池澤春菜インタビュー「SFで誰かの人生を掘り出す」 | VG+ (バゴプラ)

池澤春菜インタビュー「SFで誰かの人生を掘り出す」

写真 SFG

池澤春菜さんに、創作についてインタビュー!

声優、書評家、脚本家など、幅広いジャンルで活躍している池澤春菜さん。2020年〜2022年には、日本SF作家クラブの会長を務めました。
近年は、SF短編小説を精力的に執筆・発表し、作品が『NOVA 2021年夏号』『NOVA 2023年夏号』(河出書房新社)、『2084年のSF』(早川書房)、『WIRED』などに掲載されています。
そんな池澤春菜さんに、Kaguya Planetはインタビューを実施。SF同人誌を発行しているSFGと一緒に、たくさんのお話を伺いました。今回の記事では、創作についてのインタビューを掲載します。幼少時からずっと本を読み続けてきた池澤さんが作家としてどんなテーマを持ち、どんなふうに物語を執筆しているのかについて、詳しくお話ししてくださいました。

2024年5月に刊行予定の『SFG vol.6』には、SFGによる池澤春菜さんのインタビューが掲載されます。また、12月26日に刊行された『KAGUYA PLANET Vol.0』では、日本SF作家クラブ会長としての活動についてのインタビューを掲載しています。こちらもお見逃しなく!

SFという道具で、誰かの人生を掘り出す

──池澤さんの書かれたフィクションを拝読していて、サラ・ピンスカーやカレン・ラッセルなどとくに日本ではSFの文脈ではないところで紹介されている作家の作品の読み口に似ているように感じられました。影響を受けたと思う作家、好きな作家はいますか?

サラ・ピンスカーにはすごく勇気をもらいました。個人の問題や社会の問題を書くのに、こういう形でSFを使ってもいいんだ、という意味で。SF(サイエンス・フィクション)は、どうしても「サイエンス」が真ん中に来てしまいがちなのですが、サラ・ピンスカーの作品では、「サイエンス」は手段なんですよね。何か目的があって、そこに到達する手段としてSFを使っている。書いていることは、個人の日常だったり悩みだったり、社会が抱えている、何かソリューションを必要とする問題点だったり。そこを書くのにサラ・ピンスカーはSFという道具立てを使っているというか、社会構造の中にどうifを入れたらその問題が解決できるのか、というところをとても上手に使っています。

私はサイエンスの人間ではないので、多分「サイエンス」としてのSFは書けないけれど、スペキュレイティヴとしてのSFだったらできるかもしれない。そういう意味で、すごく勇気づけられたというのがあります。ですので、個人として読む分にはもちろんサイエンス・フィクションも大好きなのですが、作家として「こういう書き方面白いな」とか、「こういう作品群は手元に置いて何度も読み返したいな」と思うのはスペキュレイティヴな方かもしれないですね。

そういえば、大好きなダイアナ・ウィン・ジョーンズもファンタジー作家なのですが、ファンタジーを手段として使っていますね。ファンタジーを書くためのファンタジーではなく、書きたいことがあるときにファンタジーを土台として上手に使っている。そういう作家が好きなのだと思います。

──池澤さんの作品からも、SFを手段として使っている印象を受けます。そして、ビッグヒストリーやスペースオペラではなく、日常の中の奇跡や人々の優しい営み、ディテールを書き取ろうとしているように思えます。池澤さんの表現したいものを書くためにSFという手段を選んだのはなぜなのか、伺いたいです。

これは「SFが苦手」と言っている人によくお伝えするのですが、SFも他の小説も、真ん中にいるのはやっぱり人間だと思うんですよ。人間が描くものである以上、やっぱりそこに人間の目が絶対に入ってくる。だとしたら、例えばアメリカの西部開拓史を書くとして、見知らぬ土地に初めて行く人たちが、見知らぬ植物や動物、気候風土に翻弄されて、それでも人間としてどうやって生きていくのか、ということと、じゃあアルファ・ケンタウリに移住した人間が同じようにその星で生きていく物語、それぞれの根本に違いはありません。ただ、後者の方がいっそう孤独です。アメリカに移住しても、もしかしたら戻れるかもしれない。でも、アルファ・ケンタウリだと、すくなくとも自分の代ではもう戻ることができないですよね。その孤独感、より見知らぬところに来てしまった、という絶望感を、SFは抉り出すことができます。だけど、それでもやっぱりそこにあるのは、人が生きている、自分とは違う人生かもしれないけれど、必ず自分自身と通じるものを持った人がそこにはいる、ということなのではないかと思います。だからそれが、自分が書くときにも、自分の真ん中にあるのかもしれない。

