2004年公開のジブリ映画『ハウルの動く城』
2004年に公開されたジブリ映画『ハウルの動く城』は、宮崎駿が監督・脚本を手がけた作品。スタジオジブリの長編作品としては、森田宏幸が監督を務めた『猫の恩返し』(2002) に続く作品で、宮崎駿作品としては『千と千尋の神隠し』(2001) 以来となる作品だった。
ダイアナ・ウィン・ジョーンズのファンタジー小説を原作とした『ハウルの動く城』は、ソフィー役を倍賞千恵子、ハウル役を木村拓哉、荒地の魔女役を美輪明宏が演じたことでも注目を集めた。一方で、本作では「宣伝しない」方針が取られたため、宮崎駿監督自身も作品についてほとんど語っていない。
今回は、『ハウルの動く城』で描かれたテーマとラストの展開について、ネタバレありで解説&感想&考察を記していこう。以下の内容は結末に関するネタバレを含むため、必ず本編を視聴してから読んでいただきたい。
以下の内容は、映画『ハウルの動く城』の結末に関するネタバレを含みます。
Contents
『ハウルの動く城』ネタバレ解説
ソフィーの新しい生活
映画『ハウルの動く城』では、帽子屋のソフィーが魔法使いのハウルと出会った後に荒地の魔女に呪いをかけられ、老婆の姿になってしまったことで物語が動いていく。他者に呪いについて明かせないソフィーは、ハウルの動く城を見つけて掃除婦としてそこに住み着くことになる。
ソフィーは亡くなった父が遺した帽子屋でこもり切りになって働いていたが、動く城を目指し、そしてそこで暮らすようになったことで広い世界を目撃することになる。動く城には様々な世界に繋がる扉があり、その扉を通してソフィーは広い世界を知ることになる。
それにソフィーは、ハウル、火の悪魔のカルシファー、ハウルの弟子のマルクル、かかしのカブ、ハウルの師であるサリマンの使い魔ヒン、そしてサリマンに魔力を奪われて高齢の老婆となった荒地の魔女と行動を共にするようになる。帽子屋で働いていた頃とは見違えるような活気に満ちてワクワクする生活に身を置くことになるのだ。
ソフィーが若返る理由
老婆になる魔法をかけられたソフィーだが、時折その姿は若返り、元に戻ってを繰り返すうちに徐々に若い姿を取り戻していく。例えば、ハウルの母を装って王室付きの魔法使いであるサリマンに会いにいく場面では、「ハウルには心がない」というサリマンの主張を看破し、みるみるうちに若い姿を取り戻していた。
ソフィーが若返る背景にはハウルへの恋心があることが確かだが、ハウルとは無関係に思える場面でもソフィーは若い姿を取り戻している。ソフィーは自分を押さえつけて帽子屋で働いていたが、自分の考えを主張し、生きたいように生きることで本来の姿を取り戻していったのである。
自分が好きな人のことを庇ったり、自分の意見を貫いたりすることは、自己肯定感が高くなければできないことだ。「動く城」が「動く」ことで広い世界を知り、「城」に自分の居場所を作ったソフィーは、ちょっと変わったファミリーを引っ張るリーダーとして羽を伸ばしていくのである。
『ハウルの動く城』のソフィーは、若い時の姿も老いた時の姿も当時63歳の倍賞千恵子が演じている。声優を選ぶ際には、若い時と老いた時の両方を演じられることがキャストの条件だったといい、倍賞千恵子は絶え間なく年齢が変化するソフィーの声を見事に演じ分けている。ちなみに英語版ではエミリー・モーティマーとジーン・シモンズが若い時と老いた時を交代で演じている。
ハウルという人
ソフィーがリーダーになければならなかった理由の一つが、ハウルの人物像にある。とにかくモテるハウルだが、そのカリスマ性とは裏腹な未熟さが露見していく。ハウルは偽名を使って逃げ続ける人生を送っていたり、ソフィーに勝手に部屋を掃除されて癇癪を起こしたり、27歳にしては子どもっぽい側面が残っている。
ハウルは少年時代に火の悪魔のカルシファーとぶつかり、悪魔の契約を交わしていた。以降、ハウルの心臓はカルシファーが持っており、最後にハウルに返される時にはその心臓は少年の時のままだった。この少年時代の“事故”がハウルの未熟さと関係しているのだろう。
