『ボーダー 二つの世界』原作小説との違いと、各々の作品で問われたもの | VG+ (バゴプラ)

『ボーダー 二つの世界』原作小説との違いと、各々の作品で問われたもの

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話題の映画『ボーダー 二つの世界』

現在公開中の映画『ボーダー 二つの世界』は、スウェーデンを舞台としたミステリーともファンタジーともSFともつかない作品だ。人の感情を嗅ぎ取ることができるティーナは、スウェーデンの税関で不法入国や密輸などを取り締まる仕事をしている。そこに、不思議な男ヴォーレが現れる。不信感を抱きながらも、どこか自分と同じ匂いのするヴォーレに惹かれていくティーナ。そしてヴォーレとのかかわりの中で、自分の出生の秘密を知っていく。

映画『ボーダー 二つの世界』は、スウェーデンの人気作家、ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストが原作と共同脚本を手がける。日本では、本作が表題となった短編小説集がハヤカワ文庫から出版されている。

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監督はイラン系デンマーク人の新鋭アリ・アッバシ監督で、この作品でカンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリを受賞した。ギレルモ・デル・トロが「特殊メイクに興味があるなら、これ以上に良い作品はない」というコメントをよせているように、優れた特殊メイクや衝撃的な映像が反響を呼んでいる。

優れているのは映像だけではない

しかしこの作品、優れているのは映像だけではない。ゲームクリエイターの小島秀夫が「これまでの概念、美意識、価値観、倫理観、偏見、そしてジャンル映画の“ボーダー”さえも超えて、破壊する」というコメントをよせているように、この映画は見ているものの固定概念や常識を揺さぶるものである。様々なボーダー (境界線) があっけらかんと崩され、破壊され、超えられていく展開にも、多くの賞賛が寄せられている。ここでは原作と映画を比較しながら、それぞれの描かれている世界観の違いを見てみたい。

原作小説と映画の違い

原作と映画の大きな違いは4つある。
1つ目は、ティーナのキャラクター設定。ティーナは人の感情を嗅ぎ取ることができるという能力があるため、その能力を活かせば、世界中の税関や国境で密輸人や薬の売人を捕まえて大活躍することができる。しかし原作のティーナは、知りすぎることによって自分の身の安全が脅かされるのではないかという思いから、外国からの大きな仕事の要請を断っている。そして、自分がやっている税関での仕事に信念を持っているわけでもない。
しかし映画では、その才能を買われて児童ポルノにかかわる調査を依頼されたティーナは、まっすぐな正義感に突き動かされて行動し、慎重さにかけると批判されるくらい大胆に行動する。

2つ目は匂いを嗅ぐという行為の持つ意味だ。原作では「嗅ぐ」という行為は、知りたくもない他人の感情や真意を知らせてくるものであり、他人と自分との隔たりとなってしまっている。と同時に、ヴォーレに惹かれていくティーナは、ヴォーレは自分と同じ匂いがすると思う。他者との隔絶の原因だった「匂い」は今度は、他者とつながる手段になる。匂いを嗅ぐという行為は、両義的な行為なのだ。
しかし映画では、嗅ぐことに対するネガティブな話は出てこない。悪意や羞恥心を嗅ぎ分け、悪人を捕まえる手段、ポジティブな才能である。

3つ目は父との関係だ。ティーナが自分の出生の秘密について父に尋ねるシーンは、原作ではとても穏やかに行われる。ティーナが真相にたどり着いた後も、二人の関係は続いていく。しかし映画では、動揺して父を問い詰め、「私の話を聞いてほしい」と訴えるティーナに対し父は、「トゲトゲしていて気に入らない」「穏やかに話すなら聞く」と怒鳴りつけ、背中を向けてしまう。このシーンは二人の関係が欺瞞の優しさによって成り立っていたことを明らかにする。そしてその最後まで、父は自らの認識も姿勢も改めようとせず、ティーナは認識を改めない父を拒否する。

そして最後がヴォーレのキャラクターだ。原作のヴォーレは人間社会への憎しみは感じさせるが、それが行動を決める際の指針とはならない。映画では、ヴォーレは人間への憎しみを顕わにし、復讐に燃えている。そしてやがて、ヴォーレの復讐はティーナの生き方と対立していく。

違いから見えてくるもの

全体として原作は、醜い見た目によって他者から虐げられ、匂いによって知りたくもないことを知って、「寝ることも横になることもできない檻」の中でひっそりと傷つかないように生きているティーナが、他者を求めていく物語、あくまでティーナの物語としての要素が強い。そしてティーナは出生の秘密を知った後も、父ともヴォーレとも関係を続けていく。ティーナの居場所は最後までそこにあるのだろうと思う。匂いを嗅ぐという行為が両義的であったように、両義性を抱えたまま生きていくのだ。

それに対して映画では、ティーナを取り巻く社会の欺瞞、抑圧、憎しみ、それらと対峙し、それらすべてを拒否して生きていこうとするティーナの姿勢が描かれることによって、社会の構造や社会にあるボーダーに対してより鮮明に疑問が投げかけられている。どちらにもNOを突きつけたティーナ自身の新しい生き方が、どのようなものになるかは明示されない。なんとなく、境界と分断を超えていく新しい生き方/存在の可能性が提示されているだけだ。

問われているのは誰なのか

原作も映画も、様々な二つの世界の間、ボーダーで揺れ動き、選択していく人たちの作品であることは間違いない。現代社会にある多くの分断、ボーダー、そしてそれを超えようとするときの姿勢について、二つの回答を提示していると言ってもいいかもしれない。ひっそりと目立たないように生きていくティーナ、才能を活かして自分が正しいと思うものを貫いていくティーナ。どちらのティーナも、私には勇気をくれる。原作のティーナに共感し、映画のより能動的で強いティーナに憧れもする。憎しみにまみれたヴォーレにも共感する。

でも、そのように語ることにも躊躇を覚える。だって私は、ティーナを醜いと思ってしまうから。ヴォーレを怖いと思ってしまうから。その他の、二人が飛び越えてゆくボーダーに囚われている人間だから。そしてきっと、二人を虐げている側の人間だから。そんな私がティーナに惹かれることは、映画で鮮明になっている欺瞞と何が違うのだろう。

共感したり戸惑ったりしながら、私は私とティーナを隔てている境界について思いを馳せる。そして驚き、戸惑いながらあなたに聞きたい。ねえ、レーヴァ(ティーナの本名)、あなたは誰?そしてボーダーを越えたあなたの鼻は、どんな匂いを嗅いでいますか。

映画『ボーダー 二つの世界』は、全国の劇場で順次公開中。公開スケジュールと劇場は公式サイトで確認できる。

『ボーダー 二つの世界』公開スケジュール

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井上 彼方

1994年生まれ。VG+合同会社クリエイティブ・ディレクター。2020年、第1回かぐやSFコンテストで審査員を務める。同年よりSF短編小説をオンラインで定期掲載するKaguya Planetでコーディネーターを務める。編著書に『社会・からだ・私についてフェミニズムと考える本』(2020, 社会評論社)、『SFアンソロジー 新月/朧木果樹園の軌跡』(2022, 社会評論社)。
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