『室井慎次 敗れざる者』新城に注目
映画『室井慎次 敗れざる者』が2024年10月11日(金) より日本全国の劇場で公開されている。映画『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』(2012) 以来となる「踊る」シリーズ最新作となる本作は、室井慎次の“その後”を描く最新作。警察組織の改革をテーマにしてきた「踊る」シリーズの現在地が示される。
今回注目したいのは、『踊る大捜査線 歳末特別警戒スペシャル』(1997) で初めて登場して以降、27年にわたって「踊る」シリーズの重要人物となっている新城賢太郎だ。『室井慎次 敗れざる者』では、新城が『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』以来となる登場を果たした。
『室井慎次 敗れざる者』では、警察を辞めて地元の秋田に帰った室井慎次の姿が描かれるが、同じくキャリアの終盤を迎える新城は、どのような立場で登場したのだろうか。今回は、『室井慎次 敗れざる者』での新城の描写について、ネタバレありで解説&考察していこう。
以下の内容は、映画『室井慎次 敗れざる者』の内容に関するネタバレを含みます。
Contents
『室井慎次 敗れざる者』新城賢太郎はどうなった?
キャリアの終わりにいる新城
映画『室井慎次 敗れざる者』には懐かしの面々が勢揃い。甲本雅裕演じる緒方薫、遠山俊也演じる森下孝治など、懐かしの警察官たちが室井慎次のカムバックを出迎えた。そんな中で大トリとして登場したのが筧利夫演じる新城賢太郎だ。
『室井慎次 敗れざる者』では、室井の家の近くで埋められた死体が見つかるが、警察を辞めた室井はこの件に関わろうとしない。しかし、その死体が『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』(2003) の事件の犯人グループの一人だったことが分かり、かつて捜査を担当していたことから協力を求められることになる。
室井は秋田県警から“強制”で同行を求められ、新城賢太郎が待つ料亭で連れて行かれる。室井を連れて行く部下に任意でなく強制と言わせているあたり、新城が絶対に室井に会おうとしていることが伺える。また、すっかり田舎暮らしが板についた室井だが、やはり車の後部座席に乗り込んでドアを閉めてもらうのを待っている姿はあの頃のままだ。新城という存在が室井をかつての姿に引き戻しているのだ。
新城は、料亭で今の自分が秋田県警本部長という立場にいる理由を明かす。映画『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』(2012) のラストで室井・新城・沖田仁美は組織改革推進委員会の委員に任命されたが、5年後に委員会は解散。室井は交通局に左遷されていた。
定年まで2年となりキャリアの終わりが近づいてきた室井に、警察庁官房審議官で人事を思い通りにできる沖田は、引退の花道として室井の地元の秋田で県警本部長というポストを用意した。しかし、室井はこれを断って警察を退職。空いた秋田県警本部長のポストに新城が就任したのだった。
新城は室井の尻拭いをやらされたと思っており、「終わりがここだとは」とぼやいている。新城は東大出身で大きな失敗もなく、キャリア組みの三人の中では出世レースで最も優位な立場に立っているかに思われていた。しかし、結果的には三人の中で唯一、県警でキャリアを終えようとしているのだ。
室井に戻ってきてほしい新城
新城賢太郎は警察に戻るまいとする室井慎次に対し、小さい子どもがいるのを把握していることや、いつでも逮捕できることなどをチラつかせて逃がさないようにしている。新城はやっぱり室井にこだわっていて、不器用でツンデレではあるが、室井に警察に戻ってきてほしいという本心が透けて見える。
だから新城は室井に対して、定年を前に警察を辞めた理由を聞き出そうとする。室井の代わりに秋田県警本部長になった自分の身にもなってほしいと言って食い下がるのだ。次々と切り札を切っていく新城の思いに、室井も気がついたのだろうか。室井は意外にも新城を自宅に招くのだった。
このシーンでは、新城は室井が退職金で豪邸を建てたと思っていたことが明らかになる。新城の室井に対する解像度の低さの表れでもあるが、室井が新城に本当の自分を見せてこなかったことの証左でもある。新城からすれば、室井が時折秋田弁も交えて本音で話をする青島のことを羨む気持ちもあったかもしれない。
青島と室井を追っている?
