ヒュー/マニアック | VG+ (バゴプラ)

ヒュー/マニアック

「ヒュー/マニアック」

「診断を、お願いしたいのだけど」

来客があった。新規の「顧客」は頭のてっぺんからすっぽりとケープを被っている。その実態は杳として覗えないが、問題はない。仕事柄、特殊な客には慣れていた。

「どうぞ。こちらへ」

私は来訪者を診断室へ通す。天井に埋め込まれた照明は限りなく自然光のそれと近くなるように調整されていて、白く清潔な光を四隅に落としている。「ヴェトロ」と名乗ったその顧客は勧めた椅子に腰かけながら、落ち着かないふうに辺りをきょろきょろと見渡して「こういう場所、じつは初めてなんだけど……」

「ご心配には及びません。私は星連から認可されたライセンスを持つれっきとしたプロフェッショナルですし、きっと診断結果にもご満足いただけると思いますよ」

偏光グラスの下でスマートな笑みを浮かべながら、私はさりげなく顧客を観察する。声色や身振り手振りからは心身の不調や不備の形跡は見当たらなかった。当たり前だ。当クリニックではその手の医療処置を一切行わないし、そもそも持ち込まれても困る。対処できないからだ。

「この手の『診断』を受けるのは……やっぱり、変わったヒトが多いのかな?」

ヴェトロは落ち着かないようすで肩を浮かせて、私は事もなげにふっと笑みを溢す。この程度のことなら、実際なんでもなくて「いえ、至極ありふれた、普通の欲求だと思います」

アイスブレイクもそこそこに私は仕事道具を、顧客の膚に合わせるための百種類を超える色とりどりのカラードレープを机に並べて〈診断〉の準備を始める。私の仕事である〈パーソナルカラー診断〉の。

もとはどこぞの未開惑星で発祥したレトロスペクティブな感性学の一種らしい。その実態は当人の身体性に調和する色彩を見出すことを目的とするシンプル極まりないものだが、それだけ自分の瞳や肌、髪や触手、感覚器、その他もろもろの器官の色合いについて自身で判断できない人々が多い証左でもある。

「さっそく始めていきましょうか」と私は紙端末をヴェトロに手渡して「それではまず、こちらの診断書への記入をお願いします」

「随分と、項目が多いんだね」

端末に目を滑らせながら、ヴェトロは唖然と背中を丸めて……驚くのも無理はない。記載項目は枚挙に暇なく、個人の資質のみならず住環境に関する項目がシートを埋め尽くしているからだ。

「大まかでいいので、わかればお住いの地表上にある恒星……もしくは光源と、大気の性質も」

もちろん本人自身の資質もあるが、診断内容は環境面も大いに左右される。光源が真っ赤だと同系色は吸収されてしまうし補色はハレーションを引き起こしてしまう。さらに大気の性質によっては光が減衰したり回折したりすることも大いにありえ……畢竟、診断においては非常に肝要な要素といえた。そうして記載された診断書のデータを親機に流し込んだ後、私はさらに口頭で塩梅を聞きながら、照明の明度と彩度を手作業で微調整して、

「くにの座標はわかってるから、直接反映させたほうがよくない?」

「いえ、私は感覚派なので」

さて、ここから先は腕の見せ所だ。先のカラードレープを顧客の膚に直接押し当て、生じる調和と質感を検分することになる。てっとり早くアプリケーションを用いる業者も珍しくないが、私はこの前時代的なやり方を採択している。人一倍、自分の感覚を信奉しているからだ。

「それでは腕か、それに類する器官を出してください」

「きっとボク、先生を困らせてしまうと思うんだ。なにせ、普通じゃないからね?」

「ノープロブレムです。変化球には慣れっこですから」

「これをみても、そんな軽口叩ける?」

ヴェトロはそう言って、ケープの生地を二の腕の辺りまでするりと捲り上げ……そこから露出したものを目の当たりにするなり、私は素朴に「あれま」と間の抜けた声を漏らしてしまう。私にだってそれなりに経験はある。関節がない軟体生物だろうが全身外骨格だろうが、色が乗る局面があるのならいくらでも診断してみせる。その程度の矜持はあるつもりだったのだけど……問題は、顧客にはまるで「色」が無かったことだ。

ガラスのように透き通った輪郭線が、外界とはわずかに溶けきれない最後の一線のみがそこにぼんやりと浮遊して、その真下にある血管や神経系、骨格の連なりだけが標本のようにそこに在った。

「ご覧の通り。どんな服でもメイクでも、そこだけ浮いて『宙ぶらりん』になっちゃうのさ。……こんな体質の人種を相手にするのだもの。ぶっちゃけ面倒、だと思ってるでしょ?」

反射的に私は「それは、まぁ」と正直に答えてしまい「いえ、失礼しました。弁明させてください。そういう意味じゃなくて……」

「わざわざ取り繕わなくても結構。奇異の目で見られるの、慣れてるから」

「じゃなくて、私が言いたかったことは、どんなお客さん相手だって、相応に苦労するということで……」目元のグラスを押し上げながら、私は必死に弁明して「私の仕事は飽くまでも『お客さまに似合う色』を見繕うことです」

