映画『知らないカノジョ』公開
三木孝浩監督、中島健人主演の話題作『知らないカノジョ』が2025年2月28日(金) より全国で公開された。2019年のフランス映画『ラブ・セカンド・サイト はじまりは初恋のおわりから』を原作とした本作はシンガーソングライターのmiletの映画初出演作品でもあり、注目を集めている。
ベストセラー作家の主人公・神林リクは妻のミナミと大喧嘩した翌日にミナミと出会っていない別世界に迷い込んでしまう。その世界ではリクは文芸誌の編集部員に、ミナミは人気シンガーソングライターになっていた。“知らないカノジョ”の姿を見たリクは何を思い、どんな行動に出るのか——
今回は、映画『知らないカノジョ』のラストについてネタバレありで解説し、感想を記していこう。以下の内容は結末に関する重大なネタバレを含むため、必ず劇場で本編を鑑賞してから読んでいただきたい。
以下の内容は、映画『知らないカノジョ』の内容に関するネタバレを含みます。
Contents
映画『知らないカノジョ』ネタバレ解説
パラレルワールドに迷い込んだファンタジー作家
映画『知らないカノジョ』は、ユーゴ・ジェラン監督の原作映画『ラブ・セカンド・サイト はじまりは初恋のおわりから』のストーリーを大筋でなぞりながらも、独自の設定とラストによってアレンジが加えられていた。
原作では主人公はパラレルワールドで中学の国語教師になっているが、『知らないカノジョ』では主人公の神林リクは文芸編集者になっている。作家の羽田圭介が本人役で出演したり、ミナミとプロデューサーの田所の熱愛が報じられたりするなど、出版社という舞台を活かした演出もあった。
端的に言うとモラハラ夫のファンタジー作家(原作ではSF作家だが、『知らないカノジョ』ではリクは「ファンタジー大賞」に応募してデビューしている)だったリクは、ミナミとの喧嘩の翌日にパラレルワールドに迷い込んでしまう。こちらの世界では、ミナミは田所のプロデューサーのもとで大人気シンガーソングライターになっており、リクとは出会っていないことになっていた。
ミナミを演じたmiletは映画初出演とは思えない印象的な演技を見せていた。原作ではヒロインはピアニストという設定だったが、『知らないカノジョ』では歌やMC、芸能関係の仕事もこなすポップアイコンに。より多彩な表現が求められる役柄を見事に演じた。
カジさんの設定変更
『知らないカノジョ』の設定における最大の変更点は、桐谷健太演じる梶原恵介のキャラ設定だ。リクの大学の先輩でパラレルワールドでは同じく編集者として働いている梶原の助けを得て、リクはなんとか元の世界に戻ろうとする。そして、SF好きの梶原は「誰かがそう願ってしまったから」という仮説を立て、リクはその仮説に則って元の世界に戻ることを試みる。
原作でも主人公を助ける親友は重要なキャラなのだが、『知らないカノジョ』では梶原はより主人公のリクと過ごす時間が多くなっている。大きなポイントになるのは、梶原が3年前に事故で妻を亡くしているということだ。
元の世界では梶原は彼女と別れていたが、この世界では結婚した後に彼女を失い、落ち込む梶原に寄り添っていたのがリクだった。別の世界から来たと主張するリクを梶原が助けていた理由はそこにあった。
梶原は、リクの「こんな世界に生きる価値はない」という言葉に怒りを覚えていた。そこは亡き妻が生きたくても生きられなかった世界だったからだ。同時に梶原は「できるもんなら別の世界で生きたい」とも思っており、『知らないカノジョ』では“主人公の親友”は複雑で魅力的な役回りになっている。
