先行公開日:2022.6.30 一般公開日:2022.7.30
R.B.レンバーグ「砂漠のガラス細工と雪国の宝石」
原題:The Desert Glassmaker and the Jeweler of Berevyar
翻訳:岸谷薄荷
8,667字
どこか知らないところにいるマルさん、
5日ほど前、あなたの作った小さなガラス細工を購入しました。手にすっぽり収まるサイズの、燃え上がるような色をした雫型の小壜です。商人は「魔法の砂漠から来たガラスだよ」と言っていました。マルさんたちの魔法の力で、砂漠の砂から作られるんですってね。この小壜は私に語りかけて……語るというか、歌って聴かせてくれます。オレンジ色とラピスラズリのような群青に浸される、夜明けのことを。壜を手に持っていると、ガラスの歌声は私の家の重苦しい木の天井に反響して共鳴し、広がり、手のひらの外側へとその姿を現します。
きっと、あなたのところの空とこちらの空は、全然違うんでしょうね。北国の全然知らない人からの手紙は、このくらいにしておきますね。こんな手紙を書いたのは初めてなのだけれど、ビルハ・オレグにいる、流浪するカーナの商人たちに、この手紙をマルさんに届けてもらえるよう頼みます。私が作った、小さなプレゼントもつけました。届くまでに少なくとも6ヶ月はかかると思うのですが、それでも、マルさんがお元気に過ごされていますように。
本当にありがとうございます。
ストロムハ地方、ベレヴヤールのヴァドレイより
ヴァドレイさん、
「ありがとう」なんて、嬉しい限りです。でも、あの小壜は本当につまらないものなのです。砂漠を散歩しているときになんとなく作っている、どうでもいい、平凡なもの……布とか、固めた蜂蜜とかと交換してもらうのにはぴったりだけど、それ以上に素敵なものではないの。ヴァドレイさんはどの壜を買ったんでしょう。全然わからないな。芸術的センスがなくて恥ずかしいから、他の人にあげちゃったりはしないでね。
あなたが送ってくれたものの方は、「つまらないもの」なんかじゃありませんでした。深いふかい青の宝石、これはサファイアですね。小さいけれど、息をするのを忘れてしまうほどに素敵。顔に近づけてよく見てみると、なんだか金色のぎざぎざした形が石の奥の方から立ちのぼってきて、目の中に飛び込んできます。地中深くから、ヴァドレイさんの町にある冷たく澄んだ水源(そんなもの今まで想像するきっかけすらなかったけど)から、木が育っていくのを見ているみたい。ひかり輝く木々が、苗木から樹齢100年の威厳を湛えるようになるまで。それから、その木々は宝石の中の夕暮れにとけて消えていきます。いくら見ていても飽きません。
ねえ、ヴァドレイさん、訊いてみたいことが山ほどあります。あなたはほんとうに、こんなに豊かな水に囲まれた、木々のあるところに住んでいるの? 寒くはない? こっちの砂漠を転がってる聖なる回転草が砂漠の守り人に話しかけるみたいに、木々もあなたに話しかけたりする? もしそうなら、木々はどんなことを言っているの? じつはね、カーナの商人からお手紙とこの宝石を受け取ってから、毎晩夜更かしして、ときには寝るのも忘れて、木々が生まれてから消えていくまでをずっと眺めているのです。まだまだ訊きたいことは色々あるし、立ち入ったことも訊きたいかも。答えてもらえると嬉しいのだけど……もし答える気にならなくても、少なくともこのお手紙を面白いと思ってもらえるといいな。砂漠をわたっているときにみつけた原石をいくつか送ります。夜明けのピンク色をしている方がトルマリンで、もう一つはエメラルド。好きなように使ってください。
もう他人じゃないよね?
