歴史的な日 | VG+ (バゴプラ)

歴史的な日

第三回かぐやSFコンテスト最終候補作品

「歴史的な日」

 

工事請負業者とは、実際に工事をやる俺らみたいな子会社の下っ端じゃなく、受けた仕事を下請けによこす親会社のことらしい。感覚的には逆だ。工事を請け負うのは俺らなのに。「それ考えた人アホなんすかね」と言ったら加藤さんは「親会社としか会わない人らがつけたんだろ」と鼻で笑った。それでなんか、いろんなことが腑に落ちた。見える景色が違う人が世界をつくっている。夜の小学校のグラウンドで作業しながらそんなことを思いだした。

十月に入ってやっと夜が涼しくなった。中卒で地元の小さな建設会社で働きだして八年、この季節が動きやすくて好きだ。星ひとつ見えない曇空の下、投光器に照らされながら、陸上競技のトラックにそって穴を掘る。

トラック用テントの試験的導入先として、標高が高いから気温が低く、山を背にした広いグラウンドのある俺の母校の小学校が選ばれた。工事自体は一晩で終わるぐらい簡単だったが、下地を乾燥させる期間が一週間ほど必要だ。

高さ三メートルある半円形の金属製フレームでトラックをぐるりと囲み、脚部分をコンクリートで固定。黒いシートでフレームの天井部分だけ覆う。巨大なチョコがけドーナツみたいな見た目だ。遮光と遮熱効果があるシートは宇宙でも使われるらしいが軽くて薄くて頼りない。ドーナツ型よりもドーム型のほうが安定感はありそうだが、トラックにそった形が大事なんだろう。

地元の町立小学校に全国初のスポーツ設備をつくる仕事は社長が一番喜んだ。昔は校庭に遊具があったらしくて、それを撤去する仕事もうちがやったそうだ。校庭に遊具なんて話、最初聞いたときは冗談だと思って「さすがに騙されないっすよ」と言ったら、社長に「これだから屋内体育世代は」とあきれられた。やわな根性なしって意味だ。

帰りの車内で加藤さんが言う。

「この工事で社長に取材依頼があってさ、社員もインタビューされるらしいぞ」

「じゃあ無精ヒゲそるんすか? ヒゲの加藤さんしか知らないから、人見知りしそう」

「選ばれるなら西村だろ。お前は卒業生だから」

加藤さんはしらふだと面倒見がいいが、酔うとすぐ「俺は最後の灼熱体育世代だ」とからみだす。一回り年上の加藤さんは屋外体育がなくなっていった世代らしい。熱中症予防のために都内の私立校が夏の屋外体育自粛をいち早く取り入れたそうで、ほかの学校もそれに続いた。六月九月も猛暑となり、ほかの季節でも雹に当たって怪我や死亡事故が起きて、夏以外でも屋内競技が推奨されると、やがて屋外体育自体がなくなった。それで俺みたいな屋外体育を経験しなかった世代を屋内体育世代と呼ぶ。

最近では子どもの筋肉量の低下、運動習慣のなさが問題視され、屋外体育復活への議論が始まった。その第一歩がこのトラック用テント。なんとか連盟が協賛している代物で、いろんな審査を合格したから安心安全だそう。

下地が乾燥して工事完了したあと、月末にはトラック用テントのお披露目に呼ばれた。授業の一環なので少人数で来るよう釘をさされて俺と加藤さんが代表に選ばれたが、集合時間はいつもなら寝ている十五時だ。

「起きれるかな」

と言ったせいか、当日は加藤さんがアパートまで車で迎えに来てくれた。ドアを開けたらツルツルの顎をした加藤さんがいたから、笑いすぎてオナラが出て、また笑った。こんなやつが代表かとあきれた顔をされた。

作業着姿で小学校へ行くと駐車場がいっぱいで、わざわざ近くのコインパーキングに駐めて校門までのゆるやかな坂道を上る。子どものころに歩いた道だが、大人の脚でもこの長い坂道は疲れる。オンライン授業がいつかふつうになるんだろうと思っていたけど、いまだに校舎に通うほうが一般的だ。それどころか、危険視された屋外体育が再開される。なんだかなあって思うのは、俺がアップデートできてないから? 俺らの世代が失敗だったって認めたくないから? 失敗したのは大人なのに、失敗のレッテルを貼られるのは子どもだった俺らだから?

職員玄関で受付をすると、取材のために新たに設置されたテントに案内されたが、そこからはみ出すぐらい何十人も集まっている。校舎の影になる位置で、トラック用テントからは少し遠いが、集まった人数を見れば、これぐらい離れているほうが生徒たちも授業に集中できるだろう。カメラを構えた取材陣、ジャージやスーツの教師、それに作業着姿だがうちの社員ではないおっさんたちもいて、インタビューされている。

「子どもたちの健康な発育に役立てる上、地元に貢献できるなんてありがたい話です。私が子どものころは、子どもが外で走るのがふつうでした。久しぶりにその姿を見られるなんて楽しみです」

自分の手柄みたいにしゃべっているところを見ると、この人が工事請負業者だろう。屋外で重いものを運んで汗をかいたことがなさそうな汚れもほつれもない作業着がいかにもそれっぽい。おっさんはこちらをチラリとも見ない。見る価値もないって感じで。

