戦争の忘却に警鐘——小松左京「戦争はなかった」

ライター

戦後74年

2019年8月15日(木)、今年も終戦の日を迎えた。戦後74年が経過し、語り部が減り、戦争の記憶が薄れようとする中、日本では2015年に海外での武力行使を容認する安保法案が強行採決で可決され、平和憲法である憲法9条の改憲が進められようとしている。だが、戦争の悲惨さと、それを二度と繰り返してはならないということを、文学が、サイエンス・フィクションが、戦争を知らない世代に伝えてくれる。

小松左京が描いた“戦争”

日本SF界を代表する作家の一人である小松左京は、戦争に関連する作品を数多く執筆してきた。7月にNHK『100分de名著 小松左京スペシャル』で第一回目に取り上げられた「地には平和を」(1961) もその一つだ。同作は小松左京がそのペンネームを使用して初めて書いた短編作品で、8月15日で終戦を迎えず、日本が本土決戦に突入した世界を舞台とした歴史改変SF。中学3年生の頃に終戦を迎え、戦場に行っていない “後ろめたさ” や、戦争を忘れるかのように経済成長に突き進んでいく日本社会に対する違和感などが物語に包摂されており、小松左京の複雑な戦争観が示されている。

小説「戦争はなかった」

その12年後に発表された小松左京の短編小説「戦争はなかった」(1968) は、主人公が異世界に迷い込んだような不思議な物語でありながら、現代の日本の状況を予知するかのようなSF作品に仕上がっている。

「戦争はなかった」の舞台は、1968年当時の日本。小松左京と同年代の主人公は、同級生たちとの飲み会で戦時中の思い出がこみ上げ、予科練 (旧海軍のパイロットを養成する制度) 時代の歌を歌い始める。ところが周囲の仲間はそのような歌は知らないと言い出す。主人公は、「戦争を忘れたのか」と旧友たちに詰め寄るが、旧友の一人は「戦争なんてなかったじゃないか」と言い放つのだ。

繊細に描き出される心の声

その後、主人公は周囲の人間に戦争があった事実を確認して回るが、誰一人として「戦争はあった」と答えてくれる人物はいない。戦争そして敗戦がなかったのだとすれば、なぜあの軍国主義で暴虐を働いてきた日本という国が、表現の自由が保障され、平和憲法を持った民主主義国家でありうるのか、主人公は心の中でそう問い続ける。

小説「戦争はなかった」の一番の魅力は、主人公が自問自答を繰り返す心の声を描き出した部分だ。少年期に戦争の時代を生きた小松左京の、戦争を忘れたかのようにのうのうと暮らす日本の人々に対する憤りともとれる感情が、主人公の心情を通して描写されている。

次第に主人公は、周囲の「今の平和な日本があるなら、それで別にいいじゃないか」「戦争があったかなかったかなんて、どうでもいいじゃない」いった声に説き伏せられていきそうになる。だが彼は、戦争被害者の姿を思い浮かべる (戦争の悲惨さを描き出す生々しい描写は圧巻だ。ぜひ小説を手にとって確かめていただきたい) 。“戦争”という共通の認識を世界に取り戻すために、彼は街に出て「戦争はあった」と声をあげた。かつて圧政があり、戦争で人が死に、日本が負け、今の平和な日本があるという、ただその事実を伝えるために。

23年後に作られた実写版「戦争はなかった」

1968年に発表されたこの「戦争はなかった」は、実は1991年に23年越しで実写化されている。オムニバスドラマ番組『世にも奇妙な物語』で、短編ドラマ化されたのだ。高度経済成長期もバブルも経た1991年版の「戦争はなかった」では、林隆三演じる主人公は銀行の管理職に。ドラマオリジナルの展開は冒頭に登場する。部下たちが企画案として提出した「あなたの街に幸福の集中爆撃!」というキャッチフレーズに、主人公が「爆撃はまずいだろう」と難色を示すのだ。

この時点では、主人公は「最近の若い奴らときたら」と、人々から戦争の記憶が失われていることに気が付かない。1991年の時点で、戦争を知らない世代の歴史を省みない態度は自然に受け取られていたのだ。2019年になってドラマ版のこのワンシーンを振り返ると、ここで扱われた “言葉の選び方” というトピックについては、現在の日本の状況は1991年当時から更に後退しているようにも思える。「ポリコレ棒」といった言葉で、世界に対する態度を有耶無耶にしてしまい、小松左京が「戦争はなかった」で記した「“世界” と “人間” の禍々しい側面」に積極的に免罪符を与えているように思える。

つまり、現実社会の人々は、「戦争はなかった」のように戦争の記憶を失ってしまったわけではなく、見て見ぬふりをして、その凄惨さについて積極的に隠蔽をはかっている。これは戦争を忘れるよりも、恐ろしいことではないだろうか。

物語を紡ぐということ

「戦争はなかった」の主人公は、作中の出来事を「『風化』ともいうべき現象」と表現している。「戦争はなかった」の原作から51年、実写版の放送から28年が経過した今、戦争を忘却し、風化させ、更に次の段階へと突き進もうという空気が日本社会に重くのしかかっている。だが、たとえ74年前の戦争を知る世代がこの国にいなくなったとしても、物語を読み、想像力を働かせ、語り継いでいくことはできる。小松左京「戦争はなかった」が伝えてくれたメッセージを、8月15日の今日、改めて胸に刻みたい。

齋藤 隼飛

齋藤 隼飛

VG+編集長。1991年生まれ。
社会保障/労働経済学を学んだ後、アメリカはカリフォルニア州で4年間、教育業に従事。アメリカではマネジメントを学ぶ。名前の由来は仮面ライダー2号。
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