ゴブリンスレイヤー:自我の物語と関係性の物語 | VG+ (バゴプラ)

ゴブリンスレイヤー:自我の物語と関係性の物語

via: 『ゴブリンスレイヤー』公式サイト ©蝸牛くも・SBクリエイティブ/ゴブリンスレイヤー製作委員会

RPGの醍醐味と『ゴブリンスレイヤー』の特殊性

RPGから得られる喜び

RPGの醍醐味の一つは、主人公の経験値がたまり、レベルアップする体験を味わえることだが、そのことは人間が自我を物語として理解することと深いところでつながっている。「私はこう生きてきて、いまはこういう状況にいて、こうなりたい」―人間は自分がどういう存在なのかを、物語のかたちで把握する生き物なのである。主人公の物語に自分の物語を重ねる可能性、あるいは現実では経験不可能な物語を追体験する可能性、RPGの喜びは端的にここにある。

RPGから着想をえているアニメーションは多くあるが、その一つである『ゴブリンスレイヤー』(2018)は二つの点で変わっている。

主人公のゴブリンスレイヤーは、はじめから強い。

主人公のゴブリンスレイヤーは、ラスボス(魔神王)ではなく、ザコ(ゴブリン)を相手にしている。

ふつう、RPGの主人公はレベル1からはじまり、少しずつレベルを上げて強力なスキルや魔法を習得し(レベル上げはなんてきついのだろう)、レアな武器と防具をそろえることで(高価なものではない、あくまでもレアなものだ)、そのつど強くなる敵に対処していく。レベル上げの苦しみとレアな武器と防具を探す努力、その二つはラスボスを倒した瞬間にはじめて報われるだろう(もちろん、その次にはどれだけ低いレベルと軟弱な装備でラスボスを倒せるかの戦いが待っているが)。ひとことで言って、「成長」。これがRPGの醍醐味であり、自我の物語が共鳴する根拠でもある。

“ラスボス”を目指さないゴブリンスレイヤー

しかし、ゴブリンスレイヤーは、はじめからある程度強く、ラスボスを倒すことを目指していない。ギルドにくる上級者向けの依頼には目もくれず、ひたすらゴブリンを殲滅することだけを考えている。それまでにゴブリンを倒し続けることで、一定のレベルには到達しているものの、そのすべてはゴブリンを倒すために使われるという、終わらない円環を生きているのだ。あえて『ポケモン』で言えば、コラッタだけを目の敵にしてひたすら殺し続けるようなものだろうか。一体、それのどこに感情移入するのか……。

『ゴブリンスレイヤー』が提示した物語

“ラスボス”というロマンを越えて

私が『ゴブリンスレイヤー』から受け取った感動の中心はこうだ――自分で決めたり、挫折したり、逃げたりして、とにかくたどり着いてしまった場所で、一生懸命に仕事をこなしていれば、誰かがきっと助けてくれる、そして、その仕事はラスボスを倒すような仕事ではなくてもよいのだ、と。

子供のころ、誰もがみな勇者になり、ラスボスを倒したいという自己ロマンを育む。しかし、特別な才能がないかぎり、そんなことは夢物語であることを思い知らされる。また、子供のころには分からなかった、自分が抱える重荷も意識されたりするだろう。その重荷は、場合によっては取り返しのつかない重荷であることもある(たとえば、『あの花』を思い出してほしい)。そういうとき、私たちは挫折し、夢を諦めるか、果てない夢を追い続けるのが大事なのだ、とか言って自分を慰める。だがほとんどの場合、どちらも役に立たない。なぜなら、どちらも現実の自分に向き合うことをやめてしまい、等身大の私をスポイルしてしまうからだ(“一流”は違うかもしれないが)。

ゴブリンスレイヤーもまた心に深い傷を持つ。ギルドのほかの冒険者に馬鹿にされながらも、彼がゴブリンにこだわる理由は、その傷に関係している。その傷の深さがゴブリンに対する執念の源泉である。だから、ゴブリンに関係する討伐であれば、報酬がほとんどなくても何でも引き受ける。ここで興味深いのは、ゴブリンスレイヤーがゴブリンを倒す過程で、現実に助けられている人々がいることだ。魔神王を倒す勇者は世界を救う、ゴブリンスレイヤーは村を救う、のである。

描き出されたのは「関係性の物語」

しかし、ゴブリンを殺すためのあらゆる策略を熟知している彼にも、対処できない数のゴブリンの群れが、彼と幼馴染が暮らす牧場に襲来することを物語の最後に知る。しかも、その群れはゴブリンロード(ゴブリンの王様)に率いられている。ゴブリンスレイヤーは幼馴染を逃がそうとするが、彼女は拒否する。そこはかつて故郷を喪失したゴブリンスレイヤーの“居場所”であり、彼女の“生活”の糧のすべてだからだ。彼はギルドのメンバーに頭を下げに行くが……続きはぜひ本編を見てほしい。

孤高の奇人ゴブリンスレイヤーもまた、関係性のなかを生きている。『ゴブリンスレイヤー』は「自我の物語」ではなく、自我の欲望が挫折した後の「関係性の物語」なのだ。「自我の物語」から見れば、ゴブリンスレイヤーは無意味な循環を生きているが、「関係性の物語」から見た場合、この作品は現代に生きる者の生の範型の一つを示唆している。成長しなくても、ラスボスを倒せなくても、さまざまな関係性で人間は生かされる。そして、ゴブリンスレイヤーの倫理と、その倫理に対する彼の誠実さが、“よい”関係性を作り出すのだ。

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岩内 章太郎 (いわうち しょうたろう)

大学、大学院で哲学、文学、社会学を学ぶ。博士。 哲学的観点でのアニメーションの分析を続ける。

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