香港デモ示唆の新「ダークナイト」広告が炎上した2つの理由——アメコミの歴史とバットマン炎上騒動を考える

「バットマン」画像が炎上

DCコミックスが展開する新たな「バットマン」シリーズ『Dark Knight Returns: The Golden Child』(2019) に関連する画像が米中で物議を醸している。DCコミックスは米時間の2019年11月27日、発売が12月11日に迫った同作を宣伝する一枚の画像を各種SNSに投稿した。

 

新たな「ダークナイト」シリーズの主人公であるバットウーマンが火炎瓶を投げようとしているこの画像の背景には「THE FUTURE IS YOUNG (未来は若者)」と記されている。多くのユーザーは、この画像が香港で起きている民主化要求デモに対する支持表明だと認識。DCコミックスを称賛する声も見られたが、中国のSNSを中心にDCコミックスに対する批判が巻き起こると、この画像はDCの各アカウントから削除された。

米中で異なる報道姿勢

中国共産党系メディアの環球時報 (Global Times) は、微博 (Weibo) 上の「香港のプロテスターはバットマンではない。ゴッサムシティの犯罪者だ」とするユーザーの声を紹介。DCコミックスについて「火遊びをしている」とするInstagram上のコメントも紹介している。一方で、親トランプ派のメディアとして知られるThe Epoch Times (大紀元) は、“多くのネチズン”が「香港をサポートしてくれてありがとう」「これは私のバットマン」とDCコミックスを賞賛していると伝えた。

背景に「香港人権・民主主義法」

DC作品では2019年10月に公開された映画『ジョーカー』の暴動シーンが香港デモを想起させるとして話題になった。もちろん同作の撮影は数カ月以上前に終了しており、『ジョーカー』のワンシーンは香港のデモを示唆するものではない。だが、米国では11月27日にトランプ大統領が国務省に香港の自治が守られているかの検証を義務付ける「香港人権・民主主義法案」に署名したばかり。このタイミングでDCコミックスが香港支持を想起させる「バットマン」画像を投稿したことによって、物議を醸すことになった。

そして、DCコミックスが当該画像を投稿しただけでなく、批判を受けてこれを削除したことによって騒動は更に拡大。「検閲」との批判が起き、「中国が米国の表現の自由に影響を与えている」とドナルド・トランプ大統領のTwitterアカウントに報告する投稿も見られる。

“当たり前”だった政治的なトピック

しかし、アメコミ作品を利用して政治的な主張を行うことの一体何が問題なのだろうか。環球時報は、中国側の意見として「DCはバットマンを殺した。バットマンは悪に屈しない」とするInstagramのコメントを紹介している。香港のデモを“悪”と捉える立場の意見だが、バットマンに限らずアメコミの世界においては、現実で進行している政治的な話題を扱うことはごく当たり前のことだったはずだ。

コミックで描かれてきた“アメリカの象徴”

イラク戦争の泥沼化を経た2007年から2008年にかけて発刊された『デス・オブ・キャプテン・アメリカ』では、アメリカの象徴でもあったキャプテン・アメリカの死が描かれた。2010-2011年に発売された『スーパーマン: グラウンデッド』では、スーパーマンはストリートを歩き、“巨悪”ではなく虐待や公害といった現実的な問題と向き合った。2011年にはスーパーマンが“アメリカの代表”ではなく“一人の人間”になるために、アメリカの市民権を手放している。当時、FOXニュースをはじめとする右派メディアや共和党の大物政治家がこれらの作品を批判した。

かつてスーパーマンは、第二次世界大戦の時期にはアメリカ政府のために戦い、公民権運動が盛り上がりを見せた際には白人至上主義集団のKKKと戦った。確固たる信念を守り続けたわけではなく、アメリカ社会の空気や流れを反映し続けてきたのがアメコミだった。

アメコミ映画でも

それは、アメコミが映画界における最上のコンテンツになってからも変わらない。クリストファー・ノーラン監督の『ダークナイト ライジング』(2012) では、当時一大ムーブメントを起こしていた“ウォール街を占拠せよ”の空気感を取り入れ、民衆が蜂起する様子が描かれた。

「スパイダーマン」はアメコミ作品としては唯一9.11アメリカ同時多発テロ事件をリアルタイムに描いた。一方で、イラク戦争開戦に向けて愛国ムードが高まる中で公開された映画『スパイダーマン』(2002) では、ニューヨークを飛び回るスパイダーマンの後ろで脈略なく巨大な星条旗がはためいた。イラク戦争が泥沼化する中、『スパイダーマン2』(2004)、『スパイダーマン3』(2007)では“復讐の連鎖”が描かれた。

