舟渡エレナの人物像について考察
『アンナチュラル』(2018)と『MIU404』(2020)と繋がる日本発のシェアードユニバース映画として、2024年8月23日(金)に『ラストマイル』が全国の劇場で公開された。『ラストマイル』は野木亜紀子と塚原あゆ子、新井順子が再集結して現実の物流サービスにおける社会問題を丁寧に描き出している。そこで描かれる人間描写も非常にリアルだ。
本記事では、『ラストマイル』の主人公である舟渡エレナの人物像について考察を述べていこう。なお、以下の内容は『ラストマイル』の結末の重大なネタバレを含むため、劇場にて本編を鑑賞後に読んでいただきたい。また、以下の内容には自殺描写が含まれるため注意していただきたい。
以下の内容は、映画『ラストマイル』の内容に関するネタバレを含みます。
『ラストマイル』舟渡エレナの休職理由についてネタバレ考察
舟渡エレナの人物像
『ラストマイル』で物語の鍵を握るのが、舟渡エレナの精神衛生上の問題だ。エレナは過去に3年間のロジスティクスセンターでのセンター長としての経験によって、精神に不調をきたしてしまい、3か月間休職を取っていたことが明かされている。
その復帰後の初仕事が、『ラストマイル』の舞台となる西武蔵野ロジスティクスセンターのセンター長であった。一度休職しているという焦りからか、序盤のエレナの人物像は無差別連続爆破事件を隠蔽しようとする、責任の所在を羊急便に押し付けようとするなど、他人を傷つける加害者の側面が大きかった。
しかし、ラストでチームマネージャーの梨本孔に自身が精神に不調をきたして休職していたことを打ち明けるとエレナに変化が訪れる。『ラストマイル』の無差別連続爆破事件の犯人である筧まりかや、犯行のきっかけになった山崎佑の飛び降りを知るようになったことで、その変化はさらに大きくなる。そして羊急便の八木竜平にストライキを持ち掛けるなど、人が変わったようにデイリーファーストの歪な物流サービスに立ち向かうようになるのだ。
責任感の強さが招いた苦しみ
ストライキを呼びかけるような勇気のある行動ができたエレナは、どうして精神に不調をきたしてしまったのだろうか。それは舟渡エレナという人物が、とても勇気がある人物である以上に、責任感が強い性格の人物だったためだと考察することができる。
舟渡エレナは、無差別連続爆破事件が発生して以降、自宅に帰った描写が無い。対照的に梨本孔は出社の描写があることから自宅に帰っていることが容易に推測でき、エレナに一度帰宅するように促している場面も存在している。
『ラストマイル』本編でエレナは自宅に帰りもせず、無差別連続爆破事件によるデイリーファーストの株価変動に常時気を配るなど、エレナは明るい性格なようで、実際のエレナの性格は神経質なまで責任感の強い性格であることが考察できる場面が多く描かれている。
責任感の強さを感じさせる描写から、エレナが休職した理由はストレス性障がい(適応障がい)、もしくはうつ病だと考察できる。ここからは『ラストマイル』でエレナが西武蔵野ロジスティクスセンターのセンター長に着任する前に、休職していた理由について考察していこう。
エレナの休職理由とは
ストレス性障がい、またの名を適応障がいと呼ばれる疾患は、ストレスによって、気分の落ち込みや意欲低下、不眠など身体症状が出現している状態で、最もよく見られるもののひとつである。舟渡エレナは意欲が低下していないと考える人も多いかもしれない。
しかし、ストレス性障がい(適応障がい)は3つのケースに分けられる。それが抑うつ気分を中心とするケース、身体症状を中心とするケース、そして不安症状を中心とするケースだ。抑うつ気分を中心とするケースでは、気分の落ち込み、意欲低下などが見られる。身体症状を中心とするケースでは起床困難、動悸、めまい、倦怠感などが現われる。
この中でも注目すべきは不安症状を中心とするケースだ。不安症状を中心とするケースでは動悸、焦り、神経過敏、緊張、怒りなどが見られるとされている。エレナは『ラストマイル』において焦りや神経過敏、緊張状態や怒りなどを面に出す場面が多かった。このことから、エレナは不安症状を中心とするケースである可能性が高いと考察できる。