「限りなく透明に近い色に、そんなものあるのかな?」

「こんな場所に足を運ぶくらいですし……そもそも併せたい色や、イメージがあるんじゃないですか?」

むしろそっちのほうが核心だった。

「なにか叶えたい欲求があるから、わざわざここまで足を運んだのでは? 差し支えなければ、お手伝いさせてください。その願望を、実現するための……」

しばし顧客は押し黙り、逡巡するように透明な指先を擦り合わせていたが「生まれてこの方、この色に対して不満を持ったことはなかったんだけど、ね」

やがて観念するように頭を振って、ぽつぽつと語り出す。

「……最近、仲のいい友人ができてさ。それで旅行の約束をして、おそろいの服を買おうって話になって……でも、ボクは『こんなん』だからさ。おたく、色のプロなんでしょ? なんとかならないかな?」

なるほど。そうとなれば、話は早い。

「お任せください。私はプロです」と偉そうに啖呵を切ってみたものの、実際に期待に沿えるかは悩ましいところだ。透明色の膚は広義のブルーベースに含まれるだろうか? 投薬によって一時的に筋肉に色素を定着させる方法もあるが……なぞと思考した挙句、ふいに閃く。簡単なことだ。前提条件を多少変えてやることにする。

「局所的な解法なんですけど、ただ今回のご要望には添えるかと……」私は再び照明調整用のコンソールに取りついて「旅行先はもう決まっています?」

「いや、まだだけど……」

「だったら私たちの主系列星外の、G型系外惑星なら……」

色彩とは、あくまでも光源から投じられる可視光線の波長とそれを跳ね返す物体の反射光、もしくは透過光による相互作用から生じる知覚に過ぎない。つまり大元となる光源の性質が違う場所なら、可視化される色合いも相応に変異することになるはずで……私は記憶の中から条件に合致する星系の環境を呼び出し、照明を調整する。操作に応じて照明は淡く変調して──これだ。私の指先は欲していた「正解」を引き当てて、F型主系列星を光源とするリゾートがあった。

「ここだと青色光子の影響が強いので、上手くいくはず……!」

果たして、顧客のケープの先に出現したのはほっそりとした青白い腕だった。透過されることなく反射した光が新しい色彩を引き連れて、私たちの前に現出したのだ。

「へぇ、悪くないじゃん」

ヴェトロは色づいた膚の色に指を重ねて、多少変質しているものの、紛れもなく本人の中から滲み出た色彩に他ならない。

「助かったよ。これならなんとかなりそうだ。たぶん、友だちも喜んでくれると思う」

「しかしこれは短絡的な解法で……私の仕事は、お客様に調和する『色』を見つけることです」

私は切り出す。一番大切なことを。

「お客様の本来の色でも、十分に素敵な色だと思いますし、きっと似合う色もあります。必ず見つけてみせます。なによりも……ご友人に確かめられました? 相談しました? 悩んでることを……」

調和する色を見つけることが私の仕事の本質で、それは色と色の色相差から生じる。そう、つまるところ「兼ね合い」だ。それ単体で完結し、独立して成り立つ色がないように、調和する色彩は必ず存在して──どんな色だって、導き出してみせる。その程度のプライドは持っているつもりだった。

「いや、まだだけど……」

だったら、答えは決まりだ。

「でしたら色合わせがありますので、よかったら今度はご友人も連れて来てくださいね。みんなで話し合って、納得できる答えを出しましょう」

私はグラスの下で静かに微笑む。適した色を見つけるくらいならアプリでも可能で、その先に在る顧客が望む未来の色彩を導き出すことに、私の仕事の意義があるのだ。

ひと仕事終え、私はテラスで一息ついていた。

陽光が過ぎ去ったあと、街に灯る無数の光を感じながら目元を覆うグラスを外す。眉間のあたりに指先を押し当て、しばらくそこにある滑らかな触覚を楽しんでいた。私には他種族における「眼球」にあたる器官がない。その代わり、可視光から生じるスペクトルや色相差を体感覚として知覚する非常に鋭敏な身体性を有していた。

私には色を視認することができない。しかしそれで一喜一憂する人々を好ましく思う。

だって可憐じゃないか。

心理物理量に起因する知覚と刺激を在るものとして取り交わすなんて。その共犯関係にも似た心許ない同意を、感覚質の差異が引き起こす奇跡を、ともすれば、たやすく変色や退色してしまう色彩に心を寄せる熱中狂たちを。よりよく他者や世界に触れ合おうとする、位相が織りなす鮮やかなる営みを──私は、愛おしく思うのだ。

「あの、診断してくれるって聞いたんですけど……」

存在しない視界の外から物憂げな気配を滲ませながら、来客があった。

「どうぞ奥へ。お客様にお似合いの色を見繕いますよ」

再びグラスをかけ直し、私はその声色がさすほうへ歩いていった。

 

 

 

 

水町綜

福岡出身。昼ごはんと夜ごはんなどを好んで食したり女児向けアニメーション作品をサイバーパンクと言い張るなど、その猟奇的な活動は多岐にわたる。

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