ネタバレ解説『室井慎次 敗れざる者』タカと室井の関係は? 青島&雪乃に繋がる要素、“ハードSF”の重要性を考察 | VG+ (バゴプラ)

ネタバレ解説『室井慎次 敗れざる者』タカと室井の関係は? 青島&雪乃に繋がる要素、“ハードSF”の重要性を考察

©2024 フジテレビジョン ビーエスフジ 東宝

映画『室井慎次 敗れざる者』タカに注目

大人気シリーズ「踊る大捜査線」最新作となる映画『室井慎次 敗れざる者』が2024年10月11日(金) より全国の劇場で公開された。映画『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』(2012) 以来、12年ぶりに室井慎次がスクリーンに帰ってきた。

映画『室井慎次 敗れざる者』では、警察を退職して故郷の秋田に帰った室井慎次の姿が描かれる。室井慎次は秋田で犯罪被害者・加害者の子どもを里子として受け入れて、一緒に生活している。今回は、その里子の一人であるタカ(演・齋藤潤)に注目してみよう。室井にとって重要な存在になったタカは、一体どんな人物なのだろうか。

ネタバレ注意
以下の内容は、映画『室井慎次 敗れざる者』の内容に関するネタバレを含みます。

『室井慎次 敗れざる者』タカはどんな人?

室井と似ているタカ

劇中で「タカ」と呼ばれている齋藤潤演じるキャラクターは、本名は森貴仁(もり・たかひと)という。17歳の高校2年生で、1年前から犯罪被害者・加害者の子どもを預かり始めた室井慎次の里子として、室井と一緒に暮らしている。喋り方からして秋田の出身ではなさそうで、室井と暮らすために秋田にやってきたものと見られる。

室井慎次は警察を退職した後、故郷の秋田に帰り、古民家をリノベーションして暮らしていた。室井は、その古民家の前でヘタレこんでいた野犬のシンペイを引き取っており、タカは二人目の家族ということになる。その後、経緯は描かれていないが10歳のリク(演・前山くうが、前山こうが)も引き取り、室井はシンペイ、タカ、リクと共に暮らしている。

室井がタカを引き取った経緯は、『室井慎次 敗れざる者』でしっかり描かれている。室井は児童相談所の紹介でタカと面会し、家族を持ったことのない室井はタカに対して容疑者に相対するかのような仏頂面を見せていた。タカも同じく怖いおじさんとの面会に緊張していただろう。

しかし、児童相談所の総務班長・松木敬子(演・稲森いずみ)の「にらめっこみたい」というコメントで雰囲気は和み、室井はタカを引き取ることになる。この場面では、室井とタカに似た部分があることが強調されている。

過去に「室井と似ている」とされたキャラクターとえいば、『室井慎次 敗れざる者』にも登場した新城賢太郎(演・筧利夫)だ。『踊る大捜査線 歳末特別警戒スペシャル』(1997) で初登場した際に、恩田すみれ(演・深津絵里)から「室井弐号」と言われている。これは現場に厳しい態度を見せる気難しいキャリアという当初の室井の姿勢と共通点がフォーカスされてのことだった。

タカと室井が似ている点は、人付き合いの不器用さだろうか。タカの学校での様子を見ると、クラスメイトの大川紗耶香(演・丹生明里)とは仲良くしているが、昼食は一人で食べている。室井のキャラ弁を隠して本を読み始めるなど、それほど社交的ではないのかもしれない。人が苦手で人里離れたところで暮らしている室井とは、やはり似たところがあると言えるだろう。

被害者遺族としてのタカ

タカは健気な青年に見えるが、そうした影の部分の背後には殺人事件の被害者遺族となった過去があると考えられる。タカの母・森麻絵(演・佐々木希)は夫が家を出て行った後、一人でタカを育てていた。

タカの母はタカを大学に行かせるために夜の仕事に就いていたが、『室井慎次 敗れざる者』の舞台から3年前に暴力団関係者に殺されていた。室井がタカを引き取ったのは1年前とされているので、タカは2年間は独りで生きてきたことになる。