室井慎次は新城を家に誘った。警察を辞めた理由を子ども達にも聞いてほしいという思いもあったのかもしれないし、新城に今の自分の姿を見ておいてほしいという気持ちもあったのだろう。新城を見たリクが「室井さんの友達?」と聞き、二人とも否定しないという描写には胸が熱くなるなる。
確かに室井はもう退職しているし、家に連れてくるなんて友人でしかない。もしかしたら、新城は子ども達以外で初めて室井家に招かれた人物だったのかもしれない。そんな新城に室井は、青島との約束を果たせなかったから警察を辞めたことを明かす。
「約束なんて子どものすること」と吐き捨てる新城は、やっぱり青島との約束のせいで室井が警察を辞めたことを根に持っているのだろうか。また、新城のこの発言に対し、「そうなのか?」と“現場”の意見を聞くのが室井らしい。
室井は青島の現在について新城について聞くと、新城は青島が警視庁の捜査支援分析センターにいることを明かす。あれから10年以上が経っても、新城は青島がどこにいるのかを把握しているのだ。更に新城は、室井が青島を甘やかしたから上層部に目をつけられたのだと苦言も呈する。室井は青島から大きな影響を受けたが、室井と青島から影響を受けたのが新城だ。
また、杏を見て、新城が「女の子もいるんですね」と発言したことから、新城は室井について「男の子と一緒に暮らしている」というところまで情報を得ていた可能性が高い。秋田県警本部長になっても、新城は室井と青島のことを追いかけているのだ。
「踊る」シリーズでの新城の変化
初登場は『歳末特別警戒スペシャル』
では、新城賢太郎はどのようにして『室井慎次 敗れざる者』での現在地に至ったのだろうか。新城が「踊る」シリーズで初登場を果たしたのは、1997年にテレビで放送された『踊る大捜査線 歳末特別警戒スペシャル』でのこと。ドラマシリーズには登場しなかったものの、2003年公開の『THE MOVIE 2』で初めて登場した沖田よりも6年早く登場しており、スペシャルではあるがテレビ時代から登場している。
新城は、湾岸署の管内で発生した殺人事件の特別捜査本部に本庁から派遣されてきた管理官という立場だった。ドラマシリーズの室井の後任にあたり、気難しい態度から恩田すみれに「室井弐号」と呼ばれた。しかし、室井とは違い、捜査会議は「本庁の人間だけでいい」と発言するなど、徹底的にキャリアとノンキャリを区別している。
また、新城は室井から青島が「優秀」だと聞いていたそうだが、「田舎の猿がそう言っているということは使えないということだ」と、室井と青島の両方に嫌悪感を示している。室井が現場の人間と仲良くしているせいで、現場の人間の態度が大きくなっていると言うのだ。
青島については「命令通りに動けない人間は邪魔なだけだ」という新城の名言もよく知られている。室井が捜査本部に立ち寄った際には、「青島のことが心配で?」と室井の青島に対するこだわりを指摘してもいる。新城というキャラクターは、初登場時から室井と青島の二人に強く結び付けられたキャラクターだったと言える。
キャリアの傲慢
『踊る大捜査線 歳末特別警戒スペシャル』では、「階級差別」を指摘してきた室井に対し、新城は「理想なんか求めちゃいけない」と反論する。『室井慎次 敗れざる者』でも、「約束なんて子どものすること」というセリフでこの感覚が新城の中に残っていることが示唆されている。ゆえに新城はまだ警察組織の中でやっていけているのかもしれない。
『歳末特別警戒スペシャル』では、冒頭で左遷されていた青島を室井が湾岸署に戻すのだが、その件についても新城は「なぜ青島を戻したんです?」「あなたは無駄なことばかりに力を注いでいる」と室井を批判する。同作で事件が解決した後にも、新城は青島に「室井さんに伝えておけ、やはり無駄なことに力を注いでいると」と告げており、この時点ではまだ新城に変化は訪れていない。
新城の「無駄なことばかりに力を注いでいる」という指摘に対する室井の答えは「(青島は)俺たちキャリアの傲慢を撃ち抜くぞ」だった。そして、『室井慎次 敗れざる者』では青島のことを回想する形で「キャリアの傲慢を撃ち抜かれました」と認めている。
映画版で見えた変化
新城に変化の兆しが見えたのは、『踊る大捜査線 THE MOVIE』(1998) でのこと。その前の『踊る大捜査線 秋の犯罪撲滅スペシャル』(1998) では、青島は現場の判断で容疑者の相良純子に二年間に渡りDVを加えていた暴行犯を逮捕。新城に対し、相良純子と共にこの犯人を連行し、二人を平等に取り調べることを「約束」するよう求めた。この時、新城は話をすり替えており、「約束は子どものすること」という新城の考えはここでも確認できる。
同作では青島と恩田すみれ、真下正義と柏木雪乃が互いを監視するように本庁から強いられた。この件について、新城は全て室井の指示であると青島とすみれに告げ口している。青島と室井は対立することになり、その衝突は劇場版まで続くことになる。
『踊る大捜査線 THE MOVIE』では、新城は警視庁副総監誘拐事件で捜査本部長を務め、身代金の出所について政治が絡むことを室井にレクチャーする場面も。本作では早い段階でキャリアに傷がつかないようにと上から本部長の交代を進言され、室井にその座を譲ることになる。このくだりで東北大出身の室井に対して、新城は東大学閥にある自分は問題なく昇進できるとマウントをとっている。
一方、本作では青島が現場で刺されて重傷を負ったにもかかわらず、副総監の無事だけを確認して会議室を退席していた警察幹部に「兵隊は犠牲になってもいいのか」と怒りを露わにした。現場で懸命に仕事に取り組む青島の姿を見ている内に、新城も室井のようにそれに感化されていったのだ。
