冬乃くじ「国破れて在りしもの」 | VG+ (バゴプラ)

冬乃くじ「国破れて在りしもの」

カバーイラスト:冬乃くじ 題字:浅野春美

冬乃くじ「国破れて在りしもの」
4,088文字

最初に壊されたのは、今年開業したばかりのラーメン屋だった。小さかったので、重機一台ですぐつぶれた。次いで、二年前に完成した大型ショッピングモール、五年前に完成したバスターミナル、それから分譲マンションが新築順に壊された。街のあちこちで規則的な破壊音が鳴り響き、音の塊は砂嵐のように街を覆った。倉庫群と高架橋と高速道路が消え、六車線に拡張していた道路が二車線に戻されたあたりで、市民らはやっと、何かおかしなことが起きているのに気がついた。

駅前で毎朝プラカードを掲げるようになった男が言った。「やっと便利になったのに、なんで昔に戻す必要があるんだ?」隣でビラを配る女は言った。「あたらしい市長のやっていることは、単なる懐古趣味です。けれど重要なのはそこではありません。市議会が骨抜きにされ、市長の独裁になっていることです。市議会議員はわたしたちの代表、使われているお金はわたしたちの税金なんですよ」駅前で抗議する者は一人また一人と増えた。七人になったところで、市長が全国区のテレビ番組に出た。そこで、街を戻していく試みについて、こう語った。「これまで開発者は、未来を見据えて街をつくってきました。でもそれらはことごとく失敗に終わった。ならばいっそ過去に学ぼう。そういうシンプルな発想の転換で、わたしたちは成功したのです」

倉庫の跡地は防火パネルで囲まれ、生えた雑草が焼き払われた。そしてその場所に、十三年前の大火事で消えたアーケード街が再建された。立ち並ぶ看板の褪せた色も、アーケードのガラス天井の歪みも完璧に再現され、吊るされたくす玉の長いテープが風に揺れた。ほぼすべての商店はシャッターを閉めており、中身は完全なうろだった。唯一シャッターを開けている鍼灸院にも、診察台はおろかカーテンすらなかった。通りのスピーカーから、その名をくりかえすテーマソングが流れ続けていた。駅前で三十年バーを経営する男は言った。「あのシャッター街の入り口の、鳥の糞で埋め尽くされた床タイルを見たかい。あれはさ、鍼灸院の爺が生きていた頃、パンをちぎって撒いて、鳥を集めていたんだよ。何度言っても止めなくて、みんな腹を立てていたな。でもまさか、そんなところまで再現されるとはね。びっくりしたし、懐かしかったし、改めて腹も立ったけど、最後はなんだか、笑っちまったよ。だからまあ、いいのかなって。観光客も増えたしさ」

抗議する者がいなくなると、白いスーツを着た集団が路上に立つようになった。彼らは常に五人単位で動いた。一人は笛を吹き、一人は太鼓をたたいた。一人はマイクで道行く人に訴え、残り二人はビラを配った。「市長は悪魔です。わたしたちは朝夕必死に祈っていますが、間に合わないかもしれません。どうかいっしょに祈ってください。あなたの祈りが世界を救います」三か月後、彼らの一番新しい聖堂が取り壊された。その場所には白いスーツの信者らが集い、座り込んで解体工事を阻止しようとした。武装した警官たちが、信者らを引きずるようにして退去させたので、彼らの白いスーツは薄く汚れた。ある女の信者が警官に殴られて流血した映像は、瞬く間にネットを駆け巡った。関連施設は次々に壊され、教祖一族は街を追われた。信者はちりぢりになり、巨大な空き地が十か所できた。ある男の議員が、溶けていくナメクジのような顔をして言った。「あいつらを追い出すことなんてできないと思っていたよ。市長は今まで誰もできなかったことをやりとげた」議員は三日後に急死した。死因は不明だった。教祖である男は記者会見で言った。「わたしたちは何もしていません。潔白です。むしろ、かの人のために祈りさえしました。かの人が地獄に落ちることは目に見えていたので」

街は次々と昔の様相を取り戻していった。空き地にはコンビニができ、駐車場ができ、倒産したレンタルDVDチェーン店ができた。どれも中身は虚であったし、すぐに牛丼チェーンとハンバーガーチェーンに替わった。寺と墓地ができるのには少し時間がかかった。寺の敷地の周りに木が植えられ、やっと廻廊ができたころには、建て直されたチェーン店はすべてつぶされ、雑多な門前町の外観が再現されていた。廃校になった小学校が建つと、当時通っていた女が観光に来た。流れる合唱の音声にあわせて、鼻歌を歌った。「嬉しいです。やっと帰ってこられたという感じ。あのカルト集団が街に来て、つくりかえてしまってから、自分には帰れる場所はないんだと思って生きてきた。もう故郷はないんだと……。でもこれで、あの人らの故郷もなくなってしまったのかしら。そんなことを考える必要はないのかしら」

時代逆行の地としてメディアでの露出が増えると、市はさらに潤った。昔からの住宅に住める人数は限られていたので、市民の数は半減していたが、そのほとんどが市長を支持していた。建築家一家の長女が言った。「昔はよかったなんて、わたしは絶対に思いません。理不尽な暴力を正当化し、泣き寝入りを美徳とするのは暴力をふるう側です。女には投票権もなかったんですよ。昔の人間の営みは地獄でした。でも今の価値観のまま街の外観を戻すのは悪くないというか、おもしろい試みではないでしょうか。問題は中身だと思います」

