【レビュー】『スパイダーマン: スパイダーバース』が示した現代社会を生きるヒント | VG+ (バゴプラ)

【レビュー】『スパイダーマン: スパイダーバース』が示した現代社会を生きるヒント

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『スパイダーバース』で描かれたもの

『スパイダーマン: スパイダーバース』の物語は、若くて白人で男性の“オーソドックス”なスパイダーマンの死によって幕を開ける。世界は、これまで当たり前と信じられていた象徴的な存在を失う。そして、“二代目スパイダーマン”の誕生をめぐる物語が展開される……というほど単純なお話ではないのが、『スパイダーマン: スパイダーバース』の魅力だ。本作は、象徴を失った世界でダイバーシティ (多様性) を自然に肯定しながら、新たなヒーロー像を、そして現代社会の生き方をも提示している。

ネタバレ注意
以下の内容は、映画『スパイダーマン: スパイダーバース』の内容に関するネタバレを含みます。

マイルス・モラレスの物語

未熟なスパイダーマン

アフリカ系の父とラテン系の母を持つ主人公のマイルス・モラレスは、ブルックリンに住む男子高校生。当たり前のように、ニューヨークのストリートカルチャーに囲まれた生活を送る。彼はスパイダーマンになる可能性を秘めているがどこか弱々しく、自分の力を使いこなすことができない。

そんなマイルスの前に現れたのは、他の次元から現れた“スパイダーマン(スパイダーウーマン)”たちだ。豚やメカまで揃う個性豊かな面々だが、各々が各々のフィールドで、“唯一無二のスパイダーマン”として活動を続けてきた猛者たち。ヒーローとしての酸いも甘いも経験してきた彼女ら/彼らが、スパイダーマン見習いのマイルスを導いていく。

ストリートカルチャーを背負ったスパイダーマン

物語のクライマックス、「自分を信じて跳ぶんだ」というピーター・B・パーカーの言葉を受けたマイルスは、自分の弱さを克服する。だが、彼が成るのは、“第二のスパイダーマン”ではない。マイルスは、スパイダーマンのスーツを黒く塗り、パーカーを羽織って短パンを履き、足下は“エアジョーダン ワン”のミドルカットでキメる。

そして、この服装は単なる“オシャレ”ではない。ストリートカルチャーを背負って立つ者の“正装”だ。だから、マイルスがスパイダーマンに“成る”シーンでは、ヒップホップが鳴り響く。伝統的な「スパイダーマン」のテーマ曲を復活させ、スパイダーマンを作り直したMCUとは正反対の演出だ。

自分のまま、成長する

『スパイダーバース』のマイルスは、これまでの自分を捨てて、“スパイダーマン”という崇高な存在になるのではない。ヒップホップを聴き、グラフィティアートに興じ、ストリートカルチャーを生きる自分を捨てて、“白人のスパイダーマン”になるのではない。だが同時に、ただありのままの自分でいるわけでもない。自分を形作ったカルチャーや経験、関係性を背負ったまま、ヒーローへと“成長”を遂げるのだ。

現代社会を写し出すスパイダーマン達

各々が唯一無二の存在

マイルスの物語から一歩引いて、『スパイダーマン: スパイダーバース』全体の物語を見てみよう。注目すべきポイントは、本作が象徴の死 (喪失) をもって各々のスパイダーマン (スパイダーウーマン) がヒーローに“なっていく”ストーリーではないという点だ。

画一的なスパイダーマン像を持っている私たちからすれば、彼女ら/彼らの姿は異形かもしれないが、これまでも、各々が各々の宇宙 (バース) を生きてきた。わざわざ声高に多様であることを肯定するようなことはしない。なぜなら、彼女ら/彼らは、自分が唯一無二の存在だということを既に知っているからだ。

「自分が何者か」は知っている

自分が何者かを知らないキャラクターたちがアイデンティティを獲得していく物語は、これまでにも十分に作られてきた。現代社会は、多様な人々で溢れていて、私たちは既に自分が何者かということ (あるいは何者でもないということ) を知っている。「大いなる力には、大いなる責任が伴う」という「スパイダーマン」シリーズでお馴染みの教訓も、『スパイダーバース』では使い古された言い回しとして、冷めた視線を投げかけられる。全てが相対化されていく現代社会の感覚が、ありありと描写されているのだ。

『スパイダーバース』が示した現代社会を生きるヒント

問われるのは自分の生き方

現実には、多元宇宙 (マルチバース) は存在しないかもしれない。だが、私たちはその内面に、各々の宇宙を持っているはずだ。問題は、自分を唯一無二の存在と信じられるか、何者でもない自分から、次のステージへと跳躍 (leap) できるか、ということだ。宇宙は一つだけではないかもしれないが、自分の宇宙には自分は一人だけだ。「誰にでもマスクは被れる」——だが、マスクを被るかどうかを選択するのは、他でもない自分自身だ。

アップデートされた“親愛なる隣人”

マイルス少年は当初、(大人たちからいくら指摘されても) 靴ヒモを“結ばない”という消極的な選択しかできなかった。だが、彼はマスクを被り、ストリートファッションに身を包んだスパイダーマンに成ることを決めた。

自分の宇宙を確立した時、他者の宇宙がそれと交わり、各々の宇宙を持った“主人公”同士として心を通わせる。絶対的な物語を失った現代社会で、私たちが必要としている感覚を、『スパイダーマン: スパイダーバース』は示してくれている。個々人が主人公になれる現代社会の中で、“親愛なる隣人”という言葉の意味もまた、アップデートされたのだ。

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齋藤 隼飛

社会保障/労働経済学を学んだ後、アメリカはカリフォルニア州で4年間、教育業に従事。アメリカではマネジメントを学ぶ。名前の由来は仮面ライダー2号。 訳書に『デッドプール 30th Anniversary Book』『ホークアイ オフィシャルガイド』『スパイダーマン:スパイダーバース オフィシャルガイド』『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース オフィシャルガイド』(KADOKAWA)。正井編『大阪SFアンソロジー:OSAKA2045』の編集担当、編書に『野球SF傑作選 ベストナイン2024』(Kaguya Books)。
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