大ブリー砂漠、マイヴァートのマル
マルさん、
ああ、カーナの商人があなたからのお返事を持ってくるまでまる1年かかったけれど、色々訊ねてくれて本当に嬉しかったです。ええ、木々は話しますよ。冬の霜の中では咆哮みたいに聞こえる言葉で。いつ聞いても違うふうに聞こえる、複雑でややこしい言葉です。秋には陽が枝の葉に降りそそぎ、ほとばしる光で輝かせます。どんな季節でも、木々はゆっくりと話すんですよ。ときどき、オークの木立で足を止めます。片足立ちになって腕を空に向かって広げ、宵闇の中、枝の間を星たちがゆっくりと動いていくのを感じながら、木々と一緒に揺れてみます。姉のガウラもよくこのお散歩についてきてくれます。姉は喧嘩っ早くて、私のそんな振る舞いを笑いそうな人に睨みをきかせているんです。まあ、ひとりで行ったって、笑う人なんて誰もいないんですけどね。
言葉がぎこちなくなって、出てこなくなっているので、このへんにしておきます。かわりに、一緒にエメラルドを返送させてください。こんなに大きな宝石、見たことがなくって、私の想像力じゃあ持て余しちゃってるんじゃないかって不安だけれど……。どうでしょう。
あまりにも遠いところより
ヴァドレイ
ねえ、ヴァドレイさん、
エメラルドのなかにあなたのお家が見えました。とっても素敵。見慣れない形のお家でした。尖った三角形の屋根のてっぺんに、雪(これが雪だよね?)が不安定な感じで載っていて、見入っちゃった。木には複雑な彫刻が施されていて……本当に木がたくさんあるんですね。雪の上をぴょんぴょん跳ねている小鳥たちと、ものすごく厚着してるのもお構いなしに走り回っている子どもたちが本当にかわいい。ヴァドレイの姿がほんの一瞬見えたのも嬉しい。嬉しすぎる。きっとこれがあなただよね、もっと知りたいな……。
エメラルドを指で転がしていくと、場面も変わっていきます。まだ最後までは見ていません。こんなに素敵な芸術的センスがあるなんて、こんなに小さくて精巧なものを作りだしてしまうなんて! どうやっているのか見当もつきません。ヴァドレイが魔法を使うときの、心の使い方が知りたいな。嘘じゃないよ、本当に知りたい。分かりたいんだ、私にもそんな力があったらな、自分の指を思うように扱えるのと同じように、その力を自在に操れたらいいのに。
骨を送ります。あのね、プレゼントが届いたあとのことなのだけれど、商人がうちの一族と取引する品物の種類を増やしたいと言ってきたから、砂漠を歩き回っていたのです。そうしたら、あんまり必死に探していたからか、砂漠から、今まで見つけたことがないようなものが見つかるようになったの。本当に探している人だけが風の力によって見つけられる、溝のある骨を見つけました。忘れられた生き物の骨です。それから、100年前の戦士や砂漠の織り師が砂に埋めた、象牙の櫛や宝飾品。それから、砂……人間より、けものやその骨よりも昔からある、砂漠の砂粒です。あなたのために作ったものを送りますね。ラズの象牙を閉じ込めた雫のかたちのガラスです。転がしてみてもらえれば、空飛ぶ大きな生き物が見えるはず。
知りたい気持ちと真心をこめて
マル
お友達の(といったら厚かましいかな)マルさん、
私の心については、秘密でもなんでもありません。「職人の三角形」という、1音節-1音節-3音節の、3つの“真実の名前”からなる呪文を使っています。北の方では珍しいのかもしれません。魔法の源泉である“真実の名前”を3つも使うこと自体、珍しいですしね。ストロムハは小さいけれど工芸で有名な国で、私たちは本当に小さいころから呪文を使う訓練を受けます。
まずは三音節をひとつ。それができたら、1音節-3音節の2つの“真実の名前”を使う「職人の角」、そして最後に、「職人の三角形」、というふうに。ここでは、「職人の三角形」は、他のもっと力のある呪文よりも素晴らしいものとされているのです。
芸術の才能には色々な形があります。“真実の名前”が必ずしも必要なわけではありません。例えば私の姉は素晴らしい木工芸職人で、自分の手だけを使って、胡桃や青いベイジンの木に風車や星々の彫刻を施します。前に褒めてくれた、家の木材の彫刻も、彼女の手によるものです。魔法を使わずとも、ガウラの作るものはちっとも見劣りしません。ご近所のペン職人は、あわびの貝殻からペンと飾り軸を作っていますが、使っているのは三音節の“真実の名前”ひとつだけです。この町にいるたくさんの職人やアーティストに比べたら、私なんて大した人間じゃありません。
それに、隠し事もしませんよ。私の作るものを教えてあげます。簡単なことなんですよ。限りなく小さな貴石のなかに、その石の“真実の名前”があるのです。肉眼では見えないけれど、ストロムハの職人たちは特別なルーペを使って“真実の名前”を見ているのです。石のなかの小さな小さな“真実の名前”の間には、光の筋がとおっています。この筋によって分けられた構造的なグリッドが、石に形を与えているのです。ちょうど、国や思考が、グリッドによって形を成しているのと同じように。私の作るものに関していうと、石の持つグリッドと私自身の心の回路、そしてその石の小さな“真実の名前”を織り込んで、心象風景が石の中で独立して見えるように、でも同時に風景を閉じ込めている石にも結びついているように、作っているのです。