だが、かの悪名高き工場が再現されることになったときは、さすがの議会も紛糾した。その工場は汚染物質を川と海に垂れ流し、多くの人がその公害の被害を受け、市の名を冠した病名が国内に知れ渡ったのだ。工場再建に先立ち、川と海の一部が銅色あかがねいろに染められた。ローカル局の撮影隊が、枯れ葦を踏み分けながら水際に近づき、その様子をレポートした。ニュースキャスターの女が言った。「市の汚点をこのように再現するというのはいかがなものでしょう。そのイメージを払拭するのにどれだけの年月がかかったのか、市長はご存知ないのでしょうか」すると、常に市長をかばう心理学者の男が言った。「川の着色は環境に配慮しながら行われましたし、工場も再現するのは外観だけです。中は虚ですし、人もいないのだから、汚染物質も流れ出ません。わたしたちは歴史を無視してはいけない、そういうメッセージをこのプロジェクトは掲げているわけです」

反対を押し切って、工場は作られた。そしてまもなく爆破された。一連の様子はアート集団によって撮影されており、一週間後には長大な映像が発表された。リーダーの女は言った。「この映像は録って出しですので、これから編集を加えていきます。不要な部分を切り、並べ替え、差し込み、切り捨てていく。すると、ある瞬間に映像はノンフィクションとして最適化され、次の瞬間からフィクションになります。短くなるにつれ、物語の強度は高くなりますが、線的な時間軸は失われ、入れ替え可能な、瞬間の連鎖となる。そしてある時点で物語は崩壊し、情報になるのです。一コマになるまでこれを続け、その過程をすべてネットで公開していきます」

工場の解体物が撤去されると、そこには、市の歴史書に書かれていない建物が建てられた。

だだ広い敷地を、高い塀と鉄条網の巻かれた金網が囲んだ。看板はなく、塀には数百メートルごとに監視塔がついていた。日に三度、サイレンが静寂を破った。屋根という屋根に人工雪がまぶされた。季節は夏であったのに、雪はなかなか溶けずにいつまでも残った。空はいつも薄曇りで、訪れた人々も寒さを感じた。

それは強制収容所だった。収容所の中には何もなかったし、誰もいなかったのだが、おそろしいなにかが詰まっているように感じた者は多かった。幻覚症状を訴える市民が続出し、隣町の精神科は悲鳴をあげた。七十年この街に住み、ついに引っ越した女が言った。「母から話は聞いていました。この街はそういう街だったって。でもじっさい目の前にすると、ああ本当だったんだって、この中でたくさんの人が殺されたんだって……。夜、塀のあたりをサーチライトの光がうろつくでしょ、すると時々タタタタって音がするんです。最初は太鼓かと思ったんですけど、銃声音ですよ。あとは笛の音とか、知らない国の子どもたちの歌声とか、何かを連呼する声とか、髪の毛が焦げる臭いとか卵の腐った臭いとか実験薬の臭い……。ぜんぶ気のせいだったらしいですけど、たくさんです。もうおわり。もうおわり」

収容所は一か月ほどその姿で人々を威圧し、その間に、市役所は隣の市に移動した。収容所とすべての人家が取り壊され、盛り土をされると、地には苔類が導入された。木が植えられ、林業者が手間暇をかけて、二十年で森ができた。昔の山になるには百五十年がかかった。山の中には勝手に動物が住んだ。そうしてこの市のプロジェクトは終了した。

ところでこの偉業を成し遂げた市長はどうなったかというと、当然のことながら、この世にはいなかった。街が戻っていくのにあわせて、市長はどんどん若くなって子どもになって、赤子になってそれから消えた。そうした者は市長だけではなかった。若くなる病がこの街の公害かどうかは議論の的だったが、街を離れると症状は癒えた。

もはやこの地では、誰の言葉も意味を成して聞こえなかった。冬にセミが鳴いた。地上から空に向かって雨が舞った。だが、あらゆる因果がひっくり返り、時と事象が遡っていくなかで、唯一変わらなかったものがあった。それは音楽だった。神経学者が言った。「夢の中では、視覚情報も言語的認識も行動も、解体され、組み合わされ、歪んだ状態で排出されます。けれど聴覚情報だけは――音色やリズムや音の強弱だけは歪みません。夢の中でも、音楽だけは有機的に生成され続けるのです。あの街……今では山と言ってもいいのでしょうが……あの街に鳴り響く音楽が止まないのは、あの場所が夢の中であることの証左と言っても過言ではないのではないでしょうか」すると動物行動学者がコーヒーを口に運んだ。そして言った。「山はもともと音で満ちているよ。生き物の少ない高山帯は別だけどね。音楽を人間だけのものと思ったら大間違いさ」

 

 

 

 

 

冬乃くじ

2019年の第一回ブンゲイファイトクラブと2020年の第二回ブンゲイファイトクラブで2年連続本戦出場を果たし、“ジャッジをジャッジ“の文章も話題を呼んだ。2020年には第三回阿波しらさぎ文学賞で「水と話した」が一次選考を通過。選評では審査員の小山田浩子から賛辞を受けた。2021年2月に犬と街灯から出版された『みんなの美術館/エッセイアンソロジー』にはエッセイを寄稿している。noteで漫画「カバンたんとフトンたん」も発表するなど多彩な魅力を持つ書き手で、2020年代の開かれた文芸の世界でひときわ輝きを放っている。

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