執筆していると、恐竜の発掘をしている気持ちになるんです。まだそんなに書いていないのですが、「書き始めて、終わる」んですよ。短編の場合は特に、プロットを立てたり、丁寧に筋道を立てて考えるとか、構造的なことはあまりしていなくて、1行目から書いて、書いていくと書き終わるんですね。ほぼすべてその形です。そこから大きく直したり組み替えたりはあまりしていなくて、それが恐竜の発掘をしているような気持ち。「ここに恐竜が埋まっているのはわかっている。どこから掘り出そう。今回は尻尾の先から掘り出すとやりやすそうだぞ。よし、尻尾の先から掘っていこう。あ、足がこっちに曲がっている。ほうほうほう。背骨がこう繋がって、あ、手がここに。頭が出てきた。掘り終わった」みたいな感じです。なので、その埋まっている恐竜の形に、SFというコテやブラシがとてもあっている、掘りやすいんだとおもうんですよね。

──お話を聞いて、翻訳と近いな、ということを思いました。翻訳も、そこにあるものをどう言う言葉に置き換えて、どのヴォイスで伝えるか、ということなので。翻訳もある種の手段なので……。

そうですね。翻訳は、作者の言っていることが骨だとしたら、まずは骨の形をしっかりみて、そこに日本語という粘土をつけていく。どちらかというと、彫刻を作るというようなことだと思っていたので、逆の作業をしているのかもしれないです。最初からあるものを復元していく、みたいな。

──最初に埋まっているテーマとして、特にこれが書きたい、というものはありますか。

これまでに書いてきたものをみていると、そこにあるけど誰も気づいていないとか、そこにあるけどみんな目を向けないとか、忘れられているとか、私が拾ったらもう少しみんながこれのことを見てくれるようになるかもしれない、みたいなものが多いかもしれないですね。

──そのようなものに目を向けるようになったきっかけは。

それもやっぱり、読書が教えてくれたのかもしれない。読書って、自分ではないものになる経験をたくさんたくさん積み重ねていくことなので。「こういう思いをしている人がいるんだ」とか、「こういうことがあったんだ、こういう人たちがいたんだ」ということにも手が届くじゃないですか。知らないことを知るというのが私自身すごく好きで、他の人の経験を自分の中に溜めていく、他の人から見たその時代だったり、景色だったりというものを入れていく、という作業が、やっぱり本を読むうえですごく楽しくて幸せなことなので、そういうものの見方はそこから出てきたのかもしれません。

──読書という大きな営みの中でテーマが自分の中に溜まっていって、それを掘り起こすのにSFがぴったりだったということですね。素敵なエピソードを聞けて感動しています。
ちょっと前の質問とも繋がってしまうのですが、どんなところから作品の着想を得ていますか?

気になったことをいっぱいメモしてあります。それらがどこかでつながるんですよ。「これとこれはもしかしたら同じところから発しているのかもしれない。それじゃあもうひとつ、これらをつなぐSF的なものを入れてみたらこういう話ができそうな気がする」とおもって、1行目がみえたら、もうあとは書いちゃいます。尻尾が見えたら、もう尻尾から掘り起こしていくみたいな感じです。

──短編の執筆はそうなんですね。長編を書くご意志や予定はありますか。

予定はあります。ただ、いうなればまだ短距離走しかしたことがないので……。長距離走は走り方が全然違うんじゃないかと思うんですよね。いまは短編をつなげて、その間に違う文章を挟んで、オムニバス長編のようにならないかな、というチャレンジをしています。

その作品はSFではないのですが、初めてSFではない作品を描いているので、なんだかすごく居心地が悪くて。(笑)「月にも行かないし、宇宙人も出てこないし、何も不思議なことが起こらないのですが、これは小説として成り立っていますかね。人間しか出てこないんですよ」みたいな気持ちです。人間が人間の普通の生活を送っていんですけど、これは小説ですか、みたいな。(笑)とてもそわそわする気持ちで、とりあえず描いて、編集さんに「これ、大丈夫ですか」ということを聞いてみようかと思っています。不安なんですよ、「SFじゃない!」と。

──違う星で書いているみたいな。(笑)

そうです。「何も起きないじゃないですか」と。できれば、1編ずつ主人公のちがう連作短編にしていって、短編ではない「のりしろ」の部分と併せて読むと全体で一つの長編になるといいなと思っております。いきなり長編を書こうと思っても難しいと思ったので、まずはできることの範囲を少しずつ広げていって、いつか1本丸ごとの、構成をしっかり考えて作るタイプの長編にもチャレンジしたいと思っています。いまは短編で修業している感じです。

──長編もとても楽しみです。
気になったことをたくさん書き溜めているとおっしゃっていましたが、今注目しているテーマやサブジャンルはありますか?