ドナルド・トランプ大統領が誕生した後、2018年に公開された『ブラックパンサー』で王ティチャラは“壁”を批判し、『アクアマン』では「国を守る王ではなく、民を守る英雄を」というメッセージが発信された。両作品に込められたメッセージは以下の記事に詳しい。

一方で、『ジョーカー』(2019) では虐待・貧困の経験を経て悪に染まる白人男性の姿が描かれたことは記憶に新しい。トランプの支持基盤である白人労働者層の共感を呼ぶと同時にマイノリティからの批判も起こり、社会に存在する分断を浮き彫りにした。

このように、アメコミはアメリカ社会の変化を敏感に捉えてきた。それは、より多くの人々から共感と支持を得なければ成り立たない“ビジネス”として (アメコミ映画ブーム以降は“ポップカルチャー”として)、商業主義と表裏一体の感覚だ。

炎上した2つの理由

では、ここまで述べてきたようなアメコミと政治の深い関係がありながら、なぜバットマン×香港の炎上騒動が起きたのか。

国家間の問題に

その理由の一つは、アメコミがこれまでに扱ってきた多くのテーマがアメリカ国内の問題だったという点だ。確かにアメコミが政治問題を扱うことはごく普通のことだ。だが、これまでは、例えば作品が放つメッセージにイラク戦争が関連していたとしても、それはイラク戦争の状況を受けたアメリカ国内の空気を投影したものだった。

DCコミックスは、アメリカで「香港人権・民主主義法」が成立したことで、この広告の投入に踏み切ったのかもしれない。だが、この法案自体が内政干渉にあたる恐れもある。どの国においても民主化はその土地の人々によって実現されるべきだが、騒動となったバットマンの画像は、いつも通り他国の民主化に干渉しようとする米国政府の姿と重なって見える。前述の通り、DCコミックスが画像を削除したことをドナルド・トランプ大統領に報告するアメリカのネチズンも現れているのだ。

中国のネチズンの中に、中国を重要なマーケットと考えた上での傲慢な態度があることも事実かもしれない。だが、今回の騒動には、アート作品への批判に対する以上の、国同士の関係性を問う批判が込められているように考えられる。「内政干渉だ」という中国側の批判と、「アメリカの表現に口出ししている」という米国側の批判は、表裏の関係にあるのだから。

炎上商法なのか

もう一つの問題は、バットウーマンが火炎瓶を投じようとする画像が、炎上商法に近い広告戦略の一環だった可能性があることだ。この画像が『Dark Knight Returns: The Golden Child』のストーリーやメッセージといった作品の根幹に関わるものであれば、DCコミックスは画像の削除という決定は下さなかったかもしれない。社会の潮流を読み、前述の法案が成立したタイミングで、より過激でより話題になる広告を打つ戦略を選んだ結果の炎上だったとすれば、過激化するSNSの広告戦略を反映した「バットマン」らしからぬ、老舗であるDCコミックスらしからぬ失態だ。炎上・削除の流れが“織り込み済み”だったとすれば、アメコミファンとしては少し悲しい話でもある。

火炎瓶を投じようとするバットウーマンの姿が作品のテーマに関わるものなのかどうかは、『Dark Knight Returns: The Golden Child』の内容を確認するしかない。この時点でDCコミックスの“勝ち”とも言えるが、炎上商法であることが明らかになった場合には、更なる批判は避けられない。同作発売後の世界の反応は果たして……。

『Dark Knight Returns: The Golden Child』は『バットマン:ダークナイト・リターンズ』(1986) のフランク・ミラーが手がける「バットマン」の新シリーズ。新たなバットウーマンが主役に据えられている。アメリカではルビー・ルーズ主演のドラマ『バットウーマン』が2019年10月から放送を開始している。

『Dark Knight Returns: The Golden Child』は、2019年12月11日にアメリカで発売予定。

齋藤 隼飛

齋藤 隼飛

VG+編集長。1991年生まれ。
社会保障/労働経済学を学んだ後、アメリカはカリフォルニア州で4年間、教育業に従事。アメリカではマネジメントを学ぶ。名前の由来は仮面ライダー2号。
編著書に『プラットフォーム新時代 ブロックチェーンか、協同組合か』(社会評論社)。
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