勝ち負けのあるところ | VG+ (バゴプラ)

勝ち負けのあるところ

第三回かぐやSFコンテスト最終候補作品

由嬉平乃「勝ち負けのあるところ」

 

侵略に地球の人々が気付いた時、私はプロレスラーだった。プロレスラーといってもいろいろいる。アンドレ・ザ・ジャイアントみたいにデカくてでかい強い人、アントニオ・イノキみたいにショーマンシップに優れた人、タイガーマスクみたいに素早い人。ああ、私ってニュージャパン・プロレスリングびいきなのかな。まあいいや。

いずれにせよ、私は例として出したその誰とも違っていた。私はまず、女子プロレスラーだ。その中でもとくべつ弱く、勝ったことすらないようなレスラーだった。勝ちも負けも、プロレスはあらかじめ決まっているのだから気にする必要ないって考える人もいると思うけど、ことはそう単純じゃあない。勝つ選手ってのは、勝ってほしいと思われてるから勝ってる。勝ち負けほどひとを熱狂させるものはそうそうない。勝敗が相対化される点が私にとってのプロレスの魅力だったけれど、そういう風に考えるひとは少数派だったようだ。私がこんなこと言っても、弱者の負け惜しみって思われるのがオチだしね。

だから、弱っちい私をお客さんはけっこうちゃんと馬鹿にしてた。選手の中にも、お客さんと同じような態度を示す人もいた。そもそも一部の男子選手は女子選手をあんまりちゃんと選手として扱わないってこともあるし。女子の試合は男子の試合にはない本物の感情が見えるから楽しいってよく言われる。男は理性的、女は感情的ってやつだ。私は現実の強さ弱さや社会的な非対称性を乗り越えられるところにプロレスの魅力を見出していたけど、実際は現実の先入観を強化する瞬間の方が、ずっと多い。勝ち負けがたとえ嘘でも、本当らしく演じているうちにそれはひとの意識に作用するから。私は相手の攻撃を受けたときにおおげさにリアクションをして相手の攻撃を映えさせることがすごく得意な自分に誇りを持っていたけど、そのせいで私にまつわる属性が貶められていると感じるのは、苦痛だった。

夏のことだった。私が港町の倉庫で試合してたときに、お客さんのスマホがわんわん鳴った。私は対戦相手のサラに、なんかあったみたいだから試合を切り上げようと耳打ちして、予定している試合の流れを全部失くして一発大きいのをもらって、サラはスリーカウントを取った。サラが勝ち名乗りをあげても、お客さんはみんなスマホを見ていた。次の瞬間、倉庫の屋根と扉が吹き飛んだ。壁も。それから三メートルくらいの大きさの何かが、リングを取り囲むお客さんを取り囲んだ。その日の興行はそれで終わり。期せずして私の試合がメインというわけだ。早く切り上げたから酷い試合になったけど。

三メートルくらいの大きさの何かは五~六体いて、得体のしれない生き物のような何かだった。一見、アンドレ・ザ・ジャイアントくらい大きい人間に見えなくもないけれど、表皮は緑色で、腕は六本あった。隆起したふしぶしは見るからに力持ちの予感がした。一足早く逃げ出したスタッフや一部の選手以外、お客さんも選手もリングのところに縮こまって、身動きは取れなかった。

スマホの充電もとっくに切れて、私たちの情報源は倉庫(今は跡地)を遠巻きに見る州兵が支給する食料と一緒に届けられる紙切れだけだった。この港から十キロほど先に着水した宇宙人は私たちを人質に取り、地球と交渉したがっているらしい。言語については分析中で、一両日中に彼らの要求が明らかになるのでそれまで待ってくれとのことだった。対戦相手のサラはあんなクソ試合が人生最後の試合だなんてクソすぎると悪態をついた。宇宙人に囚われている怯えは全然なさそうだった。私も傍目にはそう見えただろう。私は自分のしたいことと現実との齟齬に疲れていたし、サラも少なからず同じだったから。

なんだかんだ言って、とサラはぽつりと漏らした。試合して自分の在り方を訴えるよりさ、こうやってボーっとしてるほうが、楽っちゃ楽だよね。サラは生まれた時に出生証明書に書かれた性とは違う性でリングに上がっても誰からも何も言われずに試合ができることに感動してプロレスを始めた。そして、そんなサラを男だ男だと言い募り、非難する人たちにほとほと疲れ果てていた。対戦する私が何を言ったって何にも気にしなくたって、サラが卑怯だって言って得意げな顔をする人はいなくならない。勝敗がたとえ決まっていても、試合の内容がたとえ決まっていても、男に生まれついた人が女に勝ってるなら卑怯なんだってさ。

暇すぎてリングでロープワークを始める私とサラに、宇宙人は興味を示したようだった。まじまじとこちらを見つめるから、私は言葉が通じないなりに何をしているのかをサラと一緒に説明した。私はたくましい宇宙人の手足が羨ましかったので、ぺたぺたと彼らを触った。皮膚は変にごわごわしていて、触ったあとは少しかぶれた。宇宙人が何を言ってるかはけっきょく全然わからなかったけど、いくつかのジェスチュアはお互い理解し合えたと思う。宇宙人は嬉しい時には、腕の四本を交差させて上下に振るのだとわかった。

