トシヤ・カメイ「ピーチ・ガール」(勝山海百合 訳) | VG+ (バゴプラ)

トシヤ・カメイ「ピーチ・ガール」(勝山海百合 訳)

カバーデザイン 浅野春美

先行公開日:2021.3.27 一般公開日:2021.5.1

トシヤ・カメイ「ピーチ・ガール」
原題:Peach Girl
翻訳:勝山海百合
3,711字

「それで、オレになにか得があるのかな?」

猿がせせら笑いながら聞くと、最初に仲間になった犬は歯をむき出して威嚇した。

「手はじめに、かの誉れ高きキビダンゴをいただくとするか。ピーチ・ガール」猿は毛むくじゃらの手を伸ばしてくる。「そしたら仲間になることを考えてやってもいい」

ピーチ・ガールがキビダンゴをくれるわけがないと高をくくっている彼のせせら笑いは大きくなり、犬の唸り声も大きくなったので、犬に(じっとしてて)と合図を送る。流血タイムにはまだ早い、そう、今はね。

仮想空間グリッドの中でさえ、一つの動きは重大な結果をもたらす。事は慎重に運ばなければいけない。

あなたの指が猿のてのひらに微かに触れ、キビダンゴがひとつ、手渡される。

「で? ピーチィー、鬼になんの恨みがあるんだ? 話してみろよ」

猿はにやりと笑って、キビダンゴを口に放り込む。ピーチ・ガールがきっと睨みつける。

「これからは言葉遣いに気を付けるように。ボスが誰かわかってる?」

キビダンゴをごくりと飲み込んだ猿が答える。

「……イエス、マーム」

最先端のナノテクノロジーの恩恵で、サイバネティクスの強化は当たり前になっている。あまりにも普及しているので、強化なし、産まれたままの体でいるほうが却って珍しい。目立たなく強化しているわけでもないと知って、「こんなに便利なのに使わない理由がわかんない。こわいの?」と視覚内検索のし過ぎで知識を脳内に蓄えられなくなった誰かにからかわれるたびに内心ムッとはするものの、「我が家の家訓だから」と笑ってごまかしていた。頭脳というスーパーパワーがあるので強化は必要ないし、それを言いふらすつもりもない。

まだ小さな女の子だった時から、何度も繰り返し同じ夢を見た。その夢の中では地球へ向かう旅をしている。二つ目にして、ただ一つ残された故郷、地球へ。

……宇宙船は宇宙の限りない広がりの中をたゆたうように進む。やがて地球に接近し、高層大気に突入、宇宙船は重い大気の層に触れ炎に包まれて、地上からは流星のように見える。ほのかな光がどこからともなく射してきて、霧の壁を覗き込むが何も見えず、不安と恐怖で胸がいっぱいになる。

遠い銀河の別の惑星で生を受けたが、惑星が爆発する直前、両親は幼いあなたを小さな桃型の船に乗せて地球へ脱出させた。無事にたどり着いたら、従兄弟のモモタロウが助けになってくれるだろうとのメッセージを添えて……。

だがそれは大きな誤算、思い違いで、モモタロウはグリッドの中で会った誰よりも不愉快な男だった。そのうえ彼はダークサイドに落ちてしまっていた。正義のスーパーヒーロー稼業には飽きてしまったのだという。

「儲けも薄いしな。どうだ、おまえもおれと組まないか?」

丁寧にお断りし、モモタロウとはそれきり会っていない。どこでどうしているのやら。

幸いなことに、あなたの宇宙船が発した救難信号をキャッチし、見つけ出し、家に連れ帰って大事に育ててくれたスズキの家の養父母は良い人たちだった。そのことは一生恩に着るし、永遠に感謝するだろう。

鬼の脅威はほんものだ。鬼達は何度も町を襲撃し、住民を虐殺して財産を奪い、少女や若い女性を連れ去ったが、神出鬼没で尻尾を掴ませなかった。誰かがこれらの蛮行をなんとかしないといけなかった。