スーツ姿の好青年風のインタビュアーはカメラに向かって温度計を掲げた。

「屋外体育の実施推奨気温は、三十度以下です。現在、二十八度。湿度が高いと熱中症のリスクがありますが、カラリと晴れたまさに秋晴れです。あ、子どもたちが校舎から出てきました。屋外での待機時間を減らすため、通常はふたクラス合同体育だそうですが、今日はひとクラスごとに移動しています」

校舎から体操服の二十数人の子どもたちが出てきた。高学年ぐらいだろうか。赤白帽は今も現役のようだ。緊張のせいか、みんな黙っている。それを十人以上のカメラマンが追っかける。

「歴史的な日ですね」

インタビュアーが誰にともなく言った。俺と同年代か少し上ぐらいだから屋内体育世代だ。素直に感動しているみたいで、もやもやしているのは俺だけなのかと不安になって、隣にいた加藤さんに小声で聞いた。

「大ちゃんって来年小学校でしたっけ」

「再来年」

「これ、ほかでもやるんすかね?」

「やるんじゃねえか」

灼熱体育世代といつも言ってくるが、息子の屋外体育参加を嫌がるそぶりはない。俺だけが変なの?

ふいにパーンと乾いた音がして、トラックに横並びの五人が走りだす。遠いしフレームがあるしで、子どもらの表情までは見えないが、腕を大きく振ってぐんぐん駆けていく。小学生でも高学年ともなれば、スピードが出る。速い。
「がんばれ!」

インタビュアーが叫んだ。好青年風の彼はカメラがそばになくても好青年らしくて、手をたたいて「あきらめるな!」と声をあげる。それにつられたのは加藤さんで、そうなったら俺も何か言いたかったが言葉が出てこない。小中学校の体育祭は体育館での開催で、保護者らはオンライン観覧。先生以外の大人からスポーツ中の応援の言葉をかけてもらったことがない。

「がんばれ」

とりあえず言ってみたら、自信なさそうにか細い。俺の口から出たとは思えない。今度は手をたたいて声を張りあげた。

「がんばれ!」

一位でゴールした背の高い生徒がこっちに会釈するようなしぐさをした。声が届いてるんだと気づいて、俺らの声援はさらに大きくなる。

次々と選手が交代し、全員が走りきったあと、走る姿を撮影していたカメラマンがインタビュアーを手招きした。駆けだした彼は革靴なのにビュンと速くフォームもきれいで、スポーツ経験者なんだろう。

むやみにたたいた手のひらがじんわりと熱い。走りおわった子どもたちにインタビューしている姿を眺めながら「俺らいる必要ありました?」と加藤さんに聞く。大声出した野蛮な猿どもめ、みたいな顔の工事請負業者へのインタビューで工事関係者への取材はすんだだろう。

「帰りましょうよ」

「なんだよ、楽しそうだったのに」

「まあ面白かったですけど、疲れました」

徒競走が始まるまではなんとなく不安だった。体調不良とか怪我とかなんかいろいろ。でも始まってみるとこんなにも盛りあがれるとは知らなかった。「歴史的な日」にやられたのかもしれない。気温や湿度にも気を使っていると知れてよかった。

社長から別件での呼びだしがあり、結局インタビューはされないまま、俺らは小学校をあとにした。ヒゲまでそった加藤さんは酒の席でしばらくからかわれた。

すっかり記憶が薄れた一か月後、別の小学校のグラウンドでトラック用のテントを設置していたとき、お披露目の日を思いだした。

小学校の名前で検索すると、すぐにそれらしい動画が見つかった。手をたたいて声援を送る俺らの姿が冒頭で採用されていた。編集がうまいのか、その場の空気にのまれただけの俺が、子煩悩なまともな大人に見える。走る前には体育館で県知事による激励があったらしい。県知事はそのあと、グラウンドのオンライン映像を職員室で見守っていた。つまりテント下にいた工事請負業者でさえ下っ端で、発注者側は屋内で革ソファに座っていたようだ。

次のシーンでは、インタビュアーがトラック用テントの下で温度計を掲げる。

「一般的なテントの下での気温は二十八度でしたが、こちらの競技用テントの下では二十度です。横から吹く風が心地よく、私も走りだしたいくらいです」

ぞっとした。この設備をつくって、声援まで送っておきながら、俺は使用時の温度さえ今初めて知ったのだ。俺はもう、親会社に工事請負業者と名付けた人を笑えない。自分とは住む世界が違う人間が考える世界をつくる側だ。

動画は小学校からスタジオへと切り替わる。きれいなお姉さんアナウンサーは微笑んで明るく言った。

「大人も子どもも一丸となってスポーツに取りくむ姿はすばらしいですね。オリンピック・パラリンピックの招致に期待が高まるなか、心温まるニュースでした」

 

 

 

 

 

第三回かぐやSFコンテスト特設ページ

鈴木無音

京都生まれ京都育ち。井上彼方編『京都SFアンソロジー:ここに浮かぶ景色』(社会評論社)に「聖地と呼ばれる町で」掲載。
社会評論社
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