ドラマ『アイアンハート』配信開始
『デアデビル:ボーン・アゲイン』に続くMCUドラマ『アイアンハート』が2025年6月25日(水) よりディズニープラスで独占配信を開始した。『アイアンハート』は映画『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』(2022) に登場したリリ・ウィリアムスを主人公に据えた作品。ドミニク・ソーンがリリ役で続投する。
ドラマ『アイアンハート』は第1話から第3話が初週に同時配信され、第4話から第6話はその翌週に同時配信される形に。2週で全6話を配信するという、MCUとしては初めての形を採用している。今回は、『アイアンハート』第1話をネタバレありで解説し、考察していこう。以下の内容はネタバレを含むため、必ずディズニープラスで本編を視聴してから読んでいただきたい。
以下の内容は、ドラマ『アイアンハート』第1話の内容に関するネタバレを含みます。
Contents
『アイアンハート』第1話ネタバレ解説
これまでのリリと、テックの巨人
ドラマ『アイアンハート』第1話から第3話のエピソード監督を務めたのはサム・ベイリー。シカゴを舞台に、クィアのパキスタン系アメリカ人作家とアフリカ系アメリカ人ミュージシャンの二人の女性の物語を描くドラマ『Brown Girls』(2017) を手掛けたことで知られる。第1話の脚本は、ドラマ『スノーピアサー』(2020-2024) にも参加した本シリーズのショーランナー、チナカ・ホッジが担当している。
『アイアンハート』第1話「帰郷」の冒頭では、MIT(マサチューセッツ工科大学)に戻ったリリ・ウィリアムズのその後が描かれる。リリは映画『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』でヴィブラニウムを探知する装置を発明したことでタロカンに命を狙われ、ワカンダに保護された。
元々父の影響でアイアンマン風スーツを自作していたリリだったが、ワカンダではシュリのラボで高性能スーツを制作し、対タロカンの戦いに参戦。しかし、スーツを持ち帰らせてもらうことはできなかった。
なお、リリが大学の課題提出用に作ったヴィブラニウム探知機はCIAに悪用されていたが、その時からCIAの長官は映画『サンダーボルツ*』(2025) でも登場したヴァルことヴァレンティーナ・アレグラ・デ・フォンテーヌである。
第1話の冒頭は、リリが幼馴染のナタリー・ワシントンとともに自撮りをしているシーンから始まる。フラッシュバックでは二人が小さい頃から研究に励んでいる様子が挿入されているが、リリはスティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツ、ハンク・ピム、トニー・スタークよりもビッグになると宣言する。
ジョブズはシリア系だが、IT界の富豪の多くが白人男性であり、リリとの距離感が表現されている。だがこのITの巨人達の中に、メタ社のマーク・ザッカーバーグや、Twitterを買収したイーロン・マスクが含まれていないという点にも注目したい。右傾化したテック界にロールモデルはおらず、代わって初代アントマンことハンク・ピム、アイアンマンことトニー・スタークというフィクションの存在を挙げなければならないのが現状なのだ。
このように、『アイアンハート』では冒頭からリリ・ウィリアムズとトニー・スタークの“違い”が強調される。スタークは二代目の長男として裕福な家庭に生まれたが、リリは研究のために自ら資金を集めなければならない。それはシュリとも異なる点だ。
『シビル・ウォー』のあの人登場
リリは他大学の学生も巻き込んだ課題代行で何百万ドル(数億円)も稼ぎAIを開発していたが、その目的はスタークのレガシーを引き継いで安全な社会を作ることだった。AI付きのスーツを作ろうとしているリリだが、大学の実験では問題を起こしてしまい、学部長と面談することに。
ここで、学部長から15歳だったリリが大人に利用されないようにMITに入れられたこと、リリはすでに4年以上大学に在籍しているが、学位を取ろうとしていないことが明かされる。リリに必要なのは、大勢の人を救うための研究に利用できる大学の設備だったのだろう。