宇宙人の要求が判明したのはそれから三日後だった。宇宙人と州兵がどこかに去っていき、日に焼けた顔を見合わせて私とサラは笑った。熱いシャワーの代わりに徹底的な検疫と消毒が待っていて、焼けた肌に消毒はめちゃめちゃ染みた。

おかしな病原菌に感染していないことがわかって二週間後、私は宇宙人にさらわれて改造されたという設定で、サラと組んで試合に臨んだ。物珍しさにたくさんお客さんが集まったし、試合は大盛り上がりだった。サラもクソ試合の記憶が上書きできたようで安心した。

ネズミとゴキブリが一対三の比率で出る控え室では、ちょっとした噂が流れていた。宇宙人の要求に地球の偉い人たちが応じることができなくて、結局地球は侵略されてしまうらしいという内容だ。そんなことあるかよとまぜっ返したら、おまえは宇宙人にチップを埋め込まれた裏切り者だからそんなことを言うんだと突き放された。陰謀論者はどこにでもいる。やだなあ。

噂の内容はこうだ。宇宙人はどうやら生身での戦いが好きで、地球人に生身での戦いを挑んでいるらしい。それを受けて地球の人はいろんなタイプの格闘家を集めたけど、全然勝てない。死んだ人もいる。まあそれは当たり前だろう。彼らは腕が六本あり、筋肉(のようなもの)もものすごい。なんといっても三メートルだ。真正面から挑みかかっても敵うはずがないし、関節をとらえても人間の手足の数じゃあ全然足りない。対戦相手の地球人を試合会場に投げ込むたびに瞬殺で、地球にはもう手札がない。そういう話だ。プロレスラーのあいだで噂が広まったのは、実際に声をかけられた選手がいたからだろう。

サラは、プロレスラーに頼むなんてねえと呆れた様子で、私も同意見だった。会場から出る私とサラが見知らぬ黒服に車に詰め込まれて、あの忌まわしい滅菌施設に連れ返されるまでは。黒服の人達は私とサラに、宇宙人と戦えと言った。私とサラは勝てるわきゃねーだろと反論した。向こうもそんなことはわかってると言いたげに肩をすくめた。ファーストコンタクトの際に私とサラが宇宙人と仲良くしてたことを記憶していて、まあぶつけてみようかなと思ったらしい。噂に反して死者はまだ出ていないので安心してほしいと言われたけど、信じられるはずがない。

私とサラはカバンに入ったままの汗くさいコスチュームをふたたび身につけて、宇宙人の待つ試合会場に放り出された。細かい砂が撒かれたサッカースタジアムくらいの大きさのフィールドは、鉄骨にぶら下げられた照明に照らされて夜の闇の中で白く輝いて見えた。五メートルくらい先に立つ宇宙人はひとり。ハンディキャップマッチだ。宇宙人は四本の腕を交差させて上下させている。もしかして。のしのしとこちらに近づいてくる宇宙人に向かってサラと私は手のひらを組み合わせてTの形を作る。タイム。港で教えたジェスチュアを、宇宙人は覚えていてくれた。宇宙人は素直に待って、サラと話し合う時間をくれた。

どうしよう、サラ。うん、ダメージのない形で負けよう。そうだね、でもせっかくだし、うまいこと負けよう。なんかあの宇宙人、真面目そうだったから。サラと試合の流れを話し合う。相手がどう出てくるかわからないけど、負けに向かって臨機応変に対応するのは私はとても得意なのだ。

私もサラも、だから勝とうとしなかった。宇宙人の腕のリーチを測ったら相手の攻撃がクリティカルにならない場所までしか近づかず、近づくときもどちらかがおとりになった。それでいてきちんと、相手の腕がちょっとでも触れた時はおおげさにリアクションした。私にとっては慣れっこの流れだった。あの港の倉庫で宇宙人の腕の数にも慣れていたので、私とサラはいい感じに試合を運べた。

そろそろいいよねえ、とサラは私に耳打ちし、頷いた私は最後の見せ場とばかりに宇宙人の背中に取り付いて形式的な卍固めを仕掛けた。腕が六本もあるので全然極まってる感じがしない。これが終わったら向こうの一発を軽く受けてギブアップしよう。ぎゅうぎゅうと締め付けて、すると余った腕の一本がぽんぽんと私の腕を叩いた。えっ、そっちのギブアップ?

私は技を解いて、宇宙人と対面し、その長駆を見上げた。宇宙人は四本の腕を交差させて上下させていた。そのときなんとなく、この宇宙人が何を求めて宇宙を旅しているのかがわかった。

宇宙人は地球を去った。傍目には、私たちに負けたから地球侵略を諦めたと思われるだろう。でも違う。彼らは満足したから去ったのだ。当然だけど、私とサラは地球の英雄になった。だけど私たちを表彰する式典には私もサラもいなかった。戦いはあっても勝敗のないところへ、彼らと一緒に旅立ったから。

 

 

 

 

 

第三回かぐやSFコンテスト特設ページ

由嬉平乃

ライターのお仕事をしています。よくゲームを遊んでいます。今は『Starfield』をプレイしています。

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