『室井慎次 生き続ける者』タカに注目
映画『室井慎次 生き続ける者』が2024年11月15日(金) より全国の劇場で公開され、初週末興収第1位のヒットを記録している。『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』(2012) 以来のシリーズ最新作となった『室井慎次 敗れざる者』の公開から1ヶ月、ついに「室井慎次」二部作の完結編が描かれる。
今回は、映画『室井慎次 生き続ける者』で齋藤潤が演じるタカこと森貴仁に注目してみよう。「室井家の長男」として紹介されるタカは今回、どのように描かれたのだろうか。以下の内容は、『室井慎次 生き続ける者』の結末に関するネタバレを含むので、必ず劇場で本編を鑑賞してから読んでいただきたい。
以下の内容は、映画『室井慎次 行き続ける者』の内容と結末に関するネタバレを含みます。
Contents
『室井慎次 生き続ける者』はタカをどう描いたか
これまでのタカ
前作『室井慎次 敗れざる者』では、タカこと森貴仁を中心としたストーリーラインがメインで進行し、齋藤潤演じるタカにはしっかり見せ場が用意されていた。タカは母の森麻絵を殺された被害者遺族で、警察を辞めた室井慎次が1年前に里親として引き取っていた。
タカの母を殺したのは暴力団関係者で、弁護士・奈良育美はタカに犯人に有利な証言を依頼するために室井家を訪れた。室井は被害者遺族に寄り添う姿勢を見せない奈良に抗議し、タカは犯人に対して室井のような大人になると宣言した。
室井が奈良に抗議した背景には、ドラマシリーズ第1話で父を殺された柏木雪乃に対して犯人を取り調べるように詰め寄り、青島から抗議された経験がある。前作におけるタカは、里親として過去から学んで他者に寄り添う室井の現在の姿を示す重要な存在だった。
被害者遺族としてのタカと室井
『室井慎次 生き続ける者』でのタカは、長部音松と石津百男に火事について聞かれた時には、「無闇に人を疑っちゃいけない」という室井の教えを二人に伝えた。このシーンではタカの口から、室井が警察時代に犯人を逮捕し続けたが世の中は良くならなかったと考えていることが明らかになる。室井は犯人を捕まえることよりも、被害者や加害者の家族に寄り添うことで社会を良くしようと考えていたのだ。
一方でタカは大川紗耶香を家に招くが、父がタカの母親の事件を知って反対されたという理由で断られてしまう。タカ自身が問題を起こしたわけではなく、被害者遺族であるという理由で差別を受けたのだ。
更に大川紗耶香は、卒業後は仙台の専門学校を目指すという目標から一転して、「面白いと思って」という理由で東京で働くことにしたという。別の男子生徒と仲良くする姿を見せるようにもなりタカはひどく落ち込むが、その後、連続殺人犯の日向真奈美を母として持つ杏と向き合うことになる。
被害者の母を持つタカに対して、杏の母は加害者だ。ともすれば対立と分断が生まれ得る関係性だが、タカは杏に母の言いなりになるのではなく自分で考えるよう促し、日向真奈美が無期懲役で服役していることを指摘する。自分たちは独りだと迫るのだが、その主語は「俺たち」であり、加害者の娘である杏も被害者の息子であるタカも同じだと歩み寄る姿勢も感じられる。
これをきっかけに杏は室井と和解することになる。その後の食卓のシーンでは、犯罪捜査の一方で犠牲を出していることに気づいたという動機で里親を始めた室井が、今では子ども達との忙しない生活が「楽しい」と思うようになっていたと語る。
その話を聞いた直後、タカは古本屋に行って持っていたハードSFの本を手放し、受験勉強に注力することを決意している。食卓のシーンでは杏が東京に戻されるという話題も出ており、タカは改めて犯罪孤児の現実に思いを巡らせることになったのかもしれない。
前作では、タカは高校を卒業して働くことになったら室井家に残ってもいいかと確認していたが、進学することに決めたようだ。その胸の内が明確に語られることはなかったが、前作では室井のようになりたいと言った後に就職の意志を示していたので、『生き続ける者』での出来事がタカに大きな影響を与えたと考えられる。
タカが贈った本に注目
室井家にはようやく平穏な時間が訪れたかに思われたが、リクの父・柳町明楽の登場でその生活は崩れることになる。リクが父のもとに戻ることになったのだ。最後に4人で温泉や定食屋に行く室井家の様子は涙なしでは見られない。
室井は3人の子ども達に、ここでの暮らしが終わればそれぞれが自分の足で歩いていくことを教えるのだが、この言葉は既にタカが杏に告げていた言葉と重なる。タカは室井の背中を見て、その教えを学んでいたのである。
室井家を去るリクに、タカが中学に入ったら読むように言って渡すのはジェイムズ・P・ホーガンの『星を継ぐもの』(1977) だ。『星を継ぐもの』はホーガンのデビュー長編で、日本で長く愛されているハードSF作品である。
余談だが「踊る大捜査線」にはSF作品からのオマージュが多く取り入れられている。「室井慎次」二部作の『敗れざる者』『生き続ける者』という副題の元ネタは、この『星を継ぐもの』だったのかもしれない。そしてタカは、室井の“意志を継ぐ者”として歩み出すことになる。