また、リリの課題代行は大学側にバレていた。教授が「君はトニー・スタークのレガシーを汚している」と言っているが、トニー・スタークの出身校はMITだ。ちなみにジム・ラッシュが演じるこの教授、映画『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』(2016) にも登場している。
『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』では、MITで講演を行い新たな奨学金制度を発表したトニーに、奨学金は教職員も利用可能かと聞いていた。自動ホットドッグ焼き器を開発しているとも話していたが、トニーには無視されている。その経緯を踏まえると、リリが軽蔑していた「無難に就職」「凡人」という言葉の重みも増してくる。最高峰の大学にいるはずなのに、世界を救いたいと思っているリリは周囲に馴染めずにいるのだろう。
大学を退学処分になったリリが自作のスーツを身につけて飛び出す時に流れる曲は、COBRAH「TEA」(2019)。サビで繰り返される「What’s the tea?」はスラングで「面白い話は?」という意味だ。
リリのアイアンスーツには、トレバーという名のAIアシスタントがついている。後にヴィジョンとなったアイアンマンの初代アシスタントAIのジャービス、ジャービスの跡を継いだフライデー、トニーが開発したスパイダーマンのハイテクスーツに搭載されていたカレンに続く、MCUの新たなAIアシスタントだ。
だが、自作AIのトレバーは地名シカゴをロックバンドのシカゴだと解釈するなど、汎用AIっぽいあるあるを披露している。現実の世界が、『アイアンマン』(2008) の頃よりAIが身近になってきたことを示す演出でもある。
シカゴの多様な人々
リリがスーツで故郷のシカゴを目指している頃、フッドことパーカー・ロビンスの一味はITを駆使して豪邸に侵入していた。この一味のメンバーとして「ブラッドきょうだい (Blood Siblings)」が登場する。原作コミックではブラッド兄弟 (Blood Brothers) だが、ドラマ版ではノンバイナリーでトランスマスキュリン(男性性が優勢である、あるいは部分的に男性を自認しているクィア)のゾーイ・テラケスと女性のシャキーラ・バレーラが演じているため、「Sisters」や「Borhters」ではなく性別の指示がない「Siblings」となっている。
また、緑の髪のスラッグはドラァグアーティストのシェイ・クーレイが演じている。シェイ・クーレイが米Entertainment Weeklyに話したところによると、スラッグは過去にドラァグクイーンだった人物だという。インタビュー内ではスラッグの代名詞は三人称単数の「They」が使われているため、ファンサイトではノンバイナリーとして紹介されている。
こうしたキャスティングは、シカゴの歴史あるLGBTQ+コミュニティへのリスペクトを示すものだと見られる。これまでのMCUではフェーズ3の終盤からようやくLGB(レズビアン・ゲイ・バイセクシャル)のキャラクターが登場していたが、より多様なフェーズへと入りつつあるようだ。
ITを担当しているランページことスチュー・クラークのミスにより任務が失敗に終わると、フッドは新しいハードウェア担当をリクルートするよう指示する。ちなみにランページは原作コミックでパニッシャーやドクター・ドゥームのストーリーラインにも関わる人物だ。
生き急ぐリリ
シカゴに墜落したリリが街を歩く時に流れる曲はシカゴ生まれのギル・スコット・ヘロンの「Home Is Where the Hatred Is」(1971)。
街中では「サノスは始まりに過ぎない」「トニーも今回は救えない」と訴える人も。確かに『エターナルズ』(2021) でのティアマット出現や『シークレット・インベージョン』(2023) でのスクラル人による侵略計画の発覚など、世間に知られているだけでも大きな事件が続いている。
リリはランドン少年との出会いを経て実家に帰ると、母は友人達にリリは「トラウマ」として5年前のこと、ナタリーや義理の父親のことを引きずっていると話していた。『ワカンダ・フォーエバー』では、リリが継父から受け継いだという車が登場。FBIに追われて横転したが、ラストではシュリがピカピカに修理してリリに返している。
