SF界から津原泰水を支持する声
『ヒッキーヒッキーシェイク』文庫版を巡り騒動に
百田尚樹の『日本国紀』への批判を理由に、幻冬舎が津原泰水の『ヒッキーヒッキーシェイク』文庫版出版を取り下げたとする問題について、SF界からも幻冬舎への批判の声が上がっている。
『ヒッキーヒッキーシェイク』は2016年に幻冬舎から発売され、織田作之助賞の最終候補にも選ばれた作品。2019年4月に同社から文庫版が発売される予定だったが、同年1月には出版社から著者に出版中止が言い渡され、6月に早川書房から発売されることになっていた。
『日本国紀』コピペ問題を追及
津原泰水は以前より、同じく幻冬舎から発売されていた百田尚樹の『日本国紀』がWikipediaからのコピペを多用している問題を追及しており、この批判が文庫版出版中止の原因となったとされている。これが事実であれば、出版社が作家の発信を自粛させ、言論を封じることにもつながる大きな問題だ。
幻冬舎トップが販売部数を暴露
5月16日、津原泰水は毎日新聞社にその経緯を説明した。
突然の文庫化中止。「販売のモチベーションを下げている者の著作に協力できない」–百田尚樹さんの「日本国紀」を出版する幻冬舎から伝えられたと、作家の津原泰水さんは主張します。https://t.co/T00FYZRL8p
— 毎日新聞 (@mainichi) May 15, 2019
これに対し、幻冬舎の代表である見城徹は、津原泰水の同社での最初の著作(『音楽は何も与えてくれない』(2014) と思われる)の販売部数を実数で暴露(当該ツイートは削除済み)。“報復”とも取れる行為であると同時に、そもそも“売ること”が仕事であるはずの出版社として、仕事へのプライドと作家への敬意に欠けた言動だ。
『ハロー・ワールド』(2018) で吉川英治文学新人賞を受賞したSF作家の藤井太洋は、このツイートを「売る努力」を放棄している上、NDA (秘密保持契約) にも違反すると批判した。
幻冬舎はトラブルになると「売る努力をする」と自ら誓った出版契約を破る倫理観の企業だということか。
出版社と著者しか知らない実売部数は、契約にそう書かなくてもNDAに守られる秘密だし「売れないと思ってた」のに、そう契約に書けない弱虫だということだ。 https://t.co/NFBYDQLdYv— 藤井 太洋, Taiyo Fujii (@t_trace) May 16, 2019
SF界は津原泰水を支持
日本SF作家クラブは、騒動が大きくなる前の5月15日の時点で、早川書房の塩澤快浩編集長のツイートを引用し、『ヒッキーヒッキーシェイク』の文庫版発売を決定した早川書房を応援する旨のコメントを投稿。
文庫発刊のお知らせ、ありがとうございます。早川書房の判断を応援いたします。 https://t.co/c07jwM6ci1
— 日本SF作家クラブ (@sfwj) May 14, 2019
また、作家や編集者を中心に、津原泰水を応援し、『11 eleven』(2011, 河出書房) など、過去の著作を改めて推す声が次々と上がっている。将来的に幻冬舎からの出版を拒否することを表明する作家も現れるなど、出版業界全体を巻き込んだ問題に発展している。幻冬舎は、クリエイターなくしては作品は生まれないということを、今一度肝に命じるべきだろう。
一方で、SF界やその他の出版社の中でも、排除や出版倫理の問題を今一度考え直す必要もある。各々が出版社、編集者、著者/作家との関係性を考え直す機会になったとも言える。今回の一件を美談にするのではなく、自問し、襟を正すことも必要だ。