全米俳優組合ストライキにより延期されて2025年6月13日(金)全米公開予定に
イギリスの作家、クレシッダ・コーウェルを原作としたアカデミー賞にもノミネートされたドリームワークスの長編アニメーション映画「ヒックとドラゴン(原題:How To Train Your Dragon)」シリーズが実写化されることが、2023年2月中旬に発表された。監督には『リロ・アンド・スティッチ』(2003)を手掛け、アニメ映画版「ヒックとドラゴン」シリーズで監督を務めたディーン・デュボアが監督と脚本を続投し、プロデューサーにはアカデミー賞史上最多14ノミネート、ゴールデングローブ賞ではノミネートされた7部門すべてを受賞した『ラ・ラ・ランド』(2017)や『プリティ・ウーマン』(1990)のプロデューサーでもあるマーク・プラットが就任することも発表された。
名作アニメーションの実写化というと不安視する人も多く、特に「ヒックとドラゴン」シリーズは熱狂的なファンが多い。それゆえに実写化への反動は大きいかもしれない。しかし、実は「ヒックとドラゴン」シリーズは何度か舞台化されており、それによって成功を収めているのだ。本記事ではそれら舞台版「ヒックとドラゴン」シリーズに触れながら、これまでの「ヒックとドラゴン」を振り返りたいと思う。
舞台化の陰の立役者「Creature Technology社」
「ヒックとドラゴン」はアニメーション映画三部作が作られ、世界興行収入16億ドルをたたき出している大ヒット作だ。ドリームワークス特有の四肢の欠損や死の描写もあり、その展開から熱狂的なファンも多い。その証拠に日本では第一作目『ヒックとドラゴン』(2010)が公開されたが、ゴールデングローブ賞とアニー賞を受賞した『ヒックとドラゴン2』(2014)が劇場公開されなかった際には署名活動が起き、それに監督などスタッフが反応することもあった。それによって最終作にあたる第三作『ヒックとドラゴン 聖地への冒険』(2019)は劇場公開されることになった。
そんな「ヒックとドラゴン」シリーズは前述通り何度か舞台化され、成功している。その一つが『How To Train Your Dragon Live Spectacular』(2015)だ。欧米を中心にツアーが行われたが、そこでは大型バスほどの大きさから犬ほどの大きさのドラゴンの特殊造形(アニマトロニクス)やロボットが舞台をところせましと動き回り、更にはモノレールのような舞台装置を利用したワイヤーアクション、ドラゴンの背に乗って飛ぶ演出に巨大な宿敵「レッドデス」、プロジェクションマッピングなどの最先端の技術がふんだんに投入されたことで高い評価を得た。
『How To Train Your Dragon Live Spectacular』公式ページ
欧米を中心として展開された『How To Train Your Dragon Live Spectacular』は映画で登場したドラゴンたちもより生物的なデザインされており、クリーチャー感が増している。プロモーションでは「ヒックとドラゴン」に登場する人間大のデッドリー・デンジャーが町を歩きまわるなど、かなり凝った演出がなされた。その結果、映画とはまた異なるファンの新規開拓に繋がった。
中国のユニバーサル・スタジオのテーマパーク ユニバーサル・北京・リゾートでは『How To Train Your Dragon Untrainable』という名でミュージカル化が行われており、TEA2023 Thea Award for Outstanding Achievement(Live Event)という優れたエンターテイメントやアトラクションにテーマ・エンターテイメント協会より送られる賞を受賞している。
こちらは『How To Train Your Dragon Live Spectacular』とは異なり、「ヒックとドラゴン」シリーズの影響を色濃く残したカートゥーン的なデザインとなっている。主人公ヒックの相棒のドラゴンであるナイト・フューリー「トゥース」や、ヒロインのアスティの相棒のドラゴンのデッドリーデンジャー「ストームフライ」、巨大なクラウドジャンパーなどは映画から飛び出したかのように感じられる設計がなされている。
『How To Train Your Dragon Live Spectacular』はユニバーサル・オーランド・リゾートでも公演されるとのことだ。また、そこで作られたカートゥーンと実写の中間的なデザインのトゥースやストームフライはキャラクターグリーティングが行なわれるとのことだ。
『How To Train Your Dragon Untrainable』公式ページ
『How To Train Your Dragon Untrainable』振付師が投稿した公式PV
