先行公開日:2021.4.24 一般公開日:2021.5.29
D・A・シャオリン・スパイアーズ「虹色恐竜」
原題:Caihong Juji
翻訳:勝山海百合
4,666字
あたしがシィと出会ったのは、シングル向けチャットアプリのララだった。彼女の面白トーク・マシンガンにあたしはやられた。彼女のプロフィール画像は、肩に長い黒髪が広がる満面の笑顔。あたしはぜんぜん違ってショートカット、つんつんの髪に薄いくちびるだ。彼女は様々な国からララに集まってくるシングルたちが好んでやるような、元の顔がわからないほどの画像加工をしていなかった。たいていの画像で彼女はジーンズで、色んな恐竜のシャツを着ていた。彼女はあたしの「ださい」ファッションが「カウンター・カルチャー」に、「よそよそしい」コメントが「現実的」に見えたみたいで、あたしに交流希望のピンを打ってメッセージを送ってきた時はびっくりした。
メッセージとビデオチャットのめくるめく三か月、彼女は二つめのピンを寄越した。クリスマスツリー、プレゼント、サンタクロースの顔、サンタクロースのお使いの妖精に扮したステゴザウルスなんかの絵文字の奔流にあたしは溺れた。
あたしたちはカップルとして贈り物を交換する約束をして、昨晩のクリスマス・イブに彼女はあたしに蘋果(りんご)一箱を送ってくれた。これはホリデーシーズンの新しい習慣の一つで、蘋果のピンと平安夜(クリスマス・イブ)をかけた言葉遊び。
あたしたちは本当のカップルみたいで、ヴァーチャルデートでなく、実際に一緒に街を歩いてデートしている気分だった。あたしがそう言うと、彼女は笑って、そう感じるんだったらそれは本当の気持ちだよ、大丈夫と請け合った。
たしかに、あたしの気持ちは、そうだった。
今日。クリスマス。彼女はもう一つのプレゼントを送ってきた。
シィ:さあ、開けてみて。
ポン:無理無理ー。あたしヤバい。震えてるし、手汗がすごいことになってるもん。
シィ:開けに来てって言わないでよ。
ポン:だめかー。
シィ:上海から河北まで、今すぐ飛行機に飛び乗るってのもいいけどね!
ポン:リボンをほどいてるところ……おー……わーお。これは……鳥だ!
シィ:鳥じゃなくて、彩虹羽毛恐竜。
ポン:虹色の恐竜……
シィ:そうそう。しかも動く!
ポン:すっごく、いい! こういうの欲しかったなりよ〜(ティラノサウルスの絵文字)
ポン:(写真を送る。手の中に開封されたおもちゃのボット)
ポン:バッテリーパックがついてる。
シィ:急速チャージしてくれる? 動作確認分しか充電されてないと思う。
バッテリーのフィルレイポートを使うと、あっという間にフル充電された。サイホンの爪のある肢の下の隙間にバッテリーを入れると、電源が入って生き返った。深紅、ライムグリーン、黄色と紺碧の羽はLEDがオンになると輝き出し、「虹」の名前の由来になった羽毛を強調する。このサイズのおもちゃにしてはかなりなめらかに翼を羽ばたかせ、尻尾を動かした。
「これで完璧」あたしは返信した。サイホンを選んだシィのことを考え、胸がきゅんとした。
指がつつかれるのを感じた、サイホンは虹のような色を瞬かせながら、あたしのモニターのスクロール・オーブに爪を立てようとする。頭のてっぺんに乗せてみると、踏まれて髪の毛がめちゃくちゃに荒らされてしまった。
両親があたしにつけた名前はチンウェイで、これは神話の、海に落ちておぼれ死んだ炎帝神農の娘から生まれ、海を埋めるために小枝を落とし続ける鳥の名からきている。シィはそのことを知っていた。この話はちょっと悲劇的だし、あたしは自分のことを、男の子の名前ではあるけれど、魚から鳥に変じた伝説の鵬と呼ぶことにした。この変更は良いことに思えた。変身と再生、海のかわりに空を得るような気がしたからだ。
シィ:ほら、ポンよりサイホンのほうがあなたに合うんじゃないかなって思っていたんだ。もちろん、自分自身で好きな名前を選べばいいし、なにを選んでもそれを優先するけど。
ポン:どうしてサイホンのほうがいいの?
