ラストを飾った『踊る大捜査線 THE LAST TV サラリーマン刑事と最後の難事件』
テレビドラマの歴史に残るヒット作となった「踊る大捜査線」は、1997年のドラマ放送から2024年の映画『室井慎次 敗れざる者』『室井慎次生き続ける者』の公開まで、ファンを魅了し続けている。今では当たり前となったテレビドラマの映画化というプロジェクトの可能性を切り開いた「踊る大捜査線」だが、映画だけでなくテレビスペシャル版もいくつも制作されている。
今回は、テレビスペシャルの最終作と銘打たれた『踊る大捜査線 THE LAST TV サラリーマン刑事と最後の難事件』についてネタバレありで解説&考察していこう。映画『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』の前日譚である『THE LAST TV』では、どんな物語が描かれたのか、特にそのラストに焦点を合わせて見ていこう。
なお、以下の内容は『踊る大捜査線 THE LAST TV サラリーマン刑事と最後の難事件』のネタバレを含むため、必ず本編を視聴してから読んでいただきたい。
以下の内容は、スペシャルドラマ『踊る大捜査線 THE LAST TV サラリーマン刑事と最後の難事件』の内容に関するネタバレを含みます。
Contents
『踊る大捜査線 THE LAST TV サラリーマン刑事と最後の難事件』ネタバレ解説
湾岸署でおきた5つの事件
スペシャルドラマ『踊る大捜査線 THE LAST TV』の時系列は『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』の1ヶ月前の2012年11月。青島俊作は湾岸署刑事課の強行犯係係長・警部補だ。そして、『THE LAST TV』では主に5つのストーリーが展開していく。
①国際指名手配された詐欺師によるものと見られる殺人事件、②中国からの研修生・王(ワン)さんの結婚式、③偽本庁刑事による窃盗事件、④結婚を勧められる室井慎次と恩田すみれ、⑤警察庁による国際犯罪指定捜査室の設置——この他にも、青島に仕事を押し付けられる和久伸次郎や、仕事と子育ての両立に悩む篠原夏美、真下正義署長とスリーアミーゴスの派閥争いなど、「踊る」ファンには見どころ盛りだくさんの作品になっている。
青島を幹事として王さんの結婚式に向けての準備を進めていく湾岸署だったが、やがて①の事件の犯人が王さんの結婚相手であり、その結婚もまた結婚詐欺であったことが発覚する。またしても本庁が動く大きな事件と湾岸署内の物語が交差する中、やっぱり柳葉敏郎演じる室井慎次が湾岸署に送り込まれることになる。
室井と鳥飼、そして青島
いつも通り「事態の収拾」に向かう室井が「何をやってるんだ、湾岸署は」とこぼすシーンが可笑しい。内心は現場に行けて嬉しいのだろうけど。湾岸署の管轄で①の事件の遺体が見つかっていたことから、湾岸署では既に小栗旬演じる鳥飼誠一を管理官として捜査本部が設置されていた。鳥飼誠一は映画『踊る大捜査線 THE MOVIE 3 ヤツらを解放せよ!』(2010) から登場しているキャリア警察だ。
『THE MOVIE 3』での鳥飼は管理補佐官であり、サーバントリーダー(調整役)でもあった。この時は青島とバディを組んで捜査にあたったが、日向真奈美が仕掛けた罠によって左目を負傷した。『THE LAST TV』からは鳥飼はサングラスをかけているが、左目は失明して義眼という設定になっている。
結婚式場を舞台にした犯人確保作戦を提案する青島について、室井慎次は「瞬時の判断力は高い」と青島を評価し、鳥飼に「その判断力に賭けてみるか?」と問いかける。青島の判断は正しいのかと聞き返す鳥飼に対し、室井は「責任を取る覚悟があれば」と答える。だが、鳥飼にその覚悟はなく、室井が責任を取ることを決めて青島に作戦を進めるよう指示。カッコ良すぎる。
上のものが現場の判断を信じ、何かあった時の責任を取る姿勢を示すこと。上と現場の信頼関係なくしては現場が正しいと思う捜査を進めることはできない。まだ若い鳥飼に対し、室井は上長が責任を取る姿勢を見せたかったのかもしれない。自らの姿勢を示すことでしか教えることができないのが室井の不器用さであり、映画『室井慎次 敗れざる者』『室井慎次 生き続ける者』でもそれは引き継がれている。
本庁が室井を湾岸署に送ったのは、室井を国際的事件に当たらせることで新たに設置される国際犯罪指定捜査室の室長に就任させるお膳立てとしたかったのだろう。一方で、お偉いさん達の中には、室井×湾岸署なら事件を解決できるという信頼というか打算もあったのかもしれない。
国際犯罪指定捜査室は与党からの指示で設置されることになっており、表向きには国際犯罪に対応するための機関だが、本当の目的は日本の市民のお金の動きや個人情報を管理することだった。また、王さんの結婚式自体も中国の高官が出席するなど外交的な意義を帯びており、警察庁としては穏便な形で「事態を収拾」したかったものと考えられる。
『踊る大捜査線 THE LAST TV』ラストの意味は?
