【連載】Kaguya Book Review第8回 アダム・シルヴェラ『今日、僕らの命が終わるまで』 | VG+ (バゴプラ)

【連載】Kaguya Book Review第8回 アダム・シルヴェラ『今日、僕らの命が終わるまで』

Kaguya Book Review、第8回は『今日、僕らの命が終わるまで』

月に一冊ずつ、新刊・既刊問わず素敵な翻訳作品を紹介するKaguya Book Review。第8回は、アダム・シルヴェラ著・五十嵐加奈子訳のYA小説『今日、僕らの命が終わるまで』をご紹介します。

アダム・シルヴェラ/五十嵐加奈子訳『今日、僕らの命が終わるまで
(小学館集英社プロダクション、2024/5発売、本体価格2,200円+税)

もしも今日死ぬとしたら……?

 人間は必ず死ぬけれど、「私は死ぬ」と日々考えながら生きている人は多くないだろう。だが、もしも自分の死期がわかったら? しかも、死ぬ当日にそれが知らされたとしたら……? そんな「もしも」の世界を舞台にして描かれるボーイ・ミーツ・ボーイの物語がアダム・シルヴェイラの『今日、僕らの命が終わるまで』だ。

必ず誰かが死ぬ街で、命が輝く一瞬

 (おそらくは)科学の発展によってすべての人間の死期が予測可能になり、その日死ぬ人に死を宣告する電話がかかってくるようになった社会。ニューヨークに住む18歳の少年マテオは、夜中の0時22分にその電話を受ける。混乱して怯え、部屋から出られずに数時間を過ごすマテオだったが、その日死ぬことを通知された人々(「デッカー」と呼ばれる)が最後の日を一緒に過ごす誰かを探すためのウェブアプリ〈ラストフレンド〉を通じて、同じ日に死を宣告された同級生の少年と出会う。もう一人の主人公、ルーファスだ。元彼女の元彼氏をボコボコにしている最中に電話を受けたルーファスは、警察から逃げていることを隠して夜明け前にマテオと落ち合い、最後の1日をともにする。内気で臆病、でも豊かな好奇心を秘めたマテオと、クールで大胆、論理的だがどこかフラジャイルなルーファス。どちらも形は違えど家族の喪失を経験しており、喪失のトラウマと自らの死せる運命という大きな試練に立ち向かううち、ふたりはお互いをかけがえのない存在であると感じはじめる。

舞台となっている世界線では、事故であろうと事件であろうと死を宣告されれば必ずその日に死ぬが、その日の何時ごろに死ぬか、どうやって死ぬかは伝えられない。そのためデッカーたちは、24時間以内のいつ自分の命が終わるのか怯えながら最後の日を過ごすことになる。しかし、この小説は、死という運命から逃れ、なんとか生き延びようとあらがう物語ではない。唐突に突きつけられる「あなたは今日死にます」という人生の理不尽に対してぜんぜん心の準備のできていない二人が、呆然としたり混乱したりしながらも最高の1日を過ごすためにお互いを思いやる、心情の機微が描かれる。マテオとルーファスのストーリーを軸としながらも、ふたりの大切な友人たち、またひとときだけ時間や場を共有する人々、あるいは一見ふたりの1日に関係なさそうな誰かの物語も随所に挟まれる。たとえば、ふたりが地下鉄ですれ違う二人の少女、デッカーの大学新入生とそのラストフレンドのエピソードが印象的である。進学のために引っ越してひとりぼっちな上、新学期の始まりの日に死を宣告されてしまった少女は、ラストフレンドと乗り込んだ地下鉄で素敵なニューヨーカーたちと出会うのだ。
今日死ぬ誰かと、今日は死なないけどいつか必ず死ぬ誰かの瞬間が丹念に重ねられ、何をしても「死」がちらつく1日の中の何気ない一瞬がどうにも輝いて見えてしまう。

自分の死を自分の手の中に取り戻す

 ストーリーラインは美しく、でも同時に『今日、僕らの命が終わるまで』は恐ろしい小説でもある。人々に死を通知する業務は、〈デス=キャスト〉という一般企業が請け負っており、同社の社員は高給取りだ。その日死ぬことになったデッカーは、自ら墓石を注文し、生前葬を行なう。また、デッカーたちが安全にスリルを味わうためのVR施設やクラブ、スポーツアリーナが存在し、入場料はどこもかなり高額。死後の世界にお金はいらないから。前述の〈ラストフレンド〉の他にも、デッカーたちが最後の1日を投稿する〈カウントダウナーズ〉や、最後にセックスをしたいデッカーたちのための〈ネクロ〉というマッチングアプリ(1日8ドル)など、死にゆくものたちのためのウェブサービスも発展しており、さらにはこれらのアプリやSNSが原因となった殺人事件も起きている。つまり死がコンテンツ化・資本主義化したディストピア社会を舞台とする小説である。

この構造に対して、作中で明確に批判的な言及がなされることはない。だが、マテオとルーファスをはじめとする人々は思い出を大切に抱き、どんなに残された時間が短くても大切な誰かと愛を育んで確かめ合い、古い歌や小さな公園に何度でも戻ってくる。生を寿ぐことこそがシステム化してしまった死に対抗する術であり、死を自分の手の中に取り戻す営みなのだ。

私の電話が死を告知するために鳴りだすことは(おそらく)ない。でも、告げられようが告げられまいが死ぬときには人は死ぬ。私は死ぬときに何を思い出すのだろう。大切な思い出として残っている、あの場面やあの人の事かもしれない。読み終えた後にそんなことを考え続けてしまう、あたたかなメメント・モリの物語だ。

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堀川夢

1993年北海道出身。編集者、ライター。得意分野は海外文学。「岸谷薄荷」名義で翻訳・創作も行なう。フェミニスト。

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