七夕 | VG+ (バゴプラ)

七夕

「七夕」

私たちは死なないし、年をとるのもゆっくりだから、去年の浴衣が今年もぴったり。

浴衣は水色の向こうに薄黄色の光が透過する生地で、次々と浮かぶ波紋の下を赤い金魚が泳いでいる。背中で大きなリボン結びになったヘコ帯は、赤とオレンジの二枚重ねで、私が鏡で見ようとするたびにフワフワ揺れる。

「ちょっと、じっとして」

上の方だけお団子にした髪の毛に赤と水色のふさ飾りをつけて、お母さんが頷く。

「ん、姫が出来た」

今夜は七夕の星祭り。去年まで、子どもだけで行くのを禁止されていたけれど、今年はお向かいのむぎちゃんと二人で回る約束だ。

玄関を出ると、むぎちゃんもおばあちゃんと一緒に通りに出て来たところだった。

むぎちゃんの浴衣には桜が満開で、ピンク色の花びらが浴衣の外にまでチラチラ舞い落ちている。

「わあ、かわいい」

私は花びらをつかまえる。むぎちゃんはこれも花なんだよって後ろを向いて、大きな牡丹のような帯を見せてくれる。

「二人ともお姫様みたいだねえ」

むぎちゃんのおばあちゃんは眼鏡をかけて、古い携帯で私たちを撮る。インプラントで目を強化している私たちは、眼鏡無しでも拡張現実が見れるし、見たものを記録したり、シェアしたりできる。強化しないと不便だと思うのだけど、おばあちゃんは余計な手術はしたくないらしい。

あちこちの屋根の上では、透き通った藁色の七夕馬が跳ねまわり、星が出るのを待っている。家々の前には、蓮の花形の提灯やくるくると絵が変わる回り燈籠の灯りがともり、夕方の光にちょっとだけ色と輝きを足している。シンプルな炎だけのお家も多くて、道がまるで火事だけど、みんな拡張だから大丈夫。火や提灯は、ご先祖さまをお盆に迎えるための目印だ。ここですよ。間違えないで帰って来てくださいねって、遠い昔に死んでしまった人々に呼びかけている。どこかで本物の火を燃しているのか、少し煙たい匂いがする。

大通りには竹がニョキニョキ生えて、大きな吹き流しがいっぱいだ。丸いくす玉からいろんな色のリボンが垂れて、波になってうねる。

私たちは虹の中を泳ぐように進む。浴衣を着た人、普通の服の人、お面をつけた人もいる。すぐそばを折り鶴の大群が追い越していく。遠くにブラスバンドの音が聞こえる。警備の帽子をかぶった二次元の星が「スリに気をつけてください」って叫んでる。

「……ラリーに参加しませんか? 賞品もありますよー」

気がつくと手に小さな笹の枝を持たされていた。本部テントの中で着ぐるみのカササギがニコニコしながら、まずは短冊を書いてと言う。

青、赤、黄、白、黒

それぞれの色に意味がある。むぎちゃんは赤いのに「おばあちゃんが長生きしますように」って書いた。私はちょっと迷ったけど青にした。青ならこれがいいよって、カササギが貸してくれたグリッターペンで「ずっと子どもでいられますように」と書く。初めは銀色の文字が、だんだんペパーミントグリーンに変わる。笹の枝に器用に短冊を吊るしながらカササギが説明する。

「お祭り会場のどこかに、紙衣、折り鶴、巾着、投網、くず籠、吹き流しの六つの飾りが作れるテントがあるから全部揃えてね。それと、毎年スリが出るから気をつけて」

私たちはカササギに手を振って、また歩き始める。

「喉渇いたね」

「かき氷食べたいね」

チョコバナナ、焼きそば、アストロ占い、風船、かき氷

たくさん並んだ屋台の中に、かき氷屋さんをみつけて列に並ぶ。むぎちゃんはレモン。私はイチゴ。かき氷の後、金星飴も食べたから、もうお腹はいっぱいだ。でもチュロスもクレープも食べたい。折り鶴のテントがあった。

「一羽でいいよ。本当は家族の中のお年寄りの数だけ鶴を折るんだけど、最近はお年寄りの定義が難しいから」

鶴のお面をつけた女の人がそう言って、折り方を教えてくれる。鶴は長生きなので、折り鶴を飾って長寿を願う。でも今は、酷い病気や怪我をしないかぎり、みんな好きなだけ生きていられるから、鶴より人間の方が何倍も長生きだ。

巾着、吹き流しのテントもすぐそばだった。巾着は昔のお金を入れる袋で、一生お金に困らないよう願うもの。吹き流しは織姫が機織りに使う糸。お裁縫が上手になるよう願うもの。どっちも昔の人には大切なことだった。空は暗くなってきて、屋台の灯りが目立ち始める。

とうもろこし、ヨーヨー釣り、お好み焼き、コメットチュロス、アクセサリー

何かお揃いにしようって相談して、アクセサリー屋さんで色違いのブレスレットを買う。むぎちゃんはローズクオーツ。私はアメシスト。どっちも本物じゃないけどキラキラしている。屋台のお姉さんは私たちの浴衣をほめてくれた。むぎちゃんの桜はすっかり散って、いつの間にか紫陽花が咲いている。私の金魚は白い小鳥に変わって梨の木の上を飛び回る。