ここで注意してほしいのは、精神に不調をきたしたらになったら人生おしまいのような考えを持たないでほしいということだ。一度何かしらの症状が出ても社会生活を行なえている人は多く存在している。
ストレス性障がい(適応障がい)はストレスの原因が出現してから3か月ほどで発症し、ストレスの原因が無くなれば6か月ほどで落ち着くとされている。そのため、ストレスと適切な距離を取るなど対策をすれば、二度と社会生活に戻れなくなるなどということはない。
なぜ、エレナの症状は再発したのか
それでは何故、『ラストマイル』で舟渡エレナは症状が再発してしまったのだろうか。その原因は、デイリーファーストの歪な物流サービスにあると考察できる。そもそも、無差別連続爆破事件のきっかけは人間性の欠如した西武蔵野ロジスティクスセンターのシステムによって追い詰められた山崎佑の飛び降りにあった。
山崎佑の飛び降り事件から、西武蔵野ロジスティクスセンターの人間を機械のパーツと考えるようなシステムは、働いている人間の精神衛生にとって極めて良くない環境だと言える。ここでストレス性障がい(適応障がい)についてもう一度思い出してほしい。再発しないために大事なのは、ストレスの原因と適切な距離感を守ることだ。
舟渡エレナはロジスティクスセンターのセンター長によって発症したストレス性障がい(適応障がい)を改善させるために休職を取ったのにも拘らず、復帰した最初の仕事として再びロジスティクスセンターのセンター長に戻されてしまった。これではストレスと適切な距離感を取ることが出来ない。
このことからも、デイリーファーストが労働者を人間と考えておらず、機械のパーツか何かだと思っていたことが考察できる。3年間センター長を務めたことによって精神に不調をきたしたエレナを、復職してすぐにブラックフライデー前の繁忙期の西武蔵野ロジスティクスセンターのセンター長に着任させるなど、『ラストマイル』に登場するデイリーファーストの業務は非人道的と言っても良いかもしれない。
世界規模の大企業であるデイリーファーストならば、エレナのような優秀な社員を休職の原因となったストレス要因から離しつつ、体調を見て、体調が万全になってからセンター長に復帰させても良かったはずだ。もしくは3年間もセンター長を務められた優秀な社員なのだから、別の役職を与えても良かったかもしれない。
しかし、デイリーファーストは3か月の休職明けのエレナをすぐに西武蔵野ロジスティクスセンターのセンター長にさせた。その上、エレナを山崎佑の証拠隠蔽などのそれこそ非人道的な職務に当たらせたのだ。
専門機関への相談・受診について
『ラストマイル』のエンドロールの最後では、この映画がフィクションであることと同時に悩みを抱えているのならば専門機関に相談するように勧めるメッセージが流れるようになっていた。
このメッセージは『ラストマイル』を観ている観客の中にもいるだろう山崎佑や筧まりかのような人物だけではなく、自分を追い詰めて、自分から会社というシステムのパーツになってしまっているような舟渡エレナのような人物にも、警鐘を鳴らしていたのかもしれない。
この記事を読んで自分にも当てはまるのではないかと思った方は、専門機関への相談をお勧めする。心の病は精神が弱いからなる病気ではなく、責任感が強い人がなりやすいものが多い。そして、それを専門機関に相談することは恥ずかしいことではない。
悩みを抱えている人は自分の住んでいる市町村の相談窓口や厚生労働省の相談窓口に相談してみるのも良いかもしれない。一度自分を大切にすることを、『ラストマイル』は最後の舟渡エレナの再出発で伝えたかったのだと考察できる。そこに注目して、もう一度『ラストマイル』を観賞するのはいかだろうか。
映画『ラストマイル』は2024年8月23日(金)より全国の劇場で公開。
『ラストマイル』OFFICIAL BOOKは東京ニュース通信社より発売中。
『ラストマイル』オリジナル・サウンドトラックも発売中。
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