その誰かがわたしであっていけない理由がある? ないよね。

高校の友達にとっては、モモコというおとなしい女の子にすぎないが、グリッドでピーチ・ガールの名は高い。ピーチ・ガールがやらねば誰がやる。一人では無理でも、仲間と協力すれば……。

グリッドを単なる仮想世界と思っている人は多いが、そうじゃない。グリッドで起こることはすべてほんもの。グリッドで死んだら、現実でも死ぬ。マジで。

ピーチガールは綿密な計画を練り、三人に白羽の矢を立てた。

すらりとした体つきの女の子が、オレンジ色のメッシュを入れた髪を肩の上でなびかせながらこちらに歩いてきて、尋ねた。

「どこに行こうっていうの? ハニー・バニー」

ピーチ・ガールは手を振ってそれに応える。以前からの顔見知りだが、個人的に会うのは初めてだ。だいたいの用件は伝えてあった。

「時間もらえるかな」

緊張で胃がキュッと締め付けられる。彼女を見ると、まえの恋人に振られて傷ついた過去を思い出さずにいられないが、一旦そのことを頭から締め出す。

彼女は頭を振って、ウェーブのついた長い髪を太陽の光に躍らせた。とてもきれいで目が奪われるが、気にならないふりをする。

「えーと。仲間になりたい?」

彼女が興味を持っているのか確信がもてなかったが、鮮やかな彩りの髪と高い跳躍能力にちなんで心の中できじと呼ぶことにした。幾人もの候補の中からさまざまな条件で選んだ彼女が仲間になってくれれば、パズルの欠けたピース以上の存在になるはずだが、断られることも予想してちょっと身構える。

「さあね」

曖昧な返事があった。無関心を装う彼女にぎこちなく笑顔を向ける。

「君が仲間になってくれれば、助かるんだけどな」

目で訴えるが、泣きそうになっていたかもしれない。

「そうなの? ふーん」

彼女は鼻をかく。それを見て不安で動悸が激しくなる。とはいえ、断ると決めているようにも聞こえなかった。彼女が二人の仲間に目をやると、二人もむりやり笑顔になる。

「——いいよ。やろう」

交渉成立、軽く握手を交わす。この握手がもっと長く続いたら良いのにと思うし、できることなら軽く抱きしめたいが、思うだけでおくびにも出さない。ピーチ・ガールが雉を知っているほどには、雉はピーチ・ガールを知らないし……まだなにも確かめていない。しかし不思議なことに、グリッドで出会う女の子は、男の子よりも良い匂いがするし、男の子より断然可愛いく思えてしまう。なぜか知らん? 雉だけ特別?

小さなボートは寄せ集めのチームをどんぶらこ、どんぶらこと鬼が島に運ぶ。不気味な霧が岩がちな島を覆っている。鬼の牙城ワシガミネの山頂が漕ぐたびに近づいてくる。切り立った頂の上を禿鷹が旋回しているのが見え、決戦をまえにして武者震いが起こる。

「徹底的にやれ。遠慮はなしだ」仲間に活を入れる。

砂浜に着くと、ワシガミネに向かって進行した。道標のない山道は時折向きを変え、草の葉のあいだから見事な海の景色を覗かせる。仲間たちはペースに合わせ、ぴたりと後ろに付いてくる。

山頂には牙城が立ちはだかっていた。門は人骨で飾り立てられ、難攻不落と言われていた。猿は壁に挑みかかるが、高過ぎて上にまで行き着かない。

雉に目を向ける。「さあ、君の出番だ」とウィンクで彼女に合図する。

雉が城の上を飛んでセキュリティを破ると、見張りの青鬼が警戒の叫びを発した。あなたは次いでシステムをハッキングしてウイルスを忍ばせ、仮想的な混乱を引き起こすことに成功する。軋みを上げて開いた門の内側に入り込む。北極熊ほどの大きさの十人あまりの鬼が虎の毛皮を挟んだ褌姿で唖然とするが、ただちに臨戦態勢となり、手に手に金棒かなぼうを掴んだ。

