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日常系漫画「それ町」が星雲賞!?
2018年7月21日に開催された『第57回日本SF大会ジュラコン』で『第49回星雲賞』の受賞作品が発表された。そのコミック部門において、『それでも町は廻っている』通称「それ町」が見事に受賞を果たした。「それ町」の魅力は、基本一話で完結する凝ったストーリーと個性あふれるキャラクターたち、その日常で展開されるストーリーにある。そして、シャッフルされた時系列と各話の端々に張られた伏線は、繰り返し読む楽しさを与えてくれる。
いわゆる”日常系”というジャンルに属する「それ町」だが、なぜ星雲賞を受賞できたのだろうか。
「それ町」が描く”非日常”の魅力に迫っていこう。
日常に登場する“非日常”なキャラクターたち
「それ町」は、主人公の嵐山歩鳥を中心として、下町の商店街や学校、歩鳥の家を舞台にした日常が描かれる。”日常系”にジャンル分けされるものの、ミステリーにオカルト、ラブコメ、そしてSFと様々な要素を取り入れた作品でもある。「女子高生の日常をベースに展開するストーリーがなぜ星雲賞を受賞したのか?」と疑問に思う方もいるだろう。しかし、「それ町」のストーリーを思い返して見ると、SFの要素を多分に含んだ話が何度も登場するのだ。
第2巻の「18話・穴」には異星人が出てくるし、第9巻「第70話・大人買い計画」では未来人、そして最終巻である第16巻「128話・嵐と共に去りぬ」には高次元生命体が登場する。作中に登場する”非日常”なキャラクターたちは、何気ない日常に突如現れたり、ちょっとした出来事の裏に隠れていたりする。
こうした”非日常”なキャラクターたちの登場が、日本SFの最高賞である星雲賞受賞のきっかけになったのかもしれない。
「それ町」の日常を彩る”SF(すこしふしぎ)”な話
「それ町」では、SF要素を含んだ話は多くはないが、”SF(すこしふしぎ)”な話は、頻繁に登場する。第5巻「35話・下町雪訪い小話」での雪女が人探しをする話、第8巻「60話・歩鳥となぞの王国」での歩鳥が児童文学の世界に迷い込み犬のFOX(ジョセフィーヌ)と謎ときをする話、第11巻の「84話・夕闇の町」での歩鳥の妹・ユキコが謎の町(異次元もしくは過去)に迷い込む話、などなど。
オカルトやファンタジー、誰もが一度は妄想したことのあるシチュエーションなど、SF(サイエンスフィクション)以外の”非日常”も描かれている。
こうした”SF(すこしふしぎ)”な話も「それ町」の魅力である。
影響を受けたのは藤子・F・不二雄!受け継ぐSF(すこしふしぎ)イズム
さて、先ほどから“SF(すこしふしぎ)”という言葉を出しているが、これは「ドラえもん」の作者として知られる漫画界の巨匠、藤子・F・不二雄が提唱した新たなSFの概念だ。
わざわざこの言葉を使う理由は、石黒正数が影響を受けた漫画家が藤子・F・不二雄だからだ。
石黒正数は、『「映画ドラえもん」35周年特集』の特集内のインタビューで、自身が初めて触れた漫画作品は『ドラえもん』であると語りながら、藤子・F・不二雄についてこう話している。
僕のマンガは藤子・F・不二雄がお父さんで、大友克洋がお母さんなんです。それくらい根っこのところで影響を受けてる。子は親を選べないし、基本的に親が好きで当たり前なので、藤子・F・不二雄が好きだし影響を受けている、って感じなんですよ。
by 石黒正数
さらに、藤子作品に触れた幼少期の感覚を振り返ってこう語っている。
子供の頃は完全に“ドラえもん劇”として読んでました。ただ「面白くてためになる」じゃないですけど、知らんうちにSFの文法を完全に叩きこまれていたことに後々気付くんですよ。
by 石黒正数
このことから、藤子作品が石黒正数に与えた影響はかなり大きいことが分かる。
「それ町」で展開される物語の数々は、藤子・F・不二雄の”SF(すこしふしぎ)”イズムを引き継いでいると言えるのではないだろうか。
石黒正数も驚きの「星雲賞受賞」!!
そんな、SF要素が散りばめられている「それ町」だが、描いてる作者は星雲賞受賞に驚きを隠せないようだ。石黒正数は、Twitter上で歩鳥が困惑したイラストと共に、下記のようにツイートしている。
第49回 星雲賞コミック部門を拙作「それでも町は廻っている」が受賞いたしました。
お前…SFか…?とは本人も思っていますが細かい事は置いておいて、ありがとうございます!
大変光栄です! pic.twitter.com/EXQoNoqP6K— 石黒正数 (@masakazuishi) 2018年7月21日
ファンからは、祝福の言葉と共に「『それ町』はSF(サイエンス・フィクションもしくは、すこしふしぎ)作品だ!」といったコメントも多く見られた。
「それ町」はSF作品か?
星雲賞受賞に困惑する石黒正数だが、その反面、コミックナタリーの『「天国大魔境」特集 石黒正数インタビュー』では、自身の受賞を冷静にこう語っている。
SFの要素もあるとは自覚していますが、サイエンスフィクションの観点で見たら絶対違うと思います。ただSFの定義はどんどん広くなっていますし、星雲賞の対象作品の間口が広がったということですよ、多分。
by 石黒正数
本人は「それ町」がSF作品だという意識を強くは持っていないようだ。しかし、これまで述べてきたように「それ町」で描かれる話の数々は紛れもなくSFだ。「それ町」が星雲賞・コミック部門を受賞したこは、”まさかの受賞”というほどのことでもないのかもしれない。
今後の展開に期待!新連載『天国大魔境』は正統派SF!!
2016年12月に「それ町」の連載が終了した石黒正数だが、2018年3月から月刊アフタヌーンにて『天国大魔境』の連載が始まっている。
「それ町」とはひと味もふた味も違う『天国大魔境』では、日常とはほど遠い荒廃した世界が描かれている。物語が進むにつれて深まる謎は、読者を新たな石黒正和の世界へ導いてくれるだろう。『天国大魔境』は第1話がWEBコミックとしてモアイに掲載中で、2018年7月23日に第1巻も刊行されている。それ町ファン、石黒正数ファンのみならず、SFファンにも読んでもらいたい一冊だ。
石黒正数の今後の活躍と「キルコとマル」の旅を見守りながら、今回の星雲賞受賞を祝したい。