ルーペ以外は、とりたてて特別なことはしていないでしょう。そのルーペを送りますね。
また冬がきます。木を切り倒して暖炉にくべて、部屋を温めています。“真実の名前”を使うこともできるのですが、あなたのことと、あなたがぶらついている砂漠のことを想いながら、現実的に生活したくて。私から手紙を送ってからもう丸1年が経つなんて信じられないですね。もっと近くにいられれば、もっとたくさんの言葉を交わすことができるのに。そして、プレゼントのことですよね。今この手紙を書いているあいだ、風の獣ラズとガラスの雫は椅子にかけてあります。私にはわからない言葉で語りかけてくるのです。翻訳の得意な職人仲間に見せる気にはまだなれないけれど(冬の国に来たらわかると思います)、そのうち、姉になら見せられるかもしれません。
ガラスのラズは自由自在に形を変えて、それから元の形に戻っていきます。その動きが畏れ多くて、びっくりしてしまって。あなたの芸術的センスの秘密を教えてくれたら、とても嬉しいです。もし教えてくれなくても気にしません。
またお返事をもらえるにしても、1年はかかりますね。でも、あなたのことをとても大切に思っています。
ヴァドレイ
マルさん、
ビルハの商人は何も持ってきませんでした。私が何か失礼なことをしてしまったんですよね。本当にごめんなさい、もうお手を煩わせたりしません。
ヴァドレイ、ねえ、お友達でしょ、
びっくりしています。あなたは自分の力を恥じているの? 作るものも? それに、多分だけど、私の送るものがあなたのくれるものよりも少ないことを気にしているかも、って思っているの? 気にしないで! もし私が力の大きさの違いを気にしているとしても(気にしていないけどね)、私もヴァドレイたちが「職人の三角形」と呼ぶ1-1-3の呪文を使っています。私たちは「織り師の才」って言ってる。私はあなたたちの呼び名の方が好きだな。この力は織り師のためだけのものじゃないし……。本当だよ。私は織り師じゃないし、糸にも織り機にも興味ないし。
送ってくれたルーペを、砂漠に持っていってみました。あなたのいうとおり、あれは本当に、驚くべきものだね。私にも見えた……いや、予想していたような、砂粒のなかの“真実の名前”は見えなかったのだけれど。そうではなくて、砂漠はここではない、いつかどこかの夢を見せてくれました。砂漠の王族が暮らしていた、泥でできていて、複雑な形をした千の鐘が鳴り響く蜂の巣のような城を見せてくれた砂もあれば、トカゲにヘビ、サソリにスカラベ、それからなんという名かもわからないけれどこのうえなくリアルな生き物たちを見せてくれたのも。私には読めない文書で埋め尽くされた巻物や石板を見せてくれた砂もあったな。他には、海の生き物を見せてくれた砂。青かったり、透き通ったりしている、さまざまな形の貝殻。ここには海なんて、今までも絶対なかったのに。多分、風が昔、砂粒を海から連れてきたんだな。
ここ数ヶ月は砂漠でのたくさんの発見の素晴らしさに比べて、自分の作るものはなんてつまらないんだろうと思ってしまって、そうしたらビルハの商人に手紙を持っていってもらうタイミングを逃しちゃったんだ。だからこの手紙があなたのところに届くのは来年になってしまうけれど、どうか自分を責めたりしないでね。
私だってあなたに秘密を持つつもりはありません。私のやり方はヴァドレイとは違いますね。砂漠で得られるものを増幅させるために“真実の名前”を使うの。ラズの場合、私は家と食べものを作ってあげて、ガラスの中でラズが楽しく生きられるようにしてあげた。
ラズはここではもう大昔に絶滅していて、物語や織物の中でしか見ることができません。あの子にとっては、ガラスの中でもう一度生きられるのは素敵なことだし、あの子があなたを選んだことも嬉しい。
もっと近くで見せてよ。もっとあなたを知りたい。
好きなタイプとか。図々しくないかな、きっと図々しいよね。でも、答えは期待していないから、ましてや望んでいる言葉なんて、それに……
ねえ、ヴァドレイ、この手紙を書いている間に商人が帰ってきちゃった。あなたが私に失礼なことをした、ですって? そんなことはない、ないよ。機械仕掛けのスカラベにハマってる5歳児みたいに、長いことルーペを握りしめて砂漠をぶらついていた私が悪いの。どうか許して。送れるような作品もなくて……。ぜんぜん、何も作っていなかったから。だって……まあいいや。間に合ってよかった。また何ヶ月も、場合によっては何年も無駄にしなくて済んだから。
今回は贈り物がないけれど、そのうち送ります。
あなたのマル
ああ、マルさん、私にはたくさん聞いてくるのに、自分のことはほんの少ししか教えてくれないんですね。贈り物も、送ると言ったのにまだ届かない。私の好きなタイプを聞いてきて、図々しいかも、と気にはするのに、自分のことも、自分の好きなタイプも教えてはくれない。
