映画『きみの色』公開
映画『きみの色』が2024年8月30日(金) より全国の劇場で公開された。『きみの色』は山田尚子が監督、吉田玲子が脚本、サイエンスSARUが制作を務めた青春映画。人の感情を色で見ることができる主人公・日暮トツ子は、ある秘密を抱えるきみとルイと共にバンドを組むことになる。
『きみの色』では、アニメ『けいおん!』(2009-2010) で監督デビューを果たし、『映画 聲の形』(2016) の監督も務めた山田尚子が、映画『猫の恩返し』(2002)、『映画 聲の形』などの脚本家として知られる吉田玲子、アニメ『DEVILMAN crybaby』(2018)、『日本沈没2020』(2020)、『映画 聲の形』などの音楽で知られる牛尾憲輔とまたもタッグを組む。
磐石の陣営で製作された『きみの色』では、どんな物語が描かれたのだろうか。今回は、映画『きみの色』のラストについて、ネタバレありで解説&考察して行こう。以下の内容は本作の結末に関する重大なネタバレを含むので、必ず劇場で本編を鑑賞してから読んでいただきたい。
以下の内容は、映画『きみの色』の結末に関する重大なネタバレを含みます。
Contents
『きみの色』ラスト ネタバレ解説&考察
三人が抱える秘密
映画『きみの色』の舞台となるのは長崎をモデルとした街。長崎には日本へキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエルの記念碑や記念像が建てられており、キリスト教とは縁が深い。また、長崎にはかつて隠れキリシタンが隠れ住んでいた歴史があり、『きみの色』の「好きと秘密」というテーマに沿ったチョイスになっている。
『きみの色』では、そこでミッション・スクール(キリスト教主義学校)に通う日暮トツ子が、きみとルイと共にスリーピースバンドを組むことになる。きみは一緒に暮らす祖母に内緒でミッション・スクールを退学したこと、ルイは島の医者の母を継ぐという将来を約束した母に音楽をやっていることを伝えられないでいた。
きみはかつて祖母が通っていたミッション・スクールに通っていたが、“自分は立派な人間じゃない”という思いに駆られて学校を辞めることになる。主人公のトツ子は人の色が見えること、ミッション・スクールでは禁止されている異性(ルイ)と交友があることを秘密にしており、バンドメンバーの三人はそれぞれが秘密を抱えていた。
トツ子の思いは?
映画『きみの色』を見ていると、舞台がキリスト教の学校ということで、トツ子からのきみに対する恋愛感情も“秘密”に数えられそうではある。トツ子が唱える「変えることのできないものについて、それを受け入れるだけの心の平穏をお与えください」という聖書のイザヤ書からの引用も、同性愛を想起させる言葉だ。
しかし、小説版ではトツ子のきみへの思いが“恋”ではないことが示されており、トツ子は青をまとった“きみの色”に惹かれていたとされている。また、ルイへのクリスマスプレゼントにスノードームを選ぶシーンでは、顔が赤くなったきみが経験している感情を「トツ子はまだ経験したことがなかった」と明言されている。
加えて小説版ではルイに恋をしているきみの様子を「素敵すぎた」と表現してもいて、自分の唐突なバンド結成の誘いを きみが受けたのは、その場にルイがいたからではないかと思い至っている。映画では曖昧に描かれているトツ子のきみに対する感情は、小説版ではトツ子だけが見える“きみの色”への愛着であったことが示されているのだ。一方、映画ではトツ子の感情はあえてボカされているようにも思える。
シスター日吉子の秘密
きみの思いについても気になるが、その答えは『きみの色』のクライマックスで示されている。学校を辞めて部外者になったきみを宿舎に忍び込ませたことで、トツ子は処分を受けることになる。この窮地にトツ子ときみの双方を助けたのが、新垣結衣が声を演じるシスター日吉子だった。
シスター日吉子はすでに学校を辞めたきみにも償いの機会を与えるよう校長に頼み、きみは反省文を書くことになる。シスター日吉子は反省文を歌にするようきみに薦めると、学校の聖バレンタイン祭で演奏することを提案する。三人のバンドの名前は、バンドを結成した場所である“しろねこ堂”になり、きみとルイは家族にそれぞれの秘密を打ち明けた後、本番の日を迎える。