「私」という一人称を一切使わない小説は書けないかな、と考えています。「祖母の揺籠」では、「彼」「彼女」を一切使わない小説に挑戦しました。性別が限定されるような外見描写もしていないんですね。「祖母」と言っていますが、あれは役割の名前なので、「祖母」の男性かもしれない。ただ、読む人によって受け取り方が違うんですよね。男女だと思う人もいれば、女性同士、男性同士だと思う人もいます。しかもそれを当たり前だと思って読んでいるので、「あれは男女を決めていないんですよ」というと、「確かに読み返してみるとどちらとも取れる」と言ってくれて。読む人の認識を揺さぶって面白いなと思ったので、人称は自分の中でこれからもテーマになるんじゃないかなと思っています。

あとはタイトルや、そこから物語が発生しそうな言葉を溜めています。あとは何かなあ、「AI」と「舞台」も気になります。自分が舞台に立つ経験からしか書けないものがあって、そこにAIというものが入ってきたらどういう世界が生まれるんだろう、演劇にAIが取り込まれたらどうなるんだろう、って。演劇は個人の経験をとことん個人がやっていく、それを個人に伝えるというものなので。たとえば100万人が見ていても、舞台の上に立っているのはその人1人で、届けるのもその100万人のうちの1人なんですよね。1人×100万人なんですよ。ただ、そういうものにAIが入ってきたときにそれがマス化するのかどうかとか、そういうものを書いてみたいと思っています。

あとは、ワーズワースだったりエミリー・ディケンズの詩から面白い言葉を引っ張ってきて、そこから何か小説にならないかと思っています。例えば、”I have a star in heaven”、「天の星だってこの手の中」とか、”The time brought me other robins”、「季節がめぐれば他のコマドリ」とか。ちょっとSFっぽくないですか? “How far we have fallen, and how fast”、「どれだけ遠くまで落ちたのか、そしてどれだけ速く」とか。そういう言葉をとりあえずいっぱい集めていますね。

ディキンソン、何を言っているかわからない詩が多いじゃないですか。そこがすごくSF的というか、広げる余地があって、詩とSFの接続をできないかなと考えています。
そんなふうにタイトルを考えて、そこからどんな物語が生まれるか考えていることが多いです。

──2022年まで日本SF作家クラブの会長を務められました。会長職がフィクションの執筆に与えた影響はありますか?

先代会長である林譲治さんが、SF作家クラブが『星系出雲』のための組織観察に役立ったと言っていたんです。

──参与観察ですね。(笑)

はい。(笑)だから私も組織観察ができるかなとワクワクしていたのですが、自分がそこに飛び込んでみたら、あんまり組織観察というほどのこともなく。林さんの作った組織と私の作る組織がまた違うからだと思うのですが。

それでも、社会の問題により目を向けなければならないという意識が強くなったので、だからこそ、さっき言った「これを私は掬い上げたい」という意識に繋がるようになったのかもしれないですね。

──ありがとうございます。
お料理、ご飯がお好きとのことで、「本の雑誌ウェブ」のインタビューでも、「好きな本は、と聞かれるのは、これまでに食べたご飯の中で一番美味しいものを聞かれるようなもの」とおっしゃっていました。書く側に回るということは「シェフの側に立つ」といえるかと思うのですが、シェフとして自分の作品を読み手にどんな風に楽しんでほしい、などはありますか。

私、料理を作るときには「カリカリ」とか「サクッとしてるけどジュワッとしてる」とか、そういう感覚からはじめるんです。それから「そうしたら下味にはしょうがを効かせたい。お肉?魚?野菜は?」というふうに、絵を描くみたいに足りない要素を埋めていって、その日の献立を立てるんです。

だから小説も、もちろん最初から「この道具とこの材料を使って、この味付けで」と書くときもあるかもしれないけれど、「読んだときにふわっとするものを書きたい。そしたら、主人公は38歳男性よりも子どもの方がよいかもしれない」というふうに、ふわふわと組み上がっていく物語もあって、両方かもしれないです。

──それでは、これまで書いた中で好きな作品はありますか?

それは、今はまだダメ。もっとたくさん書いてから聞いてください。(笑)

でも、自分が書き手に回ったら、読むのが辛くなってしまうこともあって。書き手の目として、「これはどう書かれているんだろう」「これは私には書けない」「私に書けるかな」とか、そういう読み方をするようになっちゃったので、なんだか読み手としては不安になってしまいました。「まだ届かない、いつか届くようになるのかな」と悔しいこともあって、手放しで読むことができなくなってしまって、ちょっと失敗したな、と思っています。

──ではそれを乗り越えるくらいたくさんお書きになってから、もう一度伺いますね。

でも、「ずっと書けるのかな」とはずっと思っています。いまだに、「もう書けないんじゃないか、もうこれで終わりなんじゃないか」ということを毎回思うし、書きながら「私は何をしているんだろう」と思ってしまったりもします。でも、この小説によってなにか掬いあげられるかもしれない、書く意味がここにあるかもしれない、というのをくりかえし探している感じです。掬いあげて、みんなに見てもらいたいものが手の中にちゃんと残ったという実感を。

──綺麗に骨を掘り出せた実感?

そういう感じです。

(聞き手・構成:堀川夢)

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SF作家・池澤春菜による“未来の流通・小売”をめぐるSFプロトタイピング小説:「Yours is the Earth and everything that’s in it」

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堀川夢

1993年北海道出身。編集者、ライター。得意分野は海外文学。「岸谷薄荷」名義で翻訳・創作も行なう。フェミニスト。

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