シィ:えーと。虹色恐竜は首と胸に玉虫色の羽毛があるでしょ。あなたにはいつも眩しい才能のきらめきがあるし。
ポン:あたしに……? 良い才能だといいんだけど。
シィ:心配しないで、わたしは好き、その絞り染めのバンダナみたいで、かな?
あたしは声を立てて笑った。
シィ:それに、彼女は河北省で見つかったの。
ポン:彼女?
ポン:(サイホンがあたしのモニターに登る画像)
シィ:サイホンが。やったね。彼女はあなたに夢中よ。わたしがそこにいたら、あなたの髪をそんなふうにぐしゃぐしゃにするでしょうね。彼女は猛スピードでディープ・ラーニングをして、ブラックボックスで処理しているところ。
シィに、あたしからのプレゼントを開けるように頼んだ。
シィ:河北へのオープンチケット。
ポン:わかりやすいでしょ。
シィ:必ず行く。仕事が一段落したら。
ポン:上海が一段落することなんかあるの?
シィ:うーん。まあないけど、時間を作るから、約束する……
お互いに素敵なクリスマスを願い、甘い囁きを交わした。シィはナレーション付きの短いストリップショーのアカウントをメッセージで送ってきてあたしを笑わせ、そして二人でアプリからサイン・オフした。
ララアプリが消滅したのはその晩だった。アプリにあった彼女の連絡先も画像も全部、なにもかも、すっかり消えてしまった。
それは魔法みたいだった。ある日はシィがそこにいて、あたしの人生の本質があり、生きる意味があったのに、次の日には、ない。跡形もなく消えてしまった。彼女のプロフィールも、あたし自身のも、他の五百万ユーザーと一緒に。言うまでもなく、積み重ねてきたやりとりもすべて。ポッ!
*
あたしは必死に彼女を捜した。サイホンとも話した。
「ねえねえ、サイ、彼女の電話番号のスクショかなんか保存してない?」
恐ろしいことに、この事件が起こってようやく、あたしはシィの情報をなに一つ保存していなかったことに気づいた。プレゼントの箱の住所は上海の私書箱だけ。それについて調べてもなにも出てこなかった。どうしてなにも保存しておかなかったのかって思うでしょ? でもどうしてそんなことをする必要があるの? ぜんぶサーバーに保存してあって、簡単にアクセスできるんだから。
じわじわと感覚が麻痺してきた。あたしたちの縁は切れた。思い出のよすがのメッセージの履歴も、ない。
新年のまえの数日、あたしは無為に過ごした。仕事にも行かず、ぼんやりして落ちこみ、サイホンが自分で学習するのを見ていた。彼女の学習を手助けすることになっていたので、トリックとか、そういうのを彼女に教えた。彼女が自分で学んで、棒を取ってくるのを見ただけで、あたしはまた落ちこんだ。それはあたしの置いてきた名前、零落したチンウェイが小枝を海に投げ込むことを思い出させたから。
大晦日に、サイホンはいつもの歩き方で部屋に入ってきた。彼女は機械仕掛けの肢で窓辺から飛び上がり、激しく羽ばたきして落下した。
「サイ、飛ぶのは無理。あなたは一億六千百万歳で、翼はあるけど原始的、あなたの祖先と同じく、空に浮くように出来ていないの」
サイは再び床に落ちた。あたしの足元にやってきて、クロムで出来た原鳥類獣脚類の鼻であたしを押した。ズボンの裾を噛んで引っ張った。
「なによ? あたしは忙しいの」あたしは床に大の字になって天井を見上げていた。視界の端に何かが見えた。彼女の玉虫色の羽が尋常でない様子で点滅し、すごい速さで赤橙黄緑茶藍紫の虹色を往復した。これは警報だ。
彼女のこんな点滅を見たことがなかった。
がばりと起き上がると彼女は飛びすさった。それから少し先を行き、あたしがついてきているのを確かめるように、数歩進むごとに動きを止めた。
彼女はあたしをバスターミナルの行列へ連れて行った。有料運行バスで、市内の路線バスよりも少し遠くへ行く。
料金を払うまえに、乗客の一人にどこ行きのバスかを尋ねた。サイはあたしの首に巻いたバンダナに入りこんで、絞り染めのふりをする。
「そりゃもちろん、恐竜の卵博物館の特別展だよ」
お年を召したご婦人はそう言って驚き、不思議そうな顔をした。
*
目の前に広がる山裾の景色は、シィのお気に入りの映画『ジュラシック・パーク』を少し思い出させた。
彼女のことを考え、ベッドに戻って毛布に潜りこみたくなった。彼女はあたしと連絡を取ろうとしてくれたか知らん? これきりになってほっとして、新しい出会いを求めて別のサービスで楽しんでいる?