また、ハウルはいつも「黒」の扉を通って戦場へ出向いていた。ハウルは悪魔との契約により鳥のような姿になり戦場で戦うことができていたが、人間に戻れなくなるというリスクも抱えていた。
ハウルが戦場に出ていた理由は明確に語られることはない。だが、戦争とは人を巻き込むものであり、ハウルは「戦争をする者」と戦いながらも、どこかで戦いに取り憑かれていたのかもしれない。戦いを否定するためであっても戦いに呼応するものは怪物になってしまう、そんなメッセージが込められていたとも考察できる。
幼い頃の“事故”によって、何かに取り憑かれて怪物になるという設定は、宮崎駿監督にとっては「創作」の比喩だったとも考えられる。少年時代の事故=出会いに取り憑かれた男性が、救済として母(=老いたソフィー)の存在を求めるという設定には、宮崎駿監督自身が抱える意識が現れているのかもしれない。
ちなみに2023年に公開された宮崎駿監督の映画『君たちはどう生きるか』では、やはり主人公の眞人と母の物語が描かれた。「少年と母」というのは、宮崎駿監督にとってのテーマの一つなのだろう。
背後にある戦争
『ハウルの動く城』は、常に背景に戦争がある作品でもある。国は終始なんのためか分からない戦争に興じていて、ハウルや魔女たちも召集を受けることになる。ソフィー達は戦争に巻き込まれ、街とハウルは破壊されていく。
原作になかった“戦争”という題材が『ハウルの動く城』に取り入れられた背景には、映画制作当時の2003年にイラク戦争が開戦したという事実がある。2003年、宮崎駿監督は『千と千尋の神隠し』が第75回アカデミー賞長編アニメーション部門を受賞したが、米国を中心としたイラクへの侵攻に抗議する意味で授賞式への出席を辞退した。
『ハウルの動く城』には、人を殺し、世界を破壊する戦争に対する抗議が込められていると考えることができる。なお、宮崎駿監督は戦時中を舞台にした『君たちはどう生きるか』でもアカデミー賞を受賞したが、この時もイスラエルによるパレスチナ侵攻とロシアによるウクライナ侵攻が続く中での受賞だった。
『ハウルの動く城』ラストをネタバレ解説
過去で交わしていた約束
映画『ハウルの動く城』のラストでは、ハウルはソフィーを守るために戦場に向かい、ソフィーはハウルを助けに向かう。荒地の魔女はカルシファーがハウルの心臓を持っていることに気がつき、それを奪って炎に包まれてしまう。ソフィーがカルシファーに水をかけたことでハウルの動く城は崩壊し、ソフィーは谷に落ちて皆とはぐれてしまったのだった。
そこでソフィーはハウルからもらった指輪から光が出ていることに気がつく。この指輪はカルシファーのことを想えばカルシファーのいる方向に光がさすという代物で、その光は扉の向こうを指していた。
扉を抜けた先は過去の世界で、ソフィーはそこで少年時代のハウルが星とぶつかり、ハウルの心臓がカルシファーとなる瞬間を目撃したのだった。この時、ソフィーはハウルとカルシファーに「私はソフィー」と名乗り、「未来で待ってて」と、いつか会いにいくことを告げて元の世界へと戻って行った。
つまり、ハウルは悪魔と契約を交わした少年時代に未来から来たソフィーと出会っていたのである。『ハウルの動く城』の冒頭では、ハウルがソフィーを見つけて「探したよ」と声をかける。このセリフは、兵隊に絡まれていたソフィーを助けるための方便だったのかもしれないが、過去に「未来で待ってて」と言われたハウルがソフィーをようやく見つけた時のセリフとしても解釈できるようになっている。
また、ハウルが「探したよ」と言ってソフィーの肩に手を置く時には、ハウルの指輪が光るという演出も加えられている。ソフィーはハウルがずっと自分を待っていたことを知り、元の世界で怪物の姿になったハウルにキスを交わすと、ハウルと共に板一枚となった動く城へと向かう。
ラストの意味は? サリマンはなぜ…?