射的、ピーマンもち、銀河クレープ、くじ、ビッグバン花火

花火屋さんにはいろんな見本が並んで爆発してるみたいだ。これももちろん偽物で、煙も出ないし危なくもない。彗星花火を一本ずつ買って端をパキッと折ると、途端に火花が吹き出して、熱くないってわかってるのに思わず手を引っ込めてしまう。次々に色を変える炎に目が慣れると、夜空は真っ暗になる。

投網とくず籠のテントは花火屋さんの隣だった。二つはほとんど同じ作り方で、最後に吊るす時の向きが逆なだけ。投網は大漁を、くず籠は倹約を願う。

「本当は余った切りくずを入れるんだけど、無いから代わりに星くずね」

教えてくれた鷲のお面のお兄さんが、金紙と銀紙の小さな星をくず籠に入れてくれる。

「あと残ってるのは……紙衣だけか。もっとあっちの方だよ」

お兄さんは私たちに視界をシェアして、マークをつける。

「もうすぐ花火が始まるから急いだ方がいい」

紙衣のテントにはアヒルのお面をつけた人がいて、私には金魚、むぎちゃんには桜の柄の折り紙をくれた。説明を聞きながら折り、帯も貼り付けると、私たちの浴衣の最初の模様にそっくりな小さな着物が出来た。今、私の浴衣には蝶々が舞い、むぎちゃんのには向日葵が咲いてるけど。

「よくできました。これを持ってまた本部に行ってごらん」

飾りの揃った笹を持って、私たちはテントを出る。

「今のアヒルさん、むぎちゃんのおばあちゃんじゃなかった?」

「うん、町内会の係なんだって」と、むぎちゃんは笑って言った。

「あれ、アヒルじゃなくて白鳥だよ」

「花火が始まります、花火が始まります」

星の警備員たちが口々に叫ぶ。

「大通り南側の親水公園に移動してください」

その前に本部に寄らなくちゃ。私たちはもと来た方へと駆け出す。太鼓たちを追い抜いた途端、花束を抱えた男の子とぶつかりそうになったけど、謝る前に人混みに紛れてしまった。本部の前でカササギが早く早くと手招きをしている。

「おめでとう。七つ全部揃ったね」

カササギは参加賞の卵をくれた。拡張現実で、薄緑色で、黒い斑点模様がある。

「手に持って温めているとヒナが孵るよ。……それはそうと、君たちスリにやられたね」

カササギの翼で指されて、私たちはびっくりする。私もむぎちゃんも浴衣の模様が消えている。

「いつの間に?」「あ、さっきの男の子?」

「ごめんね、商店街にもう何十年も住んでる子なんだ。いい子だけど悪戯好きでね。でも大丈夫、きっとすぐに返してくれるから。さ、それよりも早く花火を見に行きなさい」

早く早くと急かされて、私たちは親水公園に向かう。明るい大通りと比べると、公園はとても暗いので、何度か瞬きして目を合わせる。川べりの階段状になったところに大勢の人が座っている。私たちも空いた場所をみつけて腰を下ろす。

川の上に広がる空には、星があんまりたくさんで、星座の見分けがつかないくらいだ。モヤモヤした天の川の暗い裂け目から、宇宙が真っ二つに割れそうに見える。笛が静かに鳴り始め、空をスクリーンに七夕のお話が始まる。

昔むかし、天の川の岸辺に織姫という天帝の娘がいました。織姫は機織りが大変上手で、来る日も来る日も神々の着物に使う美しい布を織っていました……

昔、中国から伝わった織女・牽牛伝説は、少し形を変えてこの国に根付いた。働き者の織姫と彦星は、結婚した途端怠け者になってしまう。怒った天帝は二人を天の川の両岸に引き離し、年に一度、七月七日の夜にだけ会うことを許す。

一年にたったの一度でも、星の一生は気が遠くなるくらい長いから、二人が一緒に過ごす時間を積み重ねれば、何千年にも何万年にもなるはずだ。

……というわけで、毎年七夕の夜には織姫と彦星が会えるよう、親切なカササギたちが天の川に橋をかけてあげるのです。

お話が終わると同時に、持っていた卵にヒビが入って、カササギのヒナが顔を出した。

ヒナはあっという間に大きくなって、一声鳴くと、青白く輝く翼を広げて舞い上がった。あっちでもこっちでも、子どもたちの手の中で卵が孵り、空がカササギでいっぱいになる。川を渡って来る風が少し冷たくて、私たちは卵が消えて空いた手をつなぎ、銀河に橋がかかるのを見る。

「いつまでも生きるってどんな感じかな?」

私はむぎちゃんに聞いてみる。

「わかんない。私はおばあちゃんが死ぬのが怖い」

むぎちゃんのおばあちゃんは、本当はむぎちゃんのお母さんだ。むぎちゃんが生まれた時、もうおばあちゃんにしか見えない年齢だったから、孫としてむぎちゃんを育てたのだ。

カササギたちが天の彼方に飛び去ると、最初の花火が打ち上がった。空いっぱいに無数の白い花が咲き、色とりどりの雨となって地上に降り注ぐ。どこかで笑い声がして、金魚に桜、小鳥、紫陽花、蝶々、向日葵……それから、ありとあらゆる綺麗なものが落ちてきて、私たちの浴衣を不思議な模様に染めた。

 

 

 

 

白川小六

カクヨムで小説を書いています。第七回日経「星新一賞」グランプリ/BFC2準優勝 KADOKAWA「5分で読書」シリーズ「扉の向こうは不思議な世界」「意味が分かると世界が変わる、学校の15の秘密」にも短編が収録されています。 本業はグラフィックデザイナー。 「ころく」は子どもの頃家にいた犬の名前。

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