先陣を切って薙刀なぎなたで躍りかかる。しばらく赤鬼と向き合い、挑発し、気をそらすことを試みる。睨み合ううちに集中力が途切れた赤鬼は、わずかに足下が怪しくなる。その刹那を逃さず斬りつけると、赤鬼は太い丸太のようにどうと倒れる。犬と猿はわけても汚い仕事をこなしていく。まごうことなき殺戮。死体の数が増えれば増えるほど、彼らが味方で良かったと嬉しくなった。鬼には魂も人格もないとわかっていても、ピーチ・ガールには出来ないことだった。鬼たちの叫び声が空気を震わせ、血の匂いが鼻を衝いた。まさに酸鼻。

「お見限りだな、従姉妹いとこちゃん」

馴染みのある声が響いた。その声は長く行方の知れなかったモモタロウ、堅く締めた褌の上に腹の肉が乗っかっている。

「お変わりなくお過ごしでしたか」一応は礼儀で尋ねる。「目方が増したようにお見受けします」あいにく社交は得意ではない。

「ご挨拶だな。よかろう、一騎打ちだ」

環視の中、モモタロウが刀を振りかざし打ちかかってくる。あなたは小刻みに動いて振り下ろされる刃をかわし、掴みかかろうとする手から易々と逃げる。だんだん苛立ちが募ってきたのが手に取るようにわかる。

「——すきあり!」

脳天に霹靂のような一撃を加えると、モモタロウは地面に沈むように倒れた。

「さて。どうしてあげようか?」

モモタロウの顔を見下ろしながら尋ねた。

モモタロウを当局に引き渡さず、そこに放置しておくことにした。モモタロウの熱狂的支持者たちは、みっともなく倒れたヒーローを見て心臓が止まるほど驚くはずだ。

鬼退治の一行は、ボートに鬼たちが略奪した財宝の一部で閉じ込められ、売られそうになっていた女性たちを乗せたが、牙城には正当な持ち主がいる財宝がまだ唸るほどあった。あとでまた戻ってくるために、心に書き付けをする。もっと大きな船が要る、と。

潮風が汗ばんだ顔を撫でるのが心地よい家路だった。

夜、またいつもの夢を見た。虚無の中でたゆとう宇宙船で眠っている。一見すると、船はどこにも行きつかないようだけれど、やがては家に帰りつくことがわかっているので、心は穏やかで安らかだ。

 

 

 

 

※「ピーチ・ガール」は、Utopia Science Fiction誌の2021年2月号に掲載された英語の原作小説「Peach Girl」を勝山海百合さんが日本語訳した作品です。

翻訳者プロフィール
勝山海百合

岩手県出身の小説家。短篇集『竜岩石とただならぬ娘』(2008, MF文庫ダ・ヴィンチ) で単著デビュー。2020年はToshiya Kameiによって、“てのひら怪談”作品を中心に多数の作品が翻訳され、海外媒体に掲載にされた。2021年2月に第23回日本ファンタジーノベル大賞受賞作品『さざなみの国』が惑星と口笛ブックスから電書で復刊

Kaguya Planetコンテンツ一覧

トシヤ カメイ

トシヤ・カメイはバイリンガル作家(英語とスペイン語)、翻訳家。彼の短編小説はCollective Realms、Trembling With Fear、Utopia Science Fictionなどに掲載されている。

関連記事

  1. 野咲タラ「透明な鳥の歌い方」

  2. マジック・ボール

  3. 保護中: 【クラウドファンディング支援者向け】蜂本みさ『遊びの国のモシカたち(仮)』 7

  4. 二八蕎麦怒鳴る