『劇場版 忍たま乱太郎 ドクタケ忍者隊最強の軍師』公開
尼子騒兵衛の漫画『落第忍者乱太郎』(1986-2019) を原作にした人気アニメ『忍たま乱太郎』(1993-) を映画化した『劇場版 忍たま乱太郎 ドクタケ忍者隊最強の軍師』が2024年12月20日(金) より全国の劇場で公開されている。本作は阪口和久の『小説 落第忍者乱太郎 ドクタケ忍者隊 最強の軍師』(2013) をベースにした作品で、土井先生ときり丸を中心に置いた作品になっている。
今回の映画『忍たま乱太郎』は、劇場版ということもあって戦国時代という舞台を生かした大人も楽しめる作品になっていた。今回は、そのラストの展開と土井先生の過去について解説&考察していこう。以下の内容は結末のネタバレを含むので、必ず劇場で本編を鑑賞してから読んでいただきたい。
以下の内容は、映画『劇場版 忍たま乱太郎 ドクタケ忍者隊最強の軍師』の内容に関するネタバレを含みます。
Contents
『劇場版 忍たま乱太郎 ドクタケ忍者隊最強の軍師』ネタバレ解説
尊奈門と土井先生
『劇場版 忍たま乱太郎 ドクタケ忍者隊最強の軍師』では、タソガレドキの忍者である諸泉尊奈門が忍術学園の土井半助に果し状を出したことから物語が始まる。土井先生は律儀にこの挑戦を受けたのだが、戦いの中で鳥の巣を守ろうとして尊奈門の投げを喰らってしまい、川へ落ちて行方不明になる。
諸泉尊奈門が土井先生との戦いにこだわっているのは、初登場時のアニメ第16期39話で土井先生からチョークや出席簿であしらわれて以降、毎度お馴染みのことだ。雑渡昆奈門からは尊奈門にかなう相手ではないと忠告されているが、ずっと土井先生に執着している。土井先生が本気を出さず子どもの相手をするようにあしらってくることも、尊奈門が想いを強める理由かもしれない。
『劇場版 忍たま乱太郎 ドクタケ忍者隊最強の軍師』では、土井先生は川に落ちた時にたまたま居合わせた稗田八方斎の頭に自分の頭をぶつけ、記憶喪失となりドクタケ忍者隊から洗脳を受けてしまう。そして、土井先生はドクタケ忍者隊の軍帥・天鬼として登場することになる。
山田伝蔵は土井先生を引き取った後、土井先生が兵法を勉強し尽くしていたことを明かしていた。土井半助はかつて所属集団から逃げてきた“抜け忍”で、追われているところに遭遇した山田先生が引き取っていた。そのため、映画版にも登場する山田の息子・利吉は土井半助のことを兄のように慕っている。
天鬼の兵法、元ネタは?
こうしてドクタケ忍者隊の軍師・天鬼となった土井半助は、様々な兵法を駆使してドクタケの領土拡大に尽力する。まず、スッポンタケ城の近くに一夜にして城を作ったという話は、木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)が一夜にして城を建てた「稲葉の一夜城」の伝説を想起させる。
だが、この城はハリボテであり、ドクタケがスッポンタケに進軍することを信じさせるための囮だった。一夜城がハリボテだったという策は、やはり豊臣秀吉による石垣山一夜城の逸話(一夜で城を築いたように見せたが、実はハリボテだったという伝説)を想起させる。
ドクタケはチャミダレアミタケと同盟を結び、南のドクタケが東のスッポンタケに進軍している間に、北のチャミダレアミタケが西のタソガレドキに進軍するというWIN-WINの策をチャミダレアミタケに提案していた。だが、実際にはドクタケはスッポンタケには進軍せず、チャミダレアミタケとタソガレドキが戦で疲弊したところで両国を叩いて領地にする策を進めていた。
二つの勢力が争った後に第三の勢力が成果を得るという「漁夫の利」は、孫子の代表的な兵法だ。また、スッポンタケ城の近くに建てたハリボテの城では、実際には兵士は詰めていなかったが、竈の煙をあげることで兵がいるかのように見せかけた。竈の数によって兵力を見誤らせる手法は孫臏が馬陵の戦いで見せた兵法だ。
これらの作戦を考えていたのは天鬼であり、いかに土井半助が優れた軍師であるかということが示されている。秀吉、孫子、孫臏の策を次々と打ち込んでいく土井半助、凄すぎる……。
きり丸の想い、土井先生のモデル
だが、そんな土井先生を一番に必要としているのはきり丸だった。きり丸は幼い頃に村を焼かれた孤児であり、身分制度上苗字を持つことができないため、出身地から「摂津のきり丸」と名乗っている。アニメシリーズでも夏休みなどに入って他の生徒達が実家に帰る中、きり丸は帰る家がないため、土井先生がきり丸を自分の家に住まわせていた。
『劇場版 忍たま乱太郎 ドクタケ忍者隊最強の軍師』では、アニメ第19期第90話「土井先生ときり丸の段」のワンシーンが再現される場面もあった。この時、きり丸は土井先生に「どうして僕のことを気にかけてくれるんですか?」と問い、土井先生は「同じような育ち方してるからかな」と答えていた。
