ以外の王太子妃の候補らしき女性と目が合うが、その日の晩に姿を消すなど、視聴者に不安感を抱かせる。他にもエロディが自分の強みを問われて「常に真実を話すこと」だと話すが、それを弱みでもあると返されるのにも女性への抑圧が表現されている。

黄金の仮面

エロディはヘンリー王子と共に先祖を弔う儀式を行うとして山腹へと向かう。そこは華やかな結婚式とは異なる不穏な気配に満ちている。王妃は数世紀前の王がアウレア王国建国の際、先に棲みついていたドラゴンに集落を襲われて存亡の危機にあったことを語る。国王はドラゴン退治に向かうも惨敗。そこでドラゴンに3人の娘を引き渡すという取引を交わした。

国王は愛する娘を渡すことを悩むも、自分の責務は国民を守ることだとして娘を引き渡したとされた。それ以降、アウレア王国は繁栄を保つために国王の娘をドラゴンに捧げ続けてきた。

しかし、それは実子ではなかった。手に傷をつけ、血を混ぜることで王族の血を引く娘として生贄にしていたのだった。王妃は生贄に捧げられることを国に忠義を尽くすことだとしているが、それもまた女性が抑圧されていることを表現していると考察できる。

聖ゲオルギオスのドラゴン退治

この娘をドラゴンの生贄に捧げてきたというのは、ヨーロッパで最も有名なドラゴン退治伝説である「聖ゲオルギオスのドラゴン退治伝説」からきていると考察できる。聖ゲオルギオスはジョージやジョルジュとも呼ばれる英雄で、カッパドキア出身のローマ軍の騎士とされる。「聖ゲオルギオスのドラゴン退治伝説」は1267年頃の『黄金伝説』で有名になった。そのあらすじは以下の通りだ。

リビアにシレナという異教の町があり、その町の近くには海のように大きい湖があった。その湖にはドラゴンが棲んでおり、それが吐く毒気がもたらす病気によって人々は苦しんでいた。そのような猛威を振るうドラゴンに対して、民衆は戦っても勝ち目がないので、毎日二頭の羊を生贄にすることでその怒りを鎮め、町に被害が出ないように凌いでいた。

 

しかし、家畜の羊も尽き、民衆はしかたなく羊一頭と人間一人を生贄に捧げることにした。それでもドラゴンの腹は満たされず、遂には羊の代わりに生贄となる若い男女も尽きようとしていた。そして、とうとう生贄になれる若者は王の愛娘である王女ただ一人となり、湖の近くに連れていかれた王女は悲しみに暮れていた。

そこに通りがかった敬虔なキリスト教信徒の騎士の聖ゲオルギオスは王女から経緯を聞く。正義感に溢れ、剛毅果断な性格の彼は王女にそのドラゴンを退治することを約束した。それから王女と槍と剣を携えた聖ゲオルギオスが湖に向かうと、ドラゴンが湖から姿を現し、鋭い牙をむき出して火や毒を吐き散らして暴れた。

 

その最中、ドラゴンは騎士に向かって口を開いて火を吐こうとしたが、聖ゲオルギオスは隙を狙い、馬上から無防備な大口にめがけて槍を突き刺した。その一突きによって、ドラゴンは退治されたのだが、聖ゲオルギオスはそこでは止めを刺さず、王女の腰帯をつかって犬か馬でも曳くように町まで連れて帰ってきた。

彼はドラゴンに止めを刺す代わりに、民衆に対してキリスト教に改宗するようにせまり、民衆の目の前で腰に佩いていた剣を使って、その息の根を止めた。その勇敢な姿に心打たれた民衆はキリスト教に改宗し、王は彼の栄誉をたたえて町に教会を建てた。それによって異教の町であったシレナはキリスト教の町になったのである。

聖ゲオルギオスの欺瞞

「聖ゲオルギオスのドラゴン退治伝説」は一見するとハッピーエンドだが、聖ゲオルギオスがドラゴンを退治するまでに多くの人間が生贄に捧げられており、王族のような上流階級は生贄の順番も最後になっている。さらに聖ゲオルギオスはドラゴンに止めを刺すことと引き換えにキリスト教への改宗もせまっている。