また、リリは母の友人からお香を焚かれ、黒曜石のクリスタルを勧められる場面も。こうしたスピリチュアル系のモチーフは、科学的な思考を基盤とするリリに変化をもたら要素となっていくのだろう。
リリは幼馴染でナタリーの弟であるエグゼビアに、人々はスーツにしか見向きしないと、スーツにこだわる理由を吐露する。世界を救ったアイアンマンのスーツは、アース616では象徴となっているのだろう。思い起こせば、『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』(2019) でピーター・パーカーが見ていた壁画もトニーの素顔ではなくスーツのアイアンマンだった。
仕事とラボが必要と語るリリは行き先の候補にドバイを挙げて、やっぱり海外を志向している。ワカンダでの日々が忘れられないのだ。一方、シカゴの街にはリリの義父とナタリーの壁画ができていた。リリの継父は車の修理工だったようで、いつもオンボロの車を修理していたという。
しかしリリは、ワカンダで修理してもらったあの車をスーツを作るために売ったと明かす。なんだかリリは、未来を掴むために過去を手放しているように見える。トニーのように基盤がないリリは、自分の才能を活かして大きな目標を達成するためには、生き急がざるを得ないのだろう。
悪事に手を染める理由
リリはジムの店でスーツのためのパーツを手に入れるが、フッドの部下に代金を肩代わりされてしまう。新しいハードウェア担当を探していたフッド達は、アイアンスーツで飛来したリリの姿を見て、その正体を特定していたのである。
ちなみにこのシーン、15歳で奨学金を得てMITに行ったリリは街の有名人で、ジムは「トニー・スタークの奨学金をもらったんだろ」と言っている。ということは、リリが受けていた奨学金は『シビル・ウォー』でトニーが発表したセプテンバー基金奨学金だったのだろう。教授が「君はトニー・スタークのレガシーを汚している」と言った理由もそこにあったと考えられる。
資金がなければ競えないと言うリリは、フッドの部下のジョンに言われた通りピザ屋のエレベーターに乗り込み“試験”を受ける。リリは用意されたものではなく、その場にあるものを利用してエレベーターからの脱出に成功。映画『アイアンマン』(2008) 序盤でのトニー・スタークの脱出劇を想起させる展開だ。
エレベーターのドアの向こうで待っていたのは、フッドことパーカー・ロビンスの一団だった。リリはスチューことスチュアート・クラークのことを知っており、字幕では省略されているが、技術者のDiscordでランページという名前で活動しているらしい。
パーカーは「狭い場所」等というキーワードを巧みに使ってリリを勧誘するが、リリを動かしたのはゲンナマの契約金だった。窃盗、ゆすり、不法侵入と違法な仕事だが、ビジョンを実現する手段をすぐに提供できるとリリを説得。こうしてリリはクイックキャッシュが手に入る闇バイトに手を染めることになる。
リリは意外とあっさり“闇堕ち”したようにも見えるが、それだけここまでの積み重ねで絶望的な階層の壁を感じていたのだろう。ワカンダとタロカンという国家間の問題を解決する一助となる活躍を見せながらも、資金的基盤を持たないがゆえにその後は十分に力を発揮することができない。しかも唯一の糸口だったMITから追い出されて故郷に帰り、いよいよ行き詰まりを感じている。
あるいは、階層を飛び越えるためには手を汚さなければならないという考えはビジネスの世界では根強く残っている。例えば、今では実業家として成功しているラッパーのジェイ・Zは、ドラッグディールで資金を作って音楽事業を成功させた。
世界最大の日本アニメの配信プラットフォームであるクランチロールは、UCバークレーの卒業生達が立ち上げた日本のアニメに字幕をつけて配信する違法サイトだったが、その需要が認められて日本企業と提携した正規配信サイトに生まれ変わった。2021年にはソニーが1,300億円でクランチロールを買収している。
『アイアンハート』第1話の時点のリリは、クイックキャッシュを稼いで早く海外に飛ぼうという考えで違法な仕事に手を出すことにしたのかもしれない。
ラストの意味は?