オリジナル要素の功罪
加えて大きなキャラ設定の変更は、眞島秀和演じる田所哲斗のヴィランっぷりにも見られる。原作ではヒロインの恋人は献身的に彼女を支える良い人物だった。田所にはミナミを支配するような一面が見られる。この設定変更は、リクの作家としての成功とミナミのアーティストとしての成功の間に、成功しても必ずしも幸せにはならないという共通点を生み出している。
また、風吹ジュン演じるミナミの祖母も原作より大きな役割を担った。ミナミの祖母はリクが唯一本当のことを話せる相手で、「戻ることは何かを失うこと」という重要なヒントをリクに与えるのだ。
そして、問題は中村ゆりかが演じた金子ルミという新人作家だ。主語が自分ばかりになっていたリクは、編集者として金子ルミを支えて大ヒット作を生み出し、再びミナミと接近することになる。しかし、結局リクにとって金子ルミはミナミと繋がる“手段”でしかなく、リクを恨んだ金子ルミによる嘘の告発でリクは一時的に職場を追われることになる。
中村ゆりかの演技は素晴らしかったが、女性作家(個人事業主)が男性編集者(会社員)にハラスメントをされたと嘘の告発をするという展開は観ていて厳しいものがあった。現実に同様の関係性でハラスメントに苦しんでいる人々がいる中で、“嘘の告発”が何の注釈もつけられずに描かれる展開は極めて残念だった。
“嘘の告発で職場を追われる”という恐怖が煽られ、現在声をあげている人々が疑いの目で見られたり、本当の被害者が一層声をあげにくい風潮が強化されたりしてしまうからだ。そして、金子ルミのストーリーラインは回収されることもなく、主人公のピンチと復活を演出する“役割”を果たして退場となった。
『知らないカノジョ』ラストをネタバレ解説&考察
パラレルワールドから戻る方法
リクは元の世界でベストセラーとなった『蒼龍戦記』の新作で、ミナミをモデルとした相棒のシャドウを死なせたことが、自分がパラレルワールドに来た原因だったと気づく。ミナミはあの夜、『蒼龍戦記』第3部の原稿を全て読んでベッドに入っており、その翌朝にリクは別世界にいたのだ。
リクは『蒼龍戦記』を一から書き直し、相棒のシャドウが死ぬラストを、二人が共に旅を続ける展開に変更。ちなみに原作ではシャドウではなく主人公が死ぬ展開に変更し、タイトルも『シャドウ』に変更している。また、原作では原稿に「知らない人へ」と宛名が書かれているのだが、これが『知らないカノジョ』というタイトルの元ネタだろうか。
リクは原稿を大学の公会堂でミナミに手渡し、ミナミの日本での最後のライブを鑑賞。milet演じる前園ミナミのライブシーンは圧巻で、リクはミナミの音楽を聴き幸せそうな表情を見せる周りの人々を見て考えを改める。
ここで歌われるのはmilet「I still」だ。
リクは楽屋にある『蒼龍戦記』の原稿を捨て、その場を立ち去るのだ。「売れっ子作家で、ミナミと結婚していた元の世界へ帰りたい」「そのためにミナミに原稿を読んでほしい」。結局、それはいずれも自分の欲求に基づいた願望でしかないことに気づいたのである。
自分と出会わなかったことで歌を諦めずに済んだミナミ、そのミナミの歌で救われている人々。本当にミナミのためになるならば、何もしないことが最良の選択だったのだ。
ラストの意味は?