これを皮肉った映画が存在しており、それが1981年にパラマウント映画とウォルト・ディズニー・プロダクションの共同により製作された『ドラゴンスレイヤー』だ。『ドラゴンスレイヤー』は世界で初めてゴー・モーションが本格的に使われた映画として評価が高いが、その内容は「聖ゲオルギオスのドラゴン退治伝説」を皮肉っている。

上流階級は生贄のくじ引きから逃れ、その偽りを指摘した王女は生贄として死に、ドラゴンは魔法使いが自爆して倒すがその手柄は何もしていない王に横取りされる。『ドラゴンスレイヤー』ではその様子を見ていた主人公は人間に失望して王国を去っている。ダムゼルもドラゴンが最後の一頭であったことを強調していたので、『ドラゴンスレイヤー』の影響を受けていた可能性もあり得る。

ドラゴンとの対話

『ダムゼル/運命を拓きし者』のドラゴンは人語を介し、人間を痛めつけることに好む習性を持っている。その一方で、血が少し混ざっただけでも相手を王族の人間だと考え、かつての取引を遂行しようとするなど、取引や契約といったものに囚われていると考察できる。

焼死体とドラゴンの口から発せられた「前回の奴はあっけなかった」という言葉から、エロディはアウレア王国の礎という名目で捧げられてきた生贄の王太子妃が他にもいることを考察する。それから脱出のために邪魔なドレスを千切り、洞窟で出口を探そうともがくのだった。

香炉からの僅かな明かりも消えたエロディの前に現れたのは氷柱のように天井から垂れさがり、輝くホタルか何かのような虫だった。それに惹かれたエロディは目の前の深い谷に気づかず落ちそうになる。何とか落ちることは回避したエロディだったが、すべてを知っていたアウレア王国の王妃も、父親も、一緒に世界を見ようと約束したヘンリー王子のことも指輪と一緒に谷底に捨てた。

谷を命からがら飛び越えたエロディは光る虫を集め、ドレスの切れ端に詰めて明かりとした。そして、氷から滴る水にすがるエロディだったが、そこにドラゴンが現われる。エロディは寸前のところで岩の隙間に飛び込むが、その岩肌には生贄にされた先人たちの名前やメッセージが書き残されていた。

先人たちからのメッセージ

エロディが気を失っていた間、傷口に光る虫がたかっていた。エロディは急いで虫を払うが、奇妙なことに虫がたかっていた場所の傷は治っていた。そしてエロディは先人たちの残した地図をもとに迷路のような洞窟からの脱出を試みる。

尖ったクリスタルの縦穴までたどり着いたエロディ。そこには「V」と刻まれた冠が落ちており、エロディはこの持ち主が脱出したと考察した。尖ったクリスタルをドレスの裾でくるんだ手で登るエロディだったが、縦穴の下にはドラゴンが口を開けて待っていた。

それにもめげず登り切ったエロディ。彼女を待ち受けていたのは希望ではなく、縦穴の先は山肌に開いた崖に繋がっているという絶望だった。山の中腹から見えた馬に乗った人々に助けを求めるエロディだったが、そこをドラゴンが襲う。岩肌には「V」の文字と白骨死体、そして危険というメッセージがあった。

3つのもの

エロディの父親が救出にかけつけたことで一度、ドラゴンはその場を去る。エロディも危険な縦穴から脱出するが、洞窟の奥深くで見つけたのは黄金の宝と孵化直後に殺された3頭のドラゴンの雛だった。ドラゴンが3人の娘を生贄に要求していたのは、ドラゴンが3頭の雛を奪われたためだった。

ここで冒頭のアウレア王国の国王がドラゴンと初めて対峙したシーンを見返すと、連れていた兵士たちが何か甲殻を潰すような音と仕草をしていることが見て取れる。最初にアウレア王国の国王が生まれたてのドラゴンの雛を殺したことが始まりだったのだ。

このドラゴンが雛を殺されて怒り狂うシーンは前述の『ドラゴンスレイヤー』にも存在しており、そこでは生贄に志願した姫の死体にたかるドラゴンの雛を主人公が殺し、雛を殺されて最後の1頭となったドラゴンが悲しむ描写があった。このことからも、『ダムゼル/運命を拓きし者』には同じ「聖ゲオルギオスのドラゴン退治伝説」を皮肉った『ドラゴンスレイヤー』の影響があると考察できる。