機材を調整する直前のシーンで、トツ子はシスター日吉子がかつてロックバンドを組んでいたことを知る。そのバンド名は「GOD almighty」というもので、宿舎のトツ子のベッドに彫られた文字と同じ名前だった。ベッドにあの文字を彫ったのは高校生時代のシスター日吉子だったのだ。シスター日吉子は自分も音楽をやっていたからこそ、トツ子ときみのことを放っておけなかったのだろう。
それにしても、「GOD almighty」とは「全能なる神」という意味で、それをバンド名にするとはなかなか度胸がある。「できれば消したい」と恥じるシスター日吉子に、トツ子は「変えられないものを受け入れてみるのはどうでしょうか」と、イザヤ書の一節を引用するのだった。
最後の三曲は
『きみの色』のラストでしろねこ堂が演奏した三曲は「反省文」「あるく」「水金地火木土天アーメン」。最初の曲である「反省文」の正式名称は「反省文〜善きもの美しきもの真実なるもの〜」で、この曲を含め三曲ともに山田尚子監督が自ら作詞を手掛けている。
「反省文」の歌詞では「さけぶ心の声まで飛ばした/わたしはあなたを愛してる」と歌われており、『きみの色』のラストシーンに繋がる内容になっている。この点については後で詳しく解説することにしよう。
続く「あるく」では、「花となり咲きたい」と率直な歌詞が歌われているが、「反省文」に続いてここでも「あなたへ愛のうた放つ」と「愛」が歌われている。「あるく」のパフォーマンス中にはルイの母が会場に到着。きみの祖母は現れるのかどうかとヤキモキする中、トツ子が作った最後の曲「水金地火木土天アーメン」のパフォーマンスへと入っていく。
「水金地火木土天アーメン」の歌詞は「きみの色がぶち抜きました/私の脳天」から始まり、「ほんとにルイ腺/虹色のカーテン」と、きみとルイの名前が入れられている。トツ子の二人への思いが込められた歌詞だ。
そして、この演奏中にきみの祖母が到着。ばっちりロックな格好をしてきており、準備に時間がかかって到着が遅れたことがうかがえる。きみのロックな精神は祖母譲りだったのだろう(小説では母も成功したアーティストであることが明かされている)。「水金地火木土天アーメン」に合わせてシスターたちも踊り出し、会場は最高の盛り上がりを見せる。シスター日吉子がこっそり廊下へ出て大胆に踊る姿が清々しい。
「水金地火木土天アーメン」は三曲の中では最もポップで明るい歌だが、『きみの色』では三人のプロセスをじっくり見せられていた分、その盛り上がりを見ていると涙が出てしまう。これが、三人が転びながら、支え合いながらたどり着いた場所だ。
ライブは成功に終わり、春を迎えてトツ子は学校の庭でジゼルの「Act Ⅰ: Pas seul – Pas de deux des jeunes paysans」に合わせてバレエを踊る。ルイが演奏してくれたテルミンの音が鳴っている。そして、自由を得たトツ子は今まで見えていなかった自分の色を知ることになる。その色は、赤色。きみの色は青、ルイの色は緑、トツ子の色は赤だったのだ。
エンディングの意味は?
『きみの色』のエンディングでは、大学に進学するために船で旅立つルイをトツ子ときみが見送るシーンが描かれる。きみとトツ子は港には来ていたが、見送りの場所にいなかった。会わないことを決めていた二人だったが、船が出るときみは走り出し、ルイに向かって「頑張れー!!」と叫ぶのだった。
このラストは、映画版ではバンドメンバーの別れとして描かれているが、小説版ではかなり長いシーンになっている。きみのルイに対する思いに気づいているトツ子だが、きみにルイへの気持ちを問いただすようなことはしないと決めており、きみ自身もまた会ってルイを見送れば気持ちを抑えきれなくなると葛藤していた。
最後にきみがルイに叫んだ言葉は告白ではなかったが、きみが叫んだこと自体に意味が込められている。「反省文」の歌詞には「さけぶ心の声まで飛ばした/わたしはあなたを愛してる」とあり、言葉にはできなかったが、その叫びの意味が「愛してる」であったことが読み取れる。小説版では、トツ子はこの叫びを「大好き」という意味だと思ったと記されている。
そして、船に乗るルイは紙テープを振ってそれに応える。小説版では、空へと舞い上がった七色の紙テープは、「さよなら」というメッセージのようだったとされている。
映画『きみの色』のエンディングで流れる曲は、Mr.Childrenによる主題歌「in the pocket」だ。
ポストクレジットの意味は?