回収されたハッカーと“室井×すみれ”
『踊る大捜査線 THE LAST TV』のラストでは、室井・鳥飼・真下・恩田すみれは本部、残りの湾岸署一同は現場の結婚式場という配置でクライマックスを迎える。
本部で監視カメラによるセキュリティをチェックする鳥飼に、「その節はどうも」と言っているのは、映画『踊る大捜査線 THE MOVIE 3 ヤツらを解放せよ!』の終盤で登場したハッカーだ。同作では逮捕されて勾留されていたが、ロックされた新湾岸署のセキュリティシステムを解除すれば一流企業への就職を約束すると言われていた。結局、「電源を切る」という方法で解除に成功しているが、その後は警察への就職を手配してもらえたようだ。
犯人の登場を待つ間、真下署長は室井慎次と恩田すみれの結婚を取り持とうとお節介を焼くが、二人は「結婚するかしないかは自分で決める」とキッパリ。むしろ室井は「どうなんだ? 青島は」と、すみれに青島を勧めているようでもある。すみれはこれを感情的に否定しており、まんざらでもない感じもする。
実は『踊る大捜査線』のドラマシリーズでは、当初は青島俊作と柏木雪乃、室井慎次と恩田すみれのロマンスを描く展開が構想されていた。放送開始後に警察ドラマ路線に舵を切ることになったが、ドラマでは室井とすみれが二人きりになって「眉間のしわ」の話をするなどその名残が見られる。『THE LAST TV』のラストは、この室井×すみれのカップリングにある意味で終止符を打つ展開となっている。
青島が気づいたこと
結婚式場には国際詐欺犯のシン・スヒョンが現れる。シン・スヒョンを演じたのは韓国の若手俳優イ・ヘイン。『THE LAST TV』のシン・スヒョン役は元々、アイドルグループ T-ARAのメンバーであるキュリがオファーを受けていたが、多忙を理由として同じ事務所のイ・ヘインが出演することになった経緯がある。
栗山孝治の活躍によってシン・スヒョン本人であることを特定するが、現場に現れた③の偽刑事によって、シン・スヒョンが拳銃を持っているという情報がもたらされる。だが、王さんは持ち前の太極拳で犯人を取り押さえることに成功。その実力は『THE MOVIE 3』のラストで日向真奈美の信者グループを逮捕した時に証明済みだ。
しかし、騙されていたことにショックを受けた王さんは犯人を人質にとって逮捕するなら心中すると言い出す。和久伸次郎が持っている和久ノートからヒントを得ようとした青島は、そこに「僕は青島さんの秘書じゃない」という和久の愚痴を見つける。和久は青島係長から雑用を押し付けられていることに不満を募らせていたのだ。
そこで青島は、仲間に伝えなければいけないことに気づいたのだろう。和久をはじめとする仲間はただの部下ではなく、家族なのだと。自分には王さんが必要だということ、夏美は母、和久は自慢の弟、栗山は将来が楽しみな末っ子、緒方は真っ直ぐな長男、王さんは赤ん坊で、皆が居なきゃいけないと説得するのだ。
王さんはシン・スヒョンを「初めて愛した人」として求めていたが、仕事一筋の青島には「愛」を語ることができなかった。それでも、愛の形というのは一つではない。青島が王さん達を家族のように思っていること、王さんを必要としていることを伝えることで王さんを落ち着かせたのだった。また、青島は王さんの凶行は芝居だったということにして、両親も来ているこの場をまとめてもいる。優しい。
先鋭化する鳥飼の思想
室井が信頼して任せ、青島はまた無事に事件を解決した。しかし、鳥飼はそれを見て、「また逮捕か、何人殺したと思ってる」と呟く。「青島さんは手強いですね」という鳥飼の発言に、流石に室井も違和感を抱いている。鳥飼は、『THE MOVIE 3』でも犯人グループが釈放を要求した受刑者達を釈放した上で射殺させようとしていた。
「犯人を逮捕するのが警察の仕事」という青島の考えとは違い、鳥飼は凶悪犯は殺してよいと考えているのだ。その考えは日向真奈美の事件で左目を奪われて以降、更生するどころか悪化しているようにも思える。この鳥飼の思想は、『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』でも重要な要素になっていく。