娘を引き渡す取引

大声をあげてエロディを探していた騎士たちは無残にもドラゴンに殺害されてしまう。娘を救うべくドラゴンと対峙したエロディの父親は剣を抜くも、ドラゴンの尾に絡めとられてしまう。彼は命乞いをするが、ドラゴンの口からエロディが生きていることを知るとこれまでの行いを恥じた。

ドラゴンはエロディを呼ぶように彼女の父親を脅すが、彼は父親としてできる最後のこととしてエロディに隠れたまま出てくるなと命令した。そしてドラゴンの爪によって、最後まで自分がアウレア王国と結んだ取引を恥じて命を落とすのだった。

エロディは父親が洞窟に入って来たときに残したロープを登り、洞窟からの脱出を試みるが、ドラゴンに気づかれてしまう。ドラゴンの炎よりも先にロープを登り切り、馬に乗ってエロディは逃げ去る。ドラゴンは怒りのまま山岳一帯を焼き尽くすのだった。アウレア王国はまるで活火山が噴火したような惨状と化す。

ドラゴン狩り

アウレア王国の王妃はエロディの代わりとして妹のフロリアをドラゴンに差し出そうとする。フロリアを守ろうとした継母は刺され、這う這うの体でエロディにそのことを伝える。エロディは妹を救うため、今度はドラゴンから逃げるのではなく、ドラゴンに立ち向かう選択肢を取ったのであった。

先人たちのメッセージとこれまでの経験からドラゴン退治へと向かうエロディ。防火と臭いを消すために体に光る虫の体液を塗り、罠を作り、最初の国王の残した剣を引き抜く。罠が動き、物音をわざと立ててドラゴンの注意を引く。その隙にエロディはフロリアの元に駆け寄った。

エロディはドラゴンに対して自身の最大の強みをぶつける。それは「常に真実を話すこと」だ。エロディはドラゴンに王族が自分たちを守るために無関係な娘たちを王族の娘だと偽って生贄に捧げ続けてきたことを告げた。

聞く耳を持たないドラゴンに焼き殺される寸前まで追いつめられるエロディだったが、ドラゴンの片目を潰し、腱を切ってその場を切り抜ける。また。ドラゴンの口を剣で貫くのは「聖ゲオルギオスのドラゴン退治伝説」のオマージュだと考察できる。諦めないエロディは立地を利用し、ドラゴンに自らの炎を浴びせることに成功した。

『ダムゼル/運命を拓きし者』の結末

死に体のドラゴンに血の臭いの正体を明かすエロディ。そして、ドラゴンも罪のない娘たちを殺してきた罪を背負っていると語る。止めを刺せとせまるドラゴンを拒絶し、光る虫で治療する。エロディはもう誰かの言う通りに動くような人物ではなく、巨大な社会構造的な暴力にも屈しない存在へと成長していたのだ。

血にまみれたエロディは生贄に捧げられそうになっている女性の結婚式に乗り込んでいく。エロディはドラゴンに真のアウレア王国の物語を告げ、この歪で罪なき女性たちの上に成り立っていたおとぎ話を終わらせるのだった。ドラゴンは心理学では母なる存在として扱われることもあり、『ダムゼル/運命を拓きし者』ではそこに女性が本来持つ力強さも加わったことでこのような描写になったと考察できる。

おとぎ話を通し、現代にも続く女性の社会問題を提起し、力強く立ち向かう姿を描いた『ダムゼル/運命を拓きし者』。そのような『ダムゼル/運命を拓きし者』の配信が開始された3月8日は「国際女性デー(International Women’s Day)」である。1904年のニューヨークで婦人参政権を求めたデモが起源とする「国際女性デー」は、1975年からはじまった記念すべき日だ。そのような日に『ダムゼル/運命を拓きし者』が配信開始されたことにも注目していきたい。

『ダムゼル/運命を拓きし者』は2024年3月8日(金)よりNetflixにて配信開始。

『ダムゼル/運命を拓きし者』配信ページ

Source
TUDUM

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鯨ヶ岬 勇士

1998生まれのZ世代。好きだった映画鑑賞やドラマ鑑賞が高じ、その国の政治問題や差別問題に興味を持つようになり、それらのニュースを追うようになる。趣味は細々と小説を書くこと。
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