土井先生は、原作漫画の設定では福原(現在の神戸市)の出身で、幼い頃に家が襲撃されて孤児となった。土井先生はかつては有力な豪族の子どもだったが、一族が滅び、その後は仏門に入って勉学に励んだとされている。
土井先生のモデルとなったのは日本浄土宗の宗祖と仰がれる法然で、法然は押領使のもとに生まれたが9歳の時に父が殺されている。その後は僧侶の観覚に預けられて勉学に励んでいる。今回の映画でも山田先生の口から土井先生は孤児になった後に兵法を学んでいたことが明かされていた。
『劇場版 忍たま乱太郎 ドクタケ忍者隊最強の軍師』では時折、土井先生の過去の悲劇を思わせるカットが入り、真っ赤な彼岸花が映し出される。彼岸花は別名「南無阿弥陀仏」というのだが、土井先生のモデルとなった法然は「南無阿弥陀仏」と唱えていれば死後は往生できるという専修念仏の教えを説いた人物として知られる。
一方で、彼岸花は毒を持ち、あの世への門が開くお悲願の時期に咲くことから、死を連想させる花でもある。映画内で随所に挿入される彼岸花のカットは、土井先生ときり丸が背負った“家族の死”のモチーフだったのかもしれない。
多くは語らないが、おそらく自分の生い立ちをきり丸と重ね合わせ、面倒を見てくれている土井先生。アニメシリーズでもそうだが、きり丸は土井先生関連で悪いことが起きると、感情を爆発させるのではなく、無の表情になってしまう。孤児であるきり丸にとって、家族は「いない」のが基本であり、泣いても怒ってもどうにならないことだという諦観が根っこにあるのかもしれない。
それはつまり、きり丸のそばから土井先生がいなくなれば、きり丸はまた独りに戻ってしまうということなのだ。そうなればきり丸はその現実を受け入れて生きていく他ない。誰よりも現実的でお金に執着を見せるきり丸だが、その裏には戦国の世の現実を自分で生きていかなければならないという覚悟があるのだろう。
『劇場版 忍たま乱太郎 ドクタケ忍者隊最強の軍師』では、そんなきり丸の心を開かせたのは1年は組の仲間達だった。一人で抱え込もうとするきり丸に、1年生は立ち上がり、山田先生と5・6年生、山田利吉率いるフリー忍者隊の土井先生奪還作戦に合流することになる。
『劇場版 忍たま乱太郎 ドクタケ忍者隊最強の軍師』ラストをネタバレ解説
きり丸の言葉の意味
クライマックスでは、八方斎が天鬼にきり丸、乱太郎、しんベヱを斬るよう命じる。そうすれば、催眠が解けた後も忍術学園には戻れないと考えたのだ。八方斎も頭を打ったことで冴えた状態になっており、いつもと違う“劇場版”の振る舞いをしている。
乱きりしんの三人は、とぼけたことを言って天鬼にツッコミをさせる“いつものノリ”を繰り出すことで、土井先生の記憶を呼び戻そうとする。ここできり丸が「己の命よりゼニ大事」と言うのは、『劇場版アニメ 忍たま乱太郎 忍術学園 全員出動! の段』(2011) で土井先生から「銭と命とどっちが大事だ!」と言われたきり丸が「銭」と答えた時に、土井先生からこっぴどく怒られたことを踏まえている。
乱太郎が言う「テストの点数、目の検査」という言葉も、三人の点数の結果が1点前後で視力と変わらないというくだりから引っ張ってきたものだ。このシーンは「忍たま」愛に溢れた言葉が並ぶのだが、最後に土井先生を動かしたのは、きり丸の「先生、一緒に帰ろう」という言葉だった。
帰る場所を持たなかった土井半助ときり丸が、二人で作った帰れるホーム。きり丸が一緒にそこに帰ろうと呼びかけるこのシーンは号泣必至。アニメでは、土井先生がきり丸と住んでいるあの長屋を大事に思っていることが示されるエピソードもある。孤児だった二人が手に入れた“帰れる場所”だったからこそ、きり丸は「一緒に帰ろう」と呼びかけ、土井先生はそれに応えたのだろう。
土井先生は記憶を取り戻し、きり丸は号泣。観ているこちらも号泣。八方斎も頭を打たせていつもの八方斎に戻している。この機会に土井先生の暗殺を狙う雑渡昆奈門を、寸前のところで食い止めていた山田利吉も合流。ここで利吉が土井先生を「お兄ちゃん」と呼ぶのも泣ける。全部泣ける。
号泣必至のラスト
土井先生は最後に償いとして、天鬼として戦から撤退し、余った兵糧を貧しい人々や孤児に分け与えることを指示する。ドケチのきり丸がこれを嫌がらなかったことに周囲の人々は驚きを見せているが、土井先生ときり丸は自分と同じ境遇の人達にできることをやっただけだ。戦争は貧困と格差を生む。軍師となる者の一手で戦を終わらせ、軍事費を民のために使うこともできる。そんなメッセージも感じ取れる。