ライブ後、「幸せを願ってる」という書き置きを目にしたミナミは、田所の制止を振り切りリクを追う。『知らないカノジョ』では田所が良い具合にヴィランになっていることで、ミナミがリクを追いやすい設定になっている。田所が愛していたのは「アーティスト・前園ミナミ」であり、ミナミは、リクはそうではなかったと主張するのだ。
原作ではヒロインが主人公に追いつき、キスをするところで幕が降りるのだが、『知らないカノジョ』では対話が具体的な盛り込まれる。リクは小説を読んでもらおうとすることが自分のエゴだったと反省するが、ミナミは自分が読みたいと望んだのだと擁護する。
その上で口づけを交わすと、リクは元の世界に戻っていた。しかも、元の世界ではミナミは歌手として活躍していた。『蒼龍戦記』も棚に置かれており、リクの作家としてのキャリアも消えていない。写真立てには、かつてミナミが疎外感を感じていたイベントで笑顔を見せる二人の姿も。
パラレルワールドでの出来事によって元の世界の歴史も変わるという少し不思議な展開だ。原作者のユーゴ・ジェラン監督は、この展開はオリジナルを制作するときに出ていた案の一つと同じだと公式パンフレットで語っている。原作映画で描かれなかった「その後」を描いて映画『知らないカノジョ』は幕を閉じている。
『知らないカノジョ』ネタバレ感想&考察
ミナミのハッピーエンドと気になる視点
映画『知らないカノジョ』は、原作映画『ラブ・セカンド・サイト はじまりは初恋のおわりから』の要素をうまく現代日本に合う形に変換しており、キャストの優れた演技も際立つ作品だった。だが、やはり“虚偽のセクハラ告発”のくだりがどうしても引っかかる。
セクハラ告発が男性主人公にとっての脅威として描かれたことで、ラストについても主人公に都合の良い展開のように感じられてしまった。原作のラストではおそらく主人公は元の世界に戻れず、けれどパラレルワールドで彼女と愛し合うことになる。
今までの己の行いを反省し、作家としてのキャリアや二人で過ごした日々、彼女のために全てを捨てた時に、たった一つの大切なものが手に入る。だが、『知らないカノジョ』では全てを捨てた時に「小説は私が読みたがったの」と反省を否定してもらえて、元の世界に戻れた上に彼女との幸せな未来まで手に入っている。
二人がワインを飲むシーンでは、ミナミは子どもが欲しかったことや犬を飼いたいと思っていたことを明かす。二人で成功して、子ども達に囲まれた生活を経て、海辺に家に住む——これがミナミにとってのハッピーエンドだった。
田所のおかげでパラレルワールドではミナミが必ずしも幸せになっていないという背景もあり、『知らないカノジョ』ではミナミが望むラストが用意されていたのだろう。だが、おそらくその流れは製作陣が意図せぬ形で、リクにとって都合の良いラストのように映ってしまった。
それはひとえに“虚偽のセクハラ告発”を物語の展開に盛り込む、男性的な視点を感じてしまったからだろう。同じ月に公開され、設定に近さがある映画『ファーストキス 1ST KISS』との決定的な差は、そうした手つきの違いにあるように感じる。
MVPはカジさん
『知らないカノジョ』で最も光ったのは梶原恵介の役回りだ。原作では主人公とヒロインが早い段階で身体を重ねるが、『知らないカノジョ』では一定の距離を保ったままのプラトニックな関係が続く。ラストのキスがピークになるように練られていることが分かる。
この改変により、梶原とリクが一緒にいる時間が多くなり、梶原にも過去に妻を失っているというバックグラウンドがもたらされた。同じ出版社で働く二人は仕事の上でもプライベートでも助け合う仲になっており、助けに来てくれる相棒がいるというバディものの爽快さが作品に付与されていた。
ちなみに原作では主人公の親友は彼女と別れていたが、彼女からの言いつけを守って愛を綴った手紙を書いては彼女に渡さずに保管していた。主人公はその手紙の束を彼女に持っていき二人は復縁するのだが、親友にハッピーエンドが待っていることもまた、主人公がこの世界を受け入れる動機になっている。
余談だが、原作では主人公と親友が卓球をするシーンで『キャプテン翼』の南葛のユニフォームを着ていたことが話題になった。『知らないカノジョ』では、フランス映画の原作へのオマージュとして、フランスパンが度々登場したり、梶原とミナミが出会った場所がフランス語のクラスだったり、細かいところでの発見も楽しめた。
『知らないカノジョ』は、ミナミが好きで取り組んでいると思っていた料理がリクのためにやってくれていたことだったり、ラストのその後が明かされたり、原作よりも明確に答えを示す分かりやすい演出も印象的だった。原作映画『ラブ・セカンド・サイト はじまりは初恋のおわりから』と見比べることで、両方の作品に更なる発見がありそうだ。
映画『知らないカノジョ』は2025年2月28日(金) より全国ロードショー。
『知らないカノジョ』は久保田和馬によるノベライズ版が発売中。
『知らないカノジョ』オリジナル・サウンドトラックも発売中。
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