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『ペンギン・ハイウェイ』を観た少年少女たちは、『惑星ソラリス』に辿り着く

『ペンギン・ハイウェイ』から『惑星ソラリス』へ

子どもから大人まで楽しめる作品に

スタジオコロリドが贈る『ペンギン・ハイウェイ』が、8月17日に公開された。日本SF大賞を受賞した森見登美彦の同名小説を、スタジオコロリドと石田祐康監督がアニメ映画化。30歳の石田監督にとっては長編デビュー作となったが、ここまでの評価は上々と言えるのではないだろうか。大人も楽しめるSFミステリーでありながら、子ども達にとってはワクワクが止まらない正統派ジュブナイル作品に仕上がった。スタジオコロリドの新井陽次郎がデザインを手がけたキャラクター達が、爽快な物語を彩っている。

背景には名作SFの『惑星ソラリス』

だが、SFファンの心をも揺さぶってくるのが、『ペンギン・ハイウェイ』の凄いところだ。物語の中心に据えられた謎の球体<海>の設定は、ソ連のSF作品『惑星ソラリス』をモチーフにしたもの。もちろん、この設定は映画オリジナルのものではなく、森見登美彦の原作小説でも強く意識されていた部分だ。だが、今回アニメ映画というメディア(それも「夏休み映画」というコンテンツ)で映像化されたことで、多くの子ども達がこの設定に触れることになった。『ペンギン・ハイウェイ』と『惑星ソラリス』という二つの作品に込められたメッセージがいつか交差し、未来のSF作家、SFファン、科学者達を生み出すことになるだろう。今回は、『ペンギン・ハイウェイ』とその土台となった『惑星ソラリス』の物語に込められた、あるメッセージを紐解いていく。

—以下の内容は、物語の核心に関わる重要なネタバレを含みます—

 

「未知の存在との遭遇」を描いた両作

『ペンギン・ハイウェイ』が描いた“謎”

『ペンギン・ハイウェイ』で描かれているのは、主人公のアオヤマ君と、彼が憧れるお姉さん、そして突然街に現れたペンギンの謎を巡る物語だ。ペンギンの謎を追う途中、アオヤマ君は、<海>と呼ばれる未知の球体と出会う。<海>とペンギンを巡る謎は次第に交差し、少年少女の恋心や大人達のエゴを巻き込みながら、アオヤマ君は”お姉さん”の正体へと近づいていく——。
こうしたプロットの中で、「未知なる存在との遭遇」を子どもの目線から描き、謎を見つけることと、それを解き明かそうとするプロセスの純粋な”楽しさ”が描き出される。「科学の子」と呼ばれる小学4年生のアオヤマ君は、科学で解明できることと、出来ないことの境界線に対する認識が曖昧なまま、好奇心に突き動かされていく。アオヤマ君の父親が、「謎を解くこと」ではなく、「謎を見つけること」に対して“報酬”を与える姿も印象的だ。つまり、アオヤマ君の立場からは、“謎”は総じて「ポジティブなもの」として描かれているのだ。

『惑星ソラリス』の哲学的思索

そして、同作のベースとなったのは、ポーランドのSF作家であるスタニスワフ・レムによるSF小説『ソラリスの陽のもとに』(1961)。広く知られているのは、ソ連のアンドレイ・タルコフスキー監督による実写化映画『惑星ソラリス』(1972)だろう。2002年にもハリウッド映画化されているが、作品のテーマが少し異なる。タルコフスキー監督版の『惑星ソラリス』では、「思考の無限性」や「未知なるものへの向き合い方」など、様々な哲学的思索が作品のメッセージとして込められている。
地球外生命体である惑星ソラリスを覆う<海>は、人間の心の中にあるネガティブな記憶を実体化する力を持っている。主人公のクリス・ケルビンは、この惑星の調査を行なっている観測ステーションに派遣される。ケルビンは、過去に自らが自殺に追い込んだ恋人・ハリーとの再会など、ソラリスが生み出す不思議な現象に遭遇していく。『惑星ソラリス』の本編は165分にも及び、“謎”に対する議論を積み重ねる、重苦しい展開が続く。だが、こうした重厚な世界観に触れ、哲学的思索に「目覚めた」視聴者は少なくないだろう。

両作が交差する場所

意外なところにオマージュが

『ペンギン・ハイウェイ』には、<海>という直接的な命名の他にも、『惑星ソラリス』を意識したキーワードが登場する。物語の序盤、歯科院でアオヤマ君がいじめっ子のスズキ君に話しかけるシーン。ここでアオヤマ君はスズキ君に対して、「君はスタニスワフ症候群だ」と脅しをかけるのだが、この病名は、「ソラリス」の原作者であるスタニスワフ・レムの名前をとったものだ。「ソラリス」への愛情が感じられるシーンである。