サイがあたしのバンダナの下の鎖骨に乗って暴れたので静かにさせた。
終点でバスを降りた乗客たちについていく。彼らはいかめしい建物に入ってゆき、くねくねした階段を下り、真ん中が照らされたうす暗い部屋にたどりついた。目の前に広がった光景は、大きすぎるピーナッツが散らばった巨大なチョコレートバーという印象だったが、それは石化した土に恐竜の卵が埋めこまれているのだった。
「これらは八千万年前の恐竜の卵です」とツアーガイドはマイクで言った。博物館の見学者たちは、感嘆の声を漏らし、手すりに近づいた。
その音が気に障ったのかわからないけれど、サイはひどく暴れ、バンダナを緩めてやるまで、あたしを引っ掻いて暴れまくった。彼女は羽を使って降下スピードを緩めながら展示エリアに飛びこんだ。
「だめ」叫んだ。彼女は孵化させようとするかのように、卵の上に座った。
「サイホン?」聞き慣れた声にドキッとした。柔らかな声で、でもにわかには信じがたいことだし、あたしの想像の産物だろうか?
その声は続けた。
「待って、サイホンがここにいるということは……ポン? いるのね、ポン?」
あたりを見渡した。人工的な暗闇の中で、これまでは見えなかった。でもここに彼女はいた。シィ。博物館の制服を着て、髪をきっちりお団子にまとめて。
あたしたちは抱き合った。彼女を抱きしめると、ライラックの香りがした。
「ここでなにしてるの?」
「ここのインターンに応募したの。河北での求人があったから。あなたの心がわたしから離れていくのがこわくて、もぎとってでもこの機会が欲しかったの。あなたからのチケットを受け取った直後に」
「あたしがあなたを見つけられなかったのは——」
「わかってる、アプリが消滅した。もうここに来るしかなかった。わたしも探したんだよ。朝から晩まで探して、手がかりが見つけられないから、あなたの目に留まるよう、ネットのあちこちのフォーラムにメッセージを書き込んだんだけど……」
「……心のバッテリーが切れちゃうとこだった」力なく彼女に微笑んだ。「でも今は急速チャージ中」
あたしたちが手すりにもたれかかると、サイホンは卵を孵すのはあきらめたように展示エリアを離れてあたしたちのほうに飛んできた。
「サイにそんなことが出来るなんて信じられない」とシィは言った。
「ライトアップ?」
「じゃなくて、飛ぶほう! そんな性能はないのに」
「いろんなフォーラムの情報を照合して組み合わせることもね。この子がインターネットに接続できること知ってた?」
シィはにっと笑い、企みがありそうな顔をした。まるで彼女がそうなるように仕組んだとでも言うように。
サイはあたしの手に止まってつつき、次にシィをつついた。
シィの手に自分の手を重ね、彼女の温かさを感じながら言った。「性能だけではサイを定義しきれないね」
「あるいは、わたしとあなたも」と彼女の声は柔らかい。「標準的なデートアルゴリズムがなにをどう言ったとしても、わたしたちは初期スペックを超越できる」
虹色の残像を残してサイが再び飛び立つと、シィはあたしの手を握った。
※「虹色恐竜」は、ROBOT DINOSAUR STORIES!に掲載された英語の原作小説「Caihong Juji」を勝山海百合さんが日本語訳した作品です。
勝山海百合
岩手県出身の小説家。短篇集『竜岩石とただならぬ娘』(2008, MF文庫ダ・ヴィンチ) で単著デビュー。2020年はToshiya Kameiによって、“てのひら怪談”作品を中心に多数の作品が翻訳され、海外媒体に掲載にされた。2021年2月に第23回日本ファンタジーノベル大賞受賞作品『さざなみの国』が惑星と口笛ブックスから電書で復刊。