坂崎かおる「アネクドート」 | VG+ (バゴプラ)

坂崎かおる「アネクドート」

カバーデザイン 梅野克晃

カバーデザイン 梅野克晃

先行公開日:2022.9.22 一般公開日:2022.10.29

坂崎かおる「アネクドート」
4,998字

サミュエル・ピープルズは19世紀のアメリカの科学者である。とは言っても、サム自身は、ウィリアム・ヒューウェルの造語した科学者サイエンティストという言葉を好んでおらず、自然哲学者ナチュラル・フィロソファーを名乗っていた。ニューヨーク州のオスウィーゴで農場を営んでいた、という紹介のされ方が多いが、経営は実兄に任せており、もっぱら彼は思索と執筆と観測にその時間を割いていた。

サムの兄は先見があり、南北戦争以後、衰退していくばかりの東部の小麦中心の農業に見切りをつけ、野菜や果物などの園芸中心の経営に切り替えた。50エーカーほどの土地の半分を果樹園、特にりんごを中心としたものに変えたところ、それが大当たりし、父親の代から傾き始めていた農場経営を立て直すことができた。りんごを用いた「ピープルズ・ワイン」は名産品のひとつとして将来まで残っている。

もちろん、サム自身はそのあたりのやりとりには全く関わっておらず、もっぱら果樹園のりんごと空を眺めているのが常だった。ある程度の財産をもった家にとって、働かない人間がひとりかふたり増えることは誤差に過ぎない。寛大な差分の中、サムは朝起きると、申し訳程度の書類の処理を行い(一応彼は農場の従業員だった)、夕方まで望遠鏡を覗き込んだ。水星軌道の内側にあるとされる未知の惑星バルカンを探すためだった。

ユルバン・ルヴェリエが海王星の存在を、外惑星の軌道の摂動から予言して以来、未知の惑星の影響という説は、軌道の誤差に対する既定路線の解答になっていた。そのため、学者や愛好家たちの間では、水星の近日点移動の問題を解こうと、ルヴェリエの名付けた惑星バルカンを探すことが流行っていた。しかし、発見の報告はたびたびあったものの、再現することが困難で、存在自体を疑う向きもあった。こういう場合、サムのような人間は適任であった。時間があり、経済的余裕があり、根気強い。兄に頼んで建ててもらった天文台もどきの小屋の中、望遠鏡の投影板を使用し、毎日太陽の表面の記録をとり続けた。もしバルカンがあるならば、太陽面を通過したときに、影ができるはずだからだ。黒点の数の増減は、1848年にハインリッヒ・シュワーベが発見し、アレクサンダー・フォン・フンボルトによって既に紹介されていた。彼はそれと混ざらないよう、太陽面の変化を欠かさず残すことにしていた。

その努力の甲斐もあってか、ある年の10月25日、彼はついにバルカンを捉えた。サムは震える手で、現れた影の通過開始時刻を記録し、クロノメーターの秒針で終了時刻を正確に測った。今までの黒点の記録にはないものだった。「エウレカ!」と叫んだサムは、りんごの木をぐるぐる回り、幹を揺さぶり、実をいくつも落とした。たまたま見ていた農夫はついに彼がおかしくなってしまったと思ったようだった。

サムはすぐにでも発表しようとしたが、思いとどまった。彼の胸の内にあったのは敬愛するニュートン卿である。1752年にウィリアム・ステュークリが出版した『アイザック・ニュートン卿の生涯についてMemoirs of Sir Isaac Newton’s Lifeの回想録』の中に、ニュートンが、木からりんごが落ちる様を見て万有引力の考えに至ったという記述がある。19世紀の当時においてもその逸話アネクドートは広く知られていた。サムはニュートンの科学者的側面もそうだが、それよりも、万有引力を「より高次の原理、すなわち神の御稜威と威光に由来する」と表現するような、彼の信仰心を受け継いでいた。いや、より神秘主義的だった。りんごのひらめきという逸話には、神の御業がかかっているに違いない、そうサムは信じた。そして、それがニュートンの偉業を偉業たらしめたことに一役かったのだとも。だからこそ彼は、自らの世紀の発見にも逸話を求めた。

しかし、サムがバルカンを発見した日は、何の予兆もない日だった。サムの動きは1年のうち360日ぐらいは全く同じなのではないかと思われるほど、代わり映えがしなかったからである。彼自身もあれこれ思い返してみたが、特に啓示と受け取れるような出来事も閃きもなかった。であるならば、とサムは考えた。これからその啓示を見つければいい。いや、必ずその啓示は存在している。自分が気付いていないだけで。