懸命に生きることを決意したアオヤマ君

両作に共通するテーマは、未知の存在と出会った時、人間はどうするか、というものである。『ペンギン・ハイウェイ』では、いじめっ子のスズキ君が未知のものに対して、「つまんねー」という言葉で拒絶反応を示し、内気なウチダ君は防衛本能から恐怖心を露わにする。アオヤマ君、ウチダ君と<海>の研究を進めていたハマモトさんは、未だ誰も解き明かせていない<海>の研究成果を自分たちだけのものにしようとし、研究に夢中になった大人達は<海>に飲み込まれていく。しかし、アオヤマ君は未知の存在に対して真摯に向き合い、一つずつ謎を解明していく。物語の最後には、“お姉さん”という「未知の存在」と再会するその日を目指し、大人になるまでの3,748日を、懸命に生きていくことを決意する。

負い目を背負ったケルビンの苦悩

一方、『惑星ソラリス』では、“大人達”が、ソラリスという未知の存在に翻弄される。ソラリスは人間の鏡のような存在であり、人間の愚かさをそのまま実体化してしまう。ソラリスは人間の思考を映し出し、人間は自らの思考に縛られる。子どもとは違い、過去の経験から痛みや引け目を負っている大人達は、ソラリス自体というよりも、自分たちの心の中にある“負い目”との闘いを強いられるのだ。このような経験と葛藤を経た主人公のケルビンは、物語の最後には惑星ソラリスに降り立ち、自らの記憶から実体化された自分の家での生活を選ぶ。「かつての静けさ」に安住し、「きっと全てが元に戻る」という可能性に懸けるのだ。そして、家の中にはソラリスが実体化したケルビンの父親がおり、彼は父親にすがりついてエンディングを迎える——お姉さんとの別れに際して「僕は泣かないのです」と強がったアオヤマ君とは対照的に。

『惑星ソラリス』を越えて

「立派な大人」に

やはり、『惑星ソラリス』は「大人の物語」である。誰もが抱える弱さや苦悩、人間の愚かさと、それを暴き出す「未知なる存在」との向き合い方を描いている。一方で、『ペンギン・ハイウェイ』は、子どもの頃、誰もが持っていたであろう純粋な好奇心や、誰かを守りたいという想いを、「未知なる存在」と向き合う過程で描き出した。そして、小学4年生にしてこうした経験を経たアオヤマ君は、お姉さんとの再会を果たすまでに、「立派な大人」になることを決意する。私たちがアオヤマ君のように生きることができたなら、『惑星ソラリス』にも異なるエンディングをもたらすことができるのでは、と期待を抱かせてくれるのだ。

「ペンギン・ハイウェイ」はどこに続いているのか

この夏、劇場で『ペンギン・ハイウェイ』を観た子ども達が中高生になる頃、『惑星ソラリス』を目にする日が来るだろう。例え今は「SF」という言葉を意識していなかったとしても、『ペンギン・ハイウェイ』で得た「不思議なものへの好奇心」は、未知の存在と、それに向き合う心を問う『惑星ソラリス』という作品へと続いているはずだ。<海>の正体を知るために、「スタニスワフ症候群」の語源を調べる中で、或いは偶然に、このソ連の名作映画と出会うことになる。
だが、彼女ら/彼らは『惑星ソラリス』に辿り着くだけではないだろう。どこか諦観の漂う『惑星ソラリス』のエンディングシーンに対し、それを乗り越えてゆく為のヒントを、『ペンギン・ハイウェイ』は教えてくれたのだから。「ペンギン・ハイウェイ」とは、「ペンギンが、海から陸に上がるために決まって辿るルート」のことだが、それは同時に、『惑星ソラリス』を越えていく為の道なのかもしれない。

『ペンギン・ハイウェイ』に、「謎の魅力。大人のズルさ」を感じたとは、主題歌の「Good Night」を提供した宇多田ヒカル談。「謎解きは終わらない」——エンディングロールでこう歌う宇多田ヒカルの声を胸に、子ども達は、未来の科学者や次世代のSFクリエイターに育っていくのだろう。

『ペンギン・ハイウェイ』は、8月17日より全国で公開中。

『ペンギン・ハイウェイ』公式サイト

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via: 『ペンギン・ハイウェイ』公式サイト©2018 森見登美彦・KADOKAWA「ペンギン・ハイウェイ」製作委員会

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