心に自分だけの島を持っている島売人――架空の諸島を舞台にした「島アンソロジー」を企画・編集した谷脇栗太さんに聞いてみた | VG+ (バゴプラ)

心に自分だけの島を持っている島売人――架空の諸島を舞台にした「島アンソロジー」を企画・編集した谷脇栗太さんに聞いてみた

©谷脇栗太

島売人・谷脇栗太さんが島アンソロジーを企画

粘土で作った島々を「これは本です、文学です」と主張して、文学フリマなどで頒布する、という一風変わった活動をしている島売人がいる。大阪でリトルプレス/インディーズ出版物の販売所 兼 ギャラリー〈犬と街灯〉の店主をしている谷脇栗太さんだ。

谷脇さんは2021年、この島活動からさらに発展して、〈貝楼諸島〉という架空の諸島を舞台にした島アンソロジー『貝楼諸島へ/より』を編纂。ネットを通じて広く執筆者を募り、小説、短歌、俳句など多様なジャンルの作品が計67編収録された長大なアンソロジーを約一年かけて企画・編集した。

島アンソロジーでは、それぞれの書き手は自分の作品を自身のブログやサイト、小説投稿サイトなどにアップする。そして最後にそれを二冊組の書籍にまとめたのが『貝楼諸島へ/より』だ。

今回は、そんなユニークなアンソロジーを企画・編集した谷脇栗太さんに、創作物としての〈島〉の魅力を伺った。

谷脇栗太さんインタビュー:〈島〉との出会いとその魅力

――谷脇さんと〈島〉との出会いを教えてください。

新卒で入った会社で働いていた頃に割と辛い時期があり、通勤が自転車やったので、暗い道を自転車で走りながら歌を歌ったり、回文を作ったりして現実逃避をしていたんです。

その時に〈チャントシテナイ島〉という島の想像をしていました。僕はあんまり社会人としてちゃんとしていなかったので……。チャントシテナイ島では、犬は全部放し飼いで、予防接種もちゃんと受けていなくて、自転車もパンクしていて、人間はそれなりに不幸だがそれなりに満ち足りていて、ちゃんとしてないということを誰も責められないし、発展もしないが滅びもしない、そんなちゃんとしてない島の出身なんですよ、僕は。みたいな想像をしていました。

――チャントシテナイ島の出身なのに、ちゃんとしてなきゃいけない社会に放り込まれたから苦しいんだなあ……みたいなことですか。

そうですね。皆さん、似たような妄想をされることはあると思うんですけど、それが僕は島という形をとっていたと。そこから、心に一つ、自分だけの島という居場所を持っていると、なんかちょっと、生きやすくなるわけじゃないけど逃避することができるんじゃないかみたいなことを考え始めたという感じですね。

――今ここではないどこか、逃げ場としての島を持っておこうと。

そうですね。

――それを実際に島という形で作り始めたのはいつ頃なんですか。

2018年かな……? 手作りの本、ZINEを販売できる三条富小路書店というイベントがあって、その時に変わったことやりたいなと思って、島を作ってそれを本だと言い張って売ろうと思ったんですよね。それで粘土で島を作って箱に入れて、以前書いた島の掌編小説を封入して売ったということがありましたね。

――島関係の作品作りは、粘土の島から始まったんですか。

単発では島を舞台にした掌編小説とか書いたりしてたんですが、初めてシリーズ的に展開していけるなと思ったのは粘土の島が最初です。自分にとって、こんなに大事なものだったんだなと思いました。

――最初に、島を「これは本です」と言って売ったとき、周りの人からの反応はいかがでしたか。

それがよかったんですよね笑 そのイベントの会場が職場の近くだったので、職場の人が買ってくれたりとか。前後して文学フリマ大阪でも売ったんですけどね、その時もツイッターで告知したりとか、会場で島を並べたりとかしてたら、知らない人が「わ! 島が売っている」って言って、ヒューって吸い寄せられるように近づいてきて、手にとって、けっこう強気な値段をつけていたにもかかわらず迷わず買っていかれるという現象がありました。買ってくださった方々も作品作りをされている方が多かったりとかして……。なんか、特定の人を吸い寄せる力があると思います。僕は半分洒落でやってたのに、案外島を求めている人がいるものなんだなと思いました。

――心に島を必要としている人が潜在的にいっぱいいたということですね。

一目惚れというか。買う人は迷わず、シュッと買っていかはるんですよ。

文学フリマで島を売ったのは、文学フリマという場所が好きなので、その多様性に貢献しようと思ってやったところもあるんですけど、やり続けていくうちに、島がいろんな人の手元に存在するんやなっていうのが面白くなってきて……。島を持っている人たちを一つの平面上に置くと、現実の地図とは違うレイヤーの、空想の地図みたいな、仮想の、心の海図みたいなのができるよな……っていうのが、島作りと販売をやっていて発見したことです。

――どこに散らばっていたかはわからないが、日本全国に谷脇さんの作った島が散らばっていっている。

それぞれの心の中の唯一性と同時に、同じ平面を実は共有しているという。それが面白いなと思ったのは、島アンソロジーにつながっているかもしれないですね。島アンソロジーで、最初の作品発表はこちら取りまとめることはせずに、ウェブでそれぞれアップしてもらうという方式にしたのも、そういうところから繋がりがあったかもしれないですね。