「踊る大捜査線」シリーズで被害者遺族のメインキャラクターといえば、柏木雪乃(演・水野美紀)が挙げられる。室井には、父を殺されて喋れなくなった雪乃に対して強引な取り調べを行った過去がある。雪乃には青島俊作(演・織田裕二)が寄り添い、その姿は、被害者とその遺族に寄り添うという警察官の在り方を室井が学ぶきっかけになった。

その後、雪乃は警察になり、青島や室井の仲間として活躍することになる。室井は警察として被害者遺族に寄り添うことができなかった過去を、里親制度を通して償おうとしているのかもしれない。

タカを演じた齋藤潤は、Screen Onlineのインタビューで「タカが過去を乗り越えて寂しさを埋められたのは、室井さんと出会えたから」と語っている。タカにも辛かった時期があり、それを乗り越えられたのは、室井が自ら犯罪被害者・加害者の子どもの支援がしたいと行動を起こしたことがきっかけだったのだ。

タカを通して見える、室井の過去と現在

雪乃&青島、小原との過去

映画『室井慎次 敗れざる者』では、弁護士の奈良育美(演:生駒里奈)が登場。タカの母を殺した容疑者の弁護を行なっており、被害者遺族であるタカに容疑者に有利な証言をしてもらいたいと擦り寄る。室井は積極的にこれを止めることはせず、あくまでもタカ自身の意思を尊重する。これも室井らしい対応だ。

だが、唯一室井が奈良に怒りを見せる場面がある。奈良はタカに会いにきた時に、被害者の麻絵の仏壇に手を合わせることをしなかった。自分の目的のことだけを考えて被害者遺族に近寄るというのは、かつての室井が雪乃にやったのと同じことだ。もちろんタカとその母への想いがあってこそ抗議だったが、かつて青島から抗議を受けて学びを得たからこその行動だったとも考えられる。

一方で、タカが後に奈良から「初めての担当事件で冷静になれなかった」と謝罪を受けたと聞いた時には、「分かってやれ」と奈良を庇ってもいる。室井は映画『容疑者 室井慎次』(2005) で室井が容疑者として逮捕された際に、新人弁護士の小原久美子(演・田中麗奈)が室井を助けたことに恩義を感じており、若い弁護士に理解を示したのだろう。

このように、『室井慎次 敗れざる者』でのタカの一件では、室井は雪乃&青島と小原との出来事を思い出していたはずだ。室井が過去に他者との出会いを通して学んだことを、タカにも共有していることが分かる。

「なりたい大人」になった室井

奈良弁護士の依頼を受けてタカは自分の母を殺した容疑者と面会すると、容疑者は全く反省している様子のない姿を見せる。しかし、タカは家でヤクザの男が母に暴力を振るっていたことを明かし、そういう人間は自分の情けなさに泣いていると指摘。そしてタカは、そうではない人間を知っていて、その人みたいな大人になると宣言するのだった。

タカが指しているのはもちろん室井のことであり、室井はいつしかタカが「なりたい」と思う大人になっていた。ここに室井の成長が見て取れる。「踊る」シリーズでは青島に憧れる人物はたくさん登場したが、室井に憧れる人物は同じ秋田出身の森下孝治(演・遠山俊也)くらいだった。

公式パンフレットでは、タカを演じた齋藤潤は、この面会室でのシーンで室井が持つ「静かな強さ」が表現できていればいい、とコメントしている。「静かな強さ」が室井から教わったものとも話しており、室井からの影響によって、強さを持って容疑者と対峙することができるようになったと考えられる。

容疑者が面会室を出た後、涙を流すタカに室井は手を伸ばしかけてやめる。泣くタカを尊重するのも室井らしい。タカにとって必要なプロセスだと考えたのだろう。このように、『室井慎次 敗れざる者』ではタカを通して室井慎次の過去と現在が描かれているのだ。

ちなみにタカは好意を寄せるクラスメイトの大川紗耶香から、進学先の場所が一緒になってほしいという希望を聞いている。大川紗耶香の進学先は仙台の専門学校だ。仙台には室井が卒業した東北大学がある。貧しいながらも進学のために母と二人三脚で歩んでいたタカが大学に進学できることになれば、室井と同じ東北大学に進み、警察や弁護士になる可能性もあるだろう。