それだけではない。『THE LAST TV』のラストでは、恩田すみれが去ろうとする室井慎次に「結婚とか考えてないです。警察を辞めるから」と告げる。すみれは『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』(2003) での銃撃の後遺症に苦しんでいるのだ。すみれの退職についても、映画『踊る大捜査線 THE FINAL』で扱われることになる。
本庁に戻った室井は、国際犯罪指定捜査室の室長就任について改めて聞かれるが、市民の情報を集める汚れ仕事を辞退。後に室井は出世コースを外れることになるが、こうした信念を貫いた決断の数々が室井の出世を阻んだのだろう。
青島との約束を果たしたい室井は、「信念を曲げずに上へ行く」ことを大事にしていた。この約束を果たせなかった室井慎次のその後は、映画『室井慎次 敗れざる者』『室井慎次 生き続ける者』で描かれることになる。
鳥飼は「あなたがしてきたことは偽善だ」と上司に対してひどい態度を見せる。それに対して、室井慎次は「へばなすたっちゃ」と返す。「へばなすたっちゃ」は秋田弁で、「だからどうした」という意味だ。偽善でもやるんだという室井の強い意志が見えるが、他人に分かるように言わないところが、室井の“胸に秘めた正義”を感じさせる。
ラストシーンでは、青島ら湾岸署のメンバーは結婚式の余り物を食べている。王さんは「一人前になるまで帰ってくるな」と言われたそうで、湾岸署に残ることになっている。そこにコンビニ強盗発生の通報が入り、一同は現場へ。コンビニ強盗に対して全員で出動しようとしているのが湾岸署らしい。エンドロールの後、ポストクレジットシーンでは青島が忘れ物を取りに戻るシーンも。青島が映画『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』で戻ってくることを示唆している。
『踊る大捜査線 THE LAST TV サラリーマン刑事と最後の難事件』ネタバレ感想
ドラマスペシャル『踊る大捜査線 THE LAST TV』は、DVDやBlu-rayが発売されているが、配信で出ていないため、今ではレアな作品になっている。一方で、その内容は「仲間」を「家族」として見るようになった中間管理職の青島、その青島を信じて上層部に逆らう室井、先鋭化していく鳥飼、辞職を決める恩田すみれという重要な要素がいくつも描かれている。
青島と室井の信頼関係については、もはやお馴染みで、最後にすみれからイジられた室井が「もう慣れた」と言うほどだ。『THE LAST TV』では青島と室井の二人の濃い絡みも『THE FINAL』にお預けとなっている。この時の室井は、中間管理職になって仲間に囲まれるようになった青島を見て、少しずつ道が分かれていくことを実感していたのかもしれない。すみれに青島を勧めたことも、その流れの中にあったのではないだろうか。
2024年10月から公開されている映画『室井慎次 敗れざる者』、11月15日(金) から上映を開始する映画『室井慎次 生き続ける者』では、「踊る大捜査線」の最新の時系列が舞台になっている。皆歳を取ったが、かつての事件と約束をめぐる物語と、室井慎次の新しい生活が描かれる。こちらも「踊る大捜査線」ファンには見逃せない内容になっているので、ぜひ劇場で観ていただきたい。
「踊る大捜査線」最新作『室井慎次 生き続ける者』は2024年11月15日(金) 劇場公開。
シナリオ全文と、その詳細な解説やスタッフ&キャストのインタビューで『室井慎次 敗れざる者/生き続ける者』の魅力を深堀りするシナリオ・ガイドブックは2024年11月29日(金) 発売で予約受付中。
映画『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』は配信中。
【ネタバレ注意!】『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』ラストのネタバレ解説&感想はこちらから。
【ネタバレ注意!】『室井慎次 敗れざる者』ラストのネタバレ解説&感想はこちらの記事で。
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