――今まで累計何個くらいの島を作っているんですか。

名前をつけて売ったのは30個届かないくらいだと思います。

――30くらいの島が日本全国に…

そうですね。主に大阪や関西近辺に広がっている。

――夢がありますね。

買ってもらったものは僕の手を離れているので同窓会みたいなことをするつもりはないのですが、そう想像するとそれはそれで楽しいかなと思いますね。

――しかもそれぞれの島にエピソードがあって……

買っていただいた皆様が島のエピソードを想像で補ったりして、それぞれの島が自由に育ってくださっているといいなと思っていますね。

――谷脇さんは、粘土の島につけるお話はどうやって書いているんですか。

粘土の島の形から物語を作ることが多いですね。

――島の形はどうやって作るんですか。

形は、できるだけカッコよくなるように作っています。前は、あんまり奇抜ではなくて、いかにもありそうな島、ありそうなえぐれやありそうな凹みとかを作っていたんですけど、最近のトレンドはちょっと癖のある造形ですね。その造形から導き出される物語を作っています。

――粘土の島を作る以外にも、島にまつわる創作をしているのですか?

島の掌編を書くのと……後は架空の島国の国歌を作りましたね。ブンゲイファイトクラブ(※)に応募するために、〈タグワ〉という存在しない島国のことをずっと気にしている夫の話を書いたんですが、その話の最後に、YouTubeでタグワの国歌を覚えて歌うという場面があります。そこから派生して、実際にタグワの国歌を作ったら面白いやろうなと思って作って、朗読会で〈国民〉になりきって歌ったりしていますね。これまでの話の流れでおわかりかもしれないですが、共同幻想みたいなものが好きなんですよね……。

――タグワの国歌も、今までの話と通ずるところがありますね。そういう島作品を作りつつ、島アンソロジーを編もうという計画はいつから温めていたのですか。

島アンソロジーができたら面白いなとは思ってはいたのですが、島職人として一人で創作をしていくことに特に不足を感じていなくて、あえて他の方々とかかわって島アンソロジーを編む必然性みたいなことを考えてしまって……。自分を納得させる動機みたいなものが必要だなと。

後、自分だけでやっていてもいつ飽きられるかわからないのに、他の人も巻き込んで成功するのかなみたいな不安もありました。

昨年、犬と街灯主催で『みんなの美術館』というエッセイアンソロジーを刊行したんですけど、それができあがってうまいこと販売とかも回ってきた頃に、参加者の一人の正井さんと立ち話をしていて、次にどんなアンソロジーをしましょうみたいな話をしました。その時に正井さんが、「島アンソロジーをやるべきなんじゃないですか」って言ってくださって、「じゃあやりましょうか」みたいな笑 求めてくださるならやりましょう、みたいな。

――で、企画を立ち上げて、募集をしたらめっちゃ人が集まったと。

そうですね。募集の開始前に興味を持ってくれそうな人に相談しました。〈貝楼諸島〉という名前はは最初はなかったのですが、具体的なとっかかりが必要なんじゃないとか言われて、募集要項をまとめるときに最低限の設定をでっち上げました。共催いただいたKaguya Planetさんの宣伝もあってたくさんの人が集まったと。

――架空の島を作るという設定が魅力的だったからこそ、たくさんの人が集まったんだと思うんですよね。

物語の形式としてやりやすいですよね、というのがあると思います。閉じた世界で設定を作れるし、物語の単位としてすごく扱いやすいんですよね。

――そうですね。回りから隔絶されている存在として考えると世界観と作り込むこともできる。

はい。行き来もできるし、メタ的な捉え方もできるし……ですね。

――実際、作品が集まってみてどうでした?

めちゃくちゃ楽しかったんです、おもしれーと思って。これだけ数があるのにそれぞれ島はとても個性的で、一方で作品同士がやんわり繋がっていたりもするし……貝楼諸島はいくらでも広がりそうだなと思いましたね。それと同時に、ジャンルも世界観もカオスなので、一冊の本にまとめるのには苦労しました。最終的には『へ』と『より』の2分冊にすることで解決できましたが。

――心に島を必要としている人に向けて『貝楼諸島へ/より』の面白さを一言。

ネット上のあちこちに散らばった島々を、本というひとつの〈海〉の上に集めて並べなおしたのが『貝楼諸島へ/より』です。日常を離れて世界のどこかにある島々を旅するような2冊に仕上がっていると思います。読み進めるにつれ次第に遠く、深くに誘われる島旅をお楽しみください。

旅のどこかであなただけの島が見つかることを願っています。たとえこの本の中になくても、無限に広がる貝楼諸島のどこかには、きっと。

 

犬と街灯主催の『貝楼諸島へ/より』は、犬と街灯の店頭と通販で販売中!

犬と街灯オンラインストア

また、島アンソロジーはオンラインSF誌Kaguya Planetが共催しており、一部の作品はKaguya Planetで公開されている。

谷脇栗太さんが装幀・装画・組版を手がけたSFアンソロジーが8月29日刊行

そんな谷脇栗太さんが、装画・装幀・DTPを手がけた井上彼方編『SFアンソロジー 新月/朧木果樹園の軌跡 (おぼろきかじゅえんのきせき) 』(Kaguya Books) が刊行される。

『SFアンソロジー 新月/朧木果樹園の軌跡』は、2020年、2021年に開催された第一回・第二回かぐやSFコンテストから生まれたSFアンソロジー。コンテストの受賞者や最終候補者を中心に構成され、生きたまま襟巻きになるキツネの物語、世界を再創造する検閲の話、時を駆ける寿司SF、オレンジ様を育てる気球ドローンの物語など、25編の多様なSF短編小説が収録されている。

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