今回のゲストキャラクターである大西流星演じる桜木清右衛門と、藤原丈一郎演じる若王寺勘兵衛は、チャミダレアミタケ陣営にドクタケの裏切りを密告。チャミダレアミタケの兵をタソガレドキから退かせるナイスアシストを見せている。
エンドロール前のラストシーンは、雪の中で幼いきり丸が縁の下に入り、寒さを凌いでいる場面だ。かすかに聞こえてくる「勇気100%」のイントロが、この後にあたたかい仲間達や先生達と出会うきり丸の未来に希望を感じさせてくれる。寒さをしのぐ家もなかったきり丸だったが、今では自分から「一緒に帰ろう」と言える相手がいて、ホームがある。
そして、号泣しているところに流れてくる「ガッカリして、メソメソして、どうしたんだい」という問いかけに思わず笑ってしまいつつも、「辛い時はいつだってそばにいるから」でまた号泣。エンドロールの最後には今回の元凶である諸泉尊奈門がまた土井先生に果し状を渡す様子も描かれている。
ポストクレジットシーンでは、ドクタケとチャミダレアミタケが睨み合いの状態にあること、この機に乗じてタソガレドキがドクタケの領地の一部を手に入れたことが明かされる。雑渡昆奈門の“しごでき感”が示されて、『劇場版 忍たま乱太郎 ドクタケ忍者隊最強の軍師』は幕を閉じている。これは『劇場版アニメ 忍たま乱太郎 忍術学園 全員出動! の段』のラストと似た演出になっている。
『劇場版 忍たま乱太郎 ドクタケ忍者隊最強の軍師』ネタバレ感想&考察
非日常が映し出す真実
『劇場版 忍たま乱太郎 ドクタケ忍者隊最強の軍師』は、いつもとは違うハードなストーリーだったが、このストーリーが生きるのは、私たちが普段からアニメ『忍たま乱太郎』で忍たま達の日常を見ているからだろう。日常が壊れ、非日常が顔を出す時、各々が本当に大事にしているものが見えてくる。
『忍たま乱太郎』の舞台は戦国であり、登場人物達は忍者だ。戦に巻き込まれることもある。1年生達の奮闘でコミカルに仕上がってはいるものの、戦が進められて民が飢える描写や、プロの忍者との戦いで忍たまが流血する様子は非常にリアルな現実を映し出している。
細かいところでは、商売人は戦が始まるとなって物が売れ、潤っている様子が描かれた。一方で商売する物を持たない人々は飢えるばかり。戦争が力を持たない人々にとってどんなに残酷なものかということが示されている。
孤児であるきり丸は苗字を持たず、土井先生も半助という名前は本名ではなく山田先生からもらった名前だ。土井先生は抜け忍だったところを拾われたことから、当時の忍術学園で本名を言うことができず、山田先生が「半人前」という意味で「半助」という名前をつけたのだ。
弱い立場で生きていかなければならない人々のことを知っているからこそ、土井先生ときり丸は強くて優しくて逞ましい。どこかで独りで生きていかなければならないことを覚悟しているからこそ、相手のことを深くは詮索せず、今一緒にいるお互いのことを大事にしているのだろう。だから、一緒にいてほしいという想いをただただ伝えるのだ。
今後はどうなる?
『劇場版 忍たま乱太郎 ドクタケ忍者隊最強の軍師』では、きり丸にとっての土井先生、そして土井先生にとっての山田先生という関係性も強調されていた。言葉は少ないが、半助は必ず自分が取り戻すと鉄の決意を固めていたであろう山田先生はこれ以上ないほどに頼もしく、忍術学園部隊のリーダーとして獅子奮迅の活躍を見せていた。
今後『忍たま乱太郎』の映画版が定番化してくれるなら、山田先生と土井先生のストーリーの深掘りにも期待したい。息子の利吉がフリーランスの忍者をやっているという点も、現代社会にピッタリな設定でもある。
きり丸の声を演じる田中真弓は、公式パンフレットの中で、乱太郎の実家である猪名寺家や、しんべヱの実家である福富家を支点にしても新しい物語が生まれるのではないかと提案している。今回は登場しなかった、くの一教室や、2年〜4年生の忍たま達もいる。2016年からはSFスピンオフ『忍たま乱太郎の宇宙大冒険 with コズミックフロント☆NEXT』も放送および配信されており、今後の可能性は無限大だ。
『忍たま乱太郎』劇場版が今後定番化することに期待しつつ、この年末は土井先生&きり丸の物語を何度も噛み締めたい。
『劇場版 忍たま乱太郎 ドクタケ忍者隊最強の軍師』は2024年12月20日(金) より全国の劇場で公開。
阪口和久による原作小説『小説 落第忍者乱太郎 ドクタケ忍者隊 最強の軍師』は発売中。
『劇場版 忍たま乱太郎 ドクタケ忍者隊最強の軍師』オリジナル・サウンドトラックも発売中。
『劇場版 忍たま乱太郎 ドクタケ忍者隊最強の軍師』で描かれた土井先生と過去エピソードの繋がりについてはこちらの記事で。
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