ソフィーは荒地の魔女がカルシファーから奪ったハウルの心臓をハウルに返すことに。このシーンの荒地の魔女は、心臓を自分のものだと主張しながらも、最終的に懇願するソフィーに心臓を譲っている。『ハウルの動く城』では荒地の魔女を通して、意地悪なだけでもない、優しいだけでもない、複雑なおばあちゃん像が描かれていたと言える。
心臓を取り戻したハウルは生き返り、カルシファーは元の流星の姿になる。そして、崖から落ちる板を受け止めたカブは壊れてしまうが、ソフィーからのキスでカブは隣の国の王子の姿を取り戻す。愛する者からのキスで目覚める王子、という逆白雪姫設定である。
カブの声を演じるのは大泉洋で、『千と千尋の神隠し』でも番台蛙の声を演じている。荒地の魔女はカブに自国に戻って戦争をやめさせるように言うと、ヒンからの報告でハウル達の「ハッピーエンド」を見届けたサリマンは戦争終結に向けて動き出す。
おそらくサリマンはハウルに心が戻ったことを見抜き、悪魔と契約したハウルを追う必要はなくなったと考えたはずだ。また、水晶玉には隣国の王子としての姿を取り戻したカブもなかなか目立つ形で映り込んでおり、カブが戦争終結へ向けて動き出すことも察知したのだろう。
もし、カブにかかしになる呪いをかけたのがサリマンで、そのことが戦争のきっかけになっていたのだとすれば、サリマンの急激な心変わりも納得がいく。荒地の魔女もソフィーにかけた魔法を解くことができないと話しており、サリマンも自分でカブにかけた魔法が解けずに困っていたのかもしれない。
ソフィーはすっかり若返り、流星になったカルシファーは炎の姿に戻ってソフィー達の元に帰ってくる。ハウル達は戦争が終わった自由な空に新しい「動く城」を飛ばし、『ハウルの動く城』はハッピーエンドを迎える。白には荒地の魔女とマルクル、そしてヒンの姿もある。ラストで流れる曲はソフィーの声を演じた倍賞千恵子が歌う「世界の約束」だ。
『ハウルの動く城』ラストのネタバレ感想&考察
ジブリ作品でも有数のハッピーエンド
王宮を追放された荒地の魔女、教育を与えられずに生活していたマルクル、そしてサリマンの使い魔だったヒンが新しい家族として、動く城で生きていくことになるラストは良かった。当初はソフィーに束縛を解いてもらいたがっていた悪魔のカルシファーも、最後には自分の意思で皆といることを選んだ。
血のつながっていない者達が共にいることを選び、居場所を作って自由な空を行くというエンディングはジブリ作品でも上位に入るハッピーなエンディングだったと言える。ソフィーも他者を助ける中で自己肯定感を得ていき、最後には荒地の魔女の呪いも解けている。
ハウルが成熟したかどうかは分からないが、意識を取り戻した瞬間に、星の色に染まったソフィーの髪の色を褒めたことは変化の兆しと捉えることもできる。戦争に囚われていたハウルが他者に興味を持ち、他者を喜ばせるようになったことは成長と呼んでもいいだろう。
戦争というテーマ
『ハウルの動く城』は「戦争」がテーマの一つに据えられていたが、そのラストでは、ハウルが心を取り戻すこと、それを見て偉い人が決断することで戦争が終結に向かって動き出した。隣国の王子であるカブに戦争を終わらせるよう助言したのは荒地の魔女であり、荒地の魔女のまた、魔女さえも駆り出される戦争には反対するという立場だったのだろう。
ハウルのように戦い続けて敵を倒すのではなく、人の心を取り戻すこと、そして、サリマンのように権限を持つ人間の決断によって戦争は止められるのだというメッセージは重要だ。イスラエルがパレスチナでの虐殺と侵攻を続けるなど、相変わらず暴力が蔓延する今こそ、もう一度私たちは『ハウルの動く城』のメッセージを受け止め直すべきだと言える。
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