『きみの色』のラストはこれで終わりではなかった。エンドロール後にはポストクレジットシーンが用意されており、しろねこ堂の曲がネットにアップされている様子が映し出される。続いて、しろねこ堂の「水金地火木土天アーメン」のデモテープが再生される。三曲のデモバージョンを収録したしろねこ堂のデモテープは、公式から発売されている。
スマホで動画を自撮りする三人の姿のあと、一瞬だが別の映像が挿入される。それは、ルイを見送った港でトツ子がきみを抱き寄せる場面だった。映画だけ見ると、ともすればルイがいなくなってトツ子ときみが結ばれたエンドと捉えることもできる。
しかし、小説ではこの場面は具体的に描かれている。きみはルイからの「また演奏したいな。本当にありがとう」というメッセージを見て泣き出し、トツ子はきみを抱きしめることしかできなかったと解説されている。小説ではあくまでも、きみとルイの恋、それに寄り添うトツ子という関係が描かれていることが分かる。
『きみの色』ラスト ネタバレ感想&考察
映画『きみの色』は、三人の高校生がバンドを組んで恋をして、自分と向き合い別れを経験するという物語だった。映画ではトツ子ときみの気持ちをあえてぼかしているようにも思えるが、小説が“正史”ならば、中流階級の異性愛者の若者たちが中心の物語ということになる。
一方で、人の色が見えるという“スーパーパワー”を持つトツ子の存在が『きみの色』にスパイスを加えている。人と違う能力を持つトツ子は、友情でも愛情でもない気持ちをきみに向けていて、“好意”の形にも縛られていないようにも思える。『きみの色』のキャッチコピー「私が惹かれるのは——」の答えは「きみの色」だったのだろう。
小説版では、それぞれの人物の心情やきみのバックストーリーについてかなり詳細な描写が加えられているのだが、映画版ではトツ子の視点にフォーカスしている。ゆえに恋愛はそれほど大事な要素として取り上げられなかったのだろう。ラストカットがトツ子の主観映像だったのも印象的な演出だった。
映画があえて、きみとルイの恋愛描写をぼかしているのだとすれば、より多くの人が共感できる余地を作ったと考えることもできる。しかし、それはそれで思わせぶりで不誠実でもある。トツ子ときみのロマンスに期待して小説を買った人は、異性愛者中心のストーリーだったという事実を突きつけられてしまうからだ。
『きみの色』の映画としてのテーマは、思春期の若者たちが苦悩を抱えながらも、「変えられない部分は受け入れて、変えられることは変えていく」というミッションに挑んでいくという側面が大きい。秘密の中身自体は変えられないが、秘密を大切な人に明かして前に進むことはできる。それぞれが一歩前に進んだ先にクライマックスのライブシーンがあったと言える。
ちなみに小説では後日談も書かれており、トツ子は系列の大学に進学、高校を中退したきみは高卒認定試験を目指して勉強している。ルイは医学部に進学したが、きみのことを想っており、夏に帰省する計画を練っている。
これから三人はどんな道を歩んでいくのか。『きみの色』の音楽を聴きながら、三人の未来に想いを巡らせてみよう。
映画『きみの色』は2024年8月30日(金) より全国の劇場で公開。
『きみの色』のオリジナルサウンドトラックは発売中。
佐野晶によるノベライズ版『小説 きみの色』も発売中。
鈴木小波によるコミカライズ版も発売中。
『きみの色』のやさしいバンドスコアも発売中。
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