何を恐れているの? 私? 私は本当に何者でもないんです。作るものには人気があって、それで生活をして、家もあるし、ご飯も食べられています。私は宝石を市場におろして、冬を待つのです。雪がもたらす孤独と輝き──ああ、本当に冬の国に来てみてほしい──あとは歌、それに子どもたちの笑い声、そんな素敵なものたちとともに。
私の世界は小さいの。身の回りの、それか遠くの人の作る芸術を愛してはいるけれど、それでも、私のことを全く知らない人とはかかわったことがありません。あなたを除いては。マル、私は恥ずかしがり屋なんだ。
マル、あなたも恥ずかしがっているの? あの夢に溢れた砂漠の砂から、生き生きと変化し続けるガラスを作り出すあなたが? 永遠のまどろみのなかからラズをガラスの中に呼び出した、あなたが? むしろ、図々しいひとだと思った方がいいのかも知れない。ルーペを覗きながら砂漠の夢想の中をさまようことに魅せられて、迷ってしまっていると思った方がいいのかも知れない。ただ、贈り物のルーペのせいで、あなたが何も作らなくなってしまって、飢えたりしていないといいなと思います。
私には好きなタイプは特にありません。そんなに深く、ひとりの人を想ったことがないのです。冬の松の木々を愛しているし、暖炉の薪も、凍った川辺に佇む白樺も、鳥たちのことも大好きです。自分の作る宝石のことも、私の使える“真実の名前”のことも愛しています。喧騒や人混みを離れて、うつくしい静けさに満ちたとても小さな構造物の中に私を連れて行ってくれる、この仕事のことも大好きです。人見知りの私が、一度も会ったことも、話したこともない人のことを愛す……こんなに深い感情を持つなんて、本当に馬鹿なこと。せめて、この結晶にあなたの声を入れて、送り返してきてください。
ヴァドレイ、声を私に届けるためにルビーを作ってくれた、大事なヴァドレイ。あなたは何者でもなくなんかない。絶対に。あなたは本当に素晴らしいよ、信じられないくらい、本当に……
カーナの商人がこっちからそっちに行くまで6ヶ月。長い。長すぎる。
きいて、あなたと知り合ってからもう4年、ガラス細工を作っていません。今さら、ちょこちょことつくるのも違う気がして。砂漠のおかげで生きています。食べられる植物を砂丘の谷で見つけたんだ。信じられないくらいジューシーなの。鳥たちが穀物を運んでくれるし。でも長いこと砂漠をぶらついていたけど、仕事に戻りつつあります。私の作るものについて、特に言うことはありません。どんなふうに作っているか知りたいとあなたは言うけれど、あのね、なんと言ったらいいかわからないんだ。“真実の名前”を使うときは、両腕を広げて、砂漠に呼びかける。それから、炎が私の中を通り抜けて砂をガラスに変えるのに合わせて、心を動かされたものの形を作り上げるの。もっときちんと説明できればいいのだけれど……見てもらえさえすればな……どんなに……
私も好きなタイプとかはないな。聞いたのは、ほかのみんなはなんらかの指向があって、それが大事みたいだから。私にとってはどうでもいいんだけど。ほかの人のことがわからない。私は愛想がなくて変なんだって。よっぽど大胆な人以外は、私の元から去っていくんだ。まあ、神聖化されるのも憐れまれるのもまっぴらだけど。センスがなくて、自分の似姿は作れません。よくあることでしょ。あなたにプレゼントを送りたくて、100個はガラス細工を作ってみました。でも、どれも身を焦がし、骨を剥き出しにするような、あなたに贈るに足るような強い想いにはならなくて、だから、送れるものはありません。
何が起こり得るのかも、これから起こるのかもわからない。わかっているのは、あなたがくれたルビーを指の間で転がしながら砂漠を歩いていると、あなたの声で砂の一粒一粒が花開いていくこと。砂漠の花は、あなたの教えてくれる北方の色とは違って、インディゴ、芥子色、茜色に色づいているんだ。染めた糸の色、織物の色。起伏に富んだ砂漠が、あなたの声から生まれた糸の束で覆われている。この宝物のような景色を見せてあげたいな。わたしたちの送り合っている羊皮紙のむこう、声の閉じ込められた宝石の向こう側に、どんな景色が広がっているのかを知りたい……もし何かがそこにあるのなら、それはきっと、見たことのない形をしているね。きっと、かけがえのない心、図々しいくせに、その力を恥ずかしがっている、双子の心がそこにあるんだ。
もう一回、作ったことのない形のものを作ることにします。あなたの声から生まれた砂の糸を織り上げてみるね。あとは、ずっと置きざりになっていた鳥の骨を核として、とんでもなく大きなガラスの鳥を作ります。これは工芸品ではなくて、メッセンジャーだよ。
ガラスの鳥は春かな地平線をまたぐように翼を広げ、高く舞い上がり、飛んでいくでしょう。私からのメッセージを添えたあなたの声の宝石を、あなたの元へ送り届けてくれるでしょう。
これでじゅうぶん? 私はちゃんと伝えられてる?