『THE MOVIE 2』で描かれた室井への信頼
『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』では、沖田仁美が登場して“嫌なキャリア警察”のポジションを奪い、新城は味方ポジションに。前作の経験から現場の刑事に対する信頼が芽生えており、室井に所轄から隠密行動ができる人材を引き抜くよう依頼したり、終盤では真下やすみれと協力して共に犯人を追い詰めていった。また、会議で「室井さんはどこだ?」と発言して沖田から「必要ありません」と嗜められたりもしている。
最終的には沖田が本部長から外され、室井が本部を指揮することになり、新城は沖田を引き上げさせる役目を担う。新城が廊下ですれ違った室井に「本部は頼みました」と告げるシーンは、新城からの室井への信頼が感じ取れるシーンだ。
『THE MOVIE 2』で新城が室井に現場を託したことは、『室井慎次 敗れざる者』にも繋がる。本作で新城は、『THE MOVIE 2』の犯人グループが事件に絡んでいたことから、室井に「これは室井さんの事件でもある」と告げるのだ。自身にとって転機になった事件だったからこそ、再び室井に託したいという思いが新城にはあるのかもしれない。
『容疑者 室井慎次』で大活躍
『容疑者 室井慎次』(2005) では、室井が特別公務員暴行陵虐罪の容疑で逮捕され、更に警察庁と警視庁の派閥争いが巻き起こる。対応を命じられた新城は室井を救うべく暗躍し、父の知り合いである検事総長の元に出向いて口利きをして、室井の釈放を実現した。
しかし、室井は圧力をかけられ、事件の責任をとる形で新城に辞表を提出。一方の新城は池上警察庁次長から公安と動くことを命じられ、沖田と共に事件の真相を突き止めて室井を救った。更に新城は受け取っていた辞表を握りつぶすと、室井に広島県警への異動を命じている。室井を見送りながら、弁護士の小原に聞こえるように「あの人は、警察に必要だ」とこぼすなど、室井の盟友として「踊る」シリーズに君臨するに至る。
一度は提出された室井の辞表を握りつぶし(物理的に)、県警に居場所を作った新城だからこそ、室井が沖田からの県警への異動の提案を断って警察を辞めたことに納得がいかなかったのだろう。同時に新城は広島県警に行った室井と同じく県警に飛ばされており、事実上の左遷と見ることもできる。室井と青島の影響を受けすぎた結果、警察組織の中で上り詰めていくことが難しくなってしまったのかもしれない。
『踊る大捜査線 THE MOVIE3 ヤツらを解放せよ!』(2010) では新城は登場せず、前述の通り『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』のラストでは、室井が委員長を務める組織改革審議委員会に沖田と共に所属。沖田とは違い、『THE MOVIE 2』で幹部に怒りを抱いていた新城の組織改革審議委員会での立ち回りが、新城のキャリアに傷をつけた可能性も考えられる。
『生き続ける者』での新城を考察
映画『室井慎次 敗れざる者』では、新城は警察を辞めた室井に捜査に協力してもらいたがっている。だが、室井は、「新城、俺は負けたんだ」と正直な気持ちを吐露する。これも新城にとっては意外だったかもしれない。けれど、新城はスーツを脱いだ等身大の室井慎次と、ようやく向き合うことができたのだ。
『室井慎次 敗れざる者』のラストでは、室井は秋田県警で捜査に協力することになる。室井の中には、青島との約束を果たせなかったことに対する負い目と共に、「私の身にもなってください」と言った新城への負い目もあるのではないだろうか。
続編『室井慎次 生き続ける者』では、再び新城が室井を助ける展開にも期待したい。いざという時には湾岸署のスリーアミーゴスのように、現場に出向いた室井を守ってくれるのではないだろうか。また、こちらの記事で考察した通り、本庁からの援護という形で青島が登場する可能性もあるだろう。青島と新城という因縁の二人の共闘にも期待したい。
新城を演じた筧利夫は、今回の二部作ではセリフも多く、あるシーンは撮影に1ヶ月を要したとも話している。『室井慎次 生き続ける者』でもさらなる活躍が期待できる。『室井慎次 生き続ける者』の予告編では、沖田が室井を呼び出す場面もあった。新城が「人事は意のまま」とした沖田が室井と新城を呼び戻し、室井・沖田・新城の三人が再び揃う展開はあるだろうか。『室井慎次 生き続ける者』の展開に期待しよう。
映画『室井慎次 敗れざる者』は2024年10月11日(金) より全国の劇場で公開。続編『室井慎次 生き続ける者』は2024年11月15日(金) より全国の劇場で公開。
『室井慎次 敗れざる者』と『室井慎次 生き続ける者』のオリジナル・サウンドトラックは2024年11月13日発売で予約受付中。
映画『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』は配信中。
『室井慎次 敗れざる者』ラストのネタバレ解説&感想はこちらの記事で。
『室井慎次 敗れざる者』で示された青島俊作の現在と続編登場の可能性についての考察はこちらの記事で。
『室井慎次 敗れざる者』では和久さんの想いを室井と青島がどのように引き継いだのかが明らかになった。詳しくはこちらの記事で。
沖田仁美の現在と、青島の転勤に関わっている可能性についての考察はこちらの記事で。
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