“ハードSF”から読み取れること

室井が知らないハードSF

その他にも、タカの発言を通して室井慎次の重要な一面も見えてくる。タカは翻訳ハードSF小説が好きという設定で、『室井慎次 敗れざる者』の劇中では、東京創元社の創元SF文庫と思われる本をよく読んでいる。

タカは、マルチバースやダークマターなど、フィクションだが科学的な根拠が描かれるハードSF小説にハマっているというのだ。この設定には、SFファンである本広克行監督の影響が感じ取れるが、ハードSFという“室井の外側”にある要素にも重要性を感じ取れる。

室井はタカに「ハードSF」を知っているかと聞かれた際に「知らないなぁ」と答える。室井の家に置いてある本は、青島俊作から影響を受けてハマった『全集 黒澤明』、東北出身の偉人・後藤新平の伝記『正伝 後藤新平』などだ。室井は後藤新平から名前を取って犬に“シンペイ”とつけており、室井が読む本には他者とのつながりが垣間見られる。

これまで室井の周りにはSF小説を読むような人がいなかったのだろう。タカは室井が育てた子どもではなく、16年間は違う人生を歩んできた相手だ。そんなタカだからこそ、室井が知らない世界のことを教えてくれる。

「知らない」を認める室井

35年間をキャリア警察官として生きてきた室井は、タカを通して新しい学びを得ているし、それを受け入れている。『室井慎次 敗れざる者』のラストでは、リクに対して「リクは私が知らないことをたくさん知っている」と発言した。

自分が知っているのは警察の世界だけ、そんな「無知の知(自分が“何も知らない”ということを知っていること)」の感覚が室井にはある。その感覚があるからこそ、かつて室井は青島の声に耳を傾け、「私は現場を知らない」と認めたのだろう。

タカが好きなハードSFを「知らない」と認める室井は、青島から離れた今でも新しいことを学び続けている。知らないことを知り、学び続ける室井。その姿勢が「敗れざる者」というタイトルの所以でもあるのかもしれない。続編『室井慎次 生き続ける者』では、室井はハードSFを読んでいるのだろうか。室井とタカのコンビにも注目だ。

映画『室井慎次 敗れざる者』は2024年10月11日(金) より全国の劇場で公開。続編『室井慎次 生き続ける者』は2024年11月15日(金) より全国の劇場で公開。

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Source
Screen Online

『室井慎次 敗れざる者』ラストのネタバレ解説&感想はこちらの記事で。

【ネタバレ注意!】『生き続ける者』で描かれたタカの今後、そして鳥飼とタカの共通点と違いの解説はこちらから。

 

『室井慎次 敗れざる者』で示された青島俊作の現在と続編登場の可能性についての考察はこちらの記事で。

沖田仁美の現在と、青島の転勤に関わっている可能性についての考察はこちらの記事で。

新城賢太郎と室井慎次の関係性、新城の過去作からの変化についての考察はこちらから。

『室井慎次 敗れざる者』では和久さんの想いを室井と青島がどのように引き継いだのかが明らかになった。詳しくはこちらの記事で。

『室井慎次 敗れざる者』に登場した弁護士・奈良の所属事務所についての考察はこちらから。

日向真奈美のこれまでと杏の関係についての考察はこちらから。

リクと加藤浩次演じる人物の関係についての解説はこちらから。

『室井慎次 敗れざる者』に登場した「踊る大捜査線」からの小ネタまとめはこちらから。

齋藤 隼飛

社会保障/労働経済学を学んだ後、アメリカはカリフォルニア州で4年間、教育業に従事。アメリカではマネジメントを学ぶ。名前の由来は仮面ライダー2号。 訳書に『デッドプール 30th Anniversary Book』『ホークアイ オフィシャルガイド』『スパイダーマン:スパイダーバース オフィシャルガイド』『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース オフィシャルガイド』(KADOKAWA)。正井編『大阪SFアンソロジー:OSAKA2045』の編集担当、編書に『野球SF傑作選 ベストナイン2024』(Kaguya Books)。
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