もしもあなたがこちらに来たいのなら、その鳥が私のところに連れてきてくれるよ。
大ブリー砂漠のヴァドレイより、
ベレヴヤールのガウラへ
お姉ちゃん、声を添えてトパーズを送ります。返送するときは、手の中で転がして力を目覚めさせるだけでいいよ。面倒だった時のために手紙もつけました。商人たちの貿易路を使うよりも早く着くから、石と手紙を、砂漠のガラスと彫刻した宝石でできたハイタカに乗せて送るね。お姉ちゃんが心配してるのはわかってる。
大きなガラスの鳥が広げた翼の下で、お姉ちゃんが叫んで走っているのが見えていた。でもごめん、乗らずにはいられなかったんだ。あの時を逃したら永遠にこないチャンスで、一か八かの賭けで、私は臆病者。知らないひとも、旅も、知らない場所も怖いのにね。失敗することや、自分の限界を感じることも怖かった。怖かったけど、私はそこにいたんだ。南に向かって、仕事道具とスパイスケーキ一切れの他には何も持たずに、ガラスの鳥に乗って旅をしていた。
ねえ、ガウラ、ほかの人と心を通わせるのは、こんなに素晴らしいことなんだね。ガラスの翼の羽ばたき、その翼を生み出した炎、それに、ガラスを複雑でこの上なく美しい形に導く、宝石職人の小さくて几帳面な力! ああ、マルと作業できることの喜びが川よりも激しくふたりの体を駆け巡って、眠れなくなるくらい必死に砂漠の砂や埋もれている骨から新しい形を作りだすことになるなんて、思ってもいなかった! この情熱が続かなくなることが怖い、炎の中で生まれた夢が、灼熱に萎れていく花のように消えていってしまうのが怖いよ。
今はまだ消えていない。今はまだね。いつか消えてしまうのが怖いの。
でも、もしずっと消えなかったとしたら、ガラスの鳥にふたりで乗って北へと飛んで、冬の国に行くよ。そう、これから作ろうとしているのはね、素敵な氷の形に、木の皮に刻んだ文章や夢、川の静けさ、風の中で鳴っている松の葉……
ねえ、ガウラ、お家が恋しいよ。ふるさとの、その静けさが恋しい。でもそっちにいったら、こちらの暑さと砂丘の曲線が恋しくなるんだろうな。だから、お姉ちゃんも私のことを……私たちのことを忘れないでね。
ヴァドレイより、ガラス職人マイヴァートの野営地にて
ベレヴヤールのガウラへ
帰るからね、ガウラ。すぐ帰るからね。
翻訳者プロフィール
海外文学と博物館が好きなフェミニスト。Kaguya PlanetのジェンダーSF特集にて、自分のしんどさと向き合うことができずに、「誰も僕の痛みをわかってくれない…」という思いを拗らせていく男性を描いた、ジェーン・エスペンソン「ペイン・ガン ある男のノーベル賞受賞式に向けたメモ」の翻訳を手がけた。
「砂漠のガラス細工と雪国の宝石」について
「砂漠のガラス細工と雪国の宝石」は2016年にUncannyに掲載された英語の小説「The Desert Glassmaker and the Jeweler of Berevyar」を岸谷薄荷さんが日本語訳した作品です。原文はこちらから読むことができます。
「The Desert Glassmaker and the Jeweler of Berevyar」は、R.B.レンバーグさんの〈バードバース〉というファンタジー世界を舞台にしています。〈バードバース〉では鳥の神様が信仰されており、LGBTなどセクシュアルマイノリティのキャラクターや多様な形態の家族が暮らしています。また、幾何学に基づいた魔法が存在しており、それぞれの文化の伝統やルーツに合わせて使われています。
R.B.レンバーグさんは〈バードバース〉を舞台にした作品を複数執筆しており、中にはネビュラ賞の最終候補となった作品もあります。〈バードバース〉についての詳細はこちら。