スーツを作っていたリリはエグゼビアのミックステープを聴くが、そこにはナタリーの声がサンプリングされていた。ちなみにヒップホップにおけるミックステープというのは、いわば緩めに作られたアルバムのことで、著作権を気にせず他人のヒット曲の上にラップを入れた曲も入れる、オフィシャルのアルバムに至る前の試作品を指す。商業誌に対する同人誌と考えてもよい。
しかしリリは、この声を聞いてゲイリーの修理工場でナタリーと父が死んだ夜のことを思い出す。二人は銃撃されて殺されたようだ。事件の現場にいたリリは今もトラウマを抱えたまま。それでも、「罪人よ、どこへ逃げる?」と歌われるニーナ・シモン「シナーマン」(1961) をバックにスーツを修理するのだった。
一方のパーカーはフッドという名の由来であるフード付きのローブを大仰な金庫にしまっていた。背中一面に入ったヒビと合わせて、パーカーに隠された秘密を示唆する展開になっている。
リリはアイアンスーツと自らの脳を繋いでブレインマッピングを行う間、ナタリーの夢を見る。これにより、なんとナタリーがAIとして復活。リリが意識を失ったところでSiR「NO EVIL」(2024) が流れて第1話は幕を閉じる。この曲では「君のスーパーパワーは何?」「しばらく孤独だった」「ヒーローを信じる別の理由を見つけた」と歌われている。
『アイアンハート』第1話ネタバレ考察&感想
MCUの新しい主人公像
ドラマ『アイアンハート』第1話は、リリ・ウィリアムスがMITからシカゴに戻ることになった経緯と、シカゴに戻ったリリが再びチャンスを掴もうとする姿が描かれた。『アイアンハート』は、高校生を主人公にした『ミズ・マーベル』(2022) とも、成功を望むテック系の若者を主人公とした新たな軸の物語だと言える。
『ホークアイ』(2021) でヒーローに憧れる大学生だったケイト・ビショップとも違う点は、やはりリリがマイノリティであり、金銭的な基盤もなく、故郷に息苦しさを感じているというところだろう。また、リリが先にド派手なストーリーの映画デビューを果たしているという“成功体験”を逆手に取り、地元の閉塞感を演出することに成功している。
ケイトにはクリント・バートンがいたが、リリにはトニー・スタークがいない。人々はトニー・スタークの名前を口にするが、あくまでその「レガシー(遺産)」に言及するばかり。リリの人生はリリ自身がなんとかしなければならず、そのためには手段も選んでいられない。
そうして、トニー・スタークの娘モーガン・スタークがアイアンスーツを継ぐ、という展開では決して生まれなかった感情とドラマが生まれている。また、第1話のラストではナタリーがAIとして復活する。ナタリーのAIは原作コミックにも登場するが、原作コミックでリリがトニー・スタークの人格を持つAIに指導を受ける展開ではなく、ナタリーを相棒に選んだことで『アイアンハート』がトニーの物語に引っ張られすぎないようにする配慮も感じられる。
トニー・スタークのレガシー
『MCU作品として興味深かったのは、アイアンハート』第1話で『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』からの繋がりが提示されたことだ。トニー・スタークがセプテンバー奨学金を発表してから数年が経ち、実際にその恩恵を受ける若者が登場。小さな描写でも描きっぱなしにしないというのは好感が持てる。
ちなみに同作でのMITの講演でトニーが紹介していたのが過去を拡張して再構成する技術で、トニーはこの技術を使って両親が殺された日の記憶をマシなものにしていた。親が死んだトラウマというのはリリと共通する点だが、映画『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』(2019) では、開発者のミステリオことクエンティン・ベックがこの技術をBARF(ゲロ)と名付けられたことでトニーを恨むようになった。その結果としてスパイダーマンの正体暴露、人類からのピーター・パーカーの記憶消滅に至る。
しかし、『アイアンハート』第1話では同時に発表された奨学金が機能していたことが明かされた。あのMIT講演は負の遺産も残したかもしれないが、人々が「レガシー」と称えるものも残されていたのである。
そして、『アイアンハート』のもう一つの魅力は、シカゴの街並みがたっぷりと描かれている点だ。ドラマ『デアデビル:ボーン・アゲイン』(2025-) ではニューヨークの街並みが美しく描かれており、アメリカの都市とそこに生きる人々を連続でじっくり観られるというのは大変贅沢な体験だ。
シカゴはこれまでのMCUでしっかり描写されたことがなかった街だが、描写に時間が割けるドラマでシカゴが舞台になったのは良かった。シカゴといえばジャズにシカゴピザにアートに、世界有数の文化を誇る魅力的な都市だ。これからの全6話でどんなシカゴの表情が描かれていくのか、引き続き観ていこう。
ドラマ『アイアンハート』はディズニープラスで独占配信中。
コミック『インビンシブル・アイアンマン:アイアンハート』は吉川悠の翻訳で発売中。
本記事の筆者が翻訳を担当した、500点以上のイラストと解説と共にMCUの歴史を辿る『マーベル・スタジオ:ジ・アート・オブ・ライアン・メイナーディング』は好評発売中。
『アイアンハート』第2話のネタバレ解説&考察はこちらから。
『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』におけるアイアンハートことリリ・ウィリアムズの描かれ方についての解説はこちらの記事で。
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