これらの「ヒックとドラゴン」シリーズの実写化のきっかけとも言える「ヒックとドラゴン」シリーズの舞台化の背景にはCreature Technology社の影がある。舞台版「キングコング」シリーズや「ウォーキング・ダイナソー」シリーズなどの特殊造形(アニマトロニクス)やロボットを手掛けたのがCreature Technology社で、生物的でクリーチャーの姿をしたドラゴンたちやカートゥーン的なデザインをしたドラゴンの二つを生み出し、そこに人間が混ざっても違和感がないという実例が生まれた。これら以外にもクルーズ船上で行われた『How TO Train Your Dragon ON ICE』やドバイのMotion Gateというテーマパークでのアトラクションなど、日本国外ではヒックとドラゴンの舞台化が試みられ、そして成功しているのだ。
意外とSFなドラゴン像と緻密な世界観
ドラゴンという言葉の響きだけで剣と魔法に満ちた世界を想像する人が多いと思うが、アニメーション映画版『ヒックとドラゴン』は意外にもSF的なドラゴン像を生み出している。その代表的な側面が、ドラゴンたちの炎の吐き方に表れている。主人公ヒックの相棒のドラゴンであるナイト・フューリーのトゥースは半固形のアセチレンと酸素の塊を青白い火球として吐き出し、ヒロインのアスティの相棒となるデッドリーデンジャーというドラゴンのストームフライはマグネシウム100%の炎を一直線に吐くことで、マグネシウム特有の眩い光と高熱を発するとされている。
他にも岩石を嚙み砕いて酸素を混ぜて火球を吐くグロンクルや一方の頭が可燃性のガスを吐き、もう一方の頭が火花で着火するダブルジップ、ガソリンをゼリー状にしてナパームのような火炎を吐くモンスター・ナイトメアなど、原題が「ドラゴンの訓練法 (How To Train Your Dragon)」というだけあってドラゴンの生態はSF作品のような緻密なものになっている。モンスター・ナイトメアはナパーム状の火炎を全身にまとい、ダブルジップと戦うときは火花を発する頭に水を掛ける、ドラゴンはウミヘビなど特定の毒を持つ魚類を嫌うなど、その緻密な生態の設定も人気の一因だろう。暗闇の中で深海魚のように光る演出などSF的な精緻な生態が映像美にも繋がっている。
その緻密さはドラゴンの生態だけではなく、ヴァイキングたちの考える世界観にも反映されている。『ヒックとドラゴン』では、「Oh My God」や「Oh Jesus」など、英語圏の感嘆詞でキリスト教由来の単語はすべて北欧神話由来のものに切り替わっている。「Oh My Odin」などがその最たる例だ。ほかにもドラゴンと長年対立してきたヴァイキングたちがドラゴンと和解してドラゴンの金属の止まり木をつくり、そこに雷が落ちた際には「雷神トールの怒りに触れる」と皆が騒ぐ場面がある。実際は金属製が故に避雷針になってしまっただけなのだが、そういった文化的にも、科学的にも徹底した演出がファンの心を掴んだと考えられる。
ジョン・パウエルの音楽の影響
「ヒックとドラゴン」シリーズの音楽は多くのドリームワーク作品や、『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』(2018) を手掛けたイギリスの作曲家のジョン・パウエルが務めており、海の上を飛び、ヒック達が住むバーク島の岩の隙間をかいくぐりながら飛ぶ姿にぴったり合っている。この演出はスタジオ・ジブリの『紅の豚』(1992)や『魔女の宅急便』(1989)などの宮崎駿監督の影響があると公言されており、このドラゴンとの飛行場面もあってか、アカデミー賞の作曲部門にノミネートもされている。
映画とオーケストラを合わせた公演も行われるなど、シリーズを通して物語や映像美だけではなく音楽も高く評価されている『ヒックとドラゴン』。そのような「ヒックとドラゴン」シリーズという作品と、アカデミー賞を受賞したミュージカル映画を手掛けたプロデューサーのマーク・プラットの実写版での出会いは必然だったのかもしれない。
すでに舞台ではアクションやミュージカルとしても成功を収め、海外のファンの中では原題を略したHTTYDの愛称で親しまれる「ヒックとドラゴン」シリーズ。どのようなキャストが選ばれるのか、そしてどのような映像、音楽がスクリーン上で展開されるのか。飛び出すような映像ではなく、引き込むような映像を作りたいといっていたアニメーション制作陣が、ヒック達ヴァイキングとトゥース達ドラゴンをどのように実写世界に落とし込むのか注目していきたい。
「ヒックとドラゴン」三部作はBlu-rayが発売中。
実写版『ヒックとドラゴン』の主要キャストについてはこちらから。
アスティ役のニコ・パーカーが語る実写版『ヒックとドラゴン』の独自性はこちらから。
ディーン・デュボア監督の撮影進捗報告はこちらから。
原作者のクレシッダ・コーウェルもお墨付きのセットに関してはこちらから。