大学を目指す理由
リクが去った後、タカは東大の参考書を読んで勉強に取り組むことになる。杏から真意を問われたタカは、大学に入って警察になるつもりだと明かす。その理由については、「こんなこともう二度と嫌だから」と話している。
タカは犯罪に巻き込まれて母と別れ、そして今度はリクと別れなければならなくなった。参考書を買うためにSF小説を手放したタイミングも、杏が出ていかなければならないかもしれないという話が出た直後だった。室井と同じキャリア警察を目指すタカは、犯罪を未然に防ぎ、誰かの家族がバラバラになることを防ぎたいと考えたのかもしれない。
室井の死後、タカは長部が室井から預かっていた通帳と印鑑を受け取る。室井は里親が自治体から受け取る養育費を全て子ども達のために貯金しており、何かあった時のためにと長部に預けていたのだ。また、タカは杏とリクと話し合って、室井が酔った時に話した犯罪孤児をこの家に集めて暮らしたいという夢を叶えることにしていた。
エンドロールでは松山千春の「生命」が流れる中、子ども達が焼けた車庫を再建する姿が映し出された。タカ達はいつか大きくなって、犯罪孤児を受け入れる施設として「室井慎次の家」を運営することになるのだろう。また、タカ達は石津夫妻の牧場を手伝っており、夫妻と食卓を囲む姿も見られた。成人するまでは石津夫妻が面倒を見るようだ。
【考察】タカの今後はどうなる?
キャリア警察としての未来
タカは東大を目指すということで、室井や新城、沖田のようなキャリア組として警察に入ることになるだろう。タカはかつて良い学校に進学できるようにと母の森麻絵に勉強を見てもらっていた。進学に際しての懸念はお金のことだったが、室井が貯めてくれていた養育費が足しになるはずだ(といっても貯まった額は150万円くらいだと思われる)。
「踊る大捜査線」シリーズとしては、高校2年生のタカが10〜15年後にはキャリア警察として登場することになると思われる(大学編も観てみたいけれど)。しかし、タカが警察に入る頃には、室井の遺志を継ぐ多くの人物が定年退職を迎えていると思われる。タカはかつての室井のように、上層部に味方のいない“信念の人”として仕事に臨まなければならなくなる可能性もある。
後期の「踊る」シリーズに登場した若い管理官といえば小栗旬演じる鳥飼誠一だが、鳥飼は映画『踊る大捜査線 THE FINAL』で暴走して事件を起こしてしまった。鳥飼もまた東大卒のキャリア警察だが、姪を殺された事件をきっかけに闇へ堕ちることになった。そして、タカと鳥飼は被害者遺族という共通点を持っているのだ。
タカと鳥飼を分けるもの
『THE FINAL』で描かれたのは、被害者遺族が事件を起こし、新たな犯罪遺族を生むというストーリーだった。そしてラストでは、室井は鳥飼から「もう時間がない」「こんな組織にまだいるつもりですか?」と言われ、実際に5年後に組織改革のタイムリミットが来て、その後、警察を辞めることになった。
室井の胸には、鳥飼の事件と言葉が残っていたのかもしれない。室井はあの時、被害者遺族としての鳥飼に寄り添うことができなかった。犯人を取り締まるだけでは駄目だと分かり、警察を辞めてから初めて里子にした被害者遺族がタカだったのだ。
タカと鳥飼を分けるものがあるとすれば、室井のような大人が家族だった被害者の死を共に悼んでくれたかどうかということだろう。父を殺された雪乃に寄り添ったのは青島で、その雪乃は後に警察になった。室井はあの時自分が雪乃にできなかったことをタカにして、タカの母の死を蔑ろにするような奈良弁護士の行動を許さなかった。だからタカは室井のようになりたいと宣言したし、そのために真っすぐ生きていくはずだ。
余談だが、もし大川紗耶香が前作で言っていた通りに仙台に行っていれば、タカは仙台にある室井の母校・東北大学に行っていたかもしれない。とはいえ、東大に行くことになったお陰でタカには東大閥の警察官僚として“上”に登り詰める芽も出てきた。
タカが警察として活躍する時期は、大学の先輩にあたる新城と沖田が定年退職した後になるだろうが、「室井家の長男」が警察になれば二人は黙っていないだろう。15年後には、ちょっと怖い警察OBから謎のバックアップを受ける大型新人として“森管理官”が登場することに期待しよう。
映画『室井慎次 生き続ける者』は全国の劇場で大ヒット公開中。
シナリオ全文と、その詳細な解説やスタッフ&キャストのインタビューで二部作の魅力を深堀りする 『室井慎次 敗れざる者/生き続ける者』シナリオ・ガイドブックは2024年11月29日(金) 発売で予約受付中。
『室井慎次 敗れざる者』と『室井慎次 生き続ける者』のオリジナル・サウンドトラックは予約受付中。
映画『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』は配信中。
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