それからサムは、あらゆる記録をとり始めた。朝起きる時間、咀嚼の回数に尿の量。機械式の歩数計を導入して歩数を測り、具合が悪いことがあれば心拍数や症状を分刻みに確認した。天気はもとより、気温に湿度、フォルタン型気圧計で日々の気圧の変化まで調べた。もちろん、太陽の観察も毎日続けた。彼は数字や変化の中に、何か意味を見出そうとした。素数があり、完全数があり、カプレカー数があった。だが、それを啓示として結びつけようとするには何かが足りなかった。何百枚という紙がサムの観察小屋にあふれ、彼は長兄にお願いして倉庫をつくってもらったほどだった。

一年が経ち、また10月25日が巡ってきた。その間にいくつかのバルカン発見の報告があったが、彼はそれはすべて誤りであろうと考えていた。サムの仮説では次に同じ現象が起こるのは周期的にもっと先であり、そもそも自分ほど事細かに記録をとっている者もいないだろうし、神は必ずそんな人間に啓示をもたらすはずだと、固く信じていた。

その日、りんごがどさどさと一度に落ちた。一年前の記録によれば、その木は「エウレカ」と叫んだサムがぐるぐると回ったものだった。果樹園では、レッドピピンやリンバートウィッグといった一般的な品種のりんごが育てられており、その木も特殊なものではない。りんごの記録までは彼はとっていなかった。

サムはまず落ちていたりんごの数を数えた。13個。7番目のフィボナッチ数。当時は「13の忌み数Triskaidekaphobia」なんて言葉はなかったので、不吉さをサムは感じなかった。むしろ素数であることに安心感を覚えた。素数は彼の好む数字の性質のひとつだった。円周、重さ、形など、様々なものを調べていくうちに、サムは黄金比を見つけた。りんごを側面から平面図として捉えたとき、3つのりんごの縦と横の長さが、黄金比になったのだ。3つ、という数字に彼はメッセージを受けとった。3をこの世のもっとも調和のとれた数と信じていた彼の心は震えた。彼の感動は、翌年、りんごが21個落ちたことで最高潮に達した。21は8番目のフィボナッチ数であるからだ。

次の年の同じ日に落ちたりんごの数はわずか4個で、重さや長さもまちまちだった。サムはそれに気落ちするわけでもなく、自身への試練と捉えた。8年。花の咲いた時期から最後の一枚の葉が落ちた日まで、その木に関するありとあらゆるデータをそろえた。その間に大陸横断鉄道が開通し、ネイティブ・アメリカンは蜂起し、金ぴかGilded時代Ageが訪れていた。サムはただただ数字に囲まれて生活した。

のめりこむ中、彼の神秘主義的傾向はますます増大し、他の世俗的な出来事と関連させるようになった。落ちたりんごの位置を結んで非線形関数として方程式をつくり、その年の収穫量を計算したり、それまでのりんごの重さの偏りから正規分布を考え、降雨量を占ったりした。花の色を数字に置き換え、葉の茂り具合を幾何学でもって数式に変えた。すべて現実の結果とはずれが生じたが、サムはその責を自身に求め、これまで以上に繊細な記録をつけることに取り組んだ。

ある年、開花が大幅に遅れ、初めて花をつけた日は戦没者記念日デコレーション・デーと重なっていた。サムはこれを予兆と受けとり、その花に印をつけて毎日毎日観察した。その年は大統領選挙があり、ヘイズとティルデンが得票をめぐって争っていた。サムは当該のりんごが落下すると重さを量った。小ぶりなそれはぴったり7オンスで、彼はそれを2進法に変換し、ベーコン暗号を通して「H」というアルファベットを見出した。つまり、ヘイズHayesのHである。翌年、〈1877年の妥協〉により、ヘイズが勝利すると、面白がった長兄がその情報を新聞屋に売りこんだ。小さな記事ながら評判を呼び、「予言のりんご」を見ようと、農園に客が押し寄せた。これがサムの名が世に出た最初の事例である。

サムのような人間にとって、そのような野次馬の現象は迷惑でしかなかった。むしろ、世に知られたことで、神聖さが失われることを恐れた。りんごの木の周りに囲いをし、板を打ちつけ、容易に外から見られないようにした。訪れた人間は不平を言ったが、鬼気迫るサムの表情を見て逃げ出した。

その頃になると、倉庫にも記録が収まらないほどになってきた。長い年月を観測に費やしてきたサム自身も、無粋な野次馬に疲弊したこともあり、いくつかの偶然的な事象は啓示と受けとってもよいのではないかと考え始めた。すると今度は、やはりバルカンをもう一度見たいと考えるようになった。彼のバルカンに関する軌道の周期計算は外れており、以前に計算した次の出現予測はとうの昔に過ぎていたものの、その日はやってくるという信仰に似た確信が彼にはあった。

果たして、それからしばらくして、サムはバルカンを再度発見した。天体写真の技術は向上していたものの、技術的な問題と懐古趣味のため、サムはその頃も投影板を使用し、自ら記録をとり続けることにこだわっていた。

前日まで存在しなかった場所に現れたその黒い点を、サムは惑星だと断定した。今度は叫び走り回ることはしなかった。彼の手元には幾種類もの啓示に似た何かがあった。そのうちのどれかは、発見の啓示としてふさわしい逸話になるだろう。準備はできている。サムの胸は高鳴った。ところが、その黒い点は不動で、何時間経っても同じ場所にあった。いや、時間の経過にあわせて大きくなっていくように見えた。彼は望遠鏡から目を離し、空を見た。そこには鳥がいた。サムはそう思ったが、鳥と認識する要素は羽ぐらいなもので、人とも獣とも区別のつかぬ肢体にはまがまがしさを感じた。サムはようやく私をその目で見た。望遠鏡でも、数字でもなく、自分の目を通して。彼は私が舞い降りる様子を、ぼんやりと眺めていた。

私は彼に、惑星バルカンはルヴェリエの誤りであり、存在しないことを告げた。歳差運動は、太陽がもたらす時空の湾曲によって説明ができることと、相対性理論を伝えた。自分は多次元宇宙から干渉しており、そのために時間を大きな枠で捉えて話をしている。およそ500年後にこの場所が旧時代に超ひも理論と呼ばれていた説のパラダイムシフトの重要な場になること、その際にサムがとっていたあらゆる記録、特に黒点には、知られざる太陽の超短期的な極小期を示すものとして重要な役割があることを説明した。数日間かけて、何度もかみ砕きながら私はサムに説明したが、彼がどこまで理解できたかはわからない。最後に彼は、「君は神なのか」と訊ねたので、それは違うし、残念ながら定義の違いで神の存在は今も証明できない、科学的にも宗教的にも社会的にも、と答えた。

その答えを聞くとサムは、小屋の中から太い薪を一本とってきて、私の頭にあたる部分を一振り殴った。そんなことでは私は本当の意味では死なないのだが、彼のなすがままにした。それもまた予定のひとつだったからである。バルカンの存在をサムが信じなければ彼があらゆる記録をとることもなくなるし、私が事実を告げなければ、彼がその記録を残すかどうかが不確かだったからである。その意味で、サムの本質はやはり科学者のそれに近かった。信じられない現象でさえ、完全に否定はできない。

やがて私はりんごの木の下に埋められ、サムは記録をとり続け、何年か後にぽっくりと死んだ。弟思いの兄は、その膨大な記録を十数年かけてまとめあげ、本の形にすると、ニューヨークの図書館に寄贈する。しばらく棚に飾られたあと、本は地下書庫で埃をかぶる。

長い歳月が過ぎ、たまたまその本を、ある科学者が発見する。彼女はその記録から独創的な多次元解釈を確立し、人類は次のステージへと立てるようになる。彼女の功績を讃え開かれた授賞式で、彼女はサムの本のことを紹介する。記者のひとりが本を手にした理由を訊き、彼女はしばらく黙ったあと、「啓示があったんです」と、答える。「あまりにも美しいりんごの木を見たので、その歴史を調べてみたくなったんです」

彼女が見たというピープルズ農園の木は、今でもその遺伝子を継ぐ子孫たちが、世界中に赤々と美しい実をつけている。

 

*ニュートンの万有引力に関する表現は、『磁力と重力の発見 3近代の始まり』(みすず書房)の山本義隆氏の訳を引用した。

【参考文献】

  • トマス・レヴェンソン/小林由香利訳『幻の惑星ヴァルカン アインシュタインはいかにして惑星を破壊したのか』(亜紀書房)
  • ジョン・W・モファット/水谷淳訳『重力の再発見―アインシュタインの相対論を超えて』(早川書房)
  • 山本義隆『磁力と重力の発見1古代・中世』『磁力と重力の発見2ルネサンス』『磁力と重力の発見3近代の始まり』(みすず書房)
坂崎かおる「アネクドート」はKaguya Planetで開催された「果樹園の出てくるSF短編小説の公募」で採用された作品です。Kaguya Planetでは、同じ公募で採用された阿部登龍「父のある静物」を公開しています。

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坂崎かおる

2020年、十数年ぶりに書いた小説「リモート」で第一回かぐやSFコンテストの審査員特別賞を受賞。「リモート」は、Toshiya Kameiによる英訳がDaily Science Fictionに掲載された。2021年2月にVG+バゴプラにSF短編小説「パラミツ戦記」を寄稿。2021年、2022年には、「電信柱より」「噓つき姫」で、第3回・第4回百合文芸小説コンテストのSFマガジン賞・大賞を続けて受賞。「電信柱より」は大森望編『ベスト SF2022』(竹書房) に収録された。 2021年には「ファーサイド」で第1回日本SF作家クラブの小さな小説コンテストで日本SF作家クラブ賞を受賞、2022年には「あたう」で第28回三田文学新人賞の佳作に入賞してる。新作は、井上彼方編『SFアンソロジー 新月/朧木果樹園の軌跡』(Kaguya Books) に寄稿したロボットをめぐる裁判を描いたSF短